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作製編   4 【強制終了版】

 バーサーカーとなったアルスが獲物を見つけて走り出す。イオルクは、がっしりと手と手を組み合わせた。

(信じられない速さで走ってきた。それに、この手を押し返す力……。これがさっきのへなちょこの力なのか?)

 歳を取り、幾らか力が衰えたとしても、並みの騎士よりも筋力が上だと、イオルクは自負している。体も一般男性より大きく、その分、体重もある。

 それなのに十歳の小さな少年が押し負けない。互角に押し合っている。

「強化されているのは純粋な力か……。二倍ぐらいか……」

 アルスの力が単純に二倍になる。イオルクは力加減でそう判断した。

「足から腰、背中に肩、腕から手に伝わる力を総合すると、そう思う……。二倍だ」

 イオルクとアルスは押し比べたまま動かない。

「だけど、力の込め方が分かってない。武器の使い方を覚えさせる前でよかった。変に体の使い方を覚えさせてたら、ちょっと拙かった」

 イオルクは脇を占めて背中の筋肉を引っ張る。

「ガキが、こんな無理な力を未熟な筋肉で引き出して、体が壊れないか心配だな」

 イオルクは自分の発した言葉に疑問を持つ。

「未熟な筋肉? そんなはずないだろう!」

 イオルクがアルスを押し返し、イオルクとアルスの額から汗が流れる。

「筋肉の量ってのは一気に増えない。だったら、力を引き出しているのは別のもんだ……!」

 アルスが吼える。

 イオルクの力を押し返そうするが、イオルクは、現状の姿勢を維持し続ける。

「どうやってるかは知らないが、さっきの魔力の分だけ力に変えているのか」

 時間にして十分。アルスのバーサーカーの呪いが解けた。

 力が抜けたアルスを見て、イオルクは大きく息を吐き、一方のアルスは地面に膝を突いた。

「本当に……。バーサーカーになった……」

「大丈夫か?」

 アルスが無言で頷くと、イオルクはアルスの手を放して地面に胡坐を掻いた。

「どんな感じだった?」

「バーサーカーになってた記憶がある……。お爺ちゃんと手を合わせて、力で押し込もうとしてた……」

「凄い力だったな」

「でも、バーサーカーになっていたという記憶があるだけで、バーサーカーになっている時は、何も考えられていないみたい」

「どういうことだ?」

 アルスは自分の両手を見る。

「今、記憶に残っているのは結果だけ……。自分の意思が介入した形跡がない……」

「そういうもんだろうな。狂戦士って言うんだから」

「これ……、利用なんて出来るもんじゃないよ」

「そうだな。だけど、怖さは分かったよな?」

「うん」

「人に向けちゃダメだぞ。体重も力も上の俺と、互角なんだからな」

「分かってる……」

 イオルクは立ち上がると、家に戻ってメモ帳とペンを持ってきた。

「記録を取っておかないとな」

 メモに――

  レベル2…エアウォール 

   継続時間十分。

   身体能力の向上、二倍。

 ――と書き込む。

「レベル3からは、アルスを縛り付けて確認だな」

「縛る?」

「どうなるか分からないからな」

「そうだけど……」

(何か嫌だな……)

 イオルクは忘れていたことを思い出す。

「ところでさ。お前、体に異常はないのか?」

「異常?」

「体が痛いとかだよ。あれだけの力を引き出したんだぜ?」

「そういえば……」

 アルスは立ち上がって、体を軽く動かす。腕を回したり、少し走ってみたりする。

「何ともないみたい」

「追加だな」

 メモに『耐久力も二倍』と付け加える。

「予想を言うぞ?」

「うん」

「単純に全てが二倍になるみたいだ。力も耐久力も。力は見たまんまだけど、その力を使って体に怪我がないってことは、その力を受け止める体の強さというのも同時に備わるみたいだ」

「それで、耐久力なんだ」

 イオルクは腰に手を当てる。

「もう少し厳密に調べる必要がありそうだな」

「何を調べるの?」

「レベル3と4と5も使わないといけないってことだよ」

「何で?」

「効果が違うかもしれないだろう?」

「注ぎ込む魔力量とかだね……、あれ?」

「どうした?」

「そうなると、使う属性によってっていうのも……」

「有り得るな。鍛冶屋の技術を仕込む前に、一人前の魔法使いになる必要がありそうだ。とりあえず、レベル3使って、レベル2との差分を調べる。次にレベル2で、属性の違いによる効果の違いを調べる」

「レベル2の魔法は発動したけど、レベル3以降の魔法は使えるかも分からないよ?」

「試すしかないな」

「大変そうだね」

 イオルクとアルスは、先の見えない試練に溜息を吐いた。


 …


 夜――。

 二階でアルスが眠りに着いた頃、イオルクは、一階の居間のテーブルで酒を飲んでいた。そして、溜息混じりに呟く。

「アルスが失ったものが大き過ぎる……」

 昼間に試したバーサーカーのメモをテーブルに置いて、イオルクは、再び溜息を吐いた。

 メモには調べたいことが全て揃っている。レベル5までの魔法を試した結果まで……。

「呪文を唱えただけで、全ての魔法が発動してしまった……。アルスの魔法使いの資質は特別だった……」

 クリスの話していた魔法使いの資質が遺伝するという話。それがイオルクの頭の中に蘇る。

「クリスと連絡を取ってから、足りない魔法を覚えさせる方法を相談をするつもりだったのに……。今は分からないかもしれないけど、大人になって失った力の大きさが分かる。アルスは、今日、自分の資質を知ってしまったのだから……」

 イオルクはメモを見る。

「魔法のレベルによって持続時間だけが変動する……。こんな使い物にならない呪いのために……!」

 イオルクは拳を握り、テーブルを叩きつけようとしてやめる。

「……アルスが寝てる」

 イオルクは、今になって自分の責任の重さを感じた。

「アルスに、俺の出来る限りの全てを残さないとな……」

(俺に、どれだけのものが残せるか? 鍛冶の技術? 戦いのための技術? 全部、残してやりたい……。でも、アルスは魔法使いだ。何処まで強くなれるか……。だけど、アルスが生きるために残さないと……、俺はアルスのお爺ちゃんになったんだ。いつかアルスが自分の資質に気付いて俯いた時、それに負けないものが自分の中にあるって思えるようにしてやる。オリハルコンは、アルスのために使う)

 イオルクは、今まで集め続けたオリハルコンをアルスのために使うと決めた。

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