死体の埋葬は大変な重労働になる。移民して来た時よりも確実に人数が増え、町は大きくなっていた。穴を掘るだけでも、かなりの時間が掛かる。とてもじゃないが、一日では終わらない。
夜までの時間、墓穴を掘る作業はアルスとリースで共同で作業し、アルスは死体をリースには絶対に運ばせず、自らの仕事とした。その代わり、土を掛けて花を添えるのは、リースの役目になった。
…
そして、埋葬の途中で夜が訪れた――。
アルスとリースは一日の疲れと汚れを井戸の水で落とし、長屋の一室であるリースの家を利用していた。夕飯を町の保存食で取り、今は凄惨な現場の見えない縁側に並んで座っている。
リースが小さな声で呟く。
「今日は、ありがとう……」
「うん」
「それと……。怒ってくれて、ありがとう」
「あ」
アルスは昼間にリースを怒鳴ってしまったことを思い出す。
「あの、少し強く言い過ぎた……。ごめんね……」
リースは静かに首を振る。
「ううん、とっても大事なことだった。街のみんなは優しくて大好きだったの」
「そうなんだ……」
アルスは怒ったことを誤魔化したくて、思わず話題を変える。
「えっと、お爺ちゃんが移民の町の人は希望に溢れてるから好きだって言ってたよ」
「希望?」
アルスは頷く。
「この町ね……。ドラゴンチェストの町から移民して来た人達が造ったんだって。『新しく人生をやり直す』『自分達で、町を大きくする』そういう強い希望が溢れているんだって。だから、何者も拒まず受け入れて、皆で頑張ってるって」
「うん、頑張ってた。わたしのお婆ちゃんは、赤ちゃんだったお母さんを抱いて、この街に来たんだ。お父さんは、移民して来た人達の子供」
「そうなんだ」
リースは小さく頷き、質問をする。
「お兄ちゃんは?」
「僕?」
「間違えて東に行ったのは教えて貰ったけど、あっちって、人が住んでないんじゃないの?」
「僕の住んでいたところのことか……。僕は、お爺ちゃんの二人暮らしだったよ。人が住んでるのを知っている人は少ないかもね」
「お父さんとお母さんは?」
アルスは少し寂しそうに笑う。
「リースと同じ……。殺されちゃったんだ……」
「そうなんだ……」
リースは目を伏せる。
「……だから、怒ってくれたんだね。わたしが大事なことを後回しにしようとしたから」
「僕の勝手な思い込みを押し付けただけかもしれないけど……」
リースは首を振る。
「そんなことない。お花を添えられてよかった……。街の人を一番想えるのは、わたしだもん……」
「きっと、町の人達は感謝してるよ」
「うん……。でも、悲しいよ……」
リースが膝を抱いて下を向くと、小さくすすり泣く声が聞こえた。
「そうだね……。僕も悲しくなってきたよ」
アルスはクスンと鼻を鳴らす。
「どうして、こんな酷いことになるんだろう。ただ普通に生きていただけなのに……」
「わたし……。悔しいよ……」
「……うん」
辛いことばかり考えてしまうリースの肩をアルスは指で叩く。
「もう寝よう。寒くなってきたよ」
リースは目を擦り、涙を拭うと頷く。
「今日も……、手を握っていい?」
「それでリースが落ち着くなら、いいよ」
「お兄ちゃんの手って、少し固くてお父さんみたいなんだ……」
「入れ槌をずっと握ってたから」
「お仕事してる手なんだね」
(それで、お父さんの手か……)
アルスは納得すると、立ち上がって右手を差し出す。
「行こう」
「うん」
アルスの右手を握ると、リースは自分の父親を思い出す。そして、悲しいのを我慢して微笑んで見せた。
…
次の日――。
朝から埋葬の作業が続けられる。今日は昨日と違い、作業に充てられる時間が多くある。そのため、いつ暗くなるか分からずに一つずつ掘っていた昨日と違い、横に長く掘ろうと考えた。一気に掘って、並んで埋葬させるようしたのである。
アルスは、五年間、鍛え続けた体を使って穴を掘り続ける。
(町の人達を、そのままにしておけない)
死に様を曝し続けていいわけがない。アルスは一心不乱に穴を掘り続けた。
しかし、アルスが掘り続けることが出来ても、手伝っているリースは、そうはいかない。リースは自分の家にあった少しくすんだシャツと長ズボンを着用して、アルスと作業をしていたが、慣れない作業で苦戦していた。しかも、既にスコップは鉛のように重く感じ、柔らかい手には豆が出来ていた。だけど、止めるに止められない。無関係のはずのアルスは掘り続けている。
やがて、リースはスコップを地面に突き刺して動けなくなった。
「ごめんなさい……。もう、動けない……」
アルスがリースの言葉に振り返ると、リースはスコップを杖代わりに凭れかかっていた。空を見上げれば、太陽は真上近くに来ていた。
「お昼にしようか?」
リースが無言で頷いて尻餅を付くと、アルスは笑いながらリースを背負う。
「ごめんね。リースのことを考えてなかった」
「お兄ちゃん、凄い持久力だね」
「これぐらい辛いことをやったことがある……という経験があると、『まだ頑張れる』って動けるんだ」
「経験があるんだ?」
アルスは思い出し笑いをする。
「本当に馬鹿みたいだけど、気絶するまで動き続けた経験があるよ」
「信じられない」
リースが可笑しくて笑ってしまうと、アルスも可笑しくて笑う。
(本当にお爺ちゃんとの思い出は、笑い話ばっかりだ)
リースを背負って、町の入り口の門を潜る。そして、リースの家に到着するとリースを玄関の前で降ろす。
「うがい手洗いをしよう」
「お兄ちゃん、お母さんみたい」
「大事だよ?」
「うん」
リースが近くの井戸に走り出すと、アルスもそれに続く。しかし、視線の先のリースが桶を引っ張り上げようとして固まっている。
「どうしたの?」
「これ」
リースの開いた掌。豆が潰れそうで、見ていて痛い。
「僕がやるよ」
アルスが井戸から桶を引っ張り上げると、二人は、うがいをして手を洗う。
「綺麗になった?」
「少し沁みた……」
豆は見えないところで潰れていたみたいだ。
アルスがリースの手を握る。
「あ」
微弱な回復魔法。握られたリースの手の中で、ゆっくりと痛みが引いていく。
「どうかな?」
「痛くない……。お兄ちゃん、魔法も使えるの?」
「条件付きでね」
「回復魔法は呪文がないから、習得は難しいって聞いたのに……」
「実は、魔法も努力次第だったんだよね。最初のスタート地点が違うだけで」
「何のこと?」
「何でもない。お爺ちゃんの友達の結果論だから」
リースは首を傾げた。
「ほら、ご飯にしよう」
「え? うん」
少し誤魔化された感じで、リースは頷いた。
…
昼食が終わり、午後からは掘った分だけの死体を埋葬することになった。アルスが町から死体を運び、丁寧に並べると、それにリースが土を掛け、花を添えて祈りを捧げた。
昨日から続けて、埋葬もかなり進んだ。残りの墓造りも、今日中に終わるかもしれない。
そして、その作業中に馬の蹄の音が響き始める。
「一杯、居る……」
盗賊が戻って来たのかと、リースは怯え始めた。
アルスはリースを連れて、そっと木製の塀の角から覗き込む。
(町を出た盗賊が戻って来たとは思えない。多分、伝書鳩が届いたからだと思うけど……)
アルスが確認した、馬に乗っている者達が身につけているのは鉄の鎧だった。
「大丈夫。ノース・ドラゴンヘッドの騎士だ」
アルスが道まで出て、手を振って合図すると、先頭の騎士がアルスに気付く。そして、先頭の騎士は後方に合図を出し、アルスの前で馬を止めた。
「連絡をくれたのは、君か?」
「僕です」
「状況は?」
「盗賊は去ったあとです。町は、子供一人を残して……」
「報告の通りか」
「三人だけですか?」
アルスは馬に乗った騎士の数が、三人しか居ないのが気に掛かった。
「我々は先発隊だ。見習いとはいえ、騎士がやられたのだから、手助けする場面があればと馳せ参じた」
「そうですか……。では、これから支援する人達も?」
「ああ。やって来るはずだ」
「よかった」
鉄の鎧の騎士達が馬から降りると、アルスは振り向いて手招きする。
「リース、大丈夫。連絡を入れて、助けに来てくれた人達だよ」
塀の影から姿を現わし、リースはアルスの横に隠れるように立った。
「懐かれているな。彼女が生き残りだな?」
騎士のリーダーに、アルスは頷く。
「早速だが、状況を教えて欲しい」
「埋葬が途中なんですけど……」
「そうか……。そのままには出来ないな」
騎士のリーダーは、部下の騎士二人に命令を出す。
「墓穴を掘ってやれ」
「分かりました」
アルスが付け加える。
「あと十数人分です。それと土を掛ける役目は、その子にさせてあげてください」
「それは構わないが……。もう、死体を動かしたのか?」
「いつ来るか分からないし、腐ってしまいますよ」
騎士の一人が頭に手をやる。
「……状況が分からなくなってしまったな」
「記録は取ってあります」
「本当か?」
「はい」
「分かった。では、手伝いを始める」
部下二人は、あとをリーダーに任せ、リースと墓場に向かった。残されたアルスが騎士のリーダーをリースの家まで案内する。
途中、残された血の跡に騎士のリーダーが声を漏らす。
「酷いな……」
「はい」
「死体がなくとも想像できる。これでは、あの少女の前で放置は出来ない」
「そういうことです」
リースの家に騎士のリーダーを通し、アルスは記録した紙を見せる。
「名簿の人数と死体の数は一致しました。そして、こっちが殺された人の場所と傷です」
騎士のリーダーは、アルスから紙を受け取る。
「丁寧な調査報告書だな。経験があるのか?」
「初めてです。ただ、書き方は、それとなくお爺ちゃんに聞いていました」
「そうか。お爺さんは騎士だったのだな?」
「はい」
騎士のリーダーは、暫く紙を見続ける。
「殺しが目的にしか思えない。ほとんど一太刀で殺されている」
「残った家は、意外と綺麗でした。この家も取られたものがないって、リースが言っていました」
「数軒焼けているが放火されたというより、火を使っていて、それが放置されて燃えたってことかもしれないな」
「そこまでは、僕には分かりませんけど……」
「調査は、こちらで引き受けるよ。気になるのはこっちだ」
騎士のリーダーは、アルスの報告の紙の一点を指差した。
「見習いの騎士が見せしめに殺されたこと。これは明らかにノース・ドラゴンヘッドの騎士への挑発だ」
「それも、僕には分かりません」
「第一発見者の君に印象を聞きたい」
「惨いとしか……」
騎士のリーダは腕を組む。その考え込む姿を見て、アルスは、もう少し思い出してみようと試みる。そして、記憶に何か引っ掛かり始める。
「だけど……」
(あの人を集めるようなパフォーマンス的なところは覚えがある。見せしめ……)
「挑発でないなら、力の誇示……。誰かに見せ付けた……?」
「……そういう考えもあるな」
アルスは目を閉じる。焼きついた強い記憶から、一方的に決め付けようとしていると感じると、冷静になろうとして大きく息を吐く。そして、ここからは自分の役目ではないと無理に割り切る。
「偶々、僕はここを訪れました。詳細はリースに聞かないと分からないと思います。……そして、僕は、あの子に詳細を聞けませんでした」
「それが一番の問題だな。我々も聞き難い。正直、君の口から聞いていればと期待していた」
「心を抉るようなものですからね」
「しかし、聞かねばならない。同じ様なことが再び起きた時に、類似事件なのか別の事件なのかを判断できなくなってしまう」
騎士のリーダーの言葉に、アルスは少し考えると口を開く。
「僕も一緒に参加させてください。小さい子が大人に囲まれたら怖いと思うから、少しでも歳の近い僕が居る方が話し易いかもしれない」
「助かるよ」
「では、今から埋葬を手伝いませんか? 少しでもリースと話せるようになりたいでしょう?」
騎士のリーダーは頭を掻く。
「あまり、そういう考えで行動したことはないのだがな。調査は後発隊に任せるか」
アルスに釣られるように、騎士のリーダーは腰を上げた。そして、埋葬に加わったアルスと騎士達のお陰で、夕方を迎える前に町の人間の埋葬は終わった。