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第19話 白雪真白は戻らない……

 俺が最後に喧嘩で負けたのはいつだっただろうか?


 アレは確か……そうだ。中学1年生のときの事だ。


 当時、俺の好きだった女の子と小学校卒業間際に撮った宝物のツーショット写真に、あの金次狼バカが額に『肉』と書いたコトが始まりだった。


 世界たった1枚しかない一繋ぎの大秘宝ワンピースけがされたことで俺は「王蟲オームの怒りは大地の怒りじゃぁぁぁぁぁっ!」と風の谷に住むババ様が絶叫しかねないほど激昂げっこうし、火の7日間ばりにキレにキレまくった結果、あのバカとバッチバチの殴り合い宇宙に発展した。


 結局、俺は負けはしたものの、お互いボロボロになりながらも持てる力の全てを搾り出したせいか、喧嘩が終わった後には2人とも妙にスッキリしてしまい、何故か仲良く伝説のおとこの義務教育アニメ『スク●イド』を一緒に観た。


 ほんと『スク●イド』はいい、最高だ。


 もう何が最高って、最終話の予告が最高。


 あの『ここまで来たらもう語る言葉は何も無い。ただただこの瞬間を味わうがいい!』と言わんばかりの熱いメッセージを受け取った当時の俺たちは、まるで『シン・エヴァ』を見終わった後の限界オタクのように虚空こくうに向かって「ありがとう……」と呟いていた。


 気がつくと、いつの間にか仕事から帰ってきていた金次狼パパンも俺たちと一緒になって「ありがとう……」と口にしていた。


 筋肉質な男3人が虚空を見上げて、互いに目も合わせず「ありがとう……」と口にしながら、勇ましく右手を天高く突き立てる姿は、一種のカルト宗教のようで、小学校から帰って来た金次狼の妹こと大神玉藻ちゃんが全力でビビっていたのはイイ思い出だ。


 彼女の今にも泣きそうな恐怖に引きつった顔を思い出すと、胸のトキメキをおさえきれない。――って、あれ?


 俺、なんでこんなコトを考えていたんだっけ?


 なんてコトを思っていると、湖の奥底に沈んでいたかのような意識が急浮上を開始。


 そのままグングンと湖面へと押し上げるように、俺の身体を下から押し上げていき――そこで目が覚めた。




「おっ? ようやく目を覚ましたみたいだね、我が息子よ」




 そしてまず真っ先に目に入ったのは、丸くて、巨大な、肌色の――




「……キンタマ?」

「おっと、まだ寝ていた方がいいよ。お嬢様から聞いたよ? デリカシーぶっ壊されたんでしょ?」




 そう言って、にこやかな笑みを浮かべてチロリッ! と毒を吐いてきたのは、今日も今日とてハゲ散らかった頭がピカピカピカリンしていて思わずジャンケンしそうになる我が父上、安堂勇二郎あんどうゆうじろうその人だった。




「大丈夫、デリカシーならママンのお腹の中に置いてきたから安心してくれ」

「パパ的にはちっとも安心出来ないんだよなぁ、ソレ」




 と、親父と軽口の応酬を繰り広げながら、ゆっくりと身体を起こそうとして……きしむ身体に眉根を寄せた。


 そんな俺の姿を見て、親父は浮気がバレた若妻のように慌てて口をひらいた。




「だから横になっていた方がいいって。士狼くんをモデルに作成した例のロボットとヤリ合ったんでしょ?」

「……やっぱりアレ、叔父さんをモデルにしたロボットだったか」




 俺の脳裏に、あの銀ピカロボットの鋭い蹴りが痛みと共に蘇ってきた。


 というか、なんであのオッサンの戦闘力をコピーしたロボットなんか作ってんだよ?


 世界征服でも始める気かよ?


 誰だよ、作ったヤツは?


 士狼さんのファンか? ……って、あぁっ!?




「お、親父っ!? 何時だ!? 今何時だ!? 俺は何時間気を失っていた!? は、早くましろんを追いかけ――つうぅっ!?」

「ほらもう、無理しちゃダメだって。まだ完全にダメージが抜けきってないんだから」




 激痛に顔を歪める俺の肩をポンッ! と軽く押すマイダディー。


 それだけで簡単に俺の身体はベッドへと沈んでいった。




「イタタ……ところで、何で親父が俺の部屋に居るワケ? というか、何で俺は自分の部屋に居るワケ? 確か玄関前で気を失っていたハズだよな?」

「ジュリエットお嬢様とマリアお嬢様に呼ばれて、パパがここまで運んであげたの。もう超重かったぁ」

「いい歳したオッサンが『超』とか使うなよ……気持ち悪いんだよ、すごく?」

「ちなみにジュリエットお嬢様とマリアお嬢様は今本邸ほんていの方で白雪家について調べているから、今この屋敷にはパパとロミオしか居ないよ」

「なら今が抜け出すチャンスだな。親父、手伝ってくれ」




 そう言ってベッドから抜け出そうと再び身体を起こす。


 のだが、何故か親父は渋い顔を浮かべたまま返事をしてくれなかった。




「親父……?」

「ロミオ、ここから先はおふざけナシだ」




 いや、ふざけているのはアンタの頭と遺伝子だけだけどな。


 と言おうとする俺の言葉を遮って、親父はやけに神妙な口調で、




「白雪真白様のことは忘れなさい」




 と言った。




「……親父の死滅した毛根並みに笑えない冗談だな」

「冗談じゃないからね。パパの頭も、彼女を取り囲んでいる状況も」




 毛根がオープン・ゲ●トしている親父の顔は、至極真面目で拒否することは許さないと言外に語っていた。


 もちろんそんなコトを言われて「はい、そうですか」と口に出来るほど俺もイイ子ちゃんでじゃ無いので、親父のドラゴ●ボールのような頭を睨みつけながら食い下がってみた。




「……なんで?」

「もともとパパ達とは住んでいる世界が違うんだよ。コレ以上干渉するのは、お互いにとってもツラいだけだよ。特に今回はね」

「何か知ってんのかよ親父?」

「『知っている』って言ったら?」

「教えてくれ。全部」




 親父をまっすぐ見据えると、親父も何かを確かめるように俺を見返してきた。


 親父の瞳に映る俺は、どこかいびつで、見ているだけで寒気がした。




「聞いてどうする?」

「分からない。でも、知っておかなきゃって思うから」

「知ったところでどうにもならないと思うけど?」




 そうかもしれない。


 後輩にあんな顔をさせたカッチョワリィ先輩に、今さら何が出来るというのか。


 でも、それは――




「それは親父が決めるコトじゃない」

「……ハァ」




 俺が退かないと分かったのか、親父が小さく肩を竦めた。


 身体が横になりたいとわめいていたが、心がソレを許さない。


 やがて親父は観念したのか、俺と視線を合わせながら、覚悟を決めたように口をひらいた。




「何から知りたい?」

「俺の後輩を取り巻く状況と現状。あと経緯」

「りょーかい」




 親父は「ふぅ」と一息入れると、確かめるようにこう言った。




「白雪真白様が結婚するってコトは知ってるね?」

「あぁ、あのクズ野郎佐久間とだろ? 確かましろんの親が事業に失敗してどうたらこうたらって」

「何だ、知っているんじゃないか」




 親父は珍しく同情するような眼差しで、言葉を重ねていった。




「当主交代したばかりのせいか、白雪家現当主様の経営が上手くいかなくてね。近年稀に見る負債ふさいを背負ったのさ。このままじゃ、会社はおろか白雪家が潰れてしまうと言ったところで、例の佐久間亮士殿が援助を申し出たんだ」

「ずっと気になっていたんだけどさ、その『佐久間』って野郎は何者なんだよ?」

「まぁ一言で言ってしまえば成金だね」




 親父が身もフタも無いことを言いながら続けた。




「株やギャンブルで手に入れたお金で会社をおこして、巨大企業にまで成長させた凄腕の男だよ」

「そんな男が何でましろんと……?」

「理由はおそらく『白雪』家の名前だろうね。ロミオも知っての通り、白雪家は日本有数の名家。そこに婿入りすることが出来れば、お金や地位どころか、名誉だって手に入る。まさに強欲な佐久間殿の考えそうなコトだよ」

「名誉って……そんなコトのために結婚すんのかよ」

「本人にとっては大切なコトなんだろうね」




 さもありなんと言った様子で親父は唇を動かす。




「上流階級には大切なコトなんだよ、『見栄みえ』っていうのはね。パパたち凡人には分からない感覚だけどね」

「あぁ、さっぱり理解出来ない感覚だね。そんなふざけた理由で結婚するだなんて……ましろんのご両親は了承したのかよ?」

「したよ」




 思わず舌打ちが零れそうになった。


 親父はそんな俺の内心を見透かしているのか、苦笑を浮かべながら、




「なぁに、簡単な計算さ。娘1人を差し出せば、50000人近い従業員の未来が助かるんだ。なら援助を受けない理由はない。そうだろう?」

「狂ってんな、親として」

「しょうがないさ。白雪家当主として自分の娘の未来を取って50000人の従業員を路頭に迷わす選択なんて出来ないからね。それにコレは白雪家にも悪くない話だしね」

「悪くない?」

「うん。名家にとって血を残すことは大切なお役目の1つだからね。これで白雪家も安泰ってコトだよ」

「……そこに俺の後輩の気持ちは入っているのかよ?」




 親父はソレを沈黙で答えた。


 なんとも不愉快極まりない話に、思わず嘔吐えづきそうになった。


 まるで冷えてゴリゴリに固まったシチューを無理やり胃袋に流しこまれたような、何とも言えない不快感が俺を襲う。


 気に入らない。


 すこぶる気に入らない。


 俺の可愛い後輩をモノのように扱う彼女の両親にも、そんなふざけたコトがまかり通る社会にも。




「気にするなロミオ。コレばっかりはしょうがない。お家を存続させるために必要な処置だったんだよ」

「なら滅んでしまえ」

「……へっ?」

「女の子1人の未来を犠牲にしなけりゃ存続できない血筋なんざ、滅んでしまえばいいんだよ」




 俺の心の底から発言に、親父は何故かキョトンとしたように目を見開いて固まってしまう。


 が、すぐさまハッ!? と思い直したかのように再起動。


 そのまま戦慄せんりつした表情でため息ともつかない台詞を口にした。




「いやはや……流石は千和さんの血を受け継いでいるだけあるわ、うん。そんな強気な発言、パパには恐れ多くて出来ないね。まぁパパだからナニも言わないけど、絶対にそんなコトはジュリエットお嬢様やマリアお嬢様の前で言っちゃダメだぞ? とくに――」




 親父が何か言っていたが、正直、もうほとんど耳には入っていなかった。


 火がいたのだ。


 どこにかは自分でも分からない。


 でも、心のどこかに火が点いたのだ。


 瞬間、身体中を駆け巡っていた痛みがどうでもよくなった。


 やるべきコトがハッキリしたからだろう。


 他はどうでもよくなった。




「――だから絶対に……うん? どうしたロミオ? そんな覚悟を決めたような顔をして?」

「決めたよ親父。俺は、もう1度ましろんに会う」

「それは無理だよ。今の白雪家は結婚式を控えているから警備も厳重、会おうにも門前払いがオチだろうね」

「無理でも会う」

「今度こそ例のロボットに殺されちゃうよ?」

「殺される前に会って話をする。んで、話をして確かめる」

「……何を?」

「ましろんの気持ちを。今、どうしたいのかを」

「それで助けを求めたら?」

「助ける」

「……ハァ」




 何故か親父はガックリと肩を落としながら、今世紀最大と言わんばかりに大きくため息をこぼした。




「なんでそう、余計なトコばかり千和さんに似てくるかなぁ?」

「まぁママンの息子ですから」




 心配かけてすまんね、パパン? と心の中で謝る。


 でも大丈夫だぜ、パパ上?


 何も無策で会いに行くつもりは無いからさ。




「ところ親父。俺の後輩の結婚式って、いつよ?」

「ん? 確かパパが仕入れた情報だと……今週の土曜日だったハズだよ」

「土曜日か。今日が月曜日だから、まだあと5日あるな」




 それだけあれば仕込みも充分だ。


 俺のほの暗い笑みに何かを察したのだろう。


 親父はビクリッ!? と肩を震わせて、すごく嫌そうな顔をした。


 そんな小動物チックな愛らしいパパ上に、俺は猫撫で声で、




「ねぇパパン? 可愛い息子から、ちょっとしたお願いが――」

「断るッ!」




 んん~、早いっ! 早いよパパンっ!


 あまりの早さに思わず『光』って文字が見えた気がしたね! 


 流石は俺のパパンだ。


 俺じゃなきゃ見逃してるね!




「まぁまぁっ! そう言わずに!」

「嫌だっ! 無理だっ! 断るっ!」




 凛々しいお顔で力強く答えるマイダディー。


 これがゲームならここでカットインが入ってくるレベルだ。


 ビッチにせまられたスーパーユニコーン男子のように断固拒否の姿勢をとる親父殿。


 でもごめんね? 


 協力してもらうのは確定事項なんだ。


 俺は親父が覚悟を決めやすいように、あえて軽い口調に満面の笑みを添えて言ってやった。




「親父のワガママを聞いて俺はココに居るんだぜ? なら息子のワガママを聞いてくれてもいいと思うんだけどなぁ?」

「んぐっ!? ……ハァ。言っておくけど、危ないコトはしないよ?」

「充分、充分♪ 実は親父に作ってもらいたいモノがあってさ――」




 そして俺は『お願い』を口にする。


 相手がどれだけ巨大かとか、後でどうなってしまうかとか、そんなコトは全部二の次にして、作戦を詰めていく。


 俺がやるべきことはただ1つ。


 後輩に会う。


 そして話す。


 それだけ。


 自分でも不思議なくらいシンプルな答え。


 でも実に俺らしい答えだと思う。


 なんせ過去を悔やんだところで、後悔しかない。


 後ろを振り返ったところで、何も無い。


 なら前に進むしかない。


 大丈夫、問題ない。


 だって、いつだって一寸先の闇の向こうには『希望』が輝いているのだから。

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