俺の愛しのプチデビル後輩が、この桜屋敷から姿を消して4日目の夕方が訪れた。
花の金曜日を満喫するべく、企業戦士サラリーマンが夜の街へと消えて行く時間。
俺はせっせとジュリエットお嬢様のお腹を満たす夕食を準備していた。
今日はちょっと挑戦してウナギのマトロートを作ってみたのだが、これが中々自分でもビックリするくらい美味しく出来たと思う。
ふふふっ、これならお嬢様も一口食べただけで服が弾け飛ぶに違いない。お粗末ッ!
「あっ、ヤベ。また間違えて3人分作っちゃったわ……」
気がつくと、俺の手はこれまた自然とココに居ない後輩の分の料理を作っていた。
イカン、イカン。食材をダメにするのは血肉になってくれる動物さんたちに失礼だ。
もっと気を引き締めなければ。
とりあえず、この余分のマトロートは俺が食べて2倍服を弾け飛ばすとして、そろそろジュリエットお嬢様のお部屋まで料理を届けなければ。
「ロミオ、行っきまぁぁぁぁぁすっ!」
マトロートを
トコトコとジュリエットお嬢様のお部屋へ向かう途中、思わず1つの部屋の前で足を止めてしまう。
そこにはもう誰も居ないというのに、ついその扉の向こう側を見ようとしてしまう。
「……いや」
ダメだ、ダメだっ! と小さく首を横に振り、気を取り直す。
思わず見えないモノを見ようとして、望遠鏡を
そうだ、今の俺はロミオゲリオン。
ジュリエットお嬢様の忠実なアンドロイド。
余計なコトを考えているヒマはない。
そう自分に言い聞かせ、再びお嬢様のお部屋へと足を向ける。
扉を3回ノックし、『入れ』とくぐもった声を耳にしながら、ゆっくりと扉を開けると、例の皮張りのソファに身を沈めたジュリエットお嬢様の姿が目に飛び込んできた。
お嬢様は俺の姿を視認するなり、いつもの『わんこ』モードの笑顔でへにゃっ♪ と笑みを深めるなり、歌うように唇を動かした。
「待ってたよ、ロミオくんっ! もうお腹がペコペコで今にも背中と喧嘩しそうだったよぉ!」
「申し訳ありません、お嬢様。少々準備に手間がかかってしまいまして」
「ううん、大丈夫。それだけロミオくんが真心を
えへへっ! と花が咲いたように顔を
まるで散歩に行く前の子犬のように、架空のシッポがハタハタッ! と揺れているのが見えるかのようだ。
「お待たせしました。こちら『ウナギのマトロート』になります」
「わぁっ、ありがとうっ! それじゃロミオくんもコッチにおいでよ?」
にこぱっ! と笑みを深めながら、ポンポンッ! と空いている自分の隣を優しく叩くジュリエットお嬢様。
もう何度も見てきた「ココに座れ」という合図だ。
本来であれば「合点承知の助!」とバカ犬よろしくお嬢様の隣に移動したあげく、彼女を膝枕しながら優しく頭を撫でている所だろうが……。
「誠に申し訳ありません、お嬢様。実はまだやるべきコトが残っておりまして……」
「むぅ……そっかぁ」
しゅんっ、とジュリエットお嬢様の架空のイヌミミが力なく垂れ落ちる。
ソレを見た瞬間、すぐさまお嬢様の頭を撫でであげたい衝動に駆られたが、何とか唇を噛むことによって自制する。
くぅ、罪悪感がハンパねぇ!
これが俺が背負わなければならない罪の王冠か?
あまりの罪悪感に王の力が目覚めそうだ。
「あっ、そうだ。一応ロミオくんにも伝えておくね?」
「どうかしましたか、お嬢様?」
「うん。白雪さんのコトについて、ちょっとね」
バクンッ! と町中でエロい女子大生と遭遇したときのように心臓が跳ねた。
お嬢様は俺の顔色を
「白雪さんね、来週の頭には学校を辞めちゃうんだって」
「そうですか」
「うん。ちょっと残念だけど、こればっかりはしょうがないよね」
「そうですね」
お嬢様に話を合わせながら、表情筋が崩れないように必死に顔面に力を込める。
落ち着け、
「ところで、お嬢様は明日の白雪様の結婚式には参列しないのですか?」
「うん。明日はお母様がモンタギュー家の代表として参加するから、ボクはお留守番だよ」
もちろんロミオくんもね? と、愛らしくウィンクを飛ばしてくるジュリエットお嬢様に心の中で「ごめんなさい」と謝っておく。
きっと俺がこれからしようとすることを知ったら、お嬢様はすっっっっごく怒るんだろうなぁ……。
「分かりました。でしたら明日も美味しいご飯を作りますね?」
「えへへ、期待してるよロミオくん?」
「はい。では自分は業務に戻らせていただきます」
「うん、お仕事ガンバってね?」
ありがとうございます、と頭を下げながらジュリエットお嬢様のお部屋を後にする。
パタンっ! と閉まっていく扉に背を向けながら、俺は独りコッソリとため息をこぼした。
「……誠に申し訳ありません、お嬢様」
誰に聞かせるでもなくそう呟いた俺の言葉は、コロコロと廊下に転がるだけだった。
きっと俺がこれからしようとしているコトは、多分間違っているのだろう。
でも、止まる気なんざ
なんせあのイカれた母親のおかげで、俺の身体は生まれた時から『後退』のネジが行方不明なのだから。
「俺は誰かの犠牲の上に成り立つ『ハッピーエンド』っていうのが大っ嫌いなんですよ」
小娘1人を犠牲にしなけりゃいけない『ハッピーエンド』なんざ、俺はいらない。
あぁ、間違っているならそれでいい。
女の子の涙で出来た完全無欠の『ハッピーエンド』なんざ俺はいらねぇ。
たった1人の女の子が笑顔で過ごせる、心の底から笑っていられる『バッドエンド』が俺は欲しい。
だから。
「待ってろよ、クソ野郎共。最高の『バッドエンド』ってヤツを見せてやる」
俺はポケットに仕舞い込んだスマホを取り出し、最後の詰めを話し合うべく親父に電話をかけた。