イオルクとアルスの新しい生活――。
子供を育てたことのないイオルクにとって、驚きの連続だった。しかし、それは魔法中心で貴族の生活をしていたアルスも同じことだった。
朝食は不器用ながらの男同士の料理。掃除洗濯、鍛冶の仕事を共にして昼食。昼食後は、魔法の稽古と勉強。夕方、武器の稽古。
アルスの遊ぶ時間は? ……必要ないのかもしれない。何故かアルスの笑い声が響いている。イオルクとアルスの精神年齢は近いのかもしれない。そして、一番意外だったのは、アルスが武器の稽古に興味を示したことだろう。
槍の振り方を教えながら、イオルクはアルスに話し掛ける。
「正直、アルスはこういうことが苦手で嫌いだと思ってたよ」
「ちょっと物語の主人公みたいかなって、思うようになったよ」
「魔法中心で、バーサーカーを知らなかったくせに」
「悪い魔法使いから、お姫様を助け出す物語を読んだことがあるから、その本の影響かな?」
「一応、男の子らしい本も読んでたのか。あ、槍の先が下がってるぞ」
「腕がしんどくなってきた」
持ったこともなかった槍を持ち、腕が疲れるまで体を動かすのは、アルスにとっては初めての体験だった。
「その状態も大事なんだよ。腕がしんどくなって槍が下がる。注意事項だ。疲れたら意識するといい」
「うん」
アルスが下がり過ぎた槍を修正する。
「持って初めて分かるけど、槍って前が重いね」
「その槍には刃物が付いてんだから当然だろう」
「そうじゃなくて、バランスが取りにくいってこと。前と後ろを吊り合わせるんだったら、真ん中より前で持たなければいけないけど、攻撃のリーチを考えると後ろを持つべきだよね」
イオルクが槍を下ろすと、アルスも槍を下ろす。
「いい傾向だな。自分で考えてるじゃないか」
アルスは照れ笑いを浮かべる。
「そこも重要なんだ。使う人間によっては、バランスまで注文してくるからな。槍の後ろに石突きっていうのを付けて、槍頭との重さのバランスを調整することもあるんだよ」
「へぇ」
「前に使っていた槍と同じバランスで使用したいって注文もあるからな。愛着がある武器だと持ち替えるのに抵抗がある。それでも壊れるものだから、持ち替えた時に違和感がないようにしてやるんだ」
「知らなかったなぁ」
「まあ、中には使えればいいって奴も居るから、場合によりけりなんだけどな」
「ふ~ん……。お爺ちゃんは?」
「俺は使えればいいタイプだな。持った武器に合わせるタイプかな?」
アルスは意外そうにイオルクを見る。
「少し想像と違った。鍛冶屋だから、武器に拘りがあるのかと思ってた」
「一応、元騎士だからな。色んな武器を使ってたよ。少し話すと、見習いの時は支給されたお古の武器で統一性がなくてバラバラだったんだ。俺は、他の人より見習い期間が長かったから、そんな武器で戦うのに慣れちゃったんだ」
「どうして、見習いが長いの?」
「隠された男の浪漫というのがあるんだよ」
イオルクが男前の顔で歯を光らせると、アルスは声を出して笑う。
「失礼な奴だな」
「だって、今の冗談でしょう?」
「本当に失礼な奴だな。俺だって、人生が笑い話だけじゃないんだぜ? ちゃんとシリアスな話も幾つかあるんだ」
「じゃあ、今度、聞かせてよ」
「そうだなぁ。ただ、あまり子供に聞かせるような――大丈夫か?」
アルスが首を傾げる。
「俺は十歳で見習いの騎士になって戦場にも行ったんだし、少しぐらいハードな内容でも平気だよな」
「…………」
アルスは無言で視線を逸らした。
「だらしないな」
「怖いのは無理……」
「少しずつ慣らすか。まあ、怖い目に合わないのがベストだけど、こんな御時世だからな。ドラゴンチェストには盗賊が沢山居るし、避けて通れない。諦めろ」
「そんな簡単に……」
「俺は金持ちじゃないんだ。売りに行く度にハンター雇ってたら、赤字になっちまうよ」
「ううう……」
「しっかりしろよ。しっかりとボコり方教えるから」
「物騒なことを笑顔で言わないでよ!」
アルスは頭を抱えるが、魔法が使えない以上、武器で戦うのが主流になるのは間違いない。
「人を殺すかもしれないことなんてしたくないよ……」
「誰も進んで殺しに行けとは言ってないぞ? 正当防衛内での話だ」
「そ、そうだよね?」
「まあ、まず狩りでもして、夕飯の獲物でも捕りながら慣れるか」
「怖い……」
「人間は生きていくのに必要な栄養素を補給しなくちゃいけない。それに、逆に動物に襲われることもある。獲物を捕るのは自然の中のルールだ。同じ人間同士と分かっているのに殺し合うことをするのがルール違反。そのルール違反に負けてはいけない」
「お爺ちゃんは正しいよ……。でも――」
俯くアルスに、イオルクはしっかりと言い切る。
「その嫌悪感は持ち続けていい」
「え?」
「だけど、それに耐えられる強い心を持て。理不尽な暴力に命を落としてやることはない。その時、戦わないで後悔するようなことはするな」
「理不尽……」
アルスの頭に両親の死が蘇る。
「そうだね……。死ぬのは嫌だ……」
「っと、悪い。思い出させちゃったな」
アルスは俯かせていた視線を上げる。
「大丈夫。辛いけど、忘れないよ。理不尽な暴力に負けないように頑張るよ」
「少しずつ強くなろうな。体も心も」
「うん」
「しっかり、教えてやるから」
「ありがとう、お爺ちゃん」
イオルクはアルスを見ると呟く。
「案外、どうにかなるかもしれないな……」
「え?」
「いや、こっちのことだ」
(体の方は限界があるかもしれないけど、技術の方でカバー出来るかもしれない。こんなマンツーマンで戦い方を教えるなんてこと、通常、有り得ない。俺の戦いでの感じ方も伝えられるかもしれない。それが出来れば、アルスは一人旅をしても平気なはずだ。俺が死んでも生きていける)
成長していくアルスを想像すると、イオルクは笑みを溢した。
「これが親の喜びってヤツかね?」
イオルクの独り言に、アルスは首を傾げる。
「さて、もう一頑張りするか」
「うん!」
イオルクとアルスは槍を構え直した。