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作製編  13 【強制終了版】

 二ヵ月が過ぎた頃――。

 全てのオリハルコンは錬成され、不純物が取り除かれた状態になっていた。過程は調べ上げたメモからオリハルコンが溶ける少し手前の温度に火炉のケラを保ち、僅かに付着する不純物を溶かして排出し、その後、火炉を綺麗に整備し直し、純粋に残ったオリハルコンを二日掛けて錬成するというものだった。

 しかし、この工程に辿り着くまでが大変だった。オリハルコンという未知の金属が、どの程度の熱量で溶け出すのかは手探りの部分も多い。実験で得た予測量が、天気や湿度の影響で、当然、ぴったりと一致するはずもなく誤差が出る。赤火石を僅かな量入れ過ぎただけで、熱が上がり過ぎて不純物と一緒にオリハルコンが液化してしまったこともあった。個体の状態をギリギリ保つ状態をその日の条件に合わせて見極めなければならないのだ。

 それでも、めげることなくイオルクとアルスは錬成を繰り返し、全てのオリハルコンの錬成を二ヶ月掛けて終えたのである。

「玉鋼ならぬ、玉オリハルコン?」

「絶対に言わないと思うぞ」

「だよね?」

 アルスは笑って誤魔化す。

 とはいえ、溶鉱炉に頼らず、たたら製鉄でオリハルコンを錬成できた喜びは大きい。この錬成したオリハルコンの純度は、伝承にあるオリハルコンを遥かに凌いでいるのだ。

 そして、材料が揃ったところで、いよいよ武器造りに入る。

「問題は、折り返し鍛錬が出来るかだな」

「うん。そもそもオリハルコンに鍛錬が必要なのか……もだよね?」

「ああ……。鍛錬は無駄かもしれない。やらなくていい工程かもしれない」

「でも、やるんでしょう?」

「やる。史実通りに型に溶かして流さない」

「失敗するかもしれないよ?」

「そん時は……別のことを考えよう」

「お爺ちゃんは……」

 アルスは呆れて溜息を吐く。

「やるぞ?」

「うん」

 イオルクとアルスは、錬成された小さく分かれているオリハルコンを丁寧に赤火石の台に一塊になるように置くと、燃え盛る火炉に押し込み、緑風石の円筒から風を送る。

「まず、細切れになって錬成されているオリハルコンを一つの塊に戻す」

「うん。メモにある分の赤火石を追加するよ」

 アルスが赤火石を火炉に追加すると、火炉は猛りを強くする。

「さあ、来い来い来い来い……」

 火炉の中で、徐々に赤い色へと姿を変える鉄とは違う金属……。イオルクは長年培ってきた勘とノートに記されたデータを頭で反芻する。

「お爺ちゃん、まだ?」

「溶けるか溶けないかの状態が欲しい……。もう少しだ……」

 イオルクは白剛石の鍛冶屋はしを持ち、アルスは自分の白剛石の入れ槌とイオルクの白剛石の入れ槌を持って待つ。

 そして、イオルクが鍛冶屋はしでオリハルコンを掴むと、白剛石の金敷にオリハルコンを載せた。

「入れ槌を!」

 アルスが入れ槌をイオルクに渡すと、イオルクが入れ槌でオリハルコンを叩く。続いて、アルスが叩く。

「「え?」」

 オリハルコンはバラバラの状態から一つの塊へと姿を変えようとしていたが、少しおかしな感じだった。

「火花が少ない……」

 イオルクが叩いたオリハルコンを見る。

「くっ付いてるよな?」

「普通、このタイミングじゃないと、くっ付かないよ?」

「だよな? 続けよう」

 イオルクとアルスがオリハルコンを叩き続けると、塊は少しだけ形を変える。

「くそ! もう叩けない! 硬くなるの早過ぎ!」

「これ、出してから直ぐに叩く早さも重要だよ!」

 イオルクは、オリハルコンを再び火炉に戻す。

「また待つのかよ……」

「何なの? この金属?」

「これ、一人じゃ鍛えられないぞ」

「うん……」

「それに何で、火花が出ないんだ?」

「火花が飛び散らないってことは、オリハルコンに残った不純物が減ってないんじゃないの?」

「鉄の場合は不純物と一緒に必要な鉄も飛び散る。だから、火花も派手に散る。故に完成すると量が減っている。……それが俺達の常識だからな」

 鉄を叩くというのは形を変えるためだけではなく、鉄の結晶を均一にし、不純物を除去する行為でもある。結晶を均一化させると、鉄同士がぴったりと合わさり強度が増すということに繋がるのだ。そして、それを理屈で分からなくとも、培ってきた経験と技術で補っているのが鍛冶職人になるのである。

「オリハルコンの中の不純物が少ないのかな? それともオリハルコンが飛び散らない性質なのかな?」

「そんな金属があるのか?」

「だから、伝承では型に流し込むだけなんじゃないの? それで十分だから」

「う~ん……。錬成する温度が通常よりも高いのも関係あるのかな? 温度が上がれば、流れ出る不純物も多いはずだし」

「そう思う」

 イオルクは頭を掻く。

「多分、金属の特徴ゆえだ。もう少し形が整ったら、水打ちして表面の不純物を飛ばそう」

「折り返し鍛錬するにしても形を整えて表面を綺麗にしておかないと、どうにもならないもんね……」

 水打ちとは熱した金属に水を掛け、水蒸気爆発で不純物を除く作業である。折り返し鍛錬では折り返して金属と金属が重なり合うので、その表面に不純物を残さないために必要な作業になる。

「もう一つ気になることがある。これ、折り返し鍛錬するために切断できるんだろうな? 鉄よりも、やたら硬い手応えだったけど」

 手に残る感触を思い出し、アルスは一筋の汗を流す。

「そうだね……。折り返し鍛錬って、長方形を折ってを繰り返して何層も薄く張り合わせて粘りと強さを出すから、鉄以上の素材で、そんなことを出来るか分からないね……」

「鉄以上に熱して柔らかくなるまでにしないとダメか……。折り返し鍛錬が終わって素延べの状態になった時、訳の分からない粘りが出ていそうだ……」

「素延べまで、どれぐらい掛かるかな?」

「火造りで形を整える前の段階で、これだからな」

 アルスはゲンナリして予想を口にする。

「お爺ちゃん……。多分、寝れない……」

「だよな……。あんな短い時間しか叩けないんじゃ……」

「…………」

((これが鍛造で造らない本当の原因だったりして……))

 イオルクとアルスはお互いを見ると、乾いた笑みを浮かべる。

「折り返し鍛練を終えて形を整える前段階――素延べまでは共同でやろう」

「うん」

「剣の形を造る火造りは交代制で対応だ」

「僕が休んでいる時は、お爺ちゃん」

「俺が休んでいる時は、アルスだ」

 イオルクとアルスが頷く。

「本当に、今夜は寝れないな」

「そうだね」

 イオルクはアルスの肩を叩く。

「じゃあ、素延べが終わった後の、火造りの最初はアルスからだ」

「……へ? ずるいよ!」

「老人を労われ!」

「都合のいい時だけ、老人にならないでよ!」

 火炉を落とすと高価な燃料である赤火石が無駄になる。まず、オリハルコンを鍛える温度の保たれている赤火石を冷却してしまう無駄。次に、再び火炉の温度を上げ直さなければいけない無駄。それを考えると、素延べと火造りまでは終わらせないといけない工程だった。

 結果、一つの武器に掛かった時間は、鍛錬して素延べまで丸一日掛かることになる。

 また、イオルクとアルスが語っていた折り返し鍛錬にも問題が残っていた。本来、素延べに至るまで、地金(刀の大元)となる芯鉄の折り返し鍛練と、それを包む鋼部分の皮鉄の折り返し鍛錬をそれぞれ行い、最後に芯鉄を皮鉄で包んで一つにする必要がある。これは鉄に含まれる炭素量によって、硬度や折れ易さが変わるためであり、使用する玉鋼を見極め、使い分けて使用する必要があるためだ(※1)。

 しかし、今回使用するオリハルコンはそういう理屈が通用しない。オリハルコンの硬度と折れ易さの見分けなんてつかなかったのだ。たたら製鉄をして出来た玉鋼状のオリハルコンを硬度の違いで選り分けようとしたが、選り分けれなかった。入れ槌に返ってくる手応えが、全て均等だったのだ。更に付け加えるなら、オリハルコンは錆びるのか? 朽ちるのか? 分からないまま、伝承を信じてオリハルコンを使う部分も多い。

 しかし、それでも折り返し鍛錬に拘ったのには理由がある。折り返し鍛錬の特性である薄く延ばして重ねる折れ難さの靭性と吸収性を付加したかったからだけではなく、人の意思に反応するオリハルコンの力を純粋に発揮させるために、鍛練により不純物は出来るだけ少なくしたかったからでもある。故に不純物を吐き出す火花が少ないことに、イオルクとアルスは不安があった。


 ――純粋なオリハルコンだけの武器が、どういう力を発揮するかは予想して造りあげるしかない。その予想の部分にイオルクとアルスは、何を入れようとしているのか? 本当に予想通りの力を発揮するのか?


 猛る炎をあげる火炉にオリハルコンは何度もくべられ、姿を変えていった。その間、いつもより暑い鍛冶場での作業は続き、火傷も何度もした。敵は暑さだけでなく、冷め始めた途端に固くなるオリハルコンの硬度も二人を苦しめた。

 そして、交代制で火造りをして剣の形にするまで、丸二日掛かったのであった。


--


※あとがきでは文字数が足りないので。

ここでは一つ工程を省いている。たたら製鉄を終えた玉鋼は、一度、火炉にくべられて薄い板に延ばされて焼入れする。これは、ケラの中で鉄が炭素を含むのにムラが出来るためである。つまり、炭素を多く含んだ鉄と普通の鉄に分かれるのである。

 ――では、これが何を意味するのか?

 鉄の硬度である。

 鉄の硬さというのは炭素量で決まる。純粋な鉄の中に含まれている炭素が多いものほど硬い(逆に通常のものより脆い)。つまり、薄く延ばした玉鋼の硬い部分(鋼部分の皮鉄)と柔らかい部分(地金となる芯鉄)とを鍛冶職人は使い分けているのである。これは騎士剣のように一点ものの鉄を鍛造するのとは違い、要所ごとに使い分けて一手間加える独特の方法なのである。

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