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第29話 ぽんこつアンドロイドは理不尽な悪意の夢を見るか?

 朝食を終え、お腹いっぱいになったマリア様はおツライであろう身体に鞭を打ち、俺に使用人としての心得こころえを叩きこんでくれた。




 曰く使用人たるもの『主人が横になる際は膝枕をしてあげるべし』や。


 曰く使用人たるもの『主人と積極的にスキンシップ肉体接触を行うべし』や。


 曰く使用人たるもの『常に主人の傍に寄り添い、甘い言葉をかけてやるべし』等々。




 俺を超一流の使用人プロフェッショナルへとするべく、持てる知識の全てをさずけてくれようとしてくれるマリアお嬢様。


 もうただただ感謝しかない。


 ほんと俺のためにここまで身を粉にしてまで教鞭きょうべんをとっていただけるだなんて……ほんとマリアお嬢様はお優し過ぎるぜ!




「――と、このように使用人は常に主人を甘やかしてやるのが仕事なのじゃ」

「なるほど。勉強になります」




 ベッドの上でゴロンッ♪ と横になるマリアお嬢様の頭を優しく撫でてあげながら、彼女のありがたいお言葉に耳を傾けるナイスタフガイ、俺。


 サラサラと絹のような手触りのする彼女の金色の髪を優しくくように撫でると、子猫のように目を細め、笑みを浮かべるマリアお嬢様。


 どうやらお腹も膨れてご機嫌らしい。


 それにしても一撫でするたびに髪の毛からスンゲェフローラルでいい匂いが立ちのぼってくるんだけど……一体どんなシャンプーを使っているんだろうか?


 おそらくマリアお嬢様と同じシャンプーを我が家のママンが1万年と2000年間使い続けようが同じ匂いは絶対に出せないと確信できる。そんなイイ匂いだった。




「おい下郎。んっ」




 そんなことを考えていると、マリアお嬢様が布団の中からニュッ! とその愛らしいお手々を俺の方に向かって差し出してきた。


 俺は空いていた方の手でその彼女の柔らかなお手々を握ると、さらにマリアお嬢様がご機嫌になった。




「うむ、正解じゃ。どうやら大分だいぶあるじの思考回路を読み取るコトが出来るようになったようじゃな。感心、感心♪」

「恐縮です。……ところでマリアお嬢様。少々言いにくいのですが……」

「むっ? どうした? 言ってみよ、許可する」

「ありがとうございます」




 相変わらず物言いは尊大だが、口調はいつくしむように穏やかなマリアお嬢様。


 相当リラックスしているのだろう、まるで職を失い家族も失い、ついでにお金も失ったマダオのように、覇気の欠片も感じない視線を俺に向けてくる。


 正直レディーにこんなコトを言うのは気が引けるが、緊急事態だ。しょうがない。


 俺は覚悟を決めて、とろんっ! とした瞳を浮かべるマリアお嬢様に向かって口をひらいた。




「その……ちょっと席を外してレコーディングに行って来てもよろしいでしょうか?」

「レコーディング?」

「端的に言えば『おトイレ音入れ』です」

「……ほんとキサマは余計なコトばかりに気が回るヤツじゃのぅ」




 何故か呆れ半分、感心半分のマリアお嬢様の声音が鼓膜を叩く。


 が、ぶっちゃけ今の俺はそれどころではない。


 なんせ気を抜いたら今にも下半身のドリンクバーからレモンティーが溢れ出そうになるのだから。


 ジュリエット様やましろん、マリアお嬢様のロイヤル☆ストレートフラッシュなら「ルネッサ~ンス♪」と微笑みながら顔面で受け止める覚悟のある俺だが、さすがに自分の汚ねぇロイヤルミルクティーを彼女の目の前でまき散らす度胸はない。


 もちろん我が従兄弟である大神金次狼や、安藤家が誇る不良債権であるママン御用達ごようたしのペットボトル大作戦もする度胸はない。


 いやそんなコトを考えてる場合じゃないぞ?


 結構強めの波がキテる、キテる、エレキテル……くぅっ!?


 と、俺が自分自身と戦っていると、俺の手を握っていたマリアお嬢様の手がスッ! と離れていくのを感じ取った。




「まったく雰囲気ムードもへったくれもありゃせんのぅ。ほれ、我慢せずにさっさと行ってこい」

「は、はいっ! ありがとうございます」




 おトイレ許可をいただくことに成功した俺は、彼女に一礼することも忘れて、脱兎のごとくトイレアヴァロンへと駆け出した。



◇◇◇



 無事お花を殲滅せんめつした俺は、再びトイレの妖精からアンドロイド形態に切り替えるべく、小さく息を吐き捨てた。




「ふぃ~……さてっと。それじゃマリア様のお部屋に戻るか――んっ?」




 トイレの扉を開け、ロミオゲリオン出陣っ! とばかりに気合を入れて廊下に出るなり――謎の悪寒が俺の身体を襲ってきた。


 な、なんだこの感じ?


 まるで全身の細胞が粟立つような危機感というか、全身にチクチクと小さな針を刺されているかのような緊張感というか……。


 例えるなら妹のパンツで自家発電中の所を親に発見された時のような、そんな緊迫感とでも言えば分かってもらえるだろうか?


 なにそれ? この世の終わりかよ?


 そうそう、この世の終わりと言って思い出されるのはやはり中学2年の春ごろの出来事だろう。


 確かアレは……そうだ! 『ヤッベ、ロミオの給食費をガチャに使っちゃったよ。ロミオ、悪いんだけど立て替えといてくんない? 後で払うから。……出世払いで』と平然と息子の養育費をガチャに注ぎ込んだ上、未だにお金を返して貰えていない我がズボラな母上、安堂千和ちわママ上が家に居た日曜日のコトだ。


 その日の晩、とうとう洒落にならないレベルで髪の毛が後退し始めていた親父が、職場の上司からいのししのブロック肉を貰ったのだ。


 そこで安藤家は焼き肉パーティーを開くことになるのだが……ここでちょっとした問題トラブルが発生した。


 そう、獣臭いのだ。


 しかもやたらクセのある大味で……さすがにこのままでは食べられない、と焼肉パーティーを諦めかけたそのとき、何故かママンが自分の部屋から岡山県産の特売ニンニクをキロ単位で持ってきたのだ。


 もはやちょっとしたヴァンパイアなら駆逐できるレベルの装備だ。


 こうして安藤家は大量のニンニクで猪のブロック肉の風味を誤魔化し、全てキレイさっぱり胃袋に処分した。


 そして月曜日、エライことになった。


 それは1限目が始まってすぐのコトだ。


 教壇の上で現代文の先生がやる気なく「クラムボン」を読んでいたそのとき。


 我が肛門から「パズー」と天空の城を目指す少年のような名前のため息が飛び出てきたのだ。


 しかも最悪なことに、殺菌作用のあるニンニクを大量に食していたせいで、我が小腸の悪玉菌はおろか善玉菌まで大量虐殺した結果……もう臭いが素晴らしいコトになっていた。


 ホワイトハウス並みの鉄壁のセキュリティを誇る我が肛門括約筋から脱出した脱走犯エグザイルは、一瞬のウチに教室内を蹂躙じゅうりんし、何とも言えない素敵な臭いで埋め尽くされた。


『くっさ!? 窓開けろ、窓っ!?』と喚き散らす金次狼と、あまりの刺激臭に気を失うクラスメイトたち。


 もう軽いテロリズムである。


 いやほんと、あの時はこの世の終わりかと思った。


 というか、死ぬかと思った。……みんなが。


 しかし、そんなトンデモネェ事件が起きたにも関わらず、何故か俺はあまり疑われずに済んだ。


 その理由の1つが……そう、当時俺の真後ろの席だった我が幼馴染みにしてクラスのマドンナ、司馬青子ちゃんが平然としていてくれたからだ。


 普段から金次狼と同じく、よく青子ちゃんにシバかれていた俺。


 それはクラスメイトならよく見る日常的光景だった。


 だからこそ、みんなこう思ったに違いない。



『安堂ロミオが何かしでかしたなら、必ず司馬さんが何らかの反応をするハズ』――と。



 結果、俺は無事にクラスメイトたちから責められることなく、その場を乗り切ることが出来たのであった。


 平然と俺のお尻からまろび出たため息を受け止めてくれた青子ちゃん。


 その凛々しい横顔に、うっかり惚れてしまう所だった。


 まぁ、授業終了と同時に嫌悪感全開の瞳で睨まれたけどね。




「なんて感慨かんがいふけっている場合じゃないよな」




 なんだか無性に嫌な予感を覚えた俺は、弾かれるようにマリアお嬢様の居るお部屋へと駆け出した。


 チリチリとうなじの辺りがバーナーであぶられたように熱くなる。


 もう何度経験したか分からない、何か危ないコトが起こる兆候。


 俺は胸に広がっていく黒いモヤを振り払うように、ノックも無しに勢いよくマリアお嬢様のお部屋の扉を開けた。




「失礼しますっ! ……ッ!?」




 後で怒られることを覚悟して、飛び込むようにマリアお嬢様のお部屋へと足を踏み入れ……絶句した。




 部屋の中の天蓋つきベッドの上に――そこにマリア様は居なかった。




 代わりに乱暴にめくられた布団と、成人男性2人分の足跡が開け広げられた窓へと続くように伸びていてっ!?




「マリアお嬢様っ!?」




 俺はもぬけのからとなった部屋を横切り、窓へと駆け、すぐ真下へと視線を向けた。


 そこにはやはり2人分の足跡が屋敷の外を目指すように伸びていて――ッ!?




「ッ!?」




 慌てて屋敷の外へ出ようと背後に振り返ったその瞬間。








 ――黒い服に身を包んだ大柄の男が、俺の顔面めがけて拳を振り抜こうとしていた。

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