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第28話 そして彼らは知ることになる……

 ロミオが鬼塚に脳天をかち割られた5分後の車内にて。


 いまだグッタリしているジュリエットと真白の隣でマリアはリムジンバスを運転している鬼塚に声を荒げていた。




「誰があそこまでヤレと言ったのじゃ! 妾は少し脅すだけで良いと言ったではないか!」

「キャンキャンうるせぇなぁ……ちゃんとアンタからの仕事は完遂したんだから問題ねぇだろ? アンタだってあのロミオゲリオンとかいうアンドロイドが嫌いだったんだし、これでいいじゃねぇか」

「あ、あのまま死んだらどうするのじゃ!? わ、妾たちは人殺しになるのじゃぞ!?」

「人殺しって……ハァ、これだから世間知らずのお嬢様は。アイツはアンドロイドなんだろ? なら殺しにはなんねぇよ、なんせ『人』じゃないんだから。まっ、あんだけ強くぶっ叩いたからぶっ壊れたのは間違いないだろうけどさ」




 ひひっ! と鬼塚の忍び笑いが車内に木霊する。


 なんとも不愉快極まりない。


 マリアと鬼塚が言い合っている隙を縫うように、ジュリエットは朦朧もうろうとする意識の中、何とか手足を動かせないか四肢に力をこめる。


 だが、指先どころか唇さえ満足に動かすことが出来ない。


 ソレに加え、黒スーツの1人である小太りの男が「へへへっ! や、やわらけぇ~っ!」と歓喜に満ちた声をあげながら乱暴に自分の乳房を揉みし抱いている感触も不愉快であった。




「こ、こんな小さな身体に大きなおっぱいって……なんてドスケベな女なんだな!」




 男の妙に訛りのある言葉が、熱っぽい吐息が、興奮して血走った瞳が、全てが気持ち悪かった。


 こんな男に自分の身体を好き勝手されて、ジュリエットは内心屈辱に震えていた。


 ロミオゲリオンが桜屋敷にやって来てからというもの、平和が続いていたためすっかりボケていた。


 もう少し警戒して護身用グッズを持ち歩いておくべきだった。


 今さら後悔したところでもう遅いのは分かっているが、そう思わずにはいられない。


 それほどまでにジュリエットは屈辱を感じていた。




「ふへっ♪ な、ナニ喰ったらこんなドスケベに育つんだな?」

「コッチの白雪家のお嬢様も中々に発育がいいぜ! 揉み心地最高だチクショウ!」




 夢中になってジュリエットの胸を触る小太りの男の隣には、ほっそりとした細見の男が真白の巨乳に顔を埋めて「うっひょ~♪」と奇声をあげていた。


 真白も先ほどのスタンガンの影響のせいか、グッタリしているが、その顔は不愉快の極みと言わんばかりに歪み切っていた。




「おいブー、どっちが先にお嬢様の乳首を当てられる競争しようぜ?」

「いいだよ。オイラのテクニックを見せてやるだ!」




 好き勝手いいやがって! とジュリエットと真白は内心いきどおっていた。


 が、そんな2人のことなどお構いなしに小デブとガリガリの指先が2人のマシュマロのような胸に沈んでいった。


 そんな2人を尻目にマリアは黒スーツの男たちに噛みつくように口をひらいた。




「お、おいめぬか愚か者共が! 貴様ら自分が何をしておるのか分かっておるのか!?」

「??? 何を言ってるだが、このお嬢は?」

「アンタだってこうなる事が分かっててオレたちを雇ったんだろ?」

「ち、違うわ! わ、妾はあの生意気なアンドロイドを少し怖がらせる程度でよかったんじゃ! それなのにお主たちが勝手に暴走しよってからに……どう責任をとるつもりじゃ!?」

「ぷっ!? もしかしてまだ気づいてないのかオマエ?」




 運転席に居た鬼塚が滑稽だ! と言わんばかりに吹き出す。


 そんな鬼塚に同調するように、黒スーツを着込んだ3人も盛大に笑った。


 マリアはそんな男共に恐怖を覚えたが、それでも弱味を見せないように気丈に振る舞いながら威嚇するように口をひらいた。




「な、なんじゃ! 何がおかしいんじゃ!?」

「ぷふっ!? どうしますリーダー? ネタバラシしちゃいます?」

「あぁっ、そこの無知なお嬢様に社会の常識を教えてやれ」




 アイアイサーッ! とマリアの身体を抑えつけていたキノコ頭の男が、小馬鹿にした声音でマリアに向かって言葉を紡いだ。




「いいかいお嬢様? 僕らは別にお嬢様の依頼をこなす為にこんなコトをしているワケじゃないよ」

「ど、どういう意味じゃ?」

「ニブイなぁ~。つまり、ね? 僕らは『ある変態貴族』様からジュリエット家の御令嬢と白雪家の御令嬢を誘拐する任務を受けていたんだよ」

「なっ!?」




 なんじゃソレは!? と続くハズの言葉を遮るように、キノコ頭は続ける。




「たださすがは世界に誇る大貴族、ジュリエット家。セキュリティが固いのなんの……正直依頼を受けたはいいが、八方ふさがりの打つ手ナシだったんだよね」




 でもそんなとき、ナイスなタイミングでジュリエット家の次女様から『とあるアンドロイドを脅してほしい』って依頼が舞い込んだワケ。


 もうこれは神が僕らに与えてくれたチャンスだと思ったね!


 と、ニヤニヤしながらキノコ頭はそう説明した。


 マリアは顔面蒼白になりながら「そ、それじゃ……」と口をひらくが、そこから先の言葉は出てこない。


 代わりに鬼塚が心底楽しそうにマリアの次の言葉をいで喋った。




「そうさ、アンタはワシらに利用されたのさ!」

「ダメだぜ嬢ちゃん? そう簡単に人を信じちゃ?」

「んだんだ、オイラたちのような賢い人間のエサになっちゃうだよ?」

「~~~~っ! このっ!?」




 マリアがキノコ頭に平手をお見舞いしようと右手を振りかぶる。


 が、それよりも早くキノコ頭はマリアの首筋にスタンガンを押し当て、




 ――バチィッ!




「ひぐぅっ!?」

「コラコラ、淑女がそんなはしたないコトしちゃメ~でしょ?」




 電撃の衝撃により、ジュリエットと真白のようにグッタリとしてしまう。


「あっ……うっ……」と吐息にも似た言葉を溢すマリアの胸の先端を、キノコ頭の指先がチョンッ♪ と触れる。


 それだけでキノコ頭の股間は沸騰しそうなほど昂ぶった。


 いやキノコ頭だけではない、小太りもガリガリも今にも絶頂しそうなほどたぎりに滾っている。


 今の3人の目にはジュリエットたちは美味しそうなお肉にしか見えないだろう。


 ゴクリッ……と、黒服3人の喉がいやらしく鳴る。


 そして3人の気持ちを代弁するかのように、キノコ頭の男が上ずった口調で、




「り、リーダー? このお嬢様たちなんだけどさ……ちょっとつまみ食いしちゃダメかな?」

「あぁっ? ……まぁワシらはジュリエット家と白雪家の御令嬢を『連れてこい』と命令されただけで、『どういう状態で』かは指定されてないからのぅ」




 鬼塚の言葉に黒スーツの3人は視線を絡ませ合う。


 言外に「自分は関知しない、責任はおまえらで取れ」と言われ、3人の唇がニチャリッ……♪ と耳まで裂けんばかりに下品に歪む。


 その姿を見た瞬間、ジュリエットたちの背筋に嫌な悪寒が走った。


 こういうときの悪寒は必ず当たるモノで、黒スーツの男たちはそれぞれジュリエットたちの足を持つなり、グッ! と左右に開くように力をこめた。




「それじゃ、ロイヤルま●こぉ~?」

「「「御開帳でぇ~す♪」」」

「「「~~~~ッッ!!??」」」



 ――くぱぁっ。



 と抵抗むなしく、3人の乙女のそのが野郎共の視界に納まる。


 途端に『もぁっ』と濃縮された女の甘酸っぱい匂いが黒スーツの男たちの鼻腔に直撃した。


 途端にも言われぬ興奮と生殖本能が脳髄を駆け巡り、思考しこうを蕩けさせ。


 狂ったような興奮と、沸騰したように血液が熱くなる。


 もっと、もっと! と細胞がメスを求めておねだりする。


 黒スーツの男たちは、その雄を狂わせるメスの匂いをさらに肺いっぱいに吸い込み、だらしなく口角を緩めた。




「ハハッ! くせぇ、臭ぇっ! こりゃ発情した雌犬の匂いだわ♪ 運転席のここまで臭ってきやがるぜ!」

「うっわ!? 肌スベスベ! 手に吸い付いてきやがる!」

「太ももを撫でるだけでも1日終わりそうだねぇ」

「ふへっ、こんなテカテカしたいやらしい下着ば着けて……さては最初っから期待してたべな?」




 期待なんかしていない!


 好き勝手言うな!


 と噛みつきたい衝動に駆られるが、いまだに身体は言うことを聞いてくれない。


 そうこうしているウチにリムジンバスは山を下りて、国道へと入ろうとしていた。




「へへっ、大丈夫! オレらこう見えて結構なテクニシャンだから♪」

「えぇっ、痛みすら感じる間もなくすぐに天国へ連れて行ってあげますよ」

「ふへへっ、それじゃたっぷり愛し合おうべ♪」




 そう言って黒スーツ3人の顔がジュリエットたちの乙女の園へと近づいていく。


 ギチギチと理性が音を立てて千切れていくのに反比例して、男たちの興奮も跳ね上がっていく。


 もはや発情期の獣の方が理性的だと思えるほどに、だらしなく恍惚とした表情を浮かべる黒スーツたち。


 そんなヤリチンクソ野郎共とは対照的に、いまにも泣き出しそうな顔を浮かべる乙女たち。



 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いやめてやめてやめてやめてやめて助けて助けて助けて助けて!



 気がつくとジュリエットたちは呪詛のように助けを求めていた。


 頭の隅では「助けなんて来ない」と分かっていながらも、それでも祈るように、神に許しを請うように助けを求める。




「ほぅら、もうすぐみんなのお股のお豆さんがオイラたちの鼻先にタッチしちゃうだよぉ~?」



 軽薄そうな声音でゆっくりと生ぬるい空気を引き裂いて股間へと迫ってくる男たちの顔。


 さわさわといやらしい手つきで太ももを撫でまわされ、反吐へどが出そうになる。


 が反吐の代わりにポロポロ出て来たのは真白とマリアの涙であった。


 屈辱と恥辱と恐怖に染まるその顔が、余計に男たちの興奮を盛り上げていく。


 もう男たちの蛮行を止められる者などココには居なかった。


 もはやジュリエットは全てを諦め、全身から力を抜いた。


 あぁ……自分の人生はいつもそうだ。


 幸せになろうとすると倍の力で不幸がやってくる。


 それは自分の力ではどうすることも出来ないモノで……この世はどうしようも無いくらいに悪意で満ち満ちていることに。


 もういい、もう好きにしてくれ。


 ジュリエットはこの地獄がはやく終わるように、意識を切り替え、思考を停止させる。


 ヤるならさっさとヤッてくれ。




「ありり? 急に身体から力が抜けたぞい? とうとう観念しちゃったべか?」




 それは好都合♪ と小太りの男の笑みがさらに深くなる。




「それじゃいざ! いただきまぁ――」




 ――ズダンッ!




「「「うぉっ!?!?」」」

「ッ!? チッ……」




 突如車内に上から砂袋を落とされたような音と衝撃が遅い、リムジンバスが激しく揺れる。


 すぐさま黒服のガリガリが運転している鬼塚に不満を述べた。




「ちょっとリーダー!? 今いいところなんだから、ちゃんと運転してくださいよぉ!」

「やっとるわバカタレ。どうやら上から何か落ちてきたらしい」

「落ちてきたって、木の枝か何かですかね?」

「おそらく――」




 そうだろうな、と続くハズだった鬼塚の声音は突如フロントガラスの上からにゅっ! と現れた謎の影によって中断された。


 その影は何故か上半身裸で、コチラを覗きこむように真っ直ぐ射抜きながら、コンコンッ! とフロントガラスを叩いてきた。


 途端に車内に居た全ての人間がギョッ!? としたようにフロントガラスにへばりつく影を凝視した。


 そこには、





「――お迎えにあがりました、お嬢様」





 そこには平然とした顔でフロントガラスをノックするロミオゲリオン――安堂ロミオの姿があった。




「「「「ハァッ!?」」」」

「ちょっと失礼しますね?」




 素っ頓狂な声をあげる男たちを無視して、ロミオゲリオンの拳がフロントガラスを突き破る。


 そのまま迷いもなく鬼塚の握っていたハンドルをガシッ! と掴むなり、グルンッ! と左に思いっきり舵を切った。


 刹那、コントロールを失ったリムジンバスが暴走特急と化し、歩道へと乗り上げる。




「ぬぉぉぉぉっ!?!?」

「ま、待て待て!? 何やってんの、このロボ!?」

「自分の主が乗ってんだぞ!? イカれてんのか!?」

「や、ヤバいヤバい!? ぶつかるぅぅぅぅぅっっっ!?!?」

「あんまり喋っていると舌を噛みますよ?」




 悲鳴をあげる鬼塚と黒服たちに場違いのアドバイスを口にするロミオゲリオン。


 阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図と化したリムジンバスは、まっすぐ電柱へと突進していく。


 そして。




 ――ガガガガ、ドォォォォンッッッ! メキメキ……プシュゥ~。




 と轟音を立てながら電信柱に衝突して、その動きを止めた。


 電信柱はへし曲がり、ボンネットはへしゃげ、フロントガラスは粉々。


 かろうじて意識があった鬼塚たちは、目を回しているジュリエットたちを引きずりながら、這い出るようにして外へと飛び出した。

「な、なんだアイツ!? なんだアイツ!? 倫理観がぶっ壊れてんのか!?」

「ゲホッ……お、落ちついてくださいリーダー。大丈夫ですよ、この事故であのアンドロイドも今度こそ壊れたでしょうし」

「そ、それもそうだな。とりあえずおまえら、警察が来る前にお嬢共を連れてアジトへ向かう……ぞぉ?」




 新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、人心地つこうとする。


 が、それよりも先に人の形をした絶望が「待ってました!」とばかりに男たちの前に姿を現した。


 上半身裸の狂ったで立ちのクセに、呼吸すらまともに出来ないプレッシャーを放つソレ。


 そんなソレ、いや――ロミオゲリオンの身体には傷1つなく、まるで事故なんぞなかったと言わんばかりにピンピンしながらコチラへ歩いてきていた。




「ま、マジかよコイツ……」

「ば、バケモノ……ッ!」




 鬼塚とキノコ頭の顔が今度こそ驚愕の色に染まり、小太りとガリガリの顔色は青へと変わる。


 ……本能が。細胞が。魂が理解してしまったのだ。


 ヤバいと。


 コイツに手を出してはいけないと。




「「「「ッ!?」」」」




 瞬間、狩られる前に狩れ! と言わんばかりに鬼塚は懐から10センチ程度に切られた鉄パイプを。


 黒服に身を包んだ男たちはポケットからナイフを取り出しながら、その刃先をロミオゲリオンに向け威嚇した。




「お、おい動くな! 殺すぞ!?」




 半ば叫ぶように鬼塚の怒声がビリビリと肌を震わす。


 そんな鬼塚に鼓舞されたかのように身体中から殺気をたぎらせはじめる黒スーツたち。


 どっちが捕食者なのか教えてやる! と言わんばかりの覇気を前に、ロミオゲリオンは怯む……ことなく、むしろ挑発せんばかりに野郎共の瞳をまっすぐ射抜いていた。


 そして彼らは知ることになる。




「そこをどいてください豚共。自分はこれからお嬢様をお迎えにあがらなければなりません。抵抗するようなら……自慢のロケットパンチで蹴散けちらしますよ?」




 ――この世の中には手を出してはイケナイ人種バケモノが居ることを。

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