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第16話 プルプル田中は帰りたいっ!

 妙な胸騒ぎと「やっちまった!」という謎の後悔が身体に押し寄せながらも、何とか【おとぎばな】市駅前まで戻ってくることが出来た俺とましろん。


 約束の場所である駅前の駐車場に足を運ぶと、そこには見慣れた黒塗りの外車とパンツスーツに身を包み、見ていて可哀そうなくらいプルプルッ!? 震えている1人の女性が立っていた。


 俺は下手くそな操縦で身体を動かしながら、我が愛しのプチデビル後輩と共に『ロミオゲリオン』の仮面を張りつけ、女性に向けて小さく会釈をしてみせた。




「お待たせしてすみません、田中さん。ロミオゲリオン、ただいま戻りました」

「いつもありがとうございます、田中さん」

「い、いえいえっ! これが自分のお仕事ですから!」




 プルプル田中ちゃんはましろんに笑みを向けられた瞬間、何故か感極まったように瞳をうるっ! と潤ませていた。


 田中ちゃんは「ぐす……や、優しい。人類もまだ捨てたもんじゃないよ、お母ちゃん……」と独り言をつぶやきながら、ペコペコと我が愛しのプチデビル後輩に向けて頭を下げ続ける。


 一体今日1日、彼女の身に何があったのかすごく気になるところだ。


 なんて思っていると、車内から「やっと帰って来たか」と聞き慣れた声音が鼓膜を撫でた。


 瞬間、俺はギクッ!? と身体を硬直させながらも、首だけ素早く後部座席の開け広げられた窓へと向けた。


 そこにはぶすっ! とした表情でコチラをジト目で見つめている学院帰りの我が主、ジュリエット・フォン・モンタギュー様が居た。




「お、お嬢様もいらしていたんですね」

「……ボクが居たら何か不都合な点でも?」

「ひ、否定! お嬢様と一緒に帰宅できて嬉しいなと思っていた所です!」

「……ふんっ」




 ジュリエットお嬢様は至極機嫌が悪そうに鼻を鳴らしながら、さっさと車内に顔を引っ込めてしまう。


 う~ん、今日はやけにトゲトゲしいなぁ……?


『あの日』なのかなぁ?


 なんて思っていると、今度は入れ替わるように制服姿のマリアお嬢様が姿を現した。




「……妾もおるんじゃが?」

「マリア様っ! お、おかえりなさいませ!」

「……挨拶は結構じゃ。はよぅ乗りなんし」

「か、かしこまりました」




 ふんっ! とこれまた姉と同じように鼻を鳴らして、さっさと車内に引き返していくマリアお嬢様。


 何故かモンタギュー姉妹からの風当たりが強いんですけど?

 えっ? 何コレ? 


 罰ゲームか何かですか?


 あと、どうして田中ちゃんは『同士を見つけた!』みたいに慈愛じあいに満ち溢れた瞳で俺を見てくるの?


 ほんと女心は摩訶不思議アドベンチャーである。




「それじゃ帰りましょうか、センパ――ロミオさん」




 俺がしきりに首をひねっていると、いつもの呼び方に戻ったましろんが「早く、早く!」と言わんばかりに俺の手を引っ張った。


 俺はされるがままの状態で我が愛しの後輩とお手々を繋ぎ車内に身を滑り込ませると、それに気がついたモンタギュー姉妹に物凄い勢いで睨まれた。


 ふぇぇ……おしょんしょんが漏れそうだよぅ……。


 プルプル震える俺の視界に、同じく運転席でプルプル震えている田中ちゃんを発見する。


 う~ん、流石は田中ちゃん。


 ところてんも真っ青な見事なプルプル具合だ。


 きっと『何気にプルプル震えている女の子が1番可愛いプリティダービー』ではブッチギリの1番人気になるに違いない。私が1番期待している女の子、気合を入れて欲しいですね!


 俺の中で田中ちゃんの下馬評の◎が3つ並んだ所で、ジュリエットお嬢様とマリアお嬢様が不機嫌極まりない声を漏らした。




「おいロミオ」

「近い」

「へっ? うぉっ!?」

「ちょっ!? ジュリエットさん!? マリアさん!?」




 ましろんの驚きの声を遮るように、俺とプチデビル後輩の対面に座っていたモンタギュー姉妹がスクッ! と立ち上がった。


 そのまま流れるように、俺とましろんの間に無理やり身体をねじ込んでくる。


 結果、俺の周りだけ人口密度がおかしく、4人ギッチギチになって座るハメに……。


 えっ? 何コレ?




「き、キツい~……。な、何で2人ともコッチに座るんですか!? 向こうに座ればいいじゃないですか! スカスカなんですし!」




 と至極ごもっともな反論を口にする我がプチデビル後輩。


 だが、モンタギュー姉妹はそんな反論なぞどこ吹く風と言わんばかりに、




「嫌なら白雪の姫が向こうに座ればいいだろう?」

「そうじゃな、姉上の言う通りじゃ。キツいのであれば向こうに座れば良いじゃろう。白雪殿の言う通り、向こうはスカスカじゃしのぅ。さぞ快適じゃろうて」

「くぅぅ~……っ!」

「で、でしたら自分が移動しますね」




 浅く唇を噛み、悔しげに顔を歪めるましろんを庇うように、俺が腰を上げ、向こう側へと移動する。


 ……のだが、何故か3人も一緒になって移動してきた。


 いや、何でだよ?




「あ、あのお嬢様方? なんで一緒コッチ側に移動してくるんですか? その、狭いですよね?」

「そういう気分だったからだ」

「姉上に同じく」

「以下同文」




 モンタギュー姉妹と我が愛しのプチデビル後輩はシレッとした表情でそう言うや否や、3人一斉に視線を交差させた。


 瞬間、車内の温度が3度ほど下がったような気がした。


 ちょっと田中ちゃん? 冷房強すぎない? すっごい寒いんだけど?


 と、田中ちゃんに瞳だけでSOSサインを発進。


 途端に敏感の田中ちゃんはバックミラー越しに俺の視線に勘づき、




「そ、それでは出発しまひゅっ!」




 何事も無かったかのようにスルッとスルーした。


 おっとぉ? どうした田中ちゃん? 反抗期かな?


 田中ちゃんは「オラは悪くない。オラは悪くない。オラは悪くない!」と秘密の呪文を小声で呟きながら、まっすぐ前だけを見つめていた。


 その後ろ姿からは『絶対に関わりたくない!』という鋼のごとき確固たる決意すら滲んで見えるくらいだ。




「ロミオ、あまりモゾモゾするな。狭いんだから」

「……かしこまりました」




 ジュリエットお嬢様にたしなめられたので、しぶしぶ借りてきたキャットのように静かに身を縮める。


 こうして俺たちを乗せた車は桜屋敷へと発進していった。


 車内に立ちこめる圧倒的なまでの無言圧力と緊張感。


 並みの人間なら今頃窒息している所だ。


 いつもの俺ならここでミスディレクションを発動させ、お嬢様の影として息と存在感を殺している所だが、今日の俺は一味違う。


 今日こそはお嬢様にハッキリと苦情の1つでも言ってやるぞ!


 いつもみんなに『このヘタレ!』だの『チキン野郎!』だのと言われている俺だが、俺だって言う時は言うのだ。


 そう、ヒヨコが鶏に成長するように、俺も日々成長し……あれ? 結局チキンじゃないの? 何も成長してなくない?


 い、いやそんなコトはない!


 俺は成長しているハズだ!


 よしっ! 今日こそはガツンと一言物申してやるぞ!




「ジュリエットお嬢様。少々お話があります」

「なんだ?(ギロッ)」

「……今日のディナーはお嬢様の大好きな庶民の味を完全再現したカレーライスにしようと思っているのですが、いかがでしょうか?」

「……ほぅ? いいじゃないか。楽しみにしている」

「ありがとうございます!」




 ほんの少しだけ機嫌を直したジュリエットお嬢様を横目に、俺は小さく瞠目どうもくした。


 あぁっ、チキンだと笑えばいいさ!


 チキンが作るカレーライス、これがホントのチキンカレーってね! ガハハハハハハハハッ! ……ハァ。


 一体こんな日常がいつまで続くのだろうか?


 ふぇぇ……そろそろ本格的に胃に穴が空きそうだよぉ……。

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