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作製編  26 【強制終了版】

 翌朝、宿を立つ少し前――。

 アルスとリースは出発の準備を終えて、アルスが嘘についての補足を行なっていた。

「昨日、話した嘘について」

「うん」

「武器を握ることに少し関わりがあるから、一緒に話すね。強さの力関係に重要なのが、もう一つ――武器と防具。弱い相手でも優れた武器を持てば強くなる。弱い相手でも優れた防具を身に着ければ攻撃を受け付けなくなる。強い騎士が素手で、一般人が槍を持ったとする。これだけで、優劣はかなり変わるんだ」

「つまり、子供で女の私も、いい武器を持てば条件次第で負けないってこと?」

「そう。それを分からせたくなかった」

「意地悪……」

 アルスは、もう一度『ごめん』と謝る。

「でも、これは凄く怖いことなんだ。いいかい? リースと僕じゃ体格や力の差で、リースは絶対に勝てない」

「うん、分かる」

 アルスが腰の後ろからダガーを引き抜き、リースにしっかりと握らせる。

「これでリースは、僕と対等になった」

 リースは首を傾げる。

「これで、リースも僕を殺せるということ」

 リースはダガーを見ながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「ダガーを握る、ナイフを握る、武器を握る……。たった、これだけのことで、リースは人を殺すことが出来る力を持ったんだ」

 ダガーを見詰め続けると、リースは初めて武器を握るということを考え始めた。

「もう少し深く実感しよう」

 アルスはダガーをリースから返して貰うために左手を差し出す。リースは慎重にアルスの左手にダガーの柄を載せた。

 そして、ダガーを受け渡し、引き戻そうとするリースの右手をアルスは右手で掴むと、リースの人差し指の先にダガーの刃をちょっと当てる。

「痛っ!」

 リースの右手の指先からは血が流れ落ちた。アルスも自分の右手の指先をダガーで傷つけ、同じ傷を付ける。

「リース、よく見て。人を傷つける時は、痛みが伴うんだ。今の何十倍も深く大きく傷をつける」

 リースは自分の指先の痛みが、視線の先にあるアルスの指先にもあるのだと理解する。

「人を傷つけるって、こういうことなんだ。そして、戦いになれば、自分にその痛みが向かうかもしれない。この何十倍も痛い」

「……怖い」

 リースは相手を傷つけること、自分が傷つくことを理解し始める。その行為が如何に怖いかが指先の痛みが教える。

「少し分かったかな?」

 リースが無言で頷くと、アルスは『ありがとう』と言って、指先に魔法を集中する。リースの視線の先でアルスの指の傷は塞がり、そのままリースの傷ついた指先に向かう。リースの指先の傷も綺麗に塞がった。

「ごめんね。痛い思いをさせて」

「大丈夫。……アルスが、どうして私を止めたか分かった」

 アルスは静かに頷くと、ダガーを腰の後ろの鞘に納めた。すると、リースは突然泣き出した。

「そんなに痛かった?」

「違う……。街の皆は、こんなに痛かったんだって思って……」

 リースは痛みを想像して泣き出したのだった。しっかり理解して、それが移民の町の人に向かったのを想像して、心が痛くて、悲しくて、辛かった。

「リース……」

 リースはアルスにしがみ付いて泣いた。両親の名前と街の人の名前を何度も何度も呼んだ。アルスはリースをそっと抱きしめて、泣き止むのを待ち続けた。

(辛いことを思い出させちゃって、ごめんね。でも、ちゃんと知っておいて欲しかったんだ。戦うことになって、ただ人を傷つけることをして欲しくなかったんだ)

 この世界に戦いがないところはない。世界を旅するなら、戦うことは必ず訪れる。その時のために、アルスはリースに辛い思いをさせてしまったと少し胸を痛めた。


 …


 リースが泣き止んだ十分後――。

 アルスとリースは宿を出て、町の出入り口である門の前に居た。これから、ノース・ドラゴンヘッドの魔法特区の町を目指す。

「アルス。戦い方も教えてくれるんでしょ?」

「護身用にね」

「私、剣がいいな」

「リースには扱えないよ」

「どうして?」

「まだ、子供だもん。扱える歳まで、体が成長してないよ」

「じゃあ、凄い技を教えて」

「凄いって……。僕は必殺技ぐらいしか教えられないよ……」

「そっか」

 リースは『あはは』と笑いながら固まる。

「そっちの方が凄くない?」

(この子は、どんなものを想像したのだろう?)


 …


 歩きながらの会話――。

 リースは少し興奮しながら、アルスに質問する。

「必殺技って、あの必殺技?」

「必ず殺す技――つまり、基礎」

「な~んだ」

 リースは、がっかりする。

「どんなものを想像してたの?」

「剣から炎が出て、相手を焼き尽くすとか」

「魔法を使えばいいと思う」

「それじゃ、必殺技じゃないと思う」

「夜に魔法も教えるから、その時、違いを確認してみてよ」

「少し馬鹿にされた気分……」

 リースはフンとそっぽを向く。

「勘違いしてるみたいだから言っておくけど、戦いって、そんな簡単なものじゃないよ」

「じゃあ、どんなの?」

「命懸けの駆け引き」

「駆け引き?」

「そう。先に命を絶った方の勝ち。先に急所に刃を届かせた方の勝ちなんだ。一回だけの真剣勝負、やり直しは効かない」

「じゃあ……」

「凄い技じゃなくて必殺技。確実に相手を殺す技術が大事になる」

「それが基礎なの?」

「そう。基礎っていうのは、その名の通り、自分の礎となる基なんだ。それをしっかり理解して、初めて使える」

「よく分からない」

 理解できないと眉を顰めるリースに、アルスは右手の人差し指を立てる。

「そうだなぁ……。剣を真正面に振り下ろすのを想像できる?」

「うん、出来る」

「それを相手に確実に当てるには、相手よりも速く正確に当てないといけない」

「当然だと思う」

「じゃあ、当てるのに必要な最低限の情報は?」

「情報? ……分かんない」

「自分の振り下ろす速さと正確性。自分の振り下ろす速さが分からなければ、相手にタイミングよく当てられない。そして、振り下ろした時に真正面に振り下ろせるのか? 訓練しないと、中々真っ直ぐには振り下ろせないものなんだ」

「ふ~ん……」

「でも、基礎が出来ていれば自分の振り下ろす速さも、真っ直ぐ振り下ろされるのも確実に分かるようになる。相手を確実に仕留められる状況で振り下ろす。確実に当たる。故に必殺技になる」

「え~と……。確実に基礎を実行出来る=必殺技?」

「そうだよ」

(何か想像と違う……)

 リースは考え込んでしまう。

「まあ、お爺ちゃんの受け売りなんだけどね。確実に狂わないものが自分の中にあるのは強みなんだ。だって、失敗しないからね」

「失敗しないか……。でも、相手が自分よりも剣を振るのが速い場合は?」

「剣を振れない状況を作る。例えば、振り上げた瞬間に素早く横に移動する。その隙に、自分は振り上げて待機中。相手が横に向きを変えている隙に振り下ろす」

「そんなに上手くいくの?」

「いくよ」

「どうして?」

「相手が向きを変える速さと自分の振り下ろす速さは比較できるよね? 基礎が出来てて、自分が知っていれば?」

「なるほど。でも、今一、信用できない」

 アルスは頭に手を持っていく。

「だよね。これって間違い探しの要領なんだ」

「間違い探し?」

「相手の弱点が間違い」

「その間違いを見つける正解は?」

「自分自身の積み重ねた経験にある」

「それで基礎なのか……」

「もう、分かったの?」

 リースは頷いた。

「自分自身で基礎が分かってないと、間違い探しの比較する正解の姿がない。つまり、最速で動く基礎を身につけないといけないってことでしょ?」

「驚いた……。凄い理解力だね」

「そうかな? でも、基礎が必殺技か……」

「あと、刃を当てる位置だね。人体の急所――首、心臓、動脈。動きを鈍らせるために狙う――腱。鎧の隙間を狙う関節部分……などなど」

「大変そう……」

「今、言ったところは、逆に狙われるところでもあるけどね」

「でも、頑張らないと」

「盗賊を殺すためじゃないよ?」

「分かってる……」

 リースが不機嫌そうに返事を返したところで、アルスはリュックサックから、短めの鉄の棒を六本取り出す。

「ナイフの基礎から始めようか」

「ナイフ……」

 リースは嫌そうにアルスを見た。

「ナイフは近接武器じゃ一番強いんだよ?」

「また嘘でしょ?」

「本当だよ」

「どうして?」

 アルスは足を止めて、リースを手招きする。そして、腕を伸ばせば当たるぐらいの距離でリースを止める。

「この距離で剣を振るのは窮屈過ぎる。でも、ナイフなら振れる」

「うん」

「次に一歩分、後ろに下がる」

 アルスとリースの距離が少し開く。

「この距離でも、ナイフの方が強い」

「嘘?」

「リース、剣を振るフリをしてみて」

「こう?」

 リースが振り上げるフリをすると、アルスはナイフを下から振り抜くフリをする。

「色々条件はあるけど、ナイフは予備動作を必要としないんだ」

「剣だって、同じこと出来るよ?」

「じゃあ、何で、リースは振り被ったの?」

「え? それは剣に勢いをつけ――あ」

「勢いをつける予備動作が必要だね。ナイフは要らないけど」

「で、でも、剣だって突けるよ」

「一回引かない?」

「え?」

 リースは剣を突くフリをしてみる。

「引いてる……かな?」

「それは剣が重いせいと、ナイフほど鋭くないからなんだ。ナイフは片手で持てる軽さと鋭い切れ味が持ち味。相手を切りつけるという行動なら最速の武器なんだ」

(そうかもしれない……)

「もちろん、もっと間合いが開いていれば剣の方がリーチがあって有利だよ。でも、狭い場所や近接した戦いになった時、ナイフの方が有利な場面が多い。実際、騎士の人は、剣と一緒にナイフも持っていて、使い分けることも多いんだ」

「侮れない……」

「うん。だから、ナイフの使い方から覚える」

「分かった」

「そして、僕の予想だけど、リースが扱える武器はレイピアまでかなって思う」

「レイピア?」

「細身の剣のこと。ナイフ→ダガー→ロングダガー(小太刀なども含む)→レイピア の習得になるかな」

「他の武器は?」

「対策修得のために、簡単に使い方を教えるけど、メインの武器にはならないと思う。小さな体に不釣り合いの重い武器を持たせて、速さが殺されたら意味がないから」

(武器を使うって、全然簡単じゃない。それどころか、覚えなきゃいけないこととか、不安になることとかが沢山ある)

 リースは説明に出てきた武器について、気になったことを口にする。

「相手が自分より長いリーチの武器に、レイピアで対抗できるの?」

「訓練次第だと思う。そして、それを補う力も教えてあげるよ」

「何?」

「魔法だよ。多分、リースにはそっちの才能の方が多く眠ってると思うしね」

「私の家系?」

「うん、より好み出来る状況じゃないと思うよ? 僕達はね」

「アルスも魔法使いの家系だったっけ」

「そうだよ」

「じゃあ、魔法のエキスパートだね」

「それが――」

 アルスは頭を掻く。

「――僕、レベル2未満の魔力しか体に通せなくて……」

「は?」

 アルスは、どう説明しようかと悩んだ。

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