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第30話 悪役令嬢は悪夢の続きを見るか?

「――バカ野郎ッ! コイツはジュリエット・フォン・モンタギューじゃねぇ! 妹のマリア・フォン・モンタギューだ!?」

「あ、あれ?」




 パチンコ玉のようにツルツルと剃り上げた頭をした坊主の怒声が廃墟へと響き渡り、あごひげが特徴的な男が「おかしいなぁ?」とばかりに首を捻った。


 顎鬚は手足を縛られ、ガムテープで口をふさぎ、乱暴に床に転がされ怯えきった瞳でコチラを見ているマリアを一瞥いちべつし、すぐ手元のジュリエットが映ってる写真を交互に見比べて、




「で、でも、ちゃんと金髪ッスよ?」

「おまえは髪の色でしか女を判断できないのか!? 身体つきをよく見ろ! 全然ロリロリしくないだろうが!」

「う~ん……? す、すいませんッス。自分、女には興味無いんで」

「…………」




 坊主は自分のお尻がキュッ! と引き締まったのを感じた。


『絶対にコイツには背後を見せないようにしよう』と心に固く誓いつつ、小さく頭を抱えてみせた。




「ふざけんなよ、おまえ……。俺がこの計画にどれだけ時間をかけたと思ってんだよ?」




 モンタギュー家の使用人を買収し、セキュリティの抜け穴を探し、逃走経路を確保するまでに一体どれだけの時間を費やしたことか……。


 やっぱりこの顎鬚バカに頼らずに、全部自分でヤればよかった。


 と坊主が激しく後悔していると、事の重大さに気づいていない顎鬚がのほほん♪ とした声音で口をひらいた。




「まぁまぁ、落ちつてくださいよ。別にこの女でも身代金の代わりにはなるんじゃないんスか?」

「……本当にバカだな、おまえは。この女にそれだけの価値はねぇよ」

「へっ? 何でッスか?」




 バカ面を浮かべる顎鬚に、坊主は若干イラッ☆ とした。


 坊主は「落ち着け、落ち着け」と心の中で念仏のように唱えながら、ポケットからタバコの紙箱を取り出し、1本抜き取った。


 それ指の間に挟み、手慣れた手つきで口にくわえ、100円ライターの炎で先端を炙る。


 甘ったるい匂いが周囲へ漂い、マリアが嫌そうに顔をしかめる。


 が、坊主はお構いなしに嗜好しこうの香りを肺いっぱいに吸い込んだ。


 肺がボゥッ! と温められ、指先の感覚が冷え込む矛盾が坊主の心をいくばくか落ち着かせる。




「フゥ……」

「ケホケホッ!? 煙たいッスよ先輩!」

「うるせぇ」




 顎鬚がいくらか嫌な顔をしたので、坊主は少しだけスッキリした。


 さて、これからどうするか。


 とりあえず坊主はコレ以上顎鬚コイツに余計なことをされると困るので、仕方なく自分が知り得た情報をこのバカに教えてやることにした。




「いいか、よく聞け? コイツに価値が無い理由は1つ。ソレはモンタギュー家を継ぐ資格がない、ただの女だからだよ」

「ッ!?」




 坊主がそう口にした瞬間、マリアの身体がビクンッ! と跳ねた。


 マリアは心の中で何度も「やめろっ! 言うな!」と叫ぶが、もちろんそんな願いなど坊主に伝わるコトも無く、坊主はゴミでも見るかのように転がる彼女を一瞥した。




「確かにこの女はモンタギュー家の直系だし、本来なら姉と同じく継承権があるんだろうが……残念ながらこの女の血筋はけがれた血だ」

「『穢れた血』ッスか?」




 それってどういう……? と顎鬚が口を開くよりも早く、坊主が言葉を紡いだ。




「コイツはな、現御当主様が誘拐・レイプされた時に身ごもったガキだからだよ」




 ――あぁ、言われてしまった。


 張りつめていた糸が千切れたかのように、マリアの身体から力が抜ける。


 そんなマリアを気にすることなく、顎鬚が「マジっすか!?」と声を荒げた。




「モンタギュー家の当主にそんなコトをするやからが居るなんて……ソイツ勇者ッスね!」

「まぁ結局、ソイツは捕まって今も塀の中だけどな」

「じゃあこの女は犯罪者の子ってコトっすか?」

「そういうコトになるな。だからソイツには継承権は何も無い。正真正銘、何の価値もない普通の女だ」




 2人の言葉がいちいち心の柔らかい所に刺さり、マリアの目尻に涙の珠が浮かぶ。


 お願い、もうやめて……。


 ソレ以上言わないで……。


 もはや懇願するような願いは、やはり2人には届かない。




「モンタギュー家のツラ汚しっすね、コイツ」

「あぁ、いらない子だ」

「マジっすか。じゃあコイツが居なくなった方がみんな幸せなんじゃないっすか? 自分たち悪行じゃなくて善行をしちゃった感じッスか?」

「まぁ、そうなるな」




 ピキッ!? とマリアの中で『ナニカ』が壊れる音がした。


 ……あぁ、分かっておる。


 分かっておるんじゃ。


 妾がこの世から消えた方がいいコトくらい、分かっておる。


 望まれて生まれてきた子どもじゃないコトくらい、分かっておる。


 この身体に流れる血が穢れた血だってコトくらい、分かっておる。


 自分は誰からも望まれていない子どもだってコトくらい、分かっておる。


 世界から祝福されていない子どもだってコトくらい……分かっておるんじゃ。




 だから、せめて『愛』が欲しかった。




『ココに居ていいんだよ』って、妾の存在を肯定してくれる『居場所』が欲しかった。


 でも愛されることは無条件ではない。


 だから愛してもらうために頑張った。


 勉強もスポーツもマナーも身だしなみも、血反吐を吐くまで頑張った。


 ……でも頑張れば頑張るほど、愛して貰うためのハードルが上がっていく。


 一体妾はいつまで頑張ればよいのか……。


 いや……本当は分かっておるんじゃ。


 いくら頑張ったところで誰も妾を愛してくれない。


 世界には妾の居場所だけが無いコトくらい。




 もうよい、疲れた。




 認めてしまおう。


 そうじゃ、その通りじゃ。


 妾が居なくなれば、みんな幸せになれるじゃろうて。


 なんせ妾は誰からも望まれていない、この世で唯一のいらない存在――




「――いいえ。『いらない』のはお前らの方です、この豚共が」

「「「ッ!?」」」




 ソレは突然やってきた。


 静かで低い声なのに、やけに耳に残るその声音。


 コツコツコツ! と入口の方から聞こえてくる乾いた靴音。


 そしてボンヤリと見えてくる大柄のシルエット。


 ソレが近づいて来るにつれ、坊主と顎鬚の強ばった表情がふと緩んだ。




「な、なんだタカシか……」

「脅かすんじゃないッスよ、この木偶でくの坊が」

「…………」

「? どうしたタカシ? 何か言えよ?」

「おいコラ、木偶の坊? 返事はどうしたッスか?」




 ムッツリと黙り込んだまま何も言わない大柄の男ことタカシに、悪態をいていた坊主と顎鬚が顔を見合わせる。


 何かがおかしい。


 そう感じた坊主はタカシに近づこうと1歩足を踏み出し、



 ――瞬間、タカシの身体が膝から崩れ落ちていった。



 た、タカシッ!? と驚く坊主と顎鬚。


 そんな2人を尻目にマリアの視線は入口へと固定されていた。


 いや、正確に言えば、入り口へとゆっくり姿を現す『とあるアンドロイド』の姿に釘づけだった。




「いいですか豚共? 1度しか言わないので、そのお飾りの耳の穴をよぉ~くかっぽじってお聞きくださいね?」




 そのアンドロイドは丁寧な口調から一転、酷く乱暴な物言いで、ギョッ!? とコチラを見ている坊主と顎鬚に言い放った。




「その女性ヒトはな、人を笑顔に出来るスゲェ人なんだぞ? みんなを幸せにすることが出来るスゲェ人なんだ。人を笑顔に、幸せに出来る人間に価値が無いワケがないだろうがッ!」




 そう言ってと『あるアンドロイド』は大柄な男ことタカシの屍を超えて部屋へと入ってきた。


「ハッ? えっ!?」と混乱する男たち。


 だがマリアの混乱はその比ではなかった。


 な、なんでキサマがここに居る……?


 そう言ってやりたかったが、驚き過ぎて舌が上手く動かない。


 代わりと言わんばかりに、顎鬚が威嚇するように『とあるアンドロイド』に向かって声を張り上げていた。




「と、突然現れて、何者ッスかオマエ!?」

「自分ですか? いいでしょう。何だかんだと聞かれたら答えてあげるが世の情けというモノですからね」




 特別にお答えしましょう、といつも通りの丁寧な口調に戻ったソレが、尊大な態度のまま不敵な笑みを浮かべてみせた。




「自分はジュリエット・フォン・モンタギュー様につかえる……いや、今はこう名乗っておきましょうか。――マリア・フォン・モンタギュー様につかえる忠実なるアンドロイド。『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオン! 愛する主人に代わり、キサマらを月に代わってオシキだ!」

「は、汎用ヒト型ぁ?」

「決戦執事……ッスか?」




 何ソレ? と言わんばかりに不思議な顔をする男たち。


 そんな男たちを無視して、安堂ロミオは――いや、ロミオゲリオンはゴキゴキッ! と指を鳴らした。




「よくもウチの優しいお嬢様に酷いことを言ってくれましたね? 覚悟は出来ているんでしょうね?」

「い、いや待て!? だからオマエ誰なんだよ!? 説明しろ!?」

「問答無用です。さぁ豚共、3秒やる――神への祈りを済ませろっ!」




 そう言って残虐ざんぎゃく極まりない笑みを作るロミオゲリオンに、マリアは「どちらが悪党か分かったモノじゃないな」と場違いな感想を抱くのであった。

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