アルスが落ち着き、少し時間が経ったあと――。
イオルクとアルスは家の前の庭先に場所を変えていた。先ほど後回しにされたバーサーカーの呪いを使う理由を話し、実行してみるためだ。
「まず、理由を話そうか。アルスは少し頭が堅そうだから」
「堅い……」
「体より、理屈が欲しいタイプだろう?」
「そうかもしれないけど……」
(もう少し言い方っていうものがあると思う……)
項垂れるアルスを無視して、イオルクの説明が始まる。
「バーサーカーの呪いを使うのは、今が子供だからだ。大人になって体がでかくなってバーサーカーになったら、手に負えないからな」
アルスが手を上げて質問する。
「僕、バーサーカーって分からないんだけど?」
「男の子なら冒険物の本とか読んでないか? 物語の勇者なんかが倒すモンスターなんだが」
「分からない。どっちかというと魔法関係の本が多かったから。それにモンスターは砂漠以外に数百年間、姿を現わしていないよ」
「その通りだ。でも、ハンターの仕事に、未だにモンスター駆除が残っている。これは、ずっと昔にモンスターが居た証拠だ。まあ、バーサーカーなんてモンスターは架空の存在だけどな。……話、逸れたな」
アルスは小さくなる。
「ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいさ。こういうのも楽しいじゃないか。自分以外の興味から、自分の知識が広がるのはいいだろう?」
(話が逸れるのが楽しい? 変わってる……。でも、確かに知識が広がるのは――)
「楽しいのかもしれない」
イオルクは頷く。
「難しく考えることないと思うんだけどな。で、バーサーカーだけど――」
「あ、うん」
「――簡単に言うと、狂戦士のことだ。理性が飛んで戦うことしか出来ない。その代わり、力とかが強化されるモンスターっていうのが定番だな」
「力とか? 『とか』の部分は?」
「知らん。砂漠以外に数百年間、モンスターは姿を現わしていないからな」
「それ、さっき僕が言った……」
イオルクは笑って誤魔化す。
「まあ、呪いが発動すれば分かるさ」
「あんまり、ノリ気じゃないなぁ……」
「でも、しっかり調べとかないと拙い。本当に呪いなんてあるのか? 本当なら、レベル2以上の魔法を使えないのか? 呪いの持続時間は? バーサーカーの効果は?」
「それを知っておく理由は?」
イオルクは右手の人差し指を立てる。
「一つ目、アルスが優秀な魔法使いの血を引いているから。何かの状況でレベル2以上の魔法を使う可能性がないとは言い切れない」
更に中指を立てる。
「二つ目、分からないからこそ、呪いというものは怖い。だけど、自分にこういう呪いが掛かっていると分かれば怖くない。そして、その力が分かっていれば、他人に対して使わないという戒めになる」
更に薬指を立てる。
「三つ目、確かに理性は飛ぶが、このバーサーカーという状態を利用できるかもしれない。知っているのと知っていないの……、どっちが正しいと思う?」
イオルクの言った、一つ目から三つ目をアルスは頭の中で繰り返すと、アルスは答えを出した。
「お爺ちゃんが正しいと思う」
イオルクは頷く。
「じゃあ、比較前のお前の力を確かめておこう。思いっきり、押してみろ」
イオルクが右手をアルスの前に翳すと、アルスはイオルクの右手に両手をつけて思いっきり押した。
「う~ん! う~ん!」
「……お前――」
「な、何? ぐぐっ……!」
「――へなちょこだな」
「え?」
アルスが力を緩めると、イオルクは左手で頭を掻く。
「魔法使いの子って、こんなに力がないのか?」
「……そうなのかな?」
アルスは押すのをやめて、自分の両手を見る。
「俺は両親も騎士の家系だったんだけど、お前ぐらいの身長の時は、一回りぐらい厚い筋肉がついてたぞ」
「嘘?」
「本当だよ。十歳で見習いの騎士になって、その頃には普通の大人より少し背が低いぐらいだった」
「今でも大きいけど、随分と大きかったんだね。僕、十歳だけど、小さいかな?」
イオルクは改めてアルスを見る。
「十歳で、これか……。身長は低くないと思うんだけど……。まあ、へなちょこなのは好都合か。逆に俺のガキの頃みたいに大人顔負けの力をつけてたら、バーサーカーになった時に、手に負えないからな」
「へなちょこ……」
アルスは少しショックを受けた。しかし、直にしょうがないかもしれないと思う。記憶の中には外で走り回る姿よりも、本を読んだり絵を書いたりする記憶の方が強く残っていた。
「外で遊ぶことが少なかったからかなぁ……」
「そうなのか。まあ、これから増やせばいいさ」
「は?」
「魔法使いは極められないんだから、別のことを仕事にするしかないだろう。俺は体を動かす仕事しか教えられないんだから、自然とそういう流れになるだろう」
「……そうだよね。お爺ちゃんみたいに強くなれるかな?」
「鍛冶屋として必要な筋肉は問題ないだろうな。でも、騎士を目指すとなると……、遺伝的なところを言えば難しいかな?」
「騎士はいいよ。鍛冶屋で頑張ることにする。正直、戦うの怖いし……」
「だけど、さっきの魔法使いの杖と同じで、基本的な武器の扱いと動作は知っておく必要があるぞ」
「ううう……。正直、やりたくない……」
アルスの今までの人生で、戦うということは存在しなかった。そのため、アルスは戦うというものが怖かった。
「嫌がってるけど、造った武器を依頼主に納めに行く時に、盗賊とか山賊なんかと、戦わないといけないかもしれない。そういう時、どうするんだ?」
「……逃げる」
「逃げれなかったら?」
「戦うしかないかもしれない……。そして、そういう人に勝てる自信がないんだけど……」
「戦い方は、俺が教えてやるよ。基礎だけだけど」
「基礎だけで殺されない?」
「大丈夫だ」
「何で、言い切れるの?」
「賊と戦う時には、アルスの方が努力しているからだ」
アルスは首を傾げる。
「……何それ?」
「簡単に言うぞ? 一番強いのは戦闘のプロの騎士だ。理由は、生活のほとんどを戦う時間に充てているからだ。力、体力、技術、全てがトップクラスだ。次は騎士以外の一般人ということになる。体格の差を抜きにして平等な力を持っていたとすると、少しでも努力している奴が強い。で、盗賊とか山賊が努力して鍛えているかというと、鍛えてないのがほとんどだ。奪って楽したい奴が努力してるって、意味が分からないからな」
「……そうだね」
「そこまで努力するなら、騎士になるなりして別の仕事に精を出すはずだ。……それで、話を戻すぞ。アルスは鍛冶屋になるために、俺から武器の使い方を習っている。騎士じゃないけど、一般人よりも訓練をしている。訓練時間が短いとはいえ、賊なんかよりは強くなっているはずだ」
「そうなんだ」
「逃げる体力も、きっと上だ」
「少し安心した」
「それに武器の状態は、整備を欠かさない俺達の方が絶対に上だからな」
アルスは少し尊敬した目でイオルクを見る。
「お爺ちゃん」
「何だ?」
「ちゃんと理由があるんだね」
「間違っているかもしれないけどな。ちゃんと自分で考えて出した結論だ。その代わり、失敗も後悔も、自分の責任だけどな」
イオルクは笑ってみせる。
そんなイオルクを見て、アルスは少しイオルクに魅力を感じ始めていた。自分の両親とは違い、豪快で力強い。それなのに何処か繊細で、自分の考えをしっかり持っている。
(僕は、どうなんだろう? ちゃんと自分の考えを持てているのかな?)
アルスは少し不安になる。何だかイオルクに頼り切っている気がする。
「お爺ちゃん。僕は質問してばっかりで、あまり考えてないね。お爺ちゃんに頼ってばっかりだ」
「いいじゃないか」
「どうして?」
「まだ、考える材料を持ってないだけだ。俺と会話して、そう感じたんなら努力すればいい。知らないことが嫌なら知ればいい。俺の知ってることは、全て教えてやるぜ?」
「本当? いいの?」
「アルスになら特別に教えてやるよ。この世界の知られてない秘密も」
「そんなのあるの?」
イオルクは声をあげて笑う。
「あるんだな……、これが。俺は爺になっちまったけど、調べ集めた秘密が沢山ある」
「凄く気になるよ」
「楽しみだろう?」
「うん!」
「変な話だけど、アルスの呪いっていうのも貴重かもしれない。俺、呪いなんて始めてだ」
「僕も本の中だけだったけど……。でも、見方を変えれば、これも貴重な体験なのかも?」
「いや、貴重な体験にしてしまおう」
アルスは首を傾げる。
「呪いなんかに負けてやらない。それすら、俺達の人生の思い出の糧だ」
「呪いに負けない……。うん! それにする!」
「じゃあ、呪いっていうのを試すか?」
「うん!」
イオルクは右手の人差し指を立てる。
「魔法をおさらいしようか。魔法には大きく分けて二つある。詠唱が必要な呪文を使うもの。詠唱を使わない使用者の力量によるもの」
「詠唱魔法は攻撃魔法と補助魔法。それ以外は、回復魔法だね」
「その通り。そして、人間でも卓越した魔法使いは、詠唱を破棄して自分自身をコントロールして魔法を使える」
「それで、エルフや魔族は呪文を必要としないんだよね」
「よく勉強してるじゃないか」
「これだけは、一生懸命やってたから」
「じゃあ、攻撃魔法を呪文なしでレベル1から言えるか?」
「うん。
レベル1…
ウォーターボール
ファイヤーボール
エアボール
地と雷は存在しない。簡単な特性を言うと……、形状は球体。掌大の球体を発生させる。射程は長い。詠唱時間は短い。
レベル2…
アースウォール
ウォーターウォール
ファイヤーウォール
エアウォール
雷は存在しない。形状は壁。一辺が片腕ほどの長さの立方体を発生させる。射程は短い。詠唱時間は短い。
レベル3…
アースリバー
ウォーターリバー
ファイヤーリバー
エアリバー
サンダーリバー
形状は川。一辺が片腕ほどの長さの正方形からなるエネルギーの奔流。射程は中距離。詠唱時間は中って、表現かな?
レベル4…
名前は色々だね。使用する人によって違うみたい。僕の家では最後にCって付けてた。Compression のC。
アースボールC
ウォーターボールC
ファイヤーボールC
エアボールC
サンダーボールC
形状は球体。レベル3のエネルギーをレベル1の球体に圧縮して使用する。射程は長い。詠唱時間は長い。
レベル5…
アースイーター(大地が敵を飲み込む)
ブリザード(吹雪)
エクスプロージョン(爆発炎上)
サイクロン(竜巻)
サンダーボルト(落雷)
形状は独特。各系統独自の長所を生かしたもの。射程は各系統によってバラバラ。詠唱時間は長い。
こんなところかな?」
「大したもんだ」
「レベル1は使えるよ。レベル2以降は、今度、教えて貰う予定だったんだ……」
「そうか」
イオルクは辛いことを思い出させてしまったと思いつつも、話を続ける。
「ところで……。何で、レベル1で止まってたんだ?」
「魔法の力を知りなさいって。魔法の力が、どういうものか分かるまで、レベル2は教えないって」
イオルクは腕を組んで右手を顎に当てる。
「そうか。魔法の基礎を覚えている最中だったのか」
「うん」
「俺の知り合いは、知ったその日に片っ端から試したみたいだけどな」
「どういう人なの……」
「教わる先生が居なくて独学で覚えた奴さ」
「独学? ちょっと想像できないなぁ」
イオルクは親友のクリスの努力と成果をちゃんと確認している。故に言葉に嘘はなく、思った通りの評価を口にする。
「凄く優秀だぞ」
「独学なのに?」
「独学だけど、自分に厳しい奴だった。足りない分は独自の発想力で乗り越える感じだ。諦めない、挫折しない、道がなければ自分で作るタイプだ」
(本当に魔法使いなのだろうか……)
「最後は、エルフに弟子入りしたよ」
(変な言葉が出てきた……)
アルスは額を押さえた。
「エルフに弟子入りって、おかしいよね? 人間を嫌ってるエルフが人間を弟子に取るなんて?」
「面白いだろう? 今度、会わせてやるよ」
「本当なんだ……」
(一体、どういう人なんだろう?)
アルスは、イオルクが少し分からなくなった。
「さて、レベル2の魔法を教えるぞ。火は家が燃えると困るし、水は足場が悪くなる。土は邪魔になるから、風のエアウォールを試そう」
「うん、分かった」
「俺の詠唱を続けるんだ」
アルスが頷く。
イオルクの口から発せられるエアウォールの詠唱をアルスは復唱する。呪文が完成するとイオルクには何も起きなかったが、アルスの目の前で風の壁が辺りを押し返し、砂埃を舞わせた。
そして、砂埃が晴れ始めてイオルクがアルスを確認した時、アルスの目は赤く光っていた。