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作製編  29 【強制終了版】

 魔法特区で旅の路銀を稼いだアルスとリースは、一路、ノース・ドラゴンヘッドの王都を目指す。そして、旅の途中も、武器と魔法の訓練は続けられる。『武器:魔法=7:3』の割り合いで、リースは訓練を続けた。魔法特区から王都までは、通常二週間。しかし、アルスとリースは到着まで一ヶ月掛けた。


 …


 ノース・ドラゴンヘッドの王都――。

 王都の石畳みの道を進みながら、リースが話し掛ける。

「アルス」

「どうしたの?」

「私、少し変わったみたい」

「そうかな?」

 リースはシャツを捲る。

「体が引き締まったみたい。お腹に線が出てきた」

「リース……。女の子がそんなことしちゃダメだよ」

「でも、弛んでた部分がキュッと締まった感じ」

 リースはシャツを下ろす。

「動く時、楽になった」

「余計な脂肪が筋肉になったんだろうね」

「それで問題が――」

 アルスは疑問符を浮かべる。

「――靴とかが小さくなっちゃった」

「嘘?」

「体が大きくなったみたい」

「太るようなことしてないから、純粋に背とか伸びたのかな? でも、一ヶ月と少しなのに……。ドラゴン・ヘッドを抜ける時、砂漠越えの装備は必要だし、一緒に新調しようか?」

「お金は?」

「領主様に稼がせて貰ったから、大丈夫」

 リースはちょっと視線を落として考えたあと、アルスに視線を向ける。

「ちゃんと出世払いで返すね」

「出世払い?」

「アルスと一緒にハンターになって、盗賊を捕まえて返す」

「別に返さなくてもいいよ。親の勤めだし」

「世界一、似合わないセリフだよね……」

「言わないでよ」

 アルスは項垂れる。年齢的には兄妹の方がしっくりくるのは、自分でも分かっている。

「あと、どうしても出世払いするなら、普通に働いて返してよ」

「それは無理。だって、私は戦うことしか出来ないもん」

「そうだった……。女の子の働く技術も身につけさせないと……」

 アルスはリースを見て考える。

「女の子の仕事って、何だろう?」

 男手で育てられてしまったアルスは、女の人の仕事が思いつかない。

「参考になるのって、役所で受付してた人と孤児院のシスターだけなんだよね」

「女の人でも、普通に畑で働いてるよ?」

 アルスは『なるほど』と手を打つ。

「あんまり、考えなくてもいいのかな? 誰かのお嫁さんになるっていう選択肢もあるし」

「お嫁さんか……。それも大事な選択肢かも」

 リースは何かを思い浮かべると、クスリと笑う。

「でも、よく考えたら、お爺ちゃんと僕みたいに年齢が離れているわけでもないし、リースが一人で生きていかなければいけない状況ってないんじゃないかな?」

「そう思うけど?」

「だったら、無理して何かの技術を教え込まなくても平気か。旅の最中は、僕が稼げばいいんだし」

「アルスの心配性」

「そうかな?」

 アルスは、そんなことはないと思いながら、視線を前に向ける。

「心配なのは、これから向かうお爺ちゃんの実家だな。皆、悲しむと分かっているからね」

「……そうだね」

 アルスとリースは綺麗な石畳の王都を進み、イオルクの実家へと足を向けた。


 …


 ブラドナー家――。

 イオルクの実家であるブラドナー家の庭では、体の大きい老人が丹精込めて育て上げた草花に水を撒いていた。その老人を小柄な女性が屋敷の玄関前の日陰に椅子を置いて、微笑んで眺めている。

 アルスとリースが訪れたのは、そんな時分だった。

「こんにちは」

 老人はアルスの声に気付くと、水を撒くのをやめて手を振る。

「今日は、イオルクは一緒じゃないのかい?」

 アルスは頷く。

「訃報を届けに来ました。……お爺ちゃんが亡くなりました」

「……え?」

 シャツの上に茶色のカーディガンを着た老人は、水を撒くのに使っていた如雨露を落とした。

 そして、アルスに近づき、アルスの肩を掴む。

「アイツは、私よりも五つも歳が下じゃないか……」

「寿命だったと思います」

「最期は……」

「静かに笑いながら眠ったままでした」

「そうか……」

 老人はアルスを屋敷の中へ案内しようとして気が付く。アルスの後ろに女の子が居る。

「その子は?」

「……僕の娘です」

 老人は暫し沈黙すると、大声で笑い出した。

「どうしてなのかな? 血が繋がってないのにイオルクと同じ様にトラブルを引き込む癖があるのは……、あはは」

「ジェムさん! 笑わないでください!」

「無理……。少し待って……」

「そこで笑うのは、絶対にこの家の人だけですよ……」

 ジェムは一頻り笑い終わると、リースに話し掛ける。

「名前は?」

「リース……。リース・B・ブラドナー」

「イオルクの苗字とアルスのミドルネームを貰ったのか。私は、ジェム・ブラドナー。イオルク――アルスのお爺ちゃんの兄だ」

 ジェムはリースを指しながら、アルスに質問する。

「当然、アルスの隠し子じゃないよな?」

「当たり前じゃないですか……」

 項垂れて答えたアルスに、ジェムは『そうだよな』と付け加えると、二人を屋敷に案内する。

「中に入って。子供達は城に行っていて、残っているのは老人ばかりだけど」

「お邪魔します。リース、おいで」

 リースは緊張してアルスの後ろに、ちょこんと着いて行った。玄関の前まで来ると、着物を着た黒髪でショートカットの女性がジェムに声を掛ける。

「どうしたのですか? 大きな声で笑って?」

「それが初めは悲しい話だったのだが……」

 女性は首を傾げると、ジェムは咳払いをする。

「イオルクが亡くなった」

「そんな……」

「それをアルスが知らせに来てくれたのだ」

「……そうでしたか」

「更にだな……。その子がアルスの娘らしい」

「は? ……それで大笑いを」

 女性が額に手を当てる。

「どうして、イオルクは一つの事柄だけを報告することが出来ないのか……」

 困り顔の女性を見て、リースがアルスの外套を引っ張る。

「何?」

「前から思ってたんだけど……。アルスのお爺ちゃんって、どういう人だったの?」

「少し一般の人と違う考えをする人かな? それで、周りが巻き込まれて迷惑する?」

(どんな人なんだろう……)

「それで、あっちの二人は?」

「夫婦だよ。ジェムさんが老人だけって言っただろう?」

「……老人?」

 リースの目に黒髪の女性が映る。

「十代か二十代にしか見えないんだけど……」

「コスミさんって言って――女性の年齢を語るのはマナー違反だから、やめておくよ」

「いい心掛けです」

 その声にアルスは頭を下げる。

「こんにちは」

「ええ、こんにちは」

「コスミさんを見ると、皆、驚きますね」

「好きで童顔に生まれたわけではないのに……」

 アルスは可笑しそうに笑う。

「白髪もありませんからね」

「体力は確実に衰えているのですが、見た目が昔から変化しなくて……」

 リースはおかしな会話に首を傾げる。目の前の女性は、ある年齢から歳を取っていないように聞こえる。

 そのリースに気付いたコスミが、リースに笑みを浮かべる。

「すみません。置いてきぼりにしてしまって」

「あ、いえ……」

 コスミが屋敷への扉を開く。

「中に入って詳しい話を聞かせてください。フレイザー様とティーナ様も居ます」

「お邪魔します」

「お、お邪魔します」

 アルスに続いてリースも同じ言葉を繰り返し、二人は屋敷の中へと招き入れられた。


 …


 ブラドナー家は当主であったランバートと妻のセリアが他界し、フレイザーが当主として治めていた。フレイザーとティーナ、ジェムとコスミ、多大な功績を残した騎士夫婦達は、今では、誰も彼もが六十五歳を超えた老人になり、孫まで居る。

 話は、先にあげた老騎士達とアルスとリースを含めて客間で行なわれることになった。そして、アルスから語られたイオルクの死というものを誰もが信じられなかった。兄弟の中では一番若く、老人になっても元気に駆けずり回っているのがイオルクのイメージだったからだ。

 アルスは、山に篭もって造った最期の武器の話。旅立った途中で知り合い、家族になったリースの話。魔法特区に寄ってから、ここまでの話を済ませた。

 本来なら、イオルクの死というものが場を暗く悲しませるはずなのだが、アルスがリースを娘にしてしまったことで、そういう雰囲気にはならなかった。行き先でトラブルが起きるというのが、あまりにイオルクらしく、アルスがしっかりとイオルクの何かを引き継いでいると感じさせたからに他ならない。

 リースは、死というものがあるのに、悲しみをあまり感じさせない雰囲気を作る、イオルクという存在が少し分かった気がした。

(きっと、いつも中心に居て、皆を笑わせていたんだろうな……)

 そして、真面目なはずのアルスが、時々、予想外の行動をする原因も少し分かった。

 そんな穏やかな雰囲気の中で、フレイザーがアルスに質問をする。

「イオルクの最期に造った武器というのは?」

「あれです」

 アルスは椅子に座るには邪魔で立て掛けてある武器を指差す。

「持ってもいいか?」

「はい」

 フレイザーは椅子から立ち上がると、武器を握り締める。

「メイス……? 大剣のように感じるのだがな」

「流石ですね。その剣は、鞘で封印されているんです」

「封印? 何のために?」

「多分、フレイザーさんなら、鞘を外すだけで分かると思いますよ」

 アルスは立ち上がると、フレイザーから大剣を受け取り、それを皆の前にある長テーブルの上に置き、鞘のロックを外す。鞘は引き抜くのではなく、大剣を挟み込むように横に開くタイプになっている。

 ゆっくりと剣が姿を見せると、フレイザーとティーナは直ぐに気付いた。

「凄い……。こんな武器は初めて見る……」

「何で出来ているのだ……」

 ジェムとコスミも、剣身を見て気付き始める。

「凄い威圧感だ……」

「私は怖いです……。まるで妖刀でも見ているようです……」

 リースだけが分からない。どのようなものも、使い方が違うだけの刃物の一種としか捉えられない。

 大剣の異様さに中てられたコスミがアルスに頼む。

「この剣、鞘に戻してくれませんか? 神経が磨り減らされて頭痛がします」

「分かりました」

 アルスは大剣を鞘に再び納め、固くロックして封印した。

 リースがアルスに話し掛ける。

「何で、コスミさんは気分が悪くなったの?」

「色んな武器を見たり使ったりして、武器の価値が分かるからだよ。この剣の切れ味は尋常じゃないんだ」

「普通と違うの?」

「そう。この剣の鞘が、何で横開きになっているか分かる?」

 リースは首を振る。

「普通の鞘のように剣を納めると、刃が鞘に触れて鞘が斬れちゃうんだ」

「そんなに凄いの?」

「うん。そして、それって自分に触れても斬れるってことだから、扱い損ねると自分を殺しちゃうんだ。例えば、疲れて剣を下ろして、皮のブーツに刃が当たった。普通はブーツが斬れるか斬れないかのことだけど、この剣で同じことをしたら、ブーツを通り越して足を斬ってしまう」

 リースは『信じられない』という顔をしているが、アルスは異常な切れ味を既に確認済みだった。物理的な剣としての切れ味以外の何かが、オリハルコンの剣には宿っている。

 ティーナが呆れて口にする。

「イカれているとしか思えない。こんなものを誰が扱えるというのだ。何を斬るものなのかも分からない」

 ティーナの言葉に、アルスは不思議そうな顔をする。

「ティーナさんは知ってるはずですよ? ティーナさんだけじゃなくて、リース以外のここに居る人は、全員」

「馬鹿な……」

「お爺ちゃんは、お姫様の暗殺事件の時の魔法に、唯一、対抗できる武器だって言ってましたよ」

「暗殺――イオルクの武器を切断した魔法のことか?」

「そうです。お爺ちゃんは、あれに対抗できる武器を造りあげたって言ってました」

「やっと、理解した。イオルクの旅に出た理由の一つが、それだった」

 ティーナとアルスの会話で、リース以外の者は納得していた。しかし、納得しても随分と昔の事件の話だ。

 ジェムも呆れてしまう。

「イオルクは、あの事件を忘れられなかったのか。あれから、何も起きていないというのに」

「それだけじゃないんです」

 アルスの言葉に、全員の視線が集まる。

「お爺ちゃんは鍛冶屋でしたから、生涯最後の一品に自分の技術を全て詰め込んだんです。長年研究して、旅して集めた金属の錬成方法。培った武器を造る技術。切れ味を出すための研ぐ技術。鞘に施された装飾。そして、僕のために武器を不完全にして組み込んだ魔法操作技術」

 アルスはメイスに戻った武器を右手に握ると、客間の窓際まで歩いて窓を開け、両手でしっかりと武器を握り、狙いを空へ向ける。

 剣と一体になった鞘からでも、大剣の切っ先に付けられた砲筒の穴は外に顔を出している。

「リースには見せてるよね。魔法の鍛練の仕上げにいつもやっているから……」

 アルスが柄からレベル1分の魔力を送り込むと、武器の先からは指先ほどに圧縮された炎の球体が高速で撃ち出された。

「この剣は魔法を圧縮して撃ち出す」

 地面から流れ星が流れるように光球が空を流れた。

 アルスは振り返る。

「お爺ちゃんは持てる技術で、僕に魔法使いの技術の使い道を組み込んでくれたんです。切っ先から砲筒を付けて、大剣の長さより大きいものは斬れないという不完全なものになっても……」

 フレイザーは魔法を撃ち出した武器を見て驚いたあと、自然と笑みを浮かべる。

「確かに全てが詰まっている。機能だけじゃない。あの事件で感じた敗北感を拭い去った執念。イオルクが鍛冶屋として生きた情熱。不完全と分かっていても付け加えた魔法を撃ち出す仕組み――アルスへの愛情も感じる」

「僕への愛情……」

 アルスは握り締めた武器を見続ける。

「そういう風には考えなかった。でも、そうかもしれない」

 アルスは大事そうに武器を両手に取る。

「それは、アルスが持っているのが一番いいだろう」

「……はい。でも、もしもの時は使い手を探します」

「もしもの時?」

「暗殺事件の首謀者が動き出したらです。その時は、この武器が必要になるはずですから」

「扱える者が居るとも思えないがな」

 フレイザーは軽く笑ってみせる。アルスも、その通りかもしれないと未完成の武器を眺め続けた。

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