武器の話が終わり、再び昔を懐かしむ話になる。知らない話ばかりで、リースは少し詰まらなそうにしていた。
それに気付いたコスミがリースに話し掛ける。
「私達のことばかりで、すみません」
「あ、大丈夫です」
「何か共通の話題でもあれば、御話できるのですが……。生憎、戦うこと以外、話す内容もないのです」
「本当に大丈夫ですから」
コスミは少し済まなさそうな顔をして、リースを見る。すると、リースのポケットから覗くものに気が付く。
「ナイフ……ですか?」
「今、アルスに教えて貰っています」
「そうですか。それなら、私からも教えられますよ」
「え?」
「私は騎士という扱いでしたが、本職はアサシンです。ナイフやクナイなどの武器の扱いは心得ています。御暇なら、一緒に練習してみませんか?」
「えっと……。アルスに聞いてみます」
リースはアルスのところに了承を貰いに行くと、直ぐにコスミのところに戻って来た。
「『いいよ』って」
「では、庭に行きましょう」
リースを連れて、コスミは客間を出た。そのうち、フレイザーとジェムは城からの使いが入り席を外し、アルスとティーナだけが残された。
「忙しそうですね」
「二人とも下の者の面倒だ。私にも、呼び出しがあるかもしれない」
「静かに老後を過ごすことも出来ませんか?」
「まあな。でも、それはそれでいい」
ティーナはテーブルのカップに手を伸ばし、紅茶を一口分飲む。
「そういえば、お爺ちゃんに一つ頼まれていたことがあるんです」
アルスはリュックサックを漁り、長方形の小箱を取り出す。
「これの中身を返しておいてくれって。もう、守ることが出来ないからって」
「中身は、何なのだ?」
「さあ? ティーナさんなら開けてもいいそうです」
ティーナはアルスから受け取った小箱をゆっくり開ける。中にはボロボロになった重りが入っていた。
「それをティーナさんと一緒に来た婦人に返してくれって。年に二回ぐらい来ていた方なんですが」
「あの馬鹿……」
「何なんですか?」
ティーナはボロボロの重りに書かれた手書きのマークを、そっと撫でる。
「……イオルクのもとを訪れていたのは、今の王様の姉にあたる人物だ。当時、イオルクが仕えていた姫様だ」
――イオルクのところに、何故、一国の要人が訪ねるのか?
アルスには不思議だった。
「お爺ちゃんのところを訪れていたのは、お忍びっていうことですか?」
「ああ……。ユニス様の思い人がイオルクだったのだ」
「お爺ちゃん?」
「鍛冶屋になる前、イオルクはユニス様の親衛隊に居た。そして、王様を足蹴にした事件で、ノース・ドラゴンヘッドを出る時に親衛隊のマークを書いて渡したのが、その重りだ」
「その話を、お爺ちゃんは笑い話でしか話してくれなかったんですよね」
「イオルクにとっては、その程度なのかもしれない。そして、そういう風にしか感じさせないイオルクに、ユニス様は惹かれたのかもしれない」
「お爺ちゃんにも、そんな恋の話があったんだ……」
「いや、そんなものはない」
「は? でも、今――」
「今のはユニス様の恋の話だ。あの馬鹿は旅から帰っても連絡の一つも寄こさない。この国に戻って来たのに気付いたのは、移民の町からの紹介人を書類で確認して、偶々、気が付いた時だ。慌てて駆けつけてみれば『何してるの?』なんて、間抜けたことを……!」
ティーナは拳を握る。
「ここからは遠いからと王都に連絡も入れず、自分で足を運ばずにユニス様自ら、あんな辺境の山の中まで足を運ばせる始末……!」
「お爺ちゃんらしい……」
「そして、再会を喜び、どれだけ想っていたかを伝えたユニス様を、あの馬鹿は振ったのだ」
「……お爺ちゃん、今度はお姫様の告白を足蹴にしたの?」
「そうだ」
「……理由は?」
「王室っていうのは面倒臭い……」
「…………」
アルスは頭を抱える。
「信じられない……。一国のお姫様にそんなことを言うなんて……」
「全くだ。相手がユニス様じゃなければ、首を刎ねられていたかもしれん」
「何を考えてんの?」
「何も考えてないのだよ……、あの馬鹿は!」
アルスは頭痛を覚える。
「そんなお爺ちゃんに、よく毎年会ってくれたなぁ……」
「……イオルクは恋愛の好き嫌いで動かず、人間としての好き嫌いで動くからな。ユニス様も好かれているのを理解していた。それに、いくらユニス様がイオルクを好きだとしても、国を十年追放されていた者を夫に迎えては波風が立つ。これで良かったとも思えなくもない」
「その後、お姫様は?」
「ずっと、独身だ」
「そうだった……。跡を継いだのは――」
ティーナは頷きながら答える。
「ユニス様の弟。前の王様と王妃様の間に、歳の離れた弟が生まれて王の座を譲られた」
「お姫様は、それで良かったのかな?」
「分からない。だけど、年に二回の小旅行を楽しみにして居られたよ」
「不思議だなぁ……」
「ああ、そう思う。……そうだ」
ティーナは小箱に蓋をすると、アルスに渡す。
「アルスからユニス様に届けてあげてくれ」
「いいんですか? 僕みたいな一般人が?」
「イオルクを一番知っているアルスだからこそだ。ユニス様に話してあげて欲しい」
「分かりました」
「連絡は入れておく」
ティーナは立ち上がると部屋を出て、使いの者を城に走らせた。そして、フレイザーとジェムには、自分から伝えておくと庭まで送った。
…
玄関を出て庭に目を移すと、リースがコスミとナイフの訓練をしていた。持っているのは自分のものではなく、練習用の木の模造品。それを実戦形式で打ち合っている。
「そこまで進めちゃったんだ」
アルスは、まだ基礎しか教えていない。しかし、コスミにナイフを打ち込むリースの姿は、中々様になっている。
「ずっと、練習してたからなぁ……」
コスミがアルスとティーナに気付き、リースを手で止めた。リースも息を弾ませながら、アルスとティーナに気付いた。
「綺麗な軌道です。これからが楽しみですね」
コスミは、アルスにリースの評価をそう伝えた。
「ちゃんと基礎を教えられたようで、よかったです。リース、成果が出てるって」
アルスの言葉に、リースは微笑んで返した。
「そろそろ、失礼します」
「そうですか。近くに来た時は、是非、寄ってください」
「ありがとうございます。必ず寄ります」
リースはコスミに頭を下げる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
コスミもリースに頭を下げた。
「失礼します」
リースは、今度はティーナとコスミに頭を下げた。それを見て、アルスも頭を下げる。そして、アルスとリースは、ブラドナー家を後にした。
残されたティーナがコスミに話し掛ける。
「とてもイオルクの子供とは思えないな」
「はい。でも、ちゃんと大事なことは受け継いでいると思いますよ」
「そうだろうな。アルスの動作の所々がイオルクと重なった」
「ええ。そして、リースに受け継がれるアルスの技術がイオルクのものでもあるのですね」
コスミは、リースの中に確かにイオルクの武器の使い方を見ていた。そして、ティーナとコスミは、小さくなっていくアルスとリースの姿を見続けていた。
…
リースは王都を見回す。綺麗な石畳、整理された道、大きな家々……。王都は、今まで訪れた、どの町よりも大きく綺麗だった。しかし、逆に町を囲む壁は堅牢とも言える頑丈な防壁で守られている。
「凄い町……」
「この国の最後の砦でもあるからね。そんなことより、喉が湧いたり、お腹が減ったりしてない?」
「どうして?」
「どうしてって……。リースは、ずっとコスミさんとナイフの訓練をしていたじゃないか」
「そういえば……」
リースは、お腹に手を当てる。
「お腹……減ってるかもしれない」
「何か食べてから行こうか?」
「アルス……」
「何?」
「お姫様だった人を待たせるの?」
アルスは少し考えたが、直ぐに答えを返した。
「まあ、いいんじゃないかな? 少しぐらいなら」
「えぇ……」
「僕も、お腹減ってるし」
(アルスって大物かもしれない……)
単にイオルクの教育のせいかもしれないが、アルスとリースは王都のレストランで食事をすることにした。
…
注文表の値段を見て、アルスとリースは暫し言葉を失くす。お腹を少し満たす程度の軽いメニューを注文し、今日中に王都を出て、サウス・ドラゴンヘッドへ続く町で食事をしようと決める。
暫くして運ばれて来るサンドイッチをパクつきながら、アルスがリースに話し掛ける。
「リースは、余所行きの言葉遣いを使えるんだね」
「お母さんが礼儀作法を少し教えてくれた。先生をやってたから、教えてた子のお母さんとかと話す時の言葉遣いを覚えてる」
「そうなんだ」
「アルスは?」
「僕も、お母さんに教えて貰ったよ。でも、お爺ちゃんの子供になってから、子供が敬語使うと気持ち悪いって、やめさせられて……。時々、使う敬語が少し変になってるかな?」
「例えば?」
「『そうなのです』を『そうなんです』とか」
「お爺ちゃん、悪影響ばっかり……」
「はは……、そうだね。でも、これでいいよ。僕は一般人だから」
「貴族に未練がないの?」
「別に、どっちでもいいかな。どっちにも、いいところがあるから」
「体験談?」
「うん、体験談」
リースはアルスの笑顔が自分よりも子供っぽく見えた。手に残るサンドイッチをパクリと口に放り込み、不思議そうに見る。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
「また、辛いことを思い出しちゃった?」
「最近は、思い出すことも少なくなった」
「よかった。リースは、ちゃんと前を向けたみたいだ」
「うん、実感してる。毎日、何かに一生懸命になってるから」
「それが少し女の子らしくないけど、嫌々やられるよりは、ずっといい」
「うんうん」
リースは満足顔で頷いたあと、思い出す。
「あ、今日、色々教えて貰っちゃった」
「外に出て驚いたよ」
「アルスの言った通りだった。毎日、ナイフを振ってるから、自分の速度が分かってた。だから、コスミさんの間合いに踏み込んでいいか考えられた」
「そんなことも出来るの?」
「勝つつもりでやってたんだけど、私の方がナイフを速く振れなかったり、逆に行動パターンを読まれてばっかりで負けちゃった」
(相変わらずの積極性……。これに負けず嫌いが加わると大変な性格になるんじゃないだろうか?)
アルスは少し先の未来が不安になった。リースは既にかなりの頑固さを見せている。それが負けず嫌いに繋がるのは、そう遠くないように感じた。
リースが皿のサンドイッチに手を伸ばして口に運ぶ。その美味しそうに頬張っている姿を見て、それでもいいかとアルスは微笑む。
暫くすると皿の上のサンドイッチは全て無くなった。
「そろそろ、行こうか?」
「うん」
リースはコップの水を一気飲みして、コップを置くと立ち上がる。
(なんて豪快なんだろう……)
アルスはリースの後に続き、会計を済ませるとレストランを出た。