バーサーカーとなったアルスが獲物を見つけて走り出す。イオルクは、がっしりと手と手を組み合わせた。
(信じられない速さで走ってきた。それに、この手を押し返す力……。これがさっきのへなちょこの力なのか?)
歳を取り、幾らか力が衰えたとしても、並みの騎士よりも筋力が上だと、イオルクは自負している。体も一般男性より大きく、その分、体重もある。
それなのに十歳の小さな少年が押し負けない。互角に押し合っている。
「強化されているのは純粋な力か……。二倍ぐらいか……」
アルスの力が単純に二倍になる。イオルクは力加減でそう判断した。
「足から腰、背中に肩、腕から手に伝わる力を総合すると、そう思う……。二倍だ」
イオルクとアルスは押し比べたまま動かない。
「だけど、力の込め方が分かってない。武器の使い方を覚えさせる前でよかった。変に体の使い方を覚えさせてたら、ちょっと拙かった」
イオルクは脇を占めて背中の筋肉を引っ張る。
「ガキが、こんな無理な力を未熟な筋肉で引き出して、体が壊れないか心配だな」
イオルクは自分の発した言葉に疑問を持つ。
「未熟な筋肉? そんなはずないだろう!」
イオルクがアルスを押し返し、イオルクとアルスの額から汗が流れる。
「筋肉の量ってのは一気に増えない。だったら、力を引き出しているのは別のもんだ……!」
アルスが吼える。
イオルクの力を押し返そうするが、イオルクは、現状の姿勢を維持し続ける。
「どうやってるかは知らないが、さっきの魔力の分だけ力に変えているのか」
時間にして十分。アルスのバーサーカーの呪いが解けた。
力が抜けたアルスを見て、イオルクは大きく息を吐き、一方のアルスは地面に膝を突いた。
「本当に……。バーサーカーになった……」
「大丈夫か?」
アルスが無言で頷くと、イオルクはアルスの手を放して地面に胡坐を掻いた。
「どんな感じだった?」
「バーサーカーになってた記憶がある……。お爺ちゃんと手を合わせて、力で押し込もうとしてた……」
「凄い力だったな」
「でも、バーサーカーになっていたという記憶があるだけで、バーサーカーになっている時は、何も考えられていないみたい」
「どういうことだ?」
アルスは自分の両手を見る。
「今、記憶に残っているのは結果だけ……。自分の意思が介入した形跡がない……」
「そういうもんだろうな。狂戦士って言うんだから」
「これ……、利用なんて出来るもんじゃないよ」
「そうだな。だけど、怖さは分かったよな?」
「うん」
「人に向けちゃダメだぞ。体重も力も上の俺と、互角なんだからな」
「分かってる……」
イオルクは立ち上がると、家に戻ってメモ帳とペンを持ってきた。
「記録を取っておかないとな」
メモに――
レベル2…エアウォール
継続時間十分。
身体能力の向上、二倍。
――と書き込む。
「レベル3からは、アルスを縛り付けて確認だな」
「縛る?」
「どうなるか分からないからな」
「そうだけど……」
(何か嫌だな……)
イオルクは忘れていたことを思い出す。
「ところでさ。お前、体に異常はないのか?」
「異常?」
「体が痛いとかだよ。あれだけの力を引き出したんだぜ?」
「そういえば……」
アルスは立ち上がって、体を軽く動かす。腕を回したり、少し走ってみたりする。
「何ともないみたい」
「追加だな」
メモに『耐久力も二倍』と付け加える。
「予想を言うぞ?」
「うん」
「単純に全てが二倍になるみたいだ。力も耐久力も。力は見たまんまだけど、その力を使って体に怪我がないってことは、その力を受け止める体の強さというのも同時に備わるみたいだ」
「それで、耐久力なんだ」
イオルクは腰に手を当てる。
「もう少し厳密に調べる必要がありそうだな」
「何を調べるの?」
「レベル3と4と5も使わないといけないってことだよ」
「何で?」
「効果が違うかもしれないだろう?」
「注ぎ込む魔力量とかだね……、あれ?」
「どうした?」
「そうなると、使う属性によってっていうのも……」
「有り得るな。鍛冶屋の技術を仕込む前に、一人前の魔法使いになる必要がありそうだ。とりあえず、レベル3使って、レベル2との差分を調べる。次にレベル2で、属性の違いによる効果の違いを調べる」
「レベル2の魔法は発動したけど、レベル3以降の魔法は使えるかも分からないよ?」
「試すしかないな」
「大変そうだね」
イオルクとアルスは、先の見えない試練に溜息を吐いた。
…
夜――。
二階でアルスが眠りに着いた頃、イオルクは、一階の居間のテーブルで酒を飲んでいた。そして、溜息混じりに呟く。
「アルスが失ったものが大き過ぎる……」
昼間に試したバーサーカーのメモをテーブルに置いて、イオルクは、再び溜息を吐いた。
メモには調べたいことが全て揃っている。レベル5までの魔法を試した結果まで……。
「呪文を唱えただけで、全ての魔法が発動してしまった……。アルスの魔法使いの資質は特別だった……」
クリスの話していた魔法使いの資質が遺伝するという話。それがイオルクの頭の中に蘇る。
「クリスと連絡を取ってから、足りない魔法を覚えさせる方法を相談をするつもりだったのに……。今は分からないかもしれないけど、大人になって失った力の大きさが分かる。アルスは、今日、自分の資質を知ってしまったのだから……」
イオルクはメモを見る。
「魔法のレベルによって持続時間だけが変動する……。こんな使い物にならない呪いのために……!」
イオルクは拳を握り、テーブルを叩きつけようとしてやめる。
「……アルスが寝てる」
イオルクは、今になって自分の責任の重さを感じた。
「アルスに、俺の出来る限りの全てを残さないとな……」
(俺に、どれだけのものが残せるか? 鍛冶の技術? 戦いのための技術? 全部、残してやりたい……。でも、アルスは魔法使いだ。何処まで強くなれるか……。だけど、アルスが生きるために残さないと……、俺はアルスのお爺ちゃんになったんだ。いつかアルスが自分の資質に気付いて俯いた時、それに負けないものが自分の中にあるって思えるようにしてやる。オリハルコンは、アルスのために使う)
イオルクは、今まで集め続けたオリハルコンをアルスのために使うと決めた。