アルスとリースは、王都を出て進路を南に取る。サウス・ドラゴンヘッドへ入り、砂漠を抜ければ世界を回る旅に出る。
しかし、サウス・ドラゴンヘッドに入るのは、もう少し先……。夕方までにサウス・ドラゴンヘッドへ続く町への到着を目指す。
「結局、リースの服を新調できなかったね」
「仕方ないよ。王都は貴族使用だと思う。高かったもん」
「高かった……。高級住宅街みたいなところを外れれば安かったかもしれないけど、町の入り口から遠ざかるし……」
「次の町で買ってくれる?」
「そうしようか。そして、サウス・ドラゴンヘッドで、ハンターの営業所があれば資格を取ろうと思うんだ」
リースはアルスに期待の目を向けた。
「ついに、やる気になった?」
「違うよ。砂漠にはモンスターが居るらしいから、それを倒して、お金に替えるため」
「そんな理由?」
「そんな理由」
リースは『残念』と口にして、アルスの先を歩き出した。
(言葉遣いが、また子供らしくなってきたかな?)
アルスは、それを良い傾向と判断して頬を緩ませる。
「リース、魔法の練習をしながら歩かない?」
「魔法か……、いいよ」
アルスは不思議そうに、リースを見る。
「今日は、文句言わないんだね?」
「少し真面目に練習しようかなって」
「それで魔法使いになってくれれば、本当にありがたいんだけど」
「ううん、魔法使いにはならない」
(やっぱりか……)
アルスは『また、説得は失敗したな』と苦笑いを浮かべる。
「でも、ユニスさんの言葉も気になってるんだ……」
「それって、サウス・ドラゴンヘッドのお姫様のこと?」
「うん。もし……、もしだよ?」
「うん」
「私がお姫様の孫だったら、魔法を使わないのもダメかなって思う」
「ダメ?」
「魔法の資質は遺伝するんでしょ? まるっきり魔法を使わないと、資質は下がるよね?」
「そうなるかな? リースのお母さんが魔法を一切使っていないんだったら、リースの受け継いだ資質は下がってるかもしれない」
「それって、私に子供が生まれたとして、その子が魔法使いになりたいって言ったら、下がった資質が受け継がれちゃうってことでしょ?」
「まあ、単純に考えると……。でも、随分、先の話だね?」
「……そうだけど」
リースは口ごもる。
「理由は何であれ、しっかりと練習してくれるなら嬉しいよ」
「そう? あとあと、私が本当にお姫様の孫だったら?」
「歴史上、悪者になっているから、サウス・ドラゴンヘッドをさっさと通り過ぎる……かな?」
リースは項垂れる。
「そういう答えを期待したんじゃないんだけど……。そうじゃなくて、そういうのって、ときめかない?」
「先祖にお姫様か……。ときめかない」
リースは大げさに溜息を吐いてみせる。
「アルスの好みというものを聞いてみたいんだけど?」
「関係あるの?」
「ときめかないアルスが悪い」
アルスは顎に手を当て、目を閉じる。
「僕の好みがお姫様だったら、よかったのか……」
「そういうことじゃなくて! ワザとやってるの⁉」
「そんな器用なこと、出来ないよ」
「あ~! もう!」
リースは頭を抱える。
「アルスがときめく好みのもの!」
「見たことがない技術で造られた武器とか?」
「人!」
「武器を造れる人かな?」
「女の人!」
アルスは腕を組んで考える。
「う~ん……。年齢も胸の大きさも特に気にしない」
「……は?」
「性格も最悪じゃなければいい。来る者は拒まない――」
リースはジト目でアルスを睨む。
「――って、お爺ちゃんが言ってた」
リースのグーが、アルスに炸裂した。
「お爺ちゃんはいいの! アルスのことを聞いてたんでしょ!」
「思いつかないから、お爺ちゃんの言ってたことを参考に言っただけなのに……」
「それで、少しは参考になったわけ?」
「全然」
リースは項垂れる。
「ダメだ……」
「そういうの、あまり考えたことがないんだ」
「最初に言ってくれればいいのに……」
「途中で切り上げるタイミングが分からなくなっちゃって」
「一体、何を質問してたんだっけ……」
「分からなくなったんなら、もうやめない?」
「…………」
リースは溜息を吐く。
「やめた……」
リースは止まってしまった足を動かし始める。そして、覚えた魔法の詠唱をレベル1から唱え始めると、アルスの見る先で火球や水球が飛び始める。アルスもリースの後に歩いて続く、そんな会話のあった道すがらだった。
…
アルスとリースが王都を出てから一つ目の町に着いたのは、夕方から夜になり掛けていた頃だった。商店は軒並み店仕舞いをしてしまい、目的の一つである服屋は、明日になってから寄ることにした。この日は、そのまま宿屋に足を運び、夕飯を済ませ、風呂がなかったため、体を拭いて、本日は終わりを迎えようとしていた。
…
そして、夜――。
リースは偉い人に会って緊張したり、コスミとナイフの練習をしたりで、いつも以上に疲れて眠っている。
一方のアルスは、メイスとリースのナイフ術の練習に使っていた鉄の棒を持って町の空き地に居た。
「今日は、槍の練習の日」
鉄の棒を連結させて槍の長さにすると、イオルクに教えて貰った基礎を確かめるように繰り返す。
(違和感はない。誤差修正することもなさそうだ)
アルスは汗を掻く前に、基礎の確認をすることだけに集中した。
続いて、魔法の鍛練へ移行する。レベル1の魔法……ウォーターボール、ファイヤーボール、エアボールを唱える。次に無詠唱魔法、ウォーターボール、ファイヤーボール、エアボール。そして、レベル1にはない魔法である小さな雷の球体を作り、小さな土の球体を作る。
「レベル1の応用。雷と土の魔法はエネルギー不足で使い物にならないけど」
故に、レベル1に雷と土の魔法が存在しないとも言える。
アルスは指先を空に向け、集中力は一段上がる。アルスの指先でウォーターボールが少し小さくなる。これは圧縮した結果なのだが、本来、液体は空気と違い、目に見えて小さくなることはない。小さくなったのはレベル1で作った水のなかに含まれた余分な空気が出たためだ。それが上空に撃ち上がる。
その後も、レベル1の無詠唱魔法の圧縮を繰り返す。火、風、雷、土……。圧縮して本当に意味があるのは、この四系統。水系統も冷気にして圧縮できれば意味があるかもしれない。しかし、今のアルスにはこれが限界だった。冷気を作り出すイメージが体にない。そのイメージを手に入れるにはレベル5のブリザードを使用しなければならないが、それは制約上、使用することが出来ない。
「ドラゴンテイルで、呪符を使って体で覚えるしかないけど……」
アルスは頭を掻く。
「また、お金が掛かるだろうな。お爺ちゃんの話だと物々交換が主流みたいだし、冷気系の魔法の習得は諦めるしかないかな」
アルスは溜息を吐いて、メイスを手に取る。それをしっかりと両手で握り、空に向ける。
「自分で使う魔法の威力は上げられないけど、使用できる回数を上げておかないと」
メイスからは連続で順番に全系統が撃ち出され続けた。
◆
ここで少しだけ補足をする。魔法の精神負荷は、次のようになる。
【大】 無詠唱魔法>メイスでの発動>呪文魔法 【小】
無詠唱魔法は精神力が削られる分だけ、早く魔法を撃てる。
メイスの発動は狙いを定める分だけ面倒臭いが、レベル1の魔力を追加で溜め込んで撃てるので、アルスは、この時だけレベル2以上の魔法が使える。しかし、全て圧縮魔法になってしまう。
呪文魔法に関しては、世界全体に補助が働いているので精神力が削られる値は低い。その反面、資質が伴わないと一切発動しないことになる。
◆
アルスは、毎日、自分の精神力が持つまで魔法の鍛練を続けている。簡単に言えば、一日で使える魔法を使い切っているとも言える。
「使えもしないレベルの魔法を使えるための鍛練……。意味があるのかな?」
アルスは撃ち続けていた魔法を止めると、大きく息を吐き出す。
「雑念が混ざってる……。スムーズに魔法を撃ち出すのに必要なものだ。無駄じゃない」
(お父さんとお母さんに貰ったものを雑に扱うなんていけない)
アルスはゆっくり息を吐き出し、集中力を高める。
「武器の補助が働いていても、半分は無詠唱なんだ。雑念は捨てないと」
アルスは父と母の想いと、イオルクに言われ続けた忠告を信じて鍛練を続ける。
(自分の中にある魔法の力は絶対に捨てない。大切にする。そして、お爺ちゃんが忠告してくれたこと――弱い僕が鍛練を怠れば、死に繋がるということ。常に一般人より、不真面目な盗賊よりも強い位置を維持し続ける。ここの位置より下には行っちゃいけない)
アルスは自分が弱いことを理解している。イオルクに理解させられている。だから、鍛練は怠らない。力でも魔法でも大成しないのは分かっている。
「努力で補える技術を高めるんだ……。分かってるよ、お爺ちゃん」
アルスは魔法が使えなくなるまで魔法を使い続け、鍛練を終えると宿に戻った。