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作製編  16 【強制終了版】(オリハルコンの武器未完成版の図)

 イオルクは地下へと繋がる通路の上に道具入れを置いて呟く。

「二度と使うことはないだろうな」

「オリハルコンは、もう、なくなっちゃったからね」

「オリハルコンを錬成し、その武器を造るだけの鍛冶場か……。使う時間より、造る時間の方が圧倒的に長かった……」

 鍛冶場を造った苦労を、イオルクは感慨深げに思い出す。

「使用前の鉱石と向き合ってのオリハルコンの抽出。度外視した鍛冶場を造るための稀少鉱石の細工。緑風石は、どれだけ研究と細工をしたか……」

「円筒の月明銀の一つ一つには、皆、形態変化の文字が彫られてるもんね」

「稀少鉱石の形を変えるために倍以上の燃料を燃やして、吹っ飛び掛けそうになった火炉をその都度整備したっけな……」

「懐かしい?」

「いや、二度と思い出したくない詰まらない作業だった」

(少し感動してたのに……)

 項垂れて、アルスは溜息を吐く。

「お爺ちゃん」

「ん?」

「これからの役割分担は?」

「そうだな……」

 イオルクは腕を組んで考え込む。

「分担しないで、二人で砥石で研ぐことかな。それの調整が終わらないと必要なパーツを造れない。他のパーツは精密なものになるから、仕上がった武器を精密に計測して造りあげないといけない」

「うん」

「まず、剣身を研ぎ上げる。次に砲筒、柄、鞘の順番だ」

「うん」

「砲筒には、月明銀に魔力圧縮して打ち出す形態変化の文字を刻む。柄も月明銀で、使い手の魔力を砲筒に送り込む形態変化の文字を刻む。そして、鞘は厳重に封印するため、白剛石で造る」

「白剛石?」

「そうだ。あれだけの強度で造られた剣身だ。研ぎあがりは、他の鉱石では再現できない切れ味になっているはずだ。そんなものをひけらかす訳にはいかない」

 想像が付かず、アルスは難しい顔になる。

「どんな切れ味になるんだろう? 刃毀れしないで切れるんだよね……、きっと」

「ああ。だから、厳重な封印が必要だ。そして、普段は大剣としてではなく、槌――つまり、殴りつけて戦う」

「槌っていうより、棍棒に近い感じかな?」

「そうかもしれないな。まあ、大剣使うのと同じ様なもんだ」

「似て非なるものだと思う……」

「生意気言いやがって」

 イオルクは軽く笑ってみせると、鍛冶場を指差す。

「じゃあ、研ぎますか」

「うん。……研げるのかな?」

 イオルクとアルスは、熱して叩いたオリハルコンの強度を思い出す。あの固い金属を研ぐ……。

「一番固い合金から試してみようか?」

「うん」


 ~十分後~


「やっぱり! 傷一つ付きやしねーっ!」

「砥石の方もね……」

「アルス! 思いっきり力を込めろ!」

 オリハルコンを研ぐ――実は、これが最大の試練だった。


 …


 来る日も来る日も――。

 オリハルコンを研ぎ続ける。青水石で清めた水を砥石に掛け、オリハルコンの武器の剣身を研ぎ続ける。力の入れ具合、剣身を押し出す角度、試行錯誤が続いた。

 最初は幾ら研いでも剣身が砥石を滑るだけだった。しかし、研ぎ始めて二日目にようやく砥石の水に粒子が現われた。試行錯誤の末、僅かだが研がれた証拠だった。

 その作業を延々と繰り返す。

 アルスは、研ぐ作業だけで腕が一回り大きくなったような感じがした。


 …


 研ぎ始めて一年――。

 砥石は合金にオリハルコンが含まれるほど固く荒い。一年前は、オリハルコンを多く含んだ砥石。現在は、最初にオリハルコンをケチった、ほとんど白剛石の砥石を使っている。そして、その作業も、本日で終わりを迎えようとしていた。

 オリハルコンの武器は、少し変わっている。両刃の剣は、中央で滑らかに膨らみ、綺麗な中直刃を刃文としている。刀と呼ぶには、反りもなく。ただ斬ることだけを考えて、何処までも滑らかで真っ直ぐ。何の飾り気もないシンプルな造りは、人が始めて造った古代剣のような印象を与えている。


 …


 そして、砥ぎが終わった次の日――。

 造りあげられたオリハルコンの武器を正確に計測し、中央の膨らみに合わせた砲筒の設計図を作成することになる。更に砲筒と剣の柄を包み込む大剣専用の柄の設計図を作成し、最後にそれらの設計図から導き出される大剣の鞘の設計図が完成する。

 その設計図を見て、イオルクとアルスは自然と笑みが零れた。オリハルコンを使わないで造るものが如何にも簡単に見える。

「お爺ちゃん。僕、これなら、持てる全ての技術を注ぎ込める気がする」

「だろうな。俺もオリハルコンの手間を考えたら、髪の毛一本単位――それ以下でも、喜んで調整する気分だ」

 鍛冶場の火炉に火を入れる。一年間の研ぎ地獄から開放され、二人共、テンションは少しおかしい。

 鍛冶場から金属を叩く音が響き始める。

「月明銀が粘土みたいに感じるなぁ! はっはっはっはっ!」

「これなら、三日もあれば造れちゃうよ!」

 一年前に倒れるまで叩いたオリハルコン……。それに比べて、目の前の金属の柔らかいこと……。月明銀は、みるみる形を変えていく。

 この一年で、イオルクとアルスの息は、ぴったりと合ったものになっていた。大槌と小槌が申し合わせたように交互に入り、上から下に移動するのに掛け声も要らない。お互い、何処を叩けばいいか、何となく分かる。仕事に無駄がない。

 大きな仕事をやり終えて、ここには同じ力量と考えを持つ鍛冶屋が二人居るのだ。

「もう、教えることがなくなったな」

「多分、こういう方法で伝授されるのは例外だけど」

 大槌と小槌が月明銀を叩き続ける。

「違いない」

 イオルクは笑う。

「でも、確かに伝わった。そして、アルスが居なけりゃ、オリハルコンを使った武器は出来なかった」

 大槌と小槌が月明銀を叩き続ける。

「だったら、僕とお爺ちゃんが出会ったのは必然だったんだね」

 辛いこともあった。だけど、この二人だから乗り越えられた。そういう確信がアルスにはあった。

「嬉しいこと言ってくれるよな」

 大槌と小槌が月明銀を叩き続ける。

「これが出来たら、どうするの?」

「残っているのは、自分を守る技術の仕上げだけ」

「それを覚えたら?」

 大槌と小槌が止まり、イオルクは額の汗を拭う。

「世界を回ってみろよ」

「世界?」

「俺達以上の鍛冶屋が居るかもしれない。世界には知らないことが満ち溢れてる」

「知らないこと……」

「きっと、楽しいぞ。俺は楽しかった」

「お爺ちゃん……」

 イオルクは大きく息を吐く。

「近いうちに、俺との別れが必ず訪れる」

「それって……」

「俺が死ぬってことだ」

「…………」

 呆然とするアルスに、イオルクは微笑む。

「悲しいことじゃない。寂しいかもしれないけど。俺はアルスより年上なんだから、寿命が来るだけのことだ。子供が親より先に死ぬなんてよくない」

「それでも、死ぬなんて言わないでよ……」

 イオルクは静かに話し出す。

「俺が死ぬことより、残していくアルスが心配だ」

「僕?」

「生きるのって大変なんだ。こんな世界だから、危ないことも多い。アルスは魔法使いの家系だから、自分を守れるか不安だ。だから、しっかりと生きていけるようにしてあげたい」

「…………」

 アルスは、少し悲しそうにイオルクを見る。

「お爺ちゃんは……。お爺ちゃんは満足なの? 好きなことを出来たの?」

(僕なんかを拾ってしまって……)

 イオルクは鍛冶場を指差す。

「今してる。俺は、アルスが一人前の鍛冶屋になって、一緒に最高の一品を造りたかった。それをしてる」

「僕と……」

「凄くないか? この世界で、こんな凄いことを成し遂げた奴は数えるぐらいしか居ない」

「うん……。そうだね……」

「これを最後にする」

 イオルクは大槌を振り上げる。

「生涯最後で最高の一品はアルスと造った、これだ。鍛冶屋の仕事は、これで最後だ」

 アルスがイオルクに続いて小槌を振り上げる。

「だったら、手抜きはしない。お爺ちゃんの最後の仕事に泥は塗らない」

「これが終わったら隠居生活だ。アルスに戦う技術を仕込んで、横から口出しして暮らす」

「しっかり受け継ぐ! お爺ちゃんの技術!」

 鍛冶場では金属を叩く音が響き続けた。そして、四日後、オリハルコンで出来た武器は完成する。

 そして、それから半年後だった……。

 イオルク・ブラドナーが生涯に静かに幕を閉じたのは……。

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