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作製編   1 【強制終了版】

 ノース・ドラゴンヘッド中央の町(魔法特区)――。

 その広場に街の人間が全員集まり、人垣を作っていた。

 行なわれたのは公開処刑。突然、家に領主の私兵が押し入り、少年は両親と共に縄で縛られて連行された。そして、跪く少年の目の前で、父と母が兵士に斬り殺されたのだ。

 処刑の理由は本当に些細でくだらないこと――街に住む領主が何かに怨り付かれたように少年の両親の能力に嫉妬したこと……。少年の両親が優秀な魔法使いだったと、たった、それだけのことでしかなかった。


 跪く少年の目の前には、赤い水溜りが広がり、断末魔の悲鳴をあげた後に動かなくなった両親が横たわっていた……。

 少年は死を理解できないでいた。ただ、それがもうじき自分にも降り掛かることだけは理解できた。それは嫌で嫌で仕方がなかった。

 領主は街の住民の前で行われる公開処刑に狂ったように歓喜の声をあげ続け、狂喜した目で少年を見る。少年は領主の吊り上がった唇の端を見た時、気持ちが切り替わった。嫌だったものが本物の恐怖に変わった。

(殺される……)

 目の前の両親が死んで動けなくなったことをやっと理解する。その先に何もないことを理解する。両親に対する悲観や哀れみ、領主に対する怒りを飛び越して、自分に降り掛かる死に恐怖する。歯を鳴らし、目からは自然と涙が溢れた。

 その少年を見ると、領主は満足そうに笑い、私兵に指示を出す。私兵の剣には、まだ両親の血が滴り、少年の前には死だけがあった。

 しかし、その時、一人の老人が進み出て領主に跪く。老人は鍛冶屋で、領主に剣を納める者だった。


 老人は領主に懇願し――。

 『どうせ殺すなら跡取りの居ない自分に少年をくれ』と。

 そして、『少年には年老いた自分が死んでも領主に剣を納めさせる』と。

 ――約束した。


 領主はプライドを傷つけた魔法使いの息子が、自分に尽くし続けて生きることに加虐心を擽られた。しかし、それだけでは、領主は満足できなかった。

 先日、旅の商人から手に入れた古びた紙を召使いに持って来させ、領主は紙に書かれた呪文を唱えると悪魔と契約を行った。

 捧げられるのは少年の人生の一部。悪魔との契約――呪いにより、少年は初歩魔法しか使えなくなった。無理に使えばバーサーカーとなり、敵味方関係なく近くの者を殺し続ける呪い。領主は優秀な魔法使いの血を引く少年の魔法使いの道を閉ざしたのだった。

 あとは契約書を燃やし、契約した悪魔の名を封じることで悪魔を特定させず、呪いを解くことを出来なくするだけだった。

 領主は少年の前で契約書を見せつけると、唇の端を限界まで吊り上げて火を点けた。


 …


 狂った儀式が終わったあと、少年の両親は町の人間の手で埋葬された。少年は、それをただ呆然と見詰め、ずっと恐怖に囚われたままだった。少年を引き取り、養父となった鍛冶屋の老人の家にも、どうやって辿り着いたのか覚えていなかった。

 少年は、まだ十歳。老人は、この前、六十歳になったばかりだった。


 …


 老人の住処は、ノース・ドラゴンヘッドの最東にある山の中。簡素な二階建ての木の家に鍛冶場をくっ付けただけのもの。外には小さな畑もある。

 その家の一階の台所で、老人はテーブルの前の椅子に腰掛けて、衝動的に少年を救った自分に自己嫌悪をしていた。


 ――老い先短い自分が、少年を大人になるまで育てることが出来るのか?

 ――領主に剣を納め続けるのは、少年にとって、死ぬよりも屈辱ではないのか?


 何の断りを得ずに決めてしまった……。

 自分の人生は紆余曲折を経て自慢できるものではない。きっと少年に与えられるものは僅かだろう。老人は暫く考えたあと、椅子から立ち上がって鍛冶場に向かい、いつものように入れ鎚を握りしめた。


 …


 一方の少年は、老人に与えられた二階の部屋のベッドで震え続けていた。死が怖くて仕方なかった。恐怖の前に静かに眠ることも、両親の冥福を祈ることも出来なかった。

 自分の生が、ある日プッツリと消えること――何もなくなることが怖かった。そして、それを向けてくる敵――領主が居ることが怖かった。両親が殺された日から、少年は満足に眠ることが出来なくなっていた。

 午後になり、老人が少年の部屋を訪れると、少年は毛布を被りクマを作ったまま震え続けていた。老人がゆっくり歩み寄って理由を聞くと、震えた声で答えが返ってきた。

「怖い……。死が……。領主が……。眠ると夢に出てくる……」

 少年は俯いて震え続けていた。

 その少年の反応を見て、老人は安心する。少年を助けたのは間違いではなかった。死を恐れているということ――それは生きることを望んでいるということだった。

 老人は決意する。この少年に自分の全てを与えようと。この少年に、生きるために何が大事で必要かを教えようと。

 まず少年から恐怖を取り除かなければならなかった。だが、老人に出来ることは限られている。

「ナイフを造ってみないか?」

 何がなんだか分からずに、少年は虚ろな目で老人を見返した。

「お前は、あの領主を恐れている。だから、寝むれないし、死を意識し続ける。そして、俺は鍛冶屋だ。やれることは決まっている。恐怖に打ち勝つ武器を造るんだ。俺が手伝ってやる」

「……本当に? 恐怖に……勝てるの?」

「本当だ」

「…………」

 少年は小さく頷いた。

 この恐怖を消せるのならと、老人に縋った。


 …


 一階の鍛冶場に場所を移すと、老人は少年に小さな金槌を渡す。それは本来、仕上げを行う時の微細な処理に使うものだったが、幼い少年の手に合う金槌はそれしかなかった。

 老人は鞴(ふいご)で炉に風を送り、送り出された風を受けて、熱せられた石炭が猛りをあげる。炉に放り込まれた錬成を終えた鉄が徐々に赤みを帯び始め、全体が真っ赤になった頃、老人は鍛冶屋はしで鉄を取り出し、少年に命令する。

「その鉄を金槌で叩け!」

 少年は金槌を持ったまま戸惑っていた。

 そこで、老人は見本の意味も含め、数回鉄を金槌で叩きつけた。熱で硬度が落ちた鉄は、少し薄く引き延ばされる。

 初めて見た鍛冶屋の仕事……。少年は、真っ赤になった鉄が怖かった。今まで感じたことのない炉の熱と真っ赤になった鉄は、領主なんかより遥かに怖かった。

 身が竦んだまま動けない少年を見かねて、老人は少年の手の上から金槌を握りしめ、鉄に打ちつけた。火花が散り、鉄の歪む感触が少年の手に伝わる。

 少年は目を見開いて老人を見返すと、老人は少年に笑い返す。

「お前がやったんだ。お前の力が鉄を歪めたんだ」

 少年は握っている金槌を見たあと、歪められた鉄を見る。今度は、自分から金槌を振るい、鉄は、また形を変えた。

 老人は、冷め始めた鉄を炉にくべ直す。

「領主なんかより、猛る炎の方が遥かに怖い……。だけど、この炎を征してナイフを造る俺達は、もっと強いと思わないか?」

「僕達は……強い?」

「ああ、そうだ」

 その後、少年は老人の指示に従い、一心不乱でナイフ造りに没頭した。跳ねる火花が腕を焦がしても、老人と二人で造り続けた。もう、何も怖くなかった。

(この世で一番怖いものを征しているのは、僕とこの人なんだ)

 少年はそう思い、金槌を振るった。そして、何度目かの焼き入れが済み、鉄はナイフへと形を変えた。

 老人は、それが売り物にもならない失敗作なのを知っていた。しかし、この歪なナイフには確かに何かが宿っている気がした。普段なら捨ててしまうナイフを手に取り、少年に仕上げと研ぎ方を教える。

 少年は老人と歪みを直すと、一心不乱にナイフを研ぎ続け、やがて、ナイフは完成した。ピカピカに磨き上げられた、少し歪なナイフには刃がついていない。幼い少年のことを考えてのことだった。

 呆気に取られて歪なナイフを見続ける少年の頭を、老人は力強く撫でる。

「よく炎を征して武器を造りあげたな。もう怖いものはないはずだ」

 少年は、その通りだと思い、目の前の老人がとてつもなく大きく見えた。

「このナイフ……、貰っていい?」

 老人は笑いながら『当然だ』と言った。

 この日、少年は何かを得た。それは言葉では言い表わせない大切なものだった。そして、ここから老人と少年の本当の生活が始まる。老人は最愛の弟子を……。少年は人生の師と鍛冶屋の師を得た……。

 老人が笑顔で大きな右手を差し出す。

「イオルク・ブラドナーだ」

 少年は老人の手に小さな右手を重ね、握り返す。

「アルス・ベアントセンです」

「養子になるとアルス・B・ブラドナーだな」

「アルス・B・ブラドナー……」

 二人は、今日、家族になった。

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