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作製編  10 【強制終了版】

 時は流れ、三年半が過ぎる――。

 イオルクはアルスに色んなことを教え込んだ。

 生きるために稼ぐ――鍛冶屋の技術。その造った武器を売りに行くために身を守る――戦う技術。そして、クリスとの情報のやり取りで手に入れた魔法の技術を、アルスと一緒に試行錯誤した。

 一方のアルスは、しっかりとイオルクの技術を引き継ぎながら成長し、鍛冶の技術と戦う技術は、そろそろ仕上げに入る段階まで叩き込まれていた。また、一番の問題のバーサーカーの呪いは、三年間の間に魔法のレベル1とレベル2との境界を見極め、現在は完全に使用禁止の封印状態までになっていた。

 しかし、いくら呪いの問題を解決できても、アルスの胸の苦悩は一向に消えることはない。本来、一番伸びるはずの魔法の技術が応用を覚えるまでに留まり、レベル2以上の魔法を使えないという使用制限が、アルスの成長と共に憤りを大きくするからだ。

 それはアルスだけにある、避けて通れない試練なのかもしれない。応用を覚える度に、自分の中にある魔法使いとしての資質を強く理解してしまう。成長すればするほど、苦悩を大きくする。使えないというのではなく、自分で使わないという戒めを掛ける現実。約束されていた魔法使いとしての未来を閉ざされたと思い知る。

 この三年半は、成長する実感と成長できない現実が、隣り合わせで存在し続けていた。


 …


 アルスの部屋――。

 時刻は既に夜になり、机の前の蝋燭の明かりの前で、アルスは武器の設計図を書いていた。

「お父さん……。お母さん……」

 設計図を見ながら、優秀な魔法使いだった父と母を思い出す。設計図には、未だに諦め切れない魔法使いのへの憧れの細工が記されていた。

「……未練がましい」

 そう呟くと、アルスは設計図を握り潰した。

「いい加減、諦めなくちゃいけないのに……」

 椅子から立ち上がり、アルスは蝋燭の火を吹き消すと、ベッドにそのまま倒れるように寝転がる。ベッドは三年のうちに大きくなったアルスを受け止め、ギシリと音を立てた。

「僕には鍛冶屋としての道があるんだ……」

 成長して将来を考え始めたアルスは、閉ざされた魔法の資質に苦悩していた。それは出来るようになったことが多くなったからでもある。

 何も持っていなかった子供の頃にはなかった未練――その未練は武器造りにも影響が出ていた。


 …


 翌朝――。

 珍しく自分から起きて来ないアルスを起こしに、イオルクが二階への階段へと向かう。

「最近、オリジナルの武器を造ろうなんて頑張っているけど、まだ早いんじゃないかと思うんだよな」

 階段を上がり、イオルクはアルスの部屋を開ける。

 背が伸び、生活習慣の変化から少し逞しくなったアルスを見て、イオルクが微笑む。

「やっぱり、少し線が細いんだよな。そして、顔はガキん頃のまんまだもんな」

 イオルクは『遺伝する資質の違いかな?』と溢しながら、アルスを起こそうとベッドに近づく。すると、机の上で丸められた紙が目に入った。

「何だこりゃ?」

 丸められた紙を広げて出てきたのは、昨夜、アルスが書いた武器の設計図だった。

「へぇ……。中々面白いことを考えるな」

 皺くちゃの設計図を机に押し付けて皺を伸ばすと、イオルクは改めて設計図を見直す。

「大剣か……。中央に砲筒を仕込んで筒の両端に刃……。で、砲筒と柄とを月明銀で結んで形態変化を使う……。剣に溜め込んだ魔力を圧縮して撃ち出すから、呪いは発動しない……」

 イオルクは、寝ているアルスを見る。

「これ武器なのか? ……まあ、魔法使いも諦め切れないか」

 再び設計図に視線を戻すと、イオルクは腕を組む。

「でも、これって欠陥品だよな。砲筒を剣の先端に付けるから、切っ先が覆われちまってる。これだと、剣身の刃の部分より大きいものが斬れないぞ。引き抜いた時にも引っ掛かる」

(きっと、それに気付いて設計図をくしゃくしゃにしたんだな)

 それこそが武器造りに出た影響だった。自分の資質を活かすために、武器としての本質を置き去りにして制約を掛ける。鍛冶職人よりも、魔法使いとしての考えを優先させてしまった欠陥だった。

 しかし、イオルクの顔は、それほど問題視していないようだった。それどころか、アルスの設計図に可能性を感じていた。

「この発想は面白いな」

 イオルクは椅子に座り込むと、設計図を睨み続ける。

「欠陥品のままにしておくというのも有りかもしれない……。こんな剣、誰も欲しがらないだろうし」

 机の鉛筆を取ると、イオルクは設計図を少し描き換える。

「この砲筒をこうして……。柄は、こう……。そして、アルスが使うなら……」

 イオルクは手を止めて、今度は描き加えた設計図を難しい顔で眺める。

「このアイデアを活かして、生涯最高の材料と技術を使ってみるか」

 イオルクがオリハルコンの使いどころを決めた時、ようやくアルスが目を覚ました。

「……お爺ちゃん?」

「よう」

「おはよう……? あ! それ……」

 イオルクの手の中にある設計図に気付き、アルスは頭に手を当てる。イオルクに教わった技術があるにも拘らず、未だ魔法使いに未練を残すアルスは申し訳ない気持ちになった。

「ごめんね。まだ魔法使いのことに拘ってるんだ……」

「いいんじゃないか? 致命的な欠陥があるけど、それも含めて、これを造ろうと思ったとこだ」

 返ってきた予想外の言葉に、アルスは目をパチクリとする。

「嘘?」

「本当だよ」

「月明銀を使うことになるんだよ?」

「砲筒の部分だろ?」

「うん」

「それ以外は、オリハルコンを使おうと思う」

「……は?」

 アルスに設計図を突き付けると、イオルクは設計図を指差す。

「こういう細工を入れる」

「これって……」

 アルスの目が書き加えられた説明文を追い、追加された図を理解し始める。

「上手くいけば、絶対に壊れない剣が出来る」

「でも、そんなことを思いながら魔法を使い続けるなんて――」

「だから、月明銀にその命令を刻み込むんだよ」

「……完成しても完成しないよ?」

「だから、面白いんじゃないか。お前、使い手を捜せよ」

「……それまでに、これを完成させろと?」

 イオルクは頷いた。

「いいの? お爺ちゃんは完成した姿を見れないよ? 下手したら、僕もだけど」

「だから、面白いんじゃないか」

(面白いか……)

 アルスは頭を掻く。

「……まあ、砲筒の状態でも魔法使いなら飛びつくだろうけど」

「切っ先を相手に向けられればな。これは腕力のない魔法使いには使えない。日々鍛えている魔法使いのアルスにしか使えないはずだ」

「僕だけ……? それにオリハルコンを使っていいの?」

 イオルクは頷く。

「三十年以上集めて、全部で武器二つ分だ」

 イオルクの決断にアルスは戸惑いを覚えると、自分の胸に右手を置く。

「本当にいいの? この武器って、僕の魔法使いとしての欲求を満たすものだよ?」

「ああ、いい。どうせ俺は、もう使える歳じゃないし、アルスが使い続けるなら満足だ」

「何か、凄く無駄遣いな気がするんだけど……」

「人生は往々にしてそういう風に出来ているもんさ」

 イオルクはニカッと笑ってみせる。

(こういう顔した時のお爺ちゃんって、止められないんだよな……)

 『使うのはオリハルコンなのに……』と思いつつ、アルスは了解と頷く。

「じゃあ、今日から造るぞ!」

 イオルクは設計図を持って、アルスの部屋を出て行った。

「切っ先を砲筒が覆っちゃう欠陥を、どうするつもりなんだろう?」

 ベッドから起き上がると、アルスは伸びをする。

「かなり危なそうだから、鞘もしっかりと造らないといけないんだけど……。あの様子だと、そんなことは考えてないだろうな」

 アルスはイオルクを見て、自分の悩みが吹き飛ばされた気がした。その証拠に部屋を出る時には軽い足取りに変わっていた。

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