二週間が過ぎた頃――。
アルスとリースは、サウス・ドラゴンヘッドに入っていた。リースの苗字やユニスから聞いたリースの容姿を考えると、あまり長居したくない国だ。しかし、砂漠を抜けてドラゴンチェストに入る前に、アルスには、しておかなければいけないことがあった。
「ハンターの資格を取らないと……」
ノース・ドラゴンヘッドの王都のほぼ真南に位置するサウス・ドラゴンヘッドの王都。その近くの町のハンターの営業所の前に、アルスとリースは立っていた。
「どうして、ノース・ドラゴンヘッドで取らなかったの?」
「サウス・ドラゴンヘッドの方が楽なんだ。ハンターの資格っていうのが魔法を使える貴族のステータスになっていて、魔法さえ使えれば取れる仕組みになってる」
「それって、ズルくない?」
「ズルいと思うよ。それ以外にも使える魔法のレベルや知識で試験を設けて取得するランクも決まっている。魔法の資質は遺伝するって言ったよね? サウス・ドラゴンヘッドの貴族は、優秀な魔法使いを親に持つから、高いランクのハンターになれる。魔法の知識も一般庶民では買えない本を買って読むことが出来るから、試験を受けても貴族しか高いハンターになれない仕組みになってる」
「そこまで露骨にやる?」
「でも、貴族内にも階級があるから、それを分けるために試験内容は難しいらしいよ」
「そうなんだ」
「まあ、それが原因で、この国では一般人が高いクラスのハンターになれないんだけどね」
「迷惑なルール……。ところで」
「ん?」
「アルスは、どのランクを受けるの?」
「それなんだけど、このランク表を見るとランクCを取らないと賞金首の戦闘許可が下りないみたいなんだよね」
「許可?」
「多分、ビンゴブックに載るような悪い人との戦闘許可とか情報の提供かな?」
リースは拳を握って、声を大にする。
「アルス! ランクCを取るべきだよ!」
「何で?」
「ランクCを取れば、私の仇の盗賊が載っているかもしれないビンゴブックと情報が手に入るわけでしょ!」
「……一番下のFにしとこう」
アルスはハンターの営業所に足を向ける。
「ちょっと! 何で!」
リースはアルスの外套を引っ張る。
「どっちにしても、レベル1の魔法しか使えないんだから無理だよ」
「あ……」
(そうだった……)
リースは外套を放すと、溜息を吐いた。
ちなみに、アルスがノース・ドラゴンヘッドでハンターの試験を受けなかったのは、リースに諦めさせるためでもあった。そして、もう少し補足すると、ランクCの賞金首の戦闘許可は、この国の推奨であって、許可は必要ない。こちらも、リースに諦めさせるためのアルスの細工である。
…
サウス・ドラゴンヘッドのハンターの営業所――。
ハンターの営業所……のはずなのに貴族達が賑わい、小綺麗な造りになっている。一般人も僅かに居るが、ほとんどが貴族の人間だ。
「場違いなところに来てしまった……」
アルスは呟くと、受け付けを探す。
「完全に田舎者だな……。どれが受け付けなんだか分からないや」
アルスが途方に暮れていると、声を掛けられる。
「どうかなさいましたか?」
振り返る先には、一目で分かる高級なローブを身につけた、青み繋った髪の少女。リースと同じ髪型で髪の長さも同じく腰まで伸びている。目の色は緑。背はアルスの方が少し高い。
リースがカチンとくる。
(この人を敵と認識した……!)
リースの視線の先には、自分にはない膨らみ。その少女は、少し発育が良いようだった。
リースがご機嫌斜めとも知らず、アルスは少女に返事を返す。
「すみません。受け付けを探しているんですが、どれも高級な造りで見分けが付かなくて」
「そうですか」
少女は大きなリュックサックを背負うアルスを見て嘲笑すると、指を差す。
「あちらですよ」
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。……今日は、試験を受けるのですか?」
「はい」
「どのランクを?」
「Fが取れれば十分です」
「欲がないのですね」
「いや、実力がないだけです」
アルスが笑って誤魔化すのを見ると、少女は見下したような笑みを浮かべる。
「私、ミスト・ベルグストロームと言います」
「アルスです」
「そう、アルスさんですか。試験を一緒に受けることになると思います。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
ミスト・ベルグストロームと名乗った少女は、優雅な足取りで去って行った。
リースがアルスの外套を引っ張る。
「何で、アルスは苗字を言わなかったの?」
さっきの少女が居ないことを確認すると、アルスはリースに小声で話し掛ける。
「だって、面倒臭そうだったから。苗字があるなんて分かったら、自慢話を聞かされるんじゃないかと思って」
リースは『なるほど』と納得し、アルスの態度に少し胸がスカッとした。
「受け付けに行ってくるよ」
アルスはリースを置いて、先ほど教えて貰った受け付けで登録を済ませた。
…
サウス・ドラゴンヘッドのハンターの試験は少し変わっている。実技と試験問題でテストをして、合格すれば資格を得る。つまり、ハンターとしての実力を見る気など、更々ない。
ランクF、Eなら、レベル1の魔法を使えて筆記試験でランクが決まる。ランクDなら、ランクEの試験を合格して、かつ、レベル2の魔法が使えること。ランクCなら、レベル3以上の魔法が使えることと、試験者同士の魔法を競わせて試験官が合否を決める。
また、例外的にランクFの試験後に難易度の高い実技を受けられる方法もある。こっちの方法は実力者の近道であり、ランクCまでの試験を免除できる。その代わり、こっちの抜け道は実技の難易度が高く、受ける者は優秀な資質を受け継いだ者だけのため、受験する者はほとんどいない。ちなみにランクBより上は、イオルクの時と同じように予約制になっている。
そして、ハンターの試験が始まる。レベル1の魔法を披露し終えて、受験者が筆記試験を受けることになった。多くの貴族に混ざって、試験会場でアルスは試験問題を読む。
(何だこれ……)
合格できる点数分は世間一般の魔法の常識。それ以外は本や専門の魔法使い知識を得ないと分からないことが書いてある。
(何で、こんな貴族にしか分からないようなことを一番低いランクの試験に明記されているんだろう?)
アルスは不思議に思いながらも筆記試験を終えた。
…
筆記試験後の試験会場――。
アルスは、先ほどの試験の真意を理解する。この試験は、点数の低い者から点数を読み上げて合格を発表する、貴族が一般人を見下す儀式だった。また、貴族同士の優劣を競う華やかな場でもある。
不合格者は居なかったが、名前を呼ばれて登録を済ます点数の低い一般人を貴族達は笑っていた。
アルスは、くだらないと溜息を吐く。
そして、会場の視線は、残った一般人のアルスに集中した。次に馬鹿にするのはアイツだという視線が集中する。
しかし、次に呼ばれたのは貴族の魔法使い。友人の貴族が、その貴族を馬鹿にする。だが、その次も貴族の魔法使い……。その次も……。その次も……。
静まり返ってしまった試験会場で、試験官が咳払いをする。
「え~……。今回の試験で満点を取った方が二人居ます。ミスト・ベルグストロームさんと――」
会場の視線はアルスに集まる。
「――アルス・B・ブラドナーさんです」
アルスは立ち上がると試験管のところに向かう。その先では、ミストが腕組みをしていた。
「貴族の方でしたのね?」
「苗字があるだけです」
(私は、常に一番でないといけないのに……。貴族じゃないと偽って、私に恥を掻かせて)
ミストの胸の中で、アルスに対する何かが膨れ上がるが、顔には出さない。
「次の試験も頑張りましょうね」
「資格を取るだけなら、試験ってこれで終わりじゃなかったっけ?」
(ここで終わらせるものですか……)
「いいえ、もう少しありますよ」
「そうなんだ」
アルスは『ハンターの営業所の前に書いてあった掲示板を読み間違えたかな?』と、首を傾げる。
(まあ、いいか……)
ミストが試験会場の扉の向こうに手を向ける。
「少しお話をしませんか? 休憩が挟まれるはずですから」
「いいですよ」
アルスとミストは試験会場を出ると、直ぐにミストだけが試験官のところに戻ってきた。
「彼は、ランクCの試験を受けるそうです」
「……そうですか」
試験官は引継ぎをする書類に、アルスのランクC受験にチェックを入れた。この会場の中で、アルスは完全に敵視されていた。
…
アルスは意味があるのかないのか分からない会話をミストとさせられていた。
(今更、魔法の知識をひけらかされるようなことをされても……)
とはいえ、好意でしてくれているのであれば無下には出来ない。それがミストの企みとも知らずにアルスは聞き続けた。
そして、次の試験が始まる合図の鐘が鳴る。
「アルスさん。男性は、あちらですよ」
指差されるのは、試験場の地下への扉。
「私は、先ほどの部屋に戻ります」
「ご丁寧に、どうも」
アルスはリュックサックを背負って、地下への扉へと歩いて行った。
そして、それを見届けたミストは無表情のまま、先ほどの試験会場へと戻って行った。