王都の中央通りを進み、城に続く道を人に尋ねながら進む。
そして、辿り着いて初めて見る近くの城。城門を見上げて、アルスもリースも感嘆の息を吐いた。
「場違いだね……」
「うん……」
騎士でもない一般人。まして、子供二人が訪れるところではない場所。ルールも作法も分からない。故に手続きも分からず、門の横にある受け付け小屋も休憩所と勘違いし、見張りの人も無視して城門を潜ろうと、堂々と真ん中を歩く。
当然、門番に止められた。
「何しに来た!」
「ここに来るように言われて、連絡も通ってるって……」
「連絡?」
「ティーナさんから連絡が届いてるはずなんですけど?」
門番はアルスにそこで止まるように命令したあと、受け付けの小屋に走って連絡を取る。そして、確認が取れると、アルスとリースのところに戻って来た。
「連絡は取れていた。だが、受け付けをしてから通ってくれ」
「すみません。城に来るの初めてで」
「では、目的の場所も分からないのではないか?」
「それは中に入ってから聞こうかと……」
「しょうがないな。案内してやる」
「本当ですか?」
「何も知らずに王様に出くわして、道を尋ねられても困るからな」
(尤もだ……)
アルスが頭を下げてお礼を言うと、門番はアルスとリースを城の中へと案内した。
…
城門を潜り、門番は城の中の衛兵に案内を引き継いだ。アルスとリースは初めて入る城の中に驚きっぱなしだった。天井は高く、通路も広い。掃除は行き届き、床は綺麗に磨かれ鏡のように反射している。すれ違う強そうな騎士達が何人も常駐しているのかと思うと緊張感も加わる。
入り組んだ城の中を歩き、幾つかの階段を上がり下りして、目的の人物の部屋に着いた。案内してくれた衛兵が下がると、アルスは緊張しながらドアをノックした。
「どうぞ」
聞き覚えのある声を聞いて、アルスはドアを開く。
そこに居たのは、何度か見た老婦人。変わらぬ笑顔に、アルスは山の中での生活を思い出して落ち着きを取り戻した。
「失礼します」
「失礼します」
アルスとリースがユニスの部屋に入る。小ざっぱりとした部屋は、絢爛豪華とは程遠い落ち着いた感じがした。本棚、机、茶箪笥、小さなテーブルに四脚の椅子。この部屋の入り口以外にある扉が、寝室などに繋がっているのだろう。
老婦人がアルスに話し掛けた。
「とうとう正体がバレてしまったわね」
「ティーナさんに聞きました」
「年に二回だけ一般の人になれるのは、私の最高の楽しみだったのよ」
「そうだったんですか」
「……イオルクが亡くなったそうね」
「はい」
ユニスはテーブルの前まで歩くと、アルスとリースに座るように促す。アルスとリースが荷物を置いて椅子に腰掛けると、ユニスも椅子に腰掛けた。
「凄く寂しいわ。イオルクとの会話は、本当に楽しかったから」
「僕も楽しかったです。豪快なのに何処か子供っぽくて……。そして、強引で」
「そうそう」
「振り回されているのに、終わった後は楽しかった思い出なんです」
「昔からよ。そして、大人になっても変わらなかった」
ユニスが懐かしそうに微笑むと、アルスは思い出したようにリュックサックの中から小箱を取り出してテーブルの上に置く。
「お爺ちゃんから、ユニスさんに返すようにって」
「ありがとう」
ユニスは小箱を開くと、イオルクのつけていた重りに触れる。
「懐かしい……。このマークは、もう使ってないのよ」
「親衛隊のマークって聞きました」
「ええ。私がお姫様だった頃の親衛隊のマーク」
ユニスはボロボロになった重りを手に取る。
「最期まで、私の騎士であり続けてくれた証。きっと、これを返上する時が騎士をやめる時ってことなのね」
「お爺ちゃんは鍛冶屋なので、騎士ではないと思っていました」
「そうね。でも、何かあったら駆けつけるとも言っていたわ。鍛冶屋になっても、私の騎士をやめる気はないって。結局、何も起きなかったけど」
ユニスはクスリと笑う。
「本当は、お爺ちゃんを側に置いておきたかったとも聞きました」
「ティーナは、おしゃべりね。人の恋路の話をするなんて」
「悪気はないと思います」
「分かっているわよ。でも、側に居たかったというのは、本当。私の命を救ってくれた姿を、今でもはっきりと思い出せる」
「凄かったんですか?」
「ええ。私の記憶の中では、イオルクより強い騎士は居ないわ」
「フレイザーさんやジェムさんより?」
「ええ、私の父よりも」
アルスは不思議な感覚を覚える。
「信じられないなぁ。僕は、お爺ちゃんの鍛冶屋の姿がほとんどだから」
「そうでしょうね。私も、イオルクがフレイザーやジェムより強いところを見たことはないのよ」
「じゃあ、どうして強いって分かるんですか?」
「女の勘」
「は?」
ユニスの言葉にアルスが固まるのを見て、ユニスは笑いながら話を続ける。
「私はね。イオルクがいつも力を制限したり、押さえつけたりして、本気で戦ってないと思っていた。特に知り合いに対しては、本気じゃなかった気がする」
「本当ですか?」
「ええ、その理由も何となく分かっている。イオルクは戦うべき時をしっかりと知っているから」
「戦うべき時ですか?」
「そうよ。幼くして誰よりも戦い抜いてしまい、誰よりも仲間を守り抜いてしまった。だから、明確な敵以外、友達や仲間や知り合いに対しては本気にならない……。そんな制限があるように感じた。私が見たのは、その制限がない時の戦うべき時の姿だったのだと思うわ」
「……お爺ちゃんにも、色々あったんですね」
「そうよ」
ユニスは、再び懐かしそうに微笑む。しかし、その微笑みが悪戯っぽく変わる。
「ところで、聞いたわよ」
「……何をですか?」
「お父さんになっちゃったんだって?」
「……はい」
ユニスは大声で笑い出す。
「有り得ない! 何それ⁉ アルス、まだ子供でしょう⁉」
「この前、十五になりました」
「そっちの子は?」
「リース・B・ブラドナー、十歳ですよ」
「歳の差五歳の親子なんて初めて聞いたわ。どうして、そういうところがイオルクに似ちゃうわけ?」
「知りませんよ……」
ユニスは可笑しそうに笑い続けている。そして、笑い終わると、リースをマジマジと見る。
「……あれ?」
「どうかしました?」
ユニスがリースに顔を近づけると、リースは顔を引く。
「この顔……」
ユニスは立ち上がってリースに近づくと、リースの顔を両手で挟むように添える。
「この魔力を秘めたような青い瞳……。この金色の髪……」
「エルフみたいって言うんでしょ?」
リースの言葉に、ユニスは首を振る。
「私の友人だったサウス・ドラゴンヘッドのお姫様にそっくり……」
「サウス・ドラゴンヘッド……?」
「でも、殺されてしまったはずだし……」
「…………」
リースは、何と言っていいか分からないとユニスを見続ける。
リースに代わり、アルスがユニスに質問する。
「本当にサウス・ドラゴンヘッドのお姫様なんですか?」
「ええ。この子の顔を見て、逆にしっかりと思い出したわ」
(偶然? それとも、本当に子孫?)
リースは、ユニスの手に自分の手を添えて離す。
「多分、他人の空似です」
「それは……、そうよね。でも、似ているのは本当だし、嬉しかったわ」
「嬉しい?」
「私は、今でも彼女の無実を疑わないし、親友だと思っているということ」
ユニスは微笑む。
「貴女が子孫じゃなくても嬉しくなっちゃった。ごめんね、貴女は貴女なのに」
リースはユニスを真っ直ぐに見つめ、素直に思ったことを口にする。
「……きっと、喜んでます」
「え?」
「あなたが忘れていなかったことを。信じてくれていたことを」
「……うん、だといいわ」
リースが少しだけ微笑えむとユニスも微笑み返し、アルスに振り返る。
「凄くいい子ね。しっかり育てないとダメよ」
「僕は男手のお爺ちゃんに育てられましたから、保障できませんよ」
「そうか……」
ユニスは頬に手を当てる。
「イオルクが少なからず関わっているのか……。それは、この子の人生に多大な不安を残すわね」
「…………」
リースは、イオルクというアルスの養父の存在に多大なる不安が残った。行く先々で、誰もが共通のリアクションをしている気がする。
リースが質問する。
「会う人会う人が、皆、変な反応をするアルスのお爺ちゃんって、本当にどんな人だったの?」
ユニスとアルスがパチクリと目をしぱたくと、眉間に皺を寄せて考え出した。
「何て言えばいいのかしら……」
「角度を変えて見ると違った見え方をするから……」
(分からない……)
そして、ユニスとアルスは、同じことを口にした。
「「変な人?」」
リースは項垂れる。変な人にお姫様は恋し、変な人をアルスは尊敬していると言う。一体、アルスのお爺さんは、どんな人だったのか……。ますます分からなくなった。
「もう、いいです……。きっと、話すと脱力させる人だったに違いないと思いました……」
「ある意味、正解ね」
「その思っている少し斜め上の行動を取ると思うと、ほぼ正解かな?」
「さすが、イオルクの子ね。的確な分析だと思うわ」
(何かアルスのお爺ちゃんに、これ以上、関わりたくない……)
イオルク・ブラドナー……死して、尚、混乱を招き続ける。
リースは溜息を吐くと、アルスに話し掛ける。
「もう、行こう……」
「貴族のお屋敷にお城と、二軒目だもんね。疲れちゃった?」
「うん……。アルスのお爺ちゃんに疲れた……」
アルスは苦笑いを浮かべると立ち上がり、ユニスに向き直る。
「一応、用件は済ませたので、これで失礼します」
「ごめんね。今度は普通の話だけをするわ」
「リースのためにも……ですね?」
「ええ」
「機会があれば寄ります」
「分かったわ」
アルスとリースが頭を下げる。
「「失礼します」」
ユニスは扉の前まで見送り、アルスとリースは部屋を出て行った。残されたユニスはテーブルに戻り、小箱から重りを一つずつ出していく。
「あの時、皆で書いたまま……」
ユニスが俯くと、重りに点々と涙の跡が出来る。
「イオルク……」
ユニスの頭の中で思い出が走馬灯のように駆け巡る。
しかし、暫くして、再びドアをノックする音が聞こえる。ユニスは涙を拭い、扉まで歩いて行き、深呼吸する。そして、扉を開けると、アルスとリースが居た。
「どうしたの?」
アルスは恥ずかしそうに頭を掻く。
「すみません。迷っちゃって、城の外に出られなくなっちゃいました」
ユニスはこけた。
「アルスの馬鹿!」
アルスは笑って誤魔化す。
「お城の中って、初めてなもんで」
ユニスは溜息を吐く。しかし、こういうところが懐かしくも感じる。
「仕方ないわね……。私が案内してあげるわ」
結局、アルスとリースは、城の城門までユニスに見送って貰った。その光景を見た城の一部の者は、『あの旅人はユニス様とどういう関係なのか?』と疑問を残した。国王の姉を見送りにまで出させる旅人とは、一体……と。