地下の鍛冶場は、その後、整備と後片付けをして最後の仕事の準備をするだけになった。オリハルコンの欠片を使った焼入れの実験。残った僅かなオリハルコンを白剛石に混ぜ合わせ砥石となる合金を造る作業である。
ここでイオルクとアルスが口にしていた焼入れについて、少し詳細に補足する。これは金属を熱したあと、急冷して組成を変えて硬化させることをいう。また、硬い=強いということにはならず、硬い=脆いということにも繋がる。硬ければ攻撃力は上がるが、それにより、靱性が失われれば耐久力が落ちた時に折れ易くなる。故に刃の部分の焼入れで硬化させる硬度を決めるのは、火造りまでに仕上がった刀の材質を見極め、刀が耐えられる硬度の限界と武器としての切れ味を最大限に引き出す、職人の培ってきた経験と技術がものを言う。
「だけど、オリハルコンに関しては分からない。伝承だと、青水石で清めた水で焼入れをして終わりになる」
「つまり、オリハルコンに焼入れする意味が分からないってこと?」
「そうなる。刀だと斬る部分の刃の鋼――皮鉄で包んだ部分を焼入れする。焼入れする前の全体を熱するのにも神経をすり減らす。鋼以外の場所を必要以上に熱し過ぎたりして、水につけて焼入れしてたら亀裂が入ってました……なんて失敗もある」
「うん」
イオルクは火造りまで終わったオリハルコンを叩く。
「だけど、このオリハルコンはよく分からない。鍛練して分かってると思うけど、非常に硬い。そして、それを補うために強めに叩いていたにも拘わらず、折れたり、亀裂が入ったり、致命的な傷が入ったりしない。そういった意味では、鉄なんかよりも繊細さがない」
「技術というより、熱と硬さとの戦いって感じだった気がする」
「それでも出来るだけ刀と同じ製法を取ったわけだが、問題は焼入れだ。オリハルコンが焼入れにより硬化すると、どうなるのか? 今でも信じられない硬さなのに、まだ硬くなるのか? また硬化したことにより、靱性が失われて折れ易くなるのか?」
「微妙だね。それに焼入れしても、折れ易くなったかどうかを試せないかもしれないよ。靱性が落ちても頑丈過ぎて分からないかもしれない」
「とりあえず、欠片を熱して青水石で清めた水を掛けてみよう」
「欠片か……」
アルスは顎手を当てて考える。
「どうした?」
「それ、髪の毛みたいな細いもので試してみない? 二本造って、一本は焼入れする」
「それで?」
「いくら頑丈でも、それだけ細ければ入れ槌で叩けば折れたり曲がったりするんじゃない?」
「なるほど。いいかもしれないな。試してみよう」
イオルクとアルスは火炉に火を入れ、入れ槌を叩き、オリハルコンの欠片から二本の針金を造ることにした。だが、いくら叩き慣れたといっても、相手はオリハルコン。針金作りも通常よりも時間を取られる。
やがて、同じ大きさの針金が出来ると、早速、焼入れの実験に入る。一本を熱したあと、青水石で清めた水に浸すと蒸発する音が響いた。
「さて、何処か変わったか?」
イオルクとアルスは、鍛冶場にある万力に針金二本を固定し、見比べた上で、手で弾いてみる。次に入れ槌で叩くと、折り曲がりに差が出た。
「お爺ちゃん。ちゃんと硬くなってるよ」
「本当だ。靱性は、どうだ?」
「左右に叩き続ければ差が出てくるんじゃないの? 脆い方から折れると思う」
「じゃあ、試してみるか」
イオルクが入れ槌を振る度、針金は右に左に曲がる。
「なかなか折れないな」
更に入れ槌を振り続け、ようやく焼入れをした針金が限界を迎えた。
「十分過ぎる靱性だな。両刃の剣なんだし、このまま全体を焼入れしても大丈夫そうだ」
「一応、芯には靱性を多く残すように泥を塗って調整したら?」
「そうするか」
焼入れをして硬度を出す場所は両刃に決め、芯に靱性を留めることに決めた。
次に焼入れをする前に、オリハルコンを白剛石に混ぜ合わせ砥石となる合金を造ることになる。試しに造った最初の合金の他にも、オリハルコンと白剛石を混ぜ合わせる比率を変えた砥石が必要ではないかとアルスが提案したためだ。
造られる砥石はオリハルコンを混ぜ合わせる比率を変えて造ることになった。イオルクとアルスは、残った僅かな量のオリハルコンと混ぜ合わせる白剛石の量を検討しながらノートに書き留める。
オリハルコンと白剛石の合金の砥石は、型に流し込み混ぜ合わせる比率を変えて数種類造るだけのため、比較的楽な作業であった。
「火炉の温度を気にしないと楽だね」
「赤火石は調節が繊細だったからな」
オリハルコンと白剛石の合金の砥石は、午前中に完成した。
…
午後、問題の焼入れに入る――。
砥石の粉などを混ぜ合わせた秘伝の泥をオリハルコンの剣に厚さを調節して塗り込み、イオルクとアルスは刀造りと同様の手順を踏む。火炉で剣身全体を熱し、タイミングを見計らう。
そして、伝承通り、青水石に浸した水にオリハルコンの剣を投入した時、伝承にもないことが起きた。伝説の武器との大きな違い、純度100%のオリハルコンの武器の焼入れなど、誰もしたことはない。……したことはないが、この現象をイオルクは過去に経験している。
――イオルクは忘れていた。イフューの目を治した時に奇跡を起こしたのが、オリハルコンを含んだ青水石の水だったことを……。
焼入れの際、オリハルコンは造り手の鍛冶職人の願いを受け入れ、焼入れと同時に光り輝いていた。
「お爺ちゃん! これは⁉」
疑問を叫ぶアルスに気付かず、イオルクは光り輝くオリハルコンを見詰めて理解していた。
「そういうことか……。青水石で焼入れをするわけ……。忘れていた……」
「お爺ちゃん!」
イオルクは我に返り、アルスに振り返る。
「予想だけど、いいか?」
「うん」
「オリハルコンが人の意思を伝えるのは話しただろう?」
「うん」
「多分、伝説の武器は焼入れにより、他の合金を繋いだり、魔力を宿す石の力を引き出す力を繋ぐんだ」
「じゃあ、オリハルコンのみで造られているこの武器は、何を繋いだの?」
「光ったってことは、ドラゴンアームで起きた、ただの水を奇跡の水に変えた何かが起きたってことだ」
「何か? お爺ちゃんの意思が宿ったとでも言うの?」
「俺とアルスのだろうな」
イオルクはドラゴンアームで、イフューに起きた奇跡を完全に思い出す。オリハルコンは強くて純粋な答えを返して、奇跡を起こしてくれた。
イオルクはアルスに尋ねる。
「お前は、何を願った?」
「僕は、無敵の硬度と靭性が宿るように……。でも、それは鍛冶屋なら最後に誰だって祈りながら焼入れすることだよ」
「そうか」
アルスがイオルクに尋ね返す。
「お爺ちゃんは?」
「俺は、何でも斬れる刃を宿すようにって、今後の研ぐ作業を考えてた」
「バラバラの想いだ……。その二つが宿ったの?」
「でも、意思を伝える合金や魔族の魔力の結晶化した石がないから、俺達の意思がオリハルコンに、そのまま向かったってことだよな? こんなの作用するのか?」
「分からない……。だって、出来てもいない武器に概念だけが宿ったってことになるんだよ?」
イオルクは頭を掻く。
「小難しい言葉を知ってやがるな……。まあ、いっか」
「良くないよ! 重要なことだよ!」
「だって、考えても分んないじゃん。完成前に逸話にでもなりそうなことが起きたんだし、出来あがったら、凄い武器になるんじゃないか?」
「何で、そんな人事みたいに……」
「いい方に考えよう。これは、いい兆しだって」
アルスは溜息を吐く。
「そう信じることにする……。純粋な意思がオリハルコンに反映されるなら、単純なお爺ちゃんの意思は必ず伝わるに違いない……」
「フ……。造り手には馬鹿であることも要素に含まれるようだな」
「今、皮肉を言ったんだけどね!」
イオルクは大きな声で笑い、それを見ると、アルスも釣られて笑ってしまう。
(どうしてかな? お爺ちゃんと居ると、不安なことも吹き飛ばされてしまう)
アルスは焼入れされたオリハルコンの武器を見る。
(もしかして、そういう不安を吹き払う何かも宿っているのかな?)
こうして地下の鍛冶場は、最後の仕事を終えた。
地下の鍛冶場の最後の仕事――合金の砥石造りと武器の焼入れ終え、地下の鍛冶場は永い眠りにつくことになった。