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作製編  34 【強制終了版】

 ノース・ドラゴンヘッドならではの町の催しが始まる。

 剣術大会は、城の騎士ではない身分の低い騎士も参加する、結構、実践的なもの。戦う武舞台は木で出来ており、ちょっと高さがある程度の簡易的な造りである。

 その第一試合に、リースは出場することになった。

「何で、最後の方の登録だったのに第一試合なんだ?」

 観客席のアルスが首を傾げていると、周りの観客の声が耳に入る。

『あんな小さな子が出るのか。可哀そうに』

『そうだな。町側が試合を盛り上げるために、強い者同士がトーナメントで当たるのは最後の方に仕組まれるからな』

 アルスは『これじゃ経験は積めないかもしれない』と思う。簡単に言えば、リースはトーナメントを盛り上げるために、強者の噛ませ犬にさせられたということだからだ。

『相手は去年の準優勝。今年は優勝するかもしれない』

 完全に失敗だったと、アルスは項垂れる。

(手加減してくれるよね? 相手の人)

 不安になりながら観客席である柵の外で、アルスがリースの荷物を持って観戦する中、参加者の皮の鎧を着けた屈強な大男とリースが舞台に上がった。

 催しの始まりに、武舞台の周りの観客達から歓声が沸く。

『手加減してやれよ!』

『お嬢ちゃんも負けるな!』

 会場は小さな挑戦者のせいで盛り上がっていた。


 …


 舞台に上がったリースの両手には木製のナイフが一本ずつ。対戦者は木製の剣だった。

 リースは手の中の木製のナイフを見詰め続け、ダガーで切った指の痛みを思い出していた。

(あの鋭い痛み……。あれが自分に向けられる……)

 体を襲う怖さを想像し、それを認識し始めると集中力が高まっていく。

 審判の男性が中央に二人を呼び、簡単なルールの再確認を終えると、審判の男性は一歩下がる。いよいよ最初の実戦が始まろうとしていた。

「始め!」

 掛け声のあと、対戦者の男はゆっくりと構えた。臨戦態勢で、先に構えていたはずなのに、構えられた瞬間にリースは動けなくなってしまった。

(何で……? 何処から攻めていいか分からない……!)

 アルスと練習した時も、コスミと練習した時も、攻めることが出来た。

(違う! 攻められるように手加減されていたんだ!)

 リースは強く木製のナイフを握って、練習と実戦の違いをようやく理解した。


 …


 アルスにはリースの状況が分かっていた。イオルクが練習の段階を一つ上げた時と同じだと思い返す。つまり、その時、どうして動けないかを理解しないと動けない。

(最初は隙だらけだから攻撃できるんだ。本来なら、攻撃できる隙を少しずつ減らしていって理解させる。そして、間違い探しの間違いがない状態――膠着状態になって、相手に隙を作る動きをさせることを考える。だけど、リースは、まだ間違い探しのコツを覚えたばかり。あの相手では、少ない間違いを見つけられない。それに決定的なことが――)

 歯軋りするリースを見て『これでは何の経験にもならない』と、アルスは困った顔をした。


 …


 リースは動けない。動けない理由が分からない。攻撃するイメージの先に正解が見当たらない。

 相手の男は近づいて来ると、ゆっくり右手の木製の剣を横に構え、一気に薙ぎ払った。

「っ!」

 リースは避けるのも忘れて、両手のナイフで受け止めた。軽い体が衝撃を支え切れず、バランスを崩してたたらを踏み、手にはビリビリと痺れが残る。

(これが剣を受けた時の衝撃……。この勢いで剣が体に触れた時、肉が裂かれて食い込む……)

 リースは完全に飲まれていた。戦うイメージは浮かばないのに、殺されるイメージは鮮明に浮かぶ。頭の中は完全にパニック状態だ。

 対戦者の男は、リースを見て唇の端を吊り上げた。

「全然話にならないな。思い出作りか?」

 そんなつもりはないが、そう言われても仕方がない。リースは悔しくて涙が出そうだった。

(私に何が出来る? あと、私に出来ることは?)

 アルスに視線を向け、リースは自分の引き出しを探る。

 教えて貰ったのは……。

(間違い探しと、基礎だけ。今、出来ることは――)

 ここで終わりたくないと、リースは木製のナイフを軽く握り直す。腕と手首のスナップを活かして、最速で振れる準備を整える。

(次は――)

 相手に当てなくてはいけない。隙を見つけないといけない。

(――それを見つけられないんだ。でも、間違い探しのコツは教えて貰ってる。正解の私の構えと相手の構えの違う場所を探す)

 リースはイメージする。強くイメージする。自分が剣を持つ姿……を?

(私、剣を持ったことない!)

 今更、気付いた……。

(じゃあ、どうするの⁉)

 間違い探しの正解なしに間違い探しなど出来るわけがなかった。


 …


 アルスはリースの顔が百面相のように変わるので、またもリースの考えが分かってしまった。

(本当は、手頃な相手から剣とナイフの違いを知って貰って、練習の意味を理解して貰うつもりだったのに……。そして、指を切ったイメージから相手が向かって来る恐怖を理解して貰うはずだったのに……)

 アルスは溜息を吐く。

(相手の強さに差があり過ぎる。このままだと、一方的にやられて終わりだ。怪我をしないうちに止めさせたいな)

 アルスは最悪の場合は、舞台に飛び込むしかないと思っていた。


 …


 リースはイメージすることを続けていた。頭の中では戦うことと並列に剣を持った自分をイメージする。正解のない中でも、正解をイメージする。

(そんなの、出来るわけがない)

 対戦者の男を睨むと、リースは気付く。

(いいのが居た。この人の構えをイメージの自分に真似させれば正解が出来る)

 戦いの場で、体ではなく頭が動き続けている。イメージした自分は相手の構えを忠実に真似る。

(これに、今の私の構えを重ねる……。両手で持っているのと片手の差、左右どちらにでも動けるように足を開いているのに対して、剣を持つ私は利き腕を使う分、やや斜め――利き腕? そうだ!)

 リースは目に力を戻す。

(片手持ちなんだから、攻撃できる範囲は利き腕の方が広い。なら、反対から攻めれば、剣が来るまで僅かに時間がある。これを試してみるしかない)

 リースは右利きの相手に対して右から回り込む。当然、相手は向きを変える。

(向きを変えるのに着いて来られる。円の直径が大き過ぎる)

 リースは時計と反対回りに走りながら円を小さくする。しかし、走ってる最中に木製の剣が飛んできた。

(近づき過ぎ!)

 左足で勢いを殺して地面スレスレに屈んで避けると、バックステップで後退して息を吐く。

(少し分かった。まともに躱せるスピードじゃないけど、明らかにコスミさんのナイフより遅い。もう一度!)

 同じことが繰り返される。リースが対戦者の男を中心に時計と反対回りに走り出した。それを見た観客は、もう時間の問題だと思い始める。

 誰もがリースの負けを確信する中、リースの頭は内側に向けられて思考し続ける。イメージの自分に掛かる勢いと、相手の動きが頭の中で逐一比較される。さっきと同じように木製の剣が振られた瞬間、少し走る円の直径を大きくする。

 木製の剣がリースを僅かに避けて通り過ぎた。

「ここ!」

 対戦者は油断して振り切った状態。リースは対戦者の右膝の上に木製のナイフを当てて通り過ぎた。


 …


 観客から大きな声が上がる。最初の一撃は、まさかの幼い少女だった。

 アルスは『凄い』と声を漏らし、リースの嬉しそうな顔を確認しようとする。しかし、そこにあったのは苦悶する表情だった。

(体よりも頭が脈打ってる感じ……。イメージするのに慣れてないから、頭が爆発しそう……)

 一撃入れるだけのために深くイメージし、全力で走り回り、体も頭も随分と疲労した。

(頭がガンガンするのは正解がないからって、一からイメージを作りあげたせいだ。アルスのしてくれた練習の意味が分かる。この人と戦う前にアルスの剣の練習をしっかり見ておけば、内容は違ったのに……)

 まだまだ経験不足。足りないものが、次々に頭に浮かぶ。

(体力もつけなきゃ。イメージを作りあげる練習もしなきゃ。……体も頭も鍛えなきゃ)

 リースは歯を食い縛る。

(もう一回、イメージを作り直す)

 しかし、さっきのリースの一撃で、対戦者の男のプライドを傷つけてしまった。考える時間もなく、大振りの木製の剣がリースの上に振り下ろされる。

 リースは考えの肯定を飛ばし、いつも鍛練している場所へ最短距離で向かう方法を直感的に実行する。振り下ろされる前に、体をぶつけるように対戦者の男の懐に入り、手首のスナップを利かせて確実に喉元に当てた。

 だが、対戦者の男は構わず振り下ろし、剣の射程範囲の内側の内側に居るリースを腕で叩き付けた。リースは舞台に体ごと叩き付けられると、直ぐ起き上がって構えを取り直す。

(こんな状態だけど、見えてきた……。無様な格好でも相手に当てられた……)

 リースの頬に血が流れる。叩き付けられた時に少し切った。

(この人の間合いへ安全に入るには、もっとスピードがいる。私の体は、なんて遅いんだろう)

 次の攻撃に移るため、リースは再びイメージを膨らませようと集中する。しかし、頭に自分の姿が浮かばない。

(疲れてると考えられなくなるんだ……。仕方ない……)

 さっきまで作ったイメージを間違い探しの正解にする。

(情報が足りない……。横に振った動作しか正解がない……。振り下ろしは近づき過ぎて見れなかったから……)

 リースは少しでも的を小さくしようと前傾すると、一直線に向かって走り出した。

 それに対し、向かう対戦者の男のイメージが薙ぎ払う動作と一致した。リースは前進を止めず、木製の剣が振るわれる瞬間、通過する木製の剣の下に体を滑り込ませる。そして、タイミングを合わせて左手を振ると、今度は対戦者の右手首に木製のナイフを当てた。

 だが、振った後は無様にゴロゴロと転がり、何とか柵に掴まって立ち上がるギリギリの状態だった。

(次は――)

 立ち上がった先には対戦者の男の姿が目の前にあった。

(あ……!)

 僅かに上げたリースの右手の木製のナイフを弾き飛ばし、リースの左腕に木製の剣が向かう。それが目に映ると、リースは目を強く瞑った。しかし、体を襲う痛みは訪れなかった。

 ゆっくりと目を開けると柵の外から自分を支える手と、木製の剣を押し止めるブーツが見える。

「すみません。保護者立ち入りで、リースの負けです」

 アルスが対戦者の男にそう告げると、審判の男が対戦者の男の勝ちを宣言した。会場は善戦した少女に大きな拍手が送られた。

 しかし、リースは、悔しくて顔に手を当てたまま動けなかった。


 …


 剣術大会の試合会場から離れて、井戸の近くにアルスとリースは居た。汲み上げた井戸の水で、リースは顔と手を洗い、アルスに回復魔法で頬の傷を治して貰っていた。

 井戸に来るまで泣いていた涙は止まり、リースは呆然としている。

「綺麗に治ったよ」

「うん……」

「大丈夫?」

「うん……」

(大丈夫じゃないな……)

 アルスは、どうしたものかと考える。しかし、話す内容を考えているアルスより先に、リースから話を始めた。

「私、ダメダメなんだね……」

「そんなことないよ」

「色々と分かったんだ……。間違い探しの正解も揃ってない。イメージすることにも慣れてない。体が鍛えられてないから、自分の思ったスピードで動かせない。体力も、まだまだ足りない」

「うん」

「そして、あれが本物の剣なら死んでた……」

「そうだね」

 リースは、自分で自分を抱きしめる。

「怖かった……」

 アルスは『大丈夫だよ』と、リースの頭を撫でる。

「本当は、もっと弱い人を相手にギリギリの戦いから学んで欲しかったんだけどね」

 リースは頷く。

「でも、よく動けたね?」

「……動く?」

「僕は最初のナイフの受けで、リースは、もう終わりだと思ったんだ。あそこで、死を理解したと思ってた」

「あれは……、うん。そこで剣だったらって理解した。でも、諦めたくもなかった。だから、必死に考えて出来ることをした」

「普通、そこでやめない?」

 リースは小さく頷く。

「……そうだね。でも、笑われたのが悔しくて、何も出来ないっていうのも悔しかった」

「リースって――」

 アルスは言おうとしたことを飲み込む。リースが負けず嫌いになるのが早まっただけで、分かり切っていたことだったからだ。

「だから、間違い探しをしようとした。間違い探しをするために、自分の頭にもう一人の自分をイメージして考えた」

「これから教えていくつもりだったのに……。勝手に先に進んじゃった……」

「やっぱり、戦うのに大事だったんだ」

「うん。少し先の話をすると、リースも僕も力がないから別の力を鍛える必要があるんだ。リースが言ったイメージする力。それが出来るようになると、相手の行動を予測できるようになってくる。そして、その予測の当たる確率を上げるには情報を蓄積しなければいけない」

「それが基礎で、間違い探しの正解なんでしょ?」

「ごめんね。本当は、じっくり教えるつもりだったのに身を持って体験させちゃって」

「ううん、私の我が侭のせいだから」

 アルスは済まなそうに話す。

「最初から、あんなに強い人に当たると思わなかったんだ」

「仕方ないよ」

「観客の人の話だと、お祭を盛り上げるために、強い人同士の戦いを後半にするらしい。だから、リースみたいな弱い人が強い人に当たっちゃう仕組みになっているんだって」

「そうだったんだ」

「断言しておくよ。今日の相手は、リースより強かった」

「うん……。もう、我が侭は言わな――控える」

(そこで言い切らないんだ……)

「アルス、しっかりと基礎を教えて」

 きっと、リースはこれからも我が侭を言って困らせるに違いないと、アルスは苦笑いを浮かべる。

(でも、それがリースなんだ)

 アルスはリースに頷いて返すと、リースも頷いて返した。

「さて、反省会はここまで」

「うん」

「試合では負けたけど、リースは確実に強くなってるよ」

「本当?」

「三回当てた。膝、首筋、手首……。何処も教えた通りの場所だった」

「ギリギリだったけどね」

「でも、これが本物のナイフだったら立場が変わってたよ」

「うん。でも、あの人は剣術大会のルールを分かってたから、私の攻撃に当たったんだと思う」

「そうかもしれないね」

「そして、全力で戦ったから分かった。どんな戦いも油断できないんだね」

「怖かったもんね」

「うん」

「大事なことを覚えたね」

「うん」

「もう一つ、褒めておくよ。リースは自分のナイフの速さをしっかりと理解してた。これは、毎日、練習している成果だよ。ちゃんと自分を理解している証拠だ」

(……ちょっと、嬉しいかも。アルスは、ちゃんと見ていてくれたんだ)

 リースは試合のあと、初めて微笑んだ。

「まだまだ教えたいことが沢山ある。自分を守るために、しっかりと身につけていこう」

「うん! 頑張る!」

 リースが力強く立ち上がると、アルスは試合で汚れてしまったリースの服の埃を叩く。

「折角、新調したのにね」

「本当……。汗も掻いたし」

 リースは先に歩き出すと、直ぐに振り返る。

「次の町は、お風呂の付いてる宿屋に泊まろうね!」

「そうしよう」

 アルスとリースは宿屋に戻るために歩き出した。

 そして、この日を堺にリースの成長速度は加速する。戦いに付き纏う死を認識したこと。自分が弱いと認識したこと。足りないものを知ったこと。何より、イメージする能力が開花し始めたこと……。

 イメージする能力――これが、後々リースの大きな財産になることを、リースは、まだ知らないでいた。

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