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第18話 佐久間亮士は変わらないっ!

「あれ? 聞こえなかったのかな? 僕はソコに居る白雪真白ちゃんの婚約者フィアンセ。ようは恋人さ」

「こ、婚約者……恋人?」




 佐久間のオジさんが言っている意味が分からず、思わず聞き返してしまう。


 そんな俺の間抜けた声音がさぞ気に入ったのか、佐久間のオジさんはニヤニヤしながら「そうだよ」と大きく頷いてみせた。


 ど、どういうことだ?


 コイツが俺の後輩の婚約者?


 そんなコト、ましろんは一言も言ってなかったし、教えられていないぞ?


 もしかして、全部この男の痛い妄想なんじゃないか?


 うん、そうに違いない。


 だって親ほど年齢が離れているんだぜ?


 それこそ正真正銘のロリコン野郎じゃないか。


 と、1人無理やりこの状況について納得しとうとしている俺の思考をぶった切るように、佐久間のオジさんがニッコリと我がプチデビル後輩に微笑みを向けた。




「そうだよね、真白ちゃん?」

「……はい、亮士さん」




 佐久間のオジさんの問いに、下を向いたまま頷くましろん。


 もう完全に意味が分からなかった。




「し、白雪様? これは一体どういう意味でしょうか……?」

「そ、それは……」

「ニブイなぁ君? どうもこうも言葉通りの意味さ」




 佐久間のオジさんはワザとらしく肩を竦めながら、




「僕は彼女のご両親が決めた由緒正しき婚約者さ。とどのつまり、時期白雪家の正統後継者ってことだね!」




 頭が高いぞ、控えおろう! とふざけた調子でクツクツと笑う、自称我が愛しの後輩の婚約者。


 おかげでますます頭が混乱してしまう。


 お、親が決めた婚約者?


 それってつまり――




「……お父さんが経営している会社の事業が失敗しちゃって、ソレを佐久間さんが補填ほてんしてくれる事になったんです」

「そっ。まぁ、コッチも慈善事業じゃないから? それ相応の対価は貰うけどね」

「なるほどのぅ。その対価というのが」

「――白雪の姫か」




 モンタギュー姉妹の言葉に正解だと言わんばかりに無言で微笑む佐久間のオジさん。




「会社の損失をカバーしてやる代わりに娘を寄越せ、か」

「まぁ、この世界じゃよくある話じゃのぅ」

「あぁ、ありきたり過ぎて面白みも何もないな」




 さも当然と言わんばかりに、落ち着いた雰囲気で佐久間の話を噛み砕いていくモンタギュー姉妹。


 そんな我が主たちに、正直驚きを隠せない。


 なんでそんなに落ち着いていられるんだよ?


 ソレッてつまり政略結婚の道具にされたってことだろう?


 自分の娘の意志を尊重しないで、勝手に決めたってことだろう? 


 ふざけんな!


 ふざけんなっ!


 ふざけんなっ!?


 俺の後輩は何も悪いことしてねぇじゃねぇか! 


 なのに何で親の道具にされにゃならんのだ!?


 理不尽な怒りを何とか飲みこもうと、血が滲むほど強く拳を握りしめる。


 爪が皮膚に食い込み、タラリッ! と地面に落ちるよりも先に、佐久間のオジさんがモンタギュー姉妹に頭を下げた。




「おっとぉ、挨拶がまだでしたね。初めまして。ジュリエット様、マリア様。白雪家の末席に名を連ねることになりました佐久間亮士さくまりょうしです。以後お見知りおきを」

「モンタギュー家次期正統後継者、ジュリエット・フォン・モンタギューだ」

「そして妾がマリア・フォン・モンタギューじゃ。こちらこそよろしく頼むぞい」

「これはご丁寧にどうもありがとうございます。……それにしても酷いですよ、お2人とも。僕のお嫁さんを勝手に連れて行くなんて。式の準備やら何やらで、今すっごい忙しいんですから。ほんと勘弁してくださいよぉ」

「? いや、妾たちは別に白雪殿を連れ出したワケじゃないぞい?」

「??? どういう意味ですか?」




 コテンッ? と首を傾げる佐久間に、ましろんは俺の身体を押しのけ、モンタギュー姉妹を庇うように口を開いた。




「真白が……わたしが自分の意志で勝手に行動しました」

「自分の意志……?」




 佐久間は少々げんなりした様子で、これみよがしにため息をこぼした。




「じゃあ無理やり連れ去られたワケじゃないの?」

「……はい」

「これは真白ちゃんが望んで、勝手にやったことなのかい?」

「……はい」

「そっかぁ」




 ハッキリと頷く我が後輩を見て、佐久間のオジさんが「ハァ……」と再びため息を溢した。




「真白ちゃん」




 と、佐久間は面倒臭そうに俺の後輩の名前の呼びながら、大きく右手を振り上げた。


 そしてそのまま、何の躊躇ためらいもなく、佐久間のオジさんの拳がましろんの顔面に打ち下ろされる。




 ――寸前で、俺はオジさんの右腕を掴んでいた。




「何を……しているんですか?」




 自分でも驚くほど冷たい声に、内心ドギマギしてしまう。


 そんな俺の心の内などもちろん知らない佐久間のオジさんは、相変わらずにこやかに微笑みながら、さもありなんと言った様子で、




「痛いじゃないか。離しておくれよ?」

「『何をしているんですか?』って聞いてんだよ」




 ギュッ! と強く右腕を握りしめると、佐久間のオジさんは一瞬だけ痛みで顔を歪めたが、すぐさまあの嘘臭い笑みを顔に張り付け、ワザとらしく肩を揺らして見せた。




「何をって……しつけだよ、躾け」

「躾け、だと?」

「そっ。この子はもう僕のお嫁さんだ。つまり僕のモノだ。だというのに、僕の命令を無視して勝手に動いたんだ。ご主人様として躾けをするのは当然のコトだろう?」




 さも当たり前と言わんばかりの佐久間のオジさん、いやオッサンのこの物言いに思わず反吐が出そうになった。


 なんだコイツ?


 いまどき男尊女卑なんて流行らねぇだろうに。


 佐久間のオッサンの言動の節々から『女はすべからず俺に尽くすべきだ』というニュアンスが滲んでいて、思わず怒りを通り越して殺意が湧いてくる。


 どうやって育てたら、こんな中身が腐った男が出来上がるというのだろうか?


 佐久間のオッサンは俺に掴まれている右腕を一瞥し、至極迷惑そうに眉を歪めた。




「というか、さっきから失礼だな君? 名乗りなさい」

「……自分は『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオンです」

「ロミオゲリオン? あぁっ、君が噂のアンドロイド君か」




 佐久間のオッサンは何故か心の底から安心したようにホッと胸を撫で下ろしていた。




「よかった。ならぶっ壊しても殺人にはならないもんね?」




 言った瞬間、俺の意識の埒外らちがいから、鉄の塊を高速でぶつけられたような衝撃が真横から襲ってきた。




「~~~~ッッ!?!?」




 もはや苦悶の声をあげるヒマもなく、真横へ吹っ飛ばされる俺。


「ロミオッ!?」「ロミオ殿!?」「センパイッ!?」と誰かが俺の名前を呼んだような気がするが、脳みそが揺れ、神経がパニックを起こし、それどころではなかった。


 一瞬の内に意識がブラックアウトするが、桜屋敷の壁に身体が衝突し、地面に顔面から落ちたことで俺はかろうじて意識を取り戻した。




「……ガッ……グ、グゥ……」




 視界がグルグル回って、頭が割れそうに痛い。吐きそうだ。


 な、ナニが起きた?


 一体この身に何が起きたんだ?


 俺は激しく痛む身体に鞭を入れ、佐久間のクソ野郎の方へと視線を向ける。


 すると、そこには……『ナニカ』が居た。


 いかにもメカメカしい、全身銀色のロボットが、俺が立っていた場所に居た。


 なんだ、あのいかにもな感じなロボットは? 


 アイツにやられたのか?




「おぉ~っ! 流石は稀代の大天才、司馬元気社長が作り上げた護衛用ロボだね。試作品でこの威力とは、ほんと部下に頼んでコッソリ拝借しておいてよかったよ!」




 地面に転がる俺を見据えて、上機嫌に笑みをこぼす佐久間のオッサン。


 視界の隅ではジュリエットお嬢様とマリアお嬢様が俺の方へ駆け寄ってくる姿が目に入った。


 が、それよりも俺の目を惹いたのは、コチラに駆けようとしたましろんの手を佐久間のオッサンが握りしめている光景だった。


 嫌な予感がする。


 俺は何とか身体を動かして、後輩のもとへ移動しようとするが……ポンコツになった身体は全然いうコトを聞いてくれない。




「さて、と。それじゃ……始めよっか?」




 そう言って佐久間のクソ野郎は天使のように微笑みながら、容赦なく俺の後輩の腹部に深々と拳を突き立てた。




 ……はっ?




 今しがた起きた光景に、俺は自分の目を疑った。


 殴ったのか、コイツ?


 俺の後輩を?


 この可愛い後輩を?




「ゴフッ!?」

「あぁ、もう。ほら真白ちゃん? 立って、立って」




 腹部を殴られた衝撃で、ましろんの膝が折れるが、佐久間のクソ野郎はソレを許さんと言わんばかりに片手で無理やり俺の後輩を立たせつづける。


 そのままサンドバックでも殴るかのように、何度も何度も、何度でもっ! ましろんの腹にその拳をめりこませていく。


 苦しむ俺の後輩を、至極楽しそうに『躾け』と称してタコ殴りにしていく。


 その異様な光景を前に、俺が正常な思考へと復帰するのに数秒時間を要した。




「さぁ、答えるんだ真白ちゃん。君は誰のモノかな?」

「ま、真白は……のモノです」

「聞こえませぇ~ん。もっとハキハキ喋ってくださぁ~い!」




 下卑た笑みを浮かべながら、もう1度強めにましろんの腹部を殴りつける佐久間のオッサン。


 途端に苦悶の表情を浮かべていたましろんの顔から、火が消えたように表情が失せた。


 俺が初めて見る、嫌悪でも侮蔑ぶべつでも怒りでもない、『諦め』の表情。


 そんな顔をさせてしまった自分の不甲斐なさに腹が立つ。




「真白は……わたしは佐久間亮士さんのモノです」

「うんうん。じゃあ真白ちゃんの喜びは?」

「亮士さんにご奉仕することです」

「OK。それじゃ真白ちゃんの自由は?」

「……必要ありません」




 抑揚よくようのない声で、淡々と答える我が後輩。


 そんな俺の後輩の姿に満足したのか、佐久間のオッサンは「ヌフー♪」と鼻息を荒くさせていた。


 なんだ、吐き気をもよおすほど最低なクズ野郎は?


 俺の中にこの男を八つ裂きにしてやりたいという黒い感情が芽生える。


 が、その意志は肉体に伝わってくれない。


 その変えようのない事実に余計イライラしてしまう。




「よかったぁ! 真白ちゃんが大事なコトを忘れてなくて僕は安心したよ。でもね?」




 ニコニコしていた佐久間の笑みが一瞬で憤怒のソレに変わった。




「分かっているなら何でこんなフザけた事をしたテメェ!?」




 瞬間、一際強い一撃がましろんの顔を捉えた。


 乾いた衝撃音が鼓膜を揺さぶり、俺の可愛い後輩の鼻から鮮血がしたたる。


 瞬間。


 ――ブチッ。


 と俺の中で『ナニカ』が千切れる音がした。


 それは血管だったのか、それとも筋肉だったのか、はたまた理性だったのかは分からない。


 だが確実に切れてはいけない人としての『ナニカ』が千切れた音がした。


 刹那、アレだけ動かなかった体が嘘のように跳ね上がり、自分でも目を見張るほどのスピードを持って佐久間のクソ野郎に肉薄していた。




「その薄汚ねぇ手を離せ、クソ野郎ッ!」




 暴れ狂う怒りの感情を暴力に変換し、クソ野郎の顔面めがけて右の拳を振りかぶる。


 が、それよりも早く例の銀ピカロボットが俺の前に立ちふさがった。


 構うか、このまま2人まとめてぶっ飛ばす!




「どけっ!」




 俺は銀ピカロボットの頭部めがけて拳を振り抜いた。


 ……のだが、返って来たのは金属を打ち抜いた硬い感触だけ。


 例のロボットは頭部がへこむどころか、微動だにすらしていなかった。


 その事実に目を見開く俺を尻目に、ロボの後ろに居た佐久間のオッサンは冷たく一言だけ口をひらいた。




「やれ」

『イエス、マスター』




 瞬間、血に飢えた猛獣と相対したかのような圧力が全身を襲い、俺の背筋が震えた。


 ヤバい、コレはヤバい!


 まともに喰らったらダメな一撃ヤツだ!


 ロボットが動くよりも早く、身体に防御を命じたが、反応ナシ。


 そのまま銀ピカのロボットは俺が知覚できるギリギリの速さで、鋭い蹴りを側頭部に叩きこんできた。


 そう鋭い、あまりにも鋭い蹴り。


 それが芸術的なまでにキレイな弧を描きながら、吸い込まれるように俺の顔へと……いやちょっと待てや?


 おまえ、嘘だろ? 


 その蹴り筋は……まさかっ!?


 いや、なんでっ!?


 なんでオマエが、あの一家と同じ蹴り方が出来るんだよ!?




「お、大神――ッ!?」




 驚愕する俺の側頭部に容赦なくロボットの蹴りが叩き込まれた。


 防御することなく、まともにソレを喰らった俺はあまりの激痛に意識を飛ばすことも出来ず、真横に激しく横転しながら投げ捨てられた人形のように地面へと転がった。


 あまりの痛みに全身が痙攣し、このままでは危険だと本能が警報を鳴らす。


 が、それでもあのクソ野郎に一撃をブチ込むため、全身に力を込める。


 そんな俺を見て、何故か佐久間のクソ野郎の顔が嫌悪感に歪んだのが分かった。




「ねぇ君、本当にアンドロイドなの? 僕がこの世で1番嫌いな男と同じ目をしてるんだけど? すっごい不愉快だわ。……うん、よし。また反撃されても厄介だし、手足を潰しておこうか。シロウ・マーク2、やれ」

『イエス、マスター』




 銀ピカロボがコチラに向かって足を踏み出した途端、ゾクリッ!? と背筋に冷たいモノが走った。


 この平和な日本ではまず感じることがない、絶望的なまでの『死』の香り。


 それがゆっくりと、近づいてくる。


 来るぞ、立て。


 立って戦え。


 と、何度も身体に命令を下すが、指先が震えるだけ。


 チクショウ、と胸の内だけで悪態を吐く。


 そんな俺の前に、1人の少女が……我が主であるジュリエット・フォン・モンタギュー様が立ち塞がった。




「そちらの家の都合に首を挟む気は毛ほどもないが、ソレ以上ボクのロミオに手を出すと言うのならモンタギュー家も黙ってはいないが、ソレでもいいのか?」




 そう俺と銀ピカロボットの間に入り、冷たく言い放つジュリエットお嬢様。


 そんな我が主を前に、佐久間のクソ野郎は心外だと言わんばかりに肩をすくめてみせた。




「先に手を出してきたのはソチラのアンドロイドですよ?」

「あぁ、だからボクからは手を出さなかった。その結果がコレだ。自業自得とは言え、もう充分に罰は受けただろう」




 佐久間のクソ野郎はジュリエットお嬢様の言葉を否定しようと、喉を震わせ――ようとしたが、それよりも先にボロボロになったましろんが哀願こんがんするように口をひらいた。




「ま、待ってください亮士さん」

「ん? 何かなマイハニー?」

「ど、どうかお願いします。センパイ……ロミオさんだけは、ロミオさんだけは助けてください」




 ましろんは佐久間の手をゆっくりと振りほどきながら、その場に手をつき、膝をつき、額を地面に擦りつけるように深く頭を下げた。


 そんな後輩の姿を前に、俺の胸がギチリッ!? と嫌な音を立てる。


 佐久間のクソ野郎は自分の足下で土下座する俺の後輩を冷たく見据えながら、宣誓でもさせるかのように、




「真白ちゃん。もう僕に逆らわないかい?」

「逆らいません」

「何でもいうコトを聞くかい?」

「何でもいうコトを聞きます」

「それじゃ、僕の子を産んでくれるね?」




 一瞬の静寂。


 ましろんは覚悟を決めたように、その静寂を打ち破った。




「……産みます。産ませてください」




 頭を下げたまま、そう答える俺の後輩。


 反吐が出そうな光景だった。




「OK。可愛い真白ちゃんの頼みだ。今回だけは特別に見逃してあげよう」

「ありがとうございます……」

「お礼はいらないよ。僕は優しい男だからね」




 ましろんが屈服した姿がお気に召したのか、佐久間のクソ野郎はそううそぶきながら笑みを深めた。




「それじゃ僕らのお家に帰ろうか? シロウ・マーク2、行くぞ」

『イエス、マスター』




 佐久間のクソ野郎の元へ引き返していく銀ピカロボ。


 そして佐久間とロボットは例の高級車の中へと消えて行く。




「さぁ乗るんだ、真白ちゃん♪」

「……はい」




 開かれた車のドアの方へと歩き出す俺の後輩。


 待て、行くな。


 そっちに行っちゃダメだ!


 俺は力の限り声を張り上げたが、出てきたのは「カヒュッ」と意味をなさない呼吸音だけ。


 頼む、行くな!


 行かないでくれ!


 何度も何度も声なき声を張り上げる俺。


 そんな俺の声が彼女に届いたのか、ましろんは車に乗る前に立ち止まり、乱暴に目元を手の甲でこすりながら、俺の方へと振り向いた。




「ごめんなさい、センパ……ロミオさん」




 違う! 


 ましろんは悪くない、何も悪くない! 


 だから謝るな!


 そう言ってやりたいのに、声が出ない。


 不甲斐ない自分に腹が立つ。


 ましろんはそんな俺の胸の内が見えたのか、微かな笑みを、今できる精一杯の微笑みをその顔に張り付けた。




「色々ありがとうございました。すごく……すごく楽しかったです」




 震える声でそう答えるましろんの身体が、車の中へと消えて行った。


 パタンッ! と扉が閉まり、3人を乗せた車が発進する。


 俺は神経が千切れそうな痛みを我慢し、身体に命令を下す。 


 追えっ!


 追いかけろっ!


 追いかけるんだっ!


 追いかけて、戦えっ!


 彼女を助けろっ!




「ろ、ロミオ!? 無理して身体を動かすな、壊れるぞ!?」

「お、大人しくするんじゃロミオ殿ッ! このままじゃ本当に死んでしまうぞい!?」




 起き上がろうとする俺をジュリエットお嬢様とマリアお嬢様が無理やり上から押さえつける。


 その間にも、ましろんを乗せた車は桜屋敷を離れて遠く、小さくなっていく。


 動け身体ポンコツッ! 


 今動かなくて、いつ動くんだ!?


 強く、強く、身体に命令を送るが、返ってくるのは激痛と言う名のボイコットのみ。


 俺の後輩を乗せた車が遠くなっていくにつれて、俺の意識も遠くなっていく。




「ようやく大人しくなったか……マリア。今すぐ安堂主任をココへ呼んでくれ。ロミオの緊急メンテナンスだ」

「わ、分かったのじゃ!」




 マリアお嬢様がどこかへ電話をかける音を漠然と耳にしながら、俺の後輩を乗せた車は消えて行く。


 頬に水滴が当たる。


 さっきまであんなに綺麗な空模様だったのに、今は俺の心を表しているかのように、どんよりと濁りきった空から雨が降る。


 全身に雨を浴びながら、生温かい雫が頬を濡らす。




「……チクショウ」




 何も出来なかった無力な自分をののしりながら、俺の意識は急速に闇の中へと落ちていった。

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