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作製編  21 【強制終了版】

 夜――。

 夕食を終えて、リースからの聞き取りが開始された。町の人間の埋葬を真摯に行なってくれた騎士達にリースが少し心を開いてくれたため、話のやり取りはしっかりと行なうことが出来た。途中、何度か感情が昂ぶり涙を見せる場面はあったが、リースは頑張って話してくれた。

 そして、リースの証言から、アルスが盗賊の似顔絵を何枚か描いて提出した。

「君は、この家の隠し通路から逃げたのか?」

「はい……」

 部下の騎士の一人が、リーダーの騎士に尋ねる。

「隊長。何で、この家には隠し通路なんてあったんですかね?」

「そういえば不思議だな」

 その疑問には、リースが答えた。

「死んだお婆ちゃんが造ったみたいです」

「お婆ちゃん? 何で、お婆ちゃんがそんなものを造ったんだ?」

「分かりません」

 部下の騎士の一人が予想を口にする。

「移民の町ですから、訳ありの人だったのかもしれませんね。何かに追われていたトラウマでもあったのでしょう」

「トラウマか……。ドラゴンチェストで奴隷だった者も多かったようだしな」

 納得できない理由ではなかったが、真相は、ここに居る者には分からなかった。

「話は、以上だ。辛いことを聞いてしまって、すまなかったな」

「大丈夫です……」

 リースは少し元気がなくなっていた。

 そんなリースを見て、アルスは少し気になることがあった。

「あの……。リースはこれから、どうなるんですか?」

「話を聞く限り、親戚と呼べる者は、この町にしか居なかったようだから――」

 騎士のリーダーは申し訳なさそうに話す。

「――孤児院で暮らすことになるだろうな」

「そうですか……」

「ここから、二つ先の町だ」

「僕の目的地の一つです。お爺ちゃんが亡くなったから、手続きに寄る予定だったんです」

「なら、彼女を送り届けてくれないか?」

「僕で、いいんですか?」

 騎士のリーダーは頷く。

「君の方がいいだろう……。我々は、これで失礼するよ」

 騎士達が立ち上がる。

「宿舎の方は無事だから、そちらで寝泊りする。仲間の遺品も整理してあげたいしな」

「分かりました」

 騎士達がリースの家を出て行くと、残されたアルスがリースに話し掛ける。

「荷物の整理をしないと……。出発はいつでもいいから、リースの気持ちの整理がついたら町を出よう」

 リースは無言で頷くと、何も言わずに寝室へ姿を消した。

「リースは、これから一人か……。僕には、どうにも出来ない……」

 アルスは聞き取りをしていた台所の椅子で眠ることにした。リースの気持ちを整理させるために、今夜は、ここでいいと腕を組む。せめて寝室に一番近い、この場所で……と。


 …


 深夜――。

 リースは寝室のベッドに腰掛け、窓から照らす月明かりの中で空を見上げていた。夜空は雲一つなく、月と星が一面に輝いていた。

「…………」

 両親と寝ていた寝室を見回す。思い出になるようなものは余りない。『裕福な家ではなかったから、物が少なかったんだ』とリースは思う。ベッドの毛布に顔を埋めれば、まだ両親の匂いが残っている。

 祖母は生まれる前に亡くなり、父と母の三人家族。母は祖母と同じく文字や学問を教え、父は街の皆と畑仕事をしていた。この街には同じぐらいの歳の子も居たし、生まれたばかりの子も居た。

 近所のおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さん、お爺さん、お婆さん、友達……。皆、大好きだった……。

「…………」

 リースは、アルスに改めて感謝していた。大事な別れを蔑ろにしないで済んだ。しっかりと別れの挨拶が出来なければ、胸に後悔が残ったに違いない。

 しかし、それと同時に自分の奪われた大事なものも痛いほど理解した。失っちゃいけない、失くしちゃいけないものだった。


 ――まだ、遣り残したことがある。


 リースは毛布を被り、光を遮る。

(光は要らない。邪魔だ)

 これは闇の儀式――自分の大事なものを奪った者を許さない儀式。この手で復讐すると誓いを立てる。

「絶対に許すものか……!」

 リースは自分を強く抱きしめる。

「子供の時間は終わりだ……。わたしは――」

 リースは首を振る。

「――私は、復讐者だ」

 リースは心の中で復讐者として大人になると決めた。そして、毛布に包まり、光を嫌うように目を閉じた。


 …


 早朝――。

 人が起き出して活動を始めるには、まだ少し早い時間。

 リースが寝室の扉を開けて目に飛び込んで来たのは、一昨日から側に居てくれた少年。台所の椅子に座って寝ているところを見ると、心配してくれていたに違いない。

(こんな眠り難いところで……)

 リースは小さく微笑むと、台所を横切り、居間とも客間とも呼べない部屋にある箪笥を開ける。自分の私物は、この箪笥に納まるものだけだった。

 寝巻きを脱いで、男の子のようなシャツと長ズボンに着替える。そして、スカート類を残して衣類を取り出し、母親の手作りのリュックサックに衣類を詰め込む。

(他に詰めるもの……)

 食器は持っていけない。お金は、何処に置いてあるか分からない。他に何が必要か分からない。

「これだけでいい……」

 リュックサックは衣類だけで一杯だった。リースは、リュックサックの紐を締める。

「今日で、ここを最後にする」

 ここには戻らないと、リースは決意して立ち上がり、眠っているアルスに近づいて揺する。

「……ん」

「アルス……。私の準備は出来たよ」

「え?」

 アルスは、少し寝ぼけてリースを見る。

「おはよう……」

「おはよう。行こう」

「……行く? ……何処へ?」

「街を出るの」

「は?」

 アルスは、はっきりと目が覚めた。

 窓の外の明るさは、まだ日が昇り始めたばかりであり、出掛けるにしても早過ぎる。

「どうしたの? リース?」

「街を出るの」

「街を出るって……、準備は?」

「終わってる」

「荷物は?」

「背負ってる」

「朝ごはんは?」

「それは、まだ」

(何があったんだろう?)

 家の中には、他にも必要なものがあるような気がする。

 アルスは溜息を吐く。

「何があったか分からないけど……、僕の準備もさせてよ」

(それを忘れてた……)

 アルスは、また溜息を吐く。

「ねぇ、家を出たら戻れないと思うよ」

「分かってる」

「色々、残しておきたい物があるんじゃないの?」

「衣類だけでいい」

「でも……」

(それは、あまりに寂しいよ)

 アルスは家の中を見回す。

(これぐらいの量なら……)

「持ち出せるだけ持ち出そう」

「どうするの?」

「僕の家に置いておくよ」

「え?」

「合鍵も君にあげる。思い出を簡単に捨てちゃダメだよ」

 リースは確認するようにアルスを見上げる。

「アルスは、ちゃんと残してる?」

「お父さんとお母さんのものは、何一つ残ってない。燃やされちゃったから」

「そんな……」

「だから、リースには大事にして欲しい」

「…………」

 リースは頷く。

「じゃあ、荷車を借りて、家のものを持ち出せるだけ持ち出そう」

 リースは頷く。

「遠回りだけど、僕の家に運んで保管する。そして、合鍵を渡す」

 リースは頷く。

「それから、孤児院に行く。いいね?」

 リースは頷く。

「アルス……。ありがとう……」

「うん、大事にしよう。でも――」

「何?」

「――困ってる人を、皆、助けるなんて出来ないから、あまり言いふらさないでね。リースが最初で最後だから」

 アルスの困った顔の頼みごとに、リースは微笑んで返す。

(あれは分かったという合図なのだろうか?)

 疑問が残ったが、リースの笑顔にアルスは追及できなかった。しかし、もう一つの疑問は聞いておきたい。

「ところで……。何で、僕の呼び方が名前に変わったの?」

「大人になるって決めたから」

「は?」

「子供でいるのは、昨日までにした」

(女の子って、急に大人になるのかな?)

 なる訳がない。あくまで、気持ちの問題だ。リースは形から入ろうと背伸びをしているに過ぎない。

「まあ、いいかな?」

 昔だったら、気になって流せなかった事柄だが、環境に順応させられたせいか、アルスは、あまり気にならなくなっていた。

 その後、朝食を済ませ、荷車にリースの家の荷物を載せると、町の宿舎で騎士達に別れの挨拶をして、アルスとリースは移民達の町を後にした。

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