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作製編  33 【強制終了版】

 翌朝――。

 何かの炸裂音で、アルスとリースは目を覚ました。お互い眠い目を擦り、伸びをする。

「もう少し寝ていたかったのに……」

 リースは、ご機嫌な斜めで呟いた。

「何の音だったんだろうね?」

 アルスの質問に、リースは、さっきの音を思い出す。

「花火か爆竹じゃないの?」

「そうだよね。戦になってたら、人の叫び声がするよね」

「アルスは、そっちの方に結び付けたんだ……」

 リースは頭を触って寝癖をチェックする。

(ペタンってなってる……。ここ、お風呂ないから、水で直さないと)

 リースは、アルスを見る。

「お祭かな?」

「寄ってみようか?」

「いいの?」

 アルスは頭に手を当てて呟く。

「僕も遊びたいなって……」

 リースはにか~っと笑うと、ベッドから跳ね起きる。

「色々買って貰おうっと」

「え?」

「移民の街では、お祭する時に屋台とか芸人を年一回呼んでたんだ。その日だけは、お父さんが好きなものを買ってくれた」

「お父さん? 僕のこと?」

 自分を指差すアルスを見て、リースは笑顔で頷いた。

(こんな時だけ、お父さんか……)

 アルスは溜息を吐いた。

「僕は控えよう……」

「買うのは、ほとんど食べ物だよ?」

「物は、かさ張って持ってけないか」

「でも、櫛とか欲しいな」

「いっそ、髪を切れば?」

「い・や! この際、女の子に必要なものを買い揃えて貰う!」

「必要なもの? ああ、あれか。もう、あれが来たの?」

「あれ? ……!」

 リースは真っ赤になった。

「何で、アルスが知ってるの⁉」

「何で、僕が知ってちゃいけないの?」

「だって……。アルスは、そういうことを言わないって……」

「そういう常識がない方が、後々で困るよ? リースが僕に説明する方が恥ずかしくない?」

「それは……ゴニョゴニョ……っていうか! 何で、アルスが知ってたの!」

「いや、お爺ちゃんの知識」

「……アルスのお爺ちゃん?」

(何で、お爺ちゃん……)

 リースは項垂れる。

「昔、見習いの騎士の皆で、本を回し読みしたって」

「何の本を回し読んだの……」

「言わなくても、想像つくんじゃない?」

「…………」

 リースは額を押さえると、視線だけをアルスに向ける。

「アルスは、そういうの読んでないよね?」

「読んでないよ。お爺ちゃんがお酒を飲んだ時、絡んで勝手に話してただけだし」

「アルスはエッチに目覚めてないよね?」

「今のところは」

「アルスのお爺ちゃんが憎い……。私のアルスが汚された……」

(僕は、いつリースのものに……)

 リースは見たこともないイオルクに拳を握り、アルスはリースを見て、どうしたもんかと頭を掻く。

「とりあえず、外に行かない? 今日は、もう一泊するから」

「夜まで遊び通すの? 直ぐ行く!」

 洗面所に顔を洗いに走ったリースを見て、アルスはクスリと笑って着替えを始めた。


 …


 宿を出る時、店主に一泊追加のお願いをして、荷物を部屋に置いたままにする。アルスは腰の後ろのダガーとロングダガーだけの格好だ。普段と違い、重いものを背負っていないのは久しぶりだった。

 一方のリースは、いつものリュックサックを背負っている。

「先に服を新調しよう。小さい靴じゃ、足が痛いと思うから」

「うん」

 お祭で活気付く町は屋台や出店が広がり、元々あった町の店は分かり難い。アルスとリースは賑わう町の中を探し回って、ようやく目的の服店を見つけた。

「今日、少し割り引きみたい」

「本当だ」

 お祭にあわせたのか、値札には30%オフの張り紙が付いている。

 リースは早速、服を選びに店内を物色し始め、残されたアルスもリースの服を考えてみる。

「女の子の服か……」

 この時点で、アルスの頭からズボン関係が消去された。

「どんなのがいいんだろう?」

 頭の中に蘇るのは幼い頃に読んだ童話の挿絵。アルスはレースの付いている服の場所に移動する。

「リボンとかなのかな?」

 そして、レースとフリルとリボンが沢山付いているスカートのある服。

「これかな?」

 手に取るのはファンシーな服。とてもじゃないが普段着に出来ない。

 そこにリースが戻って来る。

「アルス、あっちの服がいいと思うんだけど――何それ?」

「こういう服がいいかなって」

「…………」

 酷いセンスに、リースは溜息を吐く。

「そんなの着れない」

「どうして?」

「恥ずかしい……」

「そうかな?」

「どういう基準で選んだの?」

「女の子っぽいの」

「……それが?」

 アルスの掴む服に、リースはがっかりな視線を送る。

「昔、絵本で見た子は、こんな服を着てたよ」

「それ、お姫様の服じゃないの?」

 アルスは絵本の題名を思い出す。

「タイトルに『姫』っていう字があったと思う」

「やっぱり……」

「ダメなの?」

「ダメ……。だって、旅するんだよ? そんなヒラヒラしたの着れないよ」

 アルスは手の持っている服を戻して取り替える。手にはスパンコールドレス。

「アルス、スカートから離れようか……」

「女の子はスカートじゃないの?」

「繰り返すよ? 私達は旅するの」

「う~ん……」

 リースはアルスの手を引いて、自分の選んだ服のあるところまで連れて行く。そこにあるのは、旅人の服と呼ばれる丈夫な麻の服だった。

「この青い上と白いズボンがいいと思うんだ。Tシャツも何枚か買って、暑い日用にするの」

「これ、男の子の服みたいだよ?」

 アルスが手を伸ばそうとすると、リースは即行で拒否した。

「ピンクの服なんて、イヤ」

「……リースに従うよ。僕はセンスがなさそうだから」

「そうして。あと、砂漠に入るから外套と長袖のシャツと――」

(僕より、しっかりしてるかもしれない……)

 アルスの前で、リースは買い物籠に商品を詰め込んでいく。旅人の服上下セット、三着。 Tシャツ、三枚。下着、三枚。靴下、三つ。外套。長袖のシャツ、三枚。革のベルト、一つ。皮のブーツ、一つ。ポーチ、一つ。櫛などの生活用品……などなど。買い物籠は一杯になった。

 それを見て、アルスは呟く。

「これ……、全部入るの?」

「リュックの服は小さくなってるから、ここで買い取って貰うか捨てて貰うつもり。新しいのを着て、リュックに詰めてみないと入り切るかどうか分からない」

「そうだよね」

 アルスが店員と話して商品の会計を済ませる間に、リースは、今、着る分だけの服を持って試着室に入って行った。そして、暫くして旅人の服を着たリースが姿を現わした。

 リースは、髪を梳いて腰に手を当てる。

「どう?」

「似合ってる。女の子でも全然違和感ないよ」

「そうでしょ?」

 リースは真新しいブーツを履くとアルスのところまで駆け寄る。

「あとは、今までの服を買い取ってくれるかだね」

「買い取ってくれるのかな?」

 アルスは店員に話を聞いてみると、結果、古着屋に卸すものもあるのと、服の修理の当て布に使うパーツ取りに使うので買い取ってくれるとのこと。

 リースは、下着だけは処分してくれと頼み、他を全て売り払った。そして、残った商品をリュックサックに詰め込んでみると、砂漠用の装備の外套と旅人の服二着がリュックサックに入らなかった。

「僕のリュックサックに入れるよ。入り切らない分は、袋に入れて貰おう」

「ごめんね」

「リースが大きなリュックサックを背負えるようになるまでだから、問題ないよ。それに僕のリュックサックは、まだまだ入るから」

「うん、ありがとう」

 店員に残りの商品を袋に入れて貰うと、リースは受け取った袋を大事そうに持つ。

「ねぇ、お祭に参加しよう」

「そうだね。お店を一通り回ってみよう」

 アルスとリースは服屋を出ると、町をゆっくりと回ることにした。


 …


 朝食を食べていなかったアルスとリースは、出店で売られる美味しそうなものを食べ歩く。町を回り切る頃には腹八分目までの状態だった。

「無駄遣いが止まらない……」

「私、こんなに好き勝手にしたの初めて」

「大人が居ないと抑止力が存在しないのがよく分かった」

(いや、お爺ちゃんは例外だったか……)

 町にあったベンチに隣り合って腰掛けて、アルスとリースは食べ歩いた食べ物の感想を話したり、祭の出し物の大道芸やイベントを話し合って休憩する。

 そして、話題も尽き掛け、お腹の消化が進んで落ち着いた頃、目の前の人だかりが出来ている何かの催し物に目が移る。

「アルス。あれ、何だろうね?」

「さあ? ただ子供向けとは思えないけど」

 人だかりに混じっているのは厳つい男ばかりだ。

「行ってみる?」

「うん、お店を全制覇する」

「確かにここだけ来てないけど、店なのかな?」

 アルスとリースはベンチから立ち上がると、人だかりのところまで歩く。しかし、それは人だかりではなく列だったと気付く。

「何の列だろう?」

 アルスは列の最後尾に並ぶ男に声を掛ける。

「すみません。これは、何の列なんですか?」

「うん? ああ、剣術大会のだよ」

「大会ですか?」

「模造品――木の武器で戦うんだ」

「危なくないんですね」

「大会で大怪我はなしだよ」

「そうですよね」

 お礼を言ってその場を去ると、アルスはリースに話し掛ける。

「ただの剣術大会だって」

「剣術大会? アルスは出ないの?」

「出ないよ。あんな大きい人達に勝てないからね」

 リースは興味深げに目を輝かせ、指を顎に当てる。

「じゃあ、私が出ようかな?」

「え? 勝てないと思うよ?」

「分かんないよ? 私、コスミさんと練習してから強くなった気がするんだ」

「急に強くはならないよ」

 アルスは『無理だ』と思うが、リースはやる気だ。

「出る……。絶対に出る!」

(この子は、また……。こうなると説得が大変なんだ……。でも、今回は人を殺すとかじゃないか)

 アルスは少し考える。

(戦いが怖いっていうことを教えるのにはいいかもしれない)

 アルスは頷く。

「出てもいいけど、しっかり思い出して」

「何を?」

「ダガーが指を切った痛み」

「あれを?」

「やるからには真剣にやるんだ」

 アルスは剣術大会の看板を見て、ルールを確認する。

「この大会は武器が木だから死なない。勝ち負けは、出場者が降参を言ったらか、大怪我をしないように審判が止めるまで。つまり、武器で攻撃されても致命的なダメージを受けなければ、何度でもチャレンジできる」

「うん」

「だけど、本来、斬られれば終わり。一回でも貰っちゃいけない」

「うん」

「じゃあ、出てみよう」

「うん!」

 こうして、リースは初めての真剣勝負を剣術大会で体験することになるのだった。

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