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作製編   8 【強制終了版】

 領主と呪いについての会話が終わると、イオルクは、それ以上、領主を責められなくなっていた。あまりに偶然が重なり過ぎている。被害者をあげるなら、領主も被害者と考えられる。殺したくもない者を殺してしまった罪に苦しんでいる。

(どうしたもんか……。アルスに『恨むな』とは言えないし……)

 この場には、行き場のない恨みだけが残っている。

(これが魔族の復讐か……)

 イオルクは、どうしようもない状態に溜息を吐いた。

 ――アルスは、どういう答えを出すのか?

 ――答えを出して、ちゃんと先の人生を歩めるのか?

 その疑問がイオルクの心に強く残る。


 …


 そして、会話のないまま時間が過ぎる――。

 領主の部屋の扉が開き、再びアルスが姿を現わすと、イオルクは困った顔でアルスに話し掛ける。

「あのな……。少し複雑な事情があってだな――」

「理由は、どうでもいい。僕は、きっと許せないから」

「アルス……」

 アルスは自分から前に進んで歩くと、領主に近づいた。

「おじさん……。僕は、絶対に許さない」

「……すまない」

「ここで嘘でも許すなんて言えば、お父さんとお母さんに会わす顔がない」

「その……通りだな」

 領主は深く俯いた。

「そして、ここで、おじさんを許すのも、おじさんに対して辛い思いをさせる」

「……え?」

 領主に向けられた言葉は予想外のものだった。

 領主はアルスから浴びせられる言葉を、どんなものでも受け入れるつもりでいたが、アルスの出した答えは違うもののようだった。

 アルスの言葉が続く。

「僕が許したら、おじさんは罪と向き合えない。そんなの後悔をしている人にするのは間違っている。ちゃんと、おじさんが後悔しているから許さない。しっかりと謝ってくれたから許さない。……簡単に許されたら、もっと、辛いでしょう?」

「……ああ」

 アルスはポケットから歪なナイフを取り出すと、それを領主に差し出す。

「これは?」

「僕の勇気の形……。怖くて眠れなくて、おじいちゃんと一緒に造ったナイフ……」

 領主はアルスの手の中の歪なナイフに目を向ける。

「罪に押し潰されそうになったら、これを見て……。これも、僕のもう一つの気持ち。罪で心を潰さないで欲しいんだ。――だから、このナイフをあげる」

 どうしていいか分からない顔で、領主は言葉を漏らす。

「そんな大事なもの……。私なんかが……」

 困惑する領主を見てから、アルスはイオルクへ視線を向け――

「僕は、おじいちゃんから勇気を貰えるから」

 ――そっと、領主の手に歪なナイフを握らせる。

 イオルクはアルスを見て微笑むと、アルスの頭を力強く撫でた。

「俺がいつでも、しっかりと勇気を叩き込んでやる」

「うん……。ありがとう……」

 領主に歪なナイフを渡したあと、アルスは自分のリュックサックから剣を取り出す。

「そして、こっちが初めて造った剣」

 その剣を見て、領主は首を振る。

「納めなくていい……」

「でも……」

 領主は歪なナイフを大事に握って見せる。

「このナイフで十分だ。君の気持ちがよく分かる」

「僕の気持ち?」

「このナイフには刃がない。だけど、武器だ。だから、勇気。優しい強さを感じる。このナイフは、確かに特別だ」

「うん。だから、おじいちゃんは刃をつけなかったんだと思う」

 アルスと領主の会話を聞いて、イオルクは頭を掻く。

(ガキだから、ただの危険防止に刃をつけなかっただけなんだがな……)

 イオルクは言葉を飲み込んだ。今、目の前の二人が、そのナイフで心が少しでも救われるなら、それが正しいと思ったから。

(難しい言葉なのは両親の教育のせいだな。実にガキに似つかわしくない。でも、それが逆にアルスの両親に対する愛の深さを感じさせる……)

 イオルクは微笑む。軟弱に感じていたアルスだが、心は思いの他、強かった。家族とかそういうものを抜きにして、イオルクは、アルス個人として好きになった気がした。


 …


 日が傾き始めた頃――。

 イオルクとアルスは、アルスの両親の墓でしっかり手を合わせ、魔法特区の町を後にしていた。振り返れば、魔法特区の町は小さくなっている。

 次の町に向けての途中、イオルクはアルスに呪いの話をしていた。

「――と、こんな感じで、サウス・ドラゴンヘッドから流出したらしい」

「そうだったんだ。じゃあ、領主のおじさんも被害者なんだね」

「ああ」

「そっか……」

 アルスは子供なりに領主へ同情の念を向けていた。

「しっかし、アルスの言葉には驚いたよ」

「何が?」

「ガキのくせにあんな難しいこと、考えてんだからな」

「半分は受け売りだよ。昔話に女の人に酷いことをした王様が居て、それを女の人が許すんだ。そうしたら、許されたことで罪に対する罰を受けられない王様は一生苦しんだ。だけど、それこそが女の人の復讐だった。そして、お母さんなら、どうするかって――昔話の女の人みたいに復讐はしない」

「それで、出した答えがあれか?」

「うん。僕には、あれ以上の罰を与えるなんて出来ないよ。……へなちょこだからね」

 アルスは小さく笑う。

「それは、今の体付きだろう? 心の方は、意外と芯が通っているんだな」

「そうかな?」

「末期的な危機じゃない限りは、心が乱れてなかったからな」

「逆に末期的な危機を体験したから、心が乱れなかったとも考えられない?」

「なるほど……」

(それでも、両親を殺した相手を気遣うことが出来るのは器が大きいと思うが)

 イオルクは、アルスを見る。

(根が優しいだけか……。だけど、この性格は下手したら命取りになるかもしれんな)

 アルスの長所こそ短所になりそうな気がした。しかし、そこを直すというのも気が引ける。

(素直な性格を利用して鍛えるか)

 イオルクは、今後、教え込ませなければいけない技術の習得方法を考え始めた。

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