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作製編  27 【強制終了版】

 ここから魔法特区まで普通に歩けば七日、子供の足があるので十日を見る――。

 道のりは長く、話題もいつまでも続くか分からない。しかし、それはリースに訓練内容を教えてからでも構わない。そう結論付けたアルスは、先に訓練方法を教える。

「まず、筋力を鍛えないとどうしようもないから、ナイフを使うのに必要な指の筋力を鍛える」

 アルスは、先ほどの短い鉄の棒を見せる。それを指に挟んで、閉じたり開いたりする。

「これをする」

「何の訓練?」

「握力の向上と手首のスナップを鍛える。ついでに指でナイフも投げれるように」

 アルスが指に挟まる鉄の棒を上に飛ばすと、落ちてきた鉄の棒を同じ指で挟んで掴む。傍から見ると曲芸のように見え、楽しそうに映る。

「初めは動かすだけでいいよ。慣れたら飛ばしてみて」

「うん」

 リースがアルスから鉄の棒を受け取り、六本の鉄の棒を両方の手の指に挟む。

(重い……)

 短い鉄の棒でも、ずっしりと指に重さを感じる。

(でも、出来る……)

 鉄の棒がリースの手で上下に動く。

「結構、簡単かも」

「そう?」

 アルスは微笑む。

「じゃあ、僕がレベル2未満の魔力しか体に通せない理由を話すね」

「うん」

 リースの手で、鉄の棒はクニクニと動き続ける。

「信じられないかもしれないけど、僕には呪いが掛かっているんだ」

「呪い?」

「そう、レベル2以上の魔法を使うとバーサーカーになってしまうんだ」

「バーサーカー?」

「体が強化されて、敵味方関係なく襲っちゃう。だから、魔法を使えない」

 リースは半信半疑で聞き返す。

「呪いなんてあるの?」

「あるよ。実際、レベル2以上の魔法を使って試したから」

「それで使えない――じゃなくて、使わないの?」

「うん、自分で制限を掛けてる」

「そうなんだ」

「本当は、お父さんとお母さんと同じ魔法使いになりたかったんだけど、魔法使いになれないから鍛冶屋になったんだ」

「ふ~ん……」

 リースが自分の指を見る。初めてから少ししか経っていないのに……。

(指が疲れてきた……。でも、これを続けないと仇討ち出来ない……)

 リースは頑張って続ける。

「そして、僕に呪いを掛けたのが、これから会いに行く人でもあるんだ」

「それって……」

「うん、僕の両親を殺した人」

(アルスは、私よりも辛い目にあっているのかな……)

 立ち止まってしまったリースに、アルスは振り返る。

「どうしたの?」

「アルスの方が不幸なんだね……」

「不幸なんて比べられないよ。大事な人を失ったのは同じなんだから」

「でも、夢も失ってしまったんでしょ?」

 アルスは微笑んでいる。

「新しい夢を貰ったよ」

「鍛冶屋?」

「知らないだけで、とても魅力的だった。それにお父さんとお母さんの才能も、完全に使えないわけじゃないからね」

 アルスが指を立てて炎を灯らせると、リースは少し安心して微笑む。

「アルスも、十分に強いと思う」

「強くして貰ったんだ」

「お爺ちゃん?」

「そう」

「いいお爺ちゃんだったんだね」

「うん」

 リースは話を止める。

「指が限界……」

「休みながらでいいよ」

「そう? じゃあ……」

「でも、今日一日は、やり続けるよ」

「え?」

 リースは指に挟まる鉄の棒をバラバラと落とした。


 …


 一日歩き続け、草原だった風景は山の中に変わる――。

 リースの指はズキズキと痛み続けていた。

(アルス……。本当は戦い方を教える気はないんじゃないのかな……)

 先を歩き続けるアルスに不信が募る。

(思えば強引に着いて行くって言い張って……。言うことを聞かないで大暴走……。本当は旅の邪魔だったりしてるのかも……)

 少し気分が滅入る。視線の先では、アルスが随分と先に進んでいる。

(でも、あれだけ話をしたんだし、嫌われてはいないはず……)

 指はズキズキと痛み続け、リースは俯いて歩く。初めての訓練に、ちょっとのことが辛く感じる。

(こんなことで、仇討ちなんて出来るのかな……)

 顔を上げると、いつの間にか山道を塞ぐ大きな岩があった。

(こんなの登れない……)

 だけど、差し出される手。

「掴まって」

「あ……」

(そうだよね……。アルスは待ってくれている……)

 リースは指に鉄の棒を挟んだままの手を伸ばす。

「こんな時まで握ってることないのに」

 アルスがリースの手首を掴んで、岩の上まで引っ張り上げる。

「休憩しようか?」

「うん……」

 大きな岩の上で、アルスとリースはリュックサックを降ろして足を投げ出す。岩の上には、リースが握っていた鉄の棒も転がっている。

「大丈夫?」

「正直、辛い……」

「何処が痛いか分かる?」

「分かる」

 アルスがリースの指の上と手の甲をなぞる。

「ここら辺かな?」

「うん」

「そこが重要になるんだ」

「こんなところ?」

「しっかり覚えといて。ナイフを使った訓練で、そこを意識するから」

「ここ……」

 リースは自分の左手を右手でなぞる。

「ナイフを手首のスナップを利かして振ると、痛いところが一直線になるんだ」

「この痛みを意識するの?」

「そう。そして、そこが普段使わない筋肉で、戦いで使う筋肉」

(そうなんだ……)

 リースは両手を開いたり握ったりして、痛みを確認する。

「筋肉痛が取れるまでにナイフの使い方を覚えようね」

「そうか……」

 リースは自分の手を目の前に翳し、痛みの跡を目で追う。

「……これが目印になる」

「そう。明日から、朝と夜はナイフの使い方。歩きながら魔法の訓練」

「逆じゃないの?」

「しっかりと地面に足を着けなくちゃいけないから、しゃべりながら出来る魔法の詠唱が歩きながら」

「一日休めば?」

「滞在費が掛かるから無理……」

「切実だね……」

 アルスは『そうなんだ』と項垂れた。

「サウス・ドラゴンヘッドに入る前に、何処かでお金を稼がないと拙いかも」

「ごめんなさい……」

 謝るリースに、アルスは首を振る。

「仕方のないことだよ。――ハンターの資格でも取ろうかな? この前の盗賊は、三分の一の報奨金しか出なかったし」

「いい案だと思う!」

 リースは顔を上げて、アルスに頷く。

「そ、そう?」

「そうすれば、ビンゴブックが手に入る!」

 アルスは微妙な気分になった。

(この子、絶対に諦める気ないな……)

 思わず溜息が出ると、アルスは転がる鉄の棒を拾ってリュックサックに詰め込む。

「仕舞うの?」

「これ以上やらせたら腱鞘炎になっちゃうよ」

 リースは手を交差して前に伸ばす。伸ばされた筋が気持ちいい。

「絶対に頑張る!」

「いつか盗賊団を倒すために?」

「うん!」

「叶う日は来ないと思うなぁ……。相手にする人数が違い過ぎるから」

「それでもいいの!」

 リースはアルスを見て舌を出した。

(私が頑張りたいのは、もう、それだけじゃないんだから)

 アルスが困った顔をすると、リースは可笑しそうに笑った。そして、その日は、山を下りた麓の町で一泊することになった。

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