黒服のSPたちが俺を取り押さえようと、急接近してくる。
俺は体内に納まりきらないエネルギーを排熱するように熱い息を吐き捨てながら、己の行動を定める。
「壊せ、壊せ、ぶっ壊せぇぇぇぇぇっっっ!?!?」
あの人を小バカにしたような笑みは鳴りを潜め、
と同時に、俺の拳がSPの顎を打ち抜いた。
SPの首が曲がり、白目を剥いて崩れ落ちる前に、ソイツを腹部に足刀を叩きこみ、蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたSPに巻き込まれる形で、すぐ後ろに控えていた3人が地面に転がる。
その間に間合いを詰めていたSP2人のコメカミに拳を叩きこみ、返す刀で後ろから襲い掛かろうとしていたSPの顎に裏拳をお見舞いする。
残り2人のSPが信じられないモノを見るように身体を硬直させている隙に、股間を蹴り潰し、喉に手刀を叩きこむ。
これで9人。あとは……。
と、俺が最後の1人を視界に納めようとして。
――ゾワッ。
と、首筋の
「ッ!」
瞬間、素早く身を
そのまま脱兎のごとく真後ろへ後退し、ようやくソイツの全体像を捉えた。
6人は気絶し、3人は床の上で苦しみ倒れている中、例の銀ピカロボットはまっすぐ俺だけを見据えて、足をプラプラさせていた。
「よう兄弟、久しぶり。元気だった?」
『…………』
銀ピカロボットはマグロ女のように俺の声に一切反応を示さない。
代わりに確認するかのように、佐久間のクソ野郎に向かって一言。
『マスター、今度こそ壊してもよろしいのでしょうか?』
「その無礼者をぶっ壊せマーク2ぅぅぅっ!」
『イエス、マスター』
佐久間の引きつるような声に頷く銀ピカロボット。
俺はソレを迎え撃つ覚悟で、拳を構えた。
お互いに死んでも絶対に退かないという意志がビリビリと肌を叩く。
瞬間、示し合わせたように2人同時に前進。
俺の拳が銀ピカロボットの顔を捉えるが、やはりビクともしない。
チッ! と舌打ちする間もなく、側頭部にゾワゾワとした悪寒が走る。
俺は素早くダッキングの要領で身体を沈めると、ギリギリ知覚できない速度の回し蹴りが飛んでくる。
ソレを何とか紙一重で
お返しと言わんばかりに銀ピカ野郎が俺の腹部に膝打ちしてこようとしていたので、バックステップでソレを躱す。
と、同時に流れるように槍の如き鋭い足刀が間合いを詰めるように放たれる。
身体全体を捻って何とか避けるが、カミソリのような鋭い足刀は俺の左腕をかすかに
それだけでとんでもない激痛が身体を走り抜ける。
あぁ、ほんと嫌になる。
その一撃一撃が相手の心を、魂を、肉体をへし折る一撃必殺の蹴り。
まさに俺が苦手な【あの人】ソックリじゃないか。
流石はコピー。
でも、だからこそ、この勝負は俺の勝ちだ。
「な、なんでっ!? 屋敷のときは手も足も出なかったクセにっ!?」
「せ、センパイ、すごっ……」
誰かの声音が
気を抜くな、全神経を目の前の敵に集中させろ。
また蹴りが飛んでくる。
ソレを直感と肉体の記憶を頼りに薄皮1枚で躱し続ける。
ほんと【あの人】のコピーで助かった。
おかげでギリギリのところで渡り合うことが出来る。
「な、なにをしてんだマーク2ッ!? さっさと片付けろ!」
『イエス、マスター』
佐久間の怒声を皮切りに、さらに足技の勢いが増していく。
浅い呼吸を繰り返し、ジリジリと後退しながら、ソレをも
気がつくと、トンッ! と背中に壁の感触がした。
と、同時に防御が甘くなった左わき腹に銀ピカロボットの回し蹴りがめりこんだ。
「よっしゃーっ! 脇腹粉砕コースッ!」
と、喜声をあげる佐久間。
銀ピカロボットも仕留めたと認識したのか、追撃が来ることなく、めりこませた右足を引こうと身体を後退させ――
――グッ。
『???』
「やっと油断したな、兄弟?」
引き抜こうとしていた右足をしっかり捕まえながら、俺は無理やり顔に笑みを作った。
「信じてたぜ? テメェが【あの人】のコピーなら、必ず俺の作った隙を的確に突いてくるだろうってコトをなぁ」
『離しなさい。離せ』
「ゴホッ!? ……さ、最初からよぉ? 一撃もらう覚悟を決めてればよぉ? 1発だけならギリギリ耐えられるんだわ、コレ」
正直、口から内臓がまろび出てしまいそうな痛みと衝撃に、今にも気を失いそうだ。
それでも絶対に掴んだ右足は離さない。
「テメェを倒さなきゃ、誰も守れないって言うのなら……上等だ」
そのまま立場が入れ替わるかのように、銀ピカロボットを壁へと叩きつけた。
「今っ! ここでっ! 俺はテメェを超えていくっ!」
一撃。
奴が拳を振りかぶるよりも速く、俺のありったけの拳が鉄の顔にめり込んだ。
『ッッッ!?!? 謎の衝撃を感知、メインモニターに軽微な損傷を確認』
「まだだっ!」
二撃。三撃。四撃。五撃。六撃。七撃――ッ!
殴る、殴る、とにかく殴る。
嵐のように、
「まだまだぁぁぁっ!」
八撃。九撃。十撃。十一撃。十二撃。十三撃。十四撃――ッッ!
足りない、コレじゃ足りない。
もっと、もっとだ。
ありったけのエネルギーを拳に乗せて叩きこめ。
これが最初で最後の
ここを逃せばもう後はない。
この好機に残った力を全て注ぎ込め!
「まだまだまだまだぁぁぁぁぁっっっ!」
十五撃。十六撃。十七撃。十八撃。十九撃。二十撃――ッッッ!
反撃するヒマを与えるな。
思考をさせるな。
拳を止めるなっ!
『ガガッ――損傷
「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだぁぁぁああァァァァァァ――ッッッ!!!」
二十一撃。二十二撃。二十三撃。二十四撃。二十五撃。二十六撃。二十七撃。二十八撃。二十九撃。三十撃――ッッッッ!
息が苦しい、身体が重い。
もう拳の感覚さえ曖昧だ。
気を抜いたら今にも意識が飛んでしまいそうだ。
必死になって意識の糸を握り締めながら、寿命を削るように拳を
あぁチクショウ……一撃放つだけで全身が悲鳴をあげやがる。
内臓はもうグチャグチャだ。
拳を振り抜く勢いだけで身体が引きちぎれそうだ。
それでもまだ身体は動く。
心はまだ……死んじゃいない。
立ちはだかり、
おまえが、おまえらが居ると俺の後輩が上手く笑えねぇんだ。
だから――
「――邪魔すんじゃねぇぇぇぇええェェェェェェェェッッッ!!!」
身体中に残った力を、酸素を、エネルギーを右の拳に乗せ、全力全開で顔面を振り抜いた。
瞬間、教会の壁が抜け、打ち捨てられた人形のように後輩の敵が転がっていく。
『ガガッ、ガッ……深刻はダメージを確認……機体保存のため強制シャットダウン……を、実行……いたし……ま……』
プシュウッ!? と頭から黒煙をモクモク立ちのぼらせ、沈黙してしまう銀ピカロボット。
その壊れた瞳で一度俺を見たような気もするが、分からない。
そもそもヤツに意志があるのかすらも分からない。
分かることと言えば、今、この瞬間、俺たちの敵の1人が完全沈黙したことだけだった。
「ゴホッ、ゴホッ!? ……ふぅぅ」
水を打ったように静かになる教会。
俺は動かなくなった銀ピカロボットから視線を切り、思い出したように呼吸を再開した。
あぁ、酸素が美味しい……疲れた身体に染みわたる。
するとコチラを青い顔を浮かべて見ている佐久間と目が合った。
「な、何なんだよ……? い、一体何なんだよ、おまえぇぇぇっ!?」
半ば半狂乱になりながら、俺から逃げるように扉に向かって走ろうとする佐久間。
俺はそんな佐久間に向かって足元に落ちていた教会の壁の破片を投げつけた。
俺が投げたソレは見事に佐久間の頭に直撃。そのまま前のめりで床に転がる。
のたうち回る佐久間のすぐ傍まで近づくと、佐久間はカチカチと歯を鳴らしながら、焦点の合っていない瞳で俺を見上げてきた。
「~~~~~~ッ、う、がっ!? な、何で何で何で何で!? 何でいっつも僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだっ!?」
佐久間のその目はここではないどこか、別の『誰か』を見ているようだった。
まぁ、コイツが誰を見ているかなんて俺には関係ないし、興味もない。
でも、キッチリ『お返し』だけはしておくべきだろう。
俺の可愛い後輩を殴った『お返し』を。
俺が拳をゆっくり振り上げると、佐久間はビクッ!? と身体を揺らして、泣き叫ぶように
「ま、また僕の前に立ちはだかるのか――オオカミィィィいいぃぃぃッッッ!?」
「――知るか」
誰と勘違いしているかは知らないが、遠慮なく床に転がっている佐久間の顔面めがけて拳を振り下ろした。
メキャッ!? という嫌な音と共にゴリゴリという骨を砕く感触が拳に伝わってくる。
ゆっくり拳を上げるとニチャ……ッと液体と血が混じった
「ぼ、へ……がっ、あ……ッ!?」
「誰かに殴られるのは初めてだったか、坊ちゃん?」
口から砕けた歯をまき散らし、もう意識がない佐久間に
いまだ何か起きているのか理解出来ず硬直しているオーディエンスを無視して、ウェディングドレスを着こんだ後輩のもとへと帰還する。
「せ、センパイ……」
「お待たせしました。それでは行きましょうか」
「へっ? い、行くってどこへ?」
俺はロミオゲリオンの仮面を外し、誰にも聞かれないようにそっとプチデビル後輩の耳元に唇を寄せ、
(親父に頼んで、この教会の裏手にバイクを停めさせて貰ってる。ソレに乗って
(に、逃げるって、センパイ……どこへ?)
(どこへでも、さ。大丈夫。ましろんにはさ、どこまでも行けるキレイな足があるんだから。だから今は余計な事なんか考えないで先輩に任せなさい)
にひっ! と笑みを溢すと何故かましろんはくすぐったそうに俺から顔を離した。
ステンドグラスの
可愛いのでお持ち帰りすることにしました、まる!
「それでは白雪様、行きましょうか」
「ま、待てっ! 待ちなさい!」
俺が後輩の手を取って走り出そうとした瞬間、誰か分からない男の声がましろんの足を止めた。
振り返るとそこには、我が親父殿の3倍の毛髪量を誇る壮年のオジさんが
「な、なんてコトをしてくれたんだ……ッ!? 君は自分が今、何をしたのか
「お父さん……」
ましろんが申し訳なさそうに顔を
あぁ、お父様でしたか。
本来であればいっぱしの社会人らしく
『実は僕、靴を舐めるのに目がないんですよぉ~♪ あっ! こんな所に美味しそうな靴があるぞぉっ! いただきベロベロベロベロバァ~ッ☆』
と、ましろんパパのリッチなお靴を文字通りペロペロして好感度を上げる所なのだが、残念ながら今日はそういう気分になれない。
なんせこちとら、ずっとこのオッサンに言いたいことがあったのだから。
「き、君は今、数万人の人間の未来をメチャクチャにしたんだぞ!? それがどういう意味か
「わかりません」
「わ、
「申し訳ありませんが、白雪家の大旦那様。多少
「はっ? た、タメ口?」
いきなりナニを……? と頭の上にクエスチョンマークを浮かべるましろんパパ。
俺はそんなパパ上に向かって、打ち首覚悟の気合で言葉を吐いた。
「――このクソジジィがっ!? テメェの尻くらいテメェで勝手に拭きやがれ! 何でもかんでも娘に押し付けるんじゃねぇよ! コイツはテメェのオモチャじゃねぇんだよ!」
「んなっ!?」
「大体見ず知らずの数万人の未来より、
口をパクパクさせながら固まってしまう、ましろんパパ上。
おそらく
だが、いくら固まろうと俺の動き出した唇はもう止まらない。
俺の唇はまるで歌うように不満を爆発させ続けた。
「そもそもだ、自分の失敗を娘に尻拭いしてもらおうっていう
「き、君に何が分かる!?」
「あぁ、分からねぇ。全くもって分からねぇなぁ。娘を食い物にする家族の気持ちなんざ! 分かりたくもねぇ!」
「~~~~っ!? 何も知らないで知ったような口を……ッ!」
ギリッ! と歯を食いしばるパパン。
その瞳には剣呑な色が浮かんでいた。
それでも俺は喋るのをやめない。
このバカ親父には一言物申さなければ気が済まないっ!
「ならアンタは知ってたのかよ?」
「な、なにっ?」
「コイツの――自分の娘の心の片隅にある、小さな小さな、今にも消えてしまいそうな、ちっぽけな『ほんとうのきもち』を知っててなお、こんなふざけたコトをしようとしたのかよ!?」
「……私には家名と社員を守る義務がある」
ましろんパパは俺と目を合わせることなく、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
それがアンタの答えか。
気がつくと、俺はこの場に居る全員をバカにするように大声をあげて笑っていた。
「……何がおかしい?」
「いやぁ、実にくだらないと思ってさぁ」
心底バカにするような笑みを浮かべながら、俺はハッキリとバカ親父に向かって言ってやった。
「たいしたことないな、白雪家現当主も。しょせんは家柄だけが自慢の小物じゃないか」
「なんだと……?」
ましろんパパの瞳がキッ! と吊り上がる。
それが余計に滑稽に見えて、俺はさらに笑ってしまった。
「貴様……今、なんと言った?」
「小物だって言ったんだよ。でもさ、よかったじゃん。女の子って小物とか超大好きだって聞いたし、これでモテモテじゃん。やったね♪」
「私が誰だか分かった上での言葉だろうな?」
「俺にバカにされて悔しいか、オッサン? ならカッコいい所を見せてくれよ。アンタが白雪家の当主様なら、この国を動かす支配者の1人だと言うのなら、娘の【お願い】くらい聞いてみせろや! この
俺は震える後輩の背中をぽんっ! と押した。
ましろんは一度驚いたように俺を見上げてきたので、俺は「大丈夫」と小さく頷いた。
ましろんはしばし俺を見つめていたが、覚悟が決まったのか、小さくコクリッ! と頷いて、1歩前へ踏み出る。
そして震える声を必死に抑えつけながら、たどたどしく口をひらいた。
「お、お父さん……。真白、真白は……結婚したくない、です……」
「真白……」
弱々しい娘の
「……ダメだ。結婚はしてもらう」
と言った。
そのときのましろんの絶望に染まった顔を、俺は一生忘れないと思う。
「
「なら滅んでしまえ」
「……はっ? なんだと……っ?」
「小娘1人を犠牲にしなけりゃ存続できない家なんざ、滅んでしまえって言ったんだ」
「~~~~~っ!? もういいっ! 貴様は黙れっ! 耳が
「いや黙らねぇ! アンタが本当に大物なら、俺を感服させるような所を見せてみろ! このヘタレ野郎っ!」
「こ、んの……っ!? け、警察だっ! 警察を呼べ!」
激情の色を瞳に宿しながら、敵意の籠った瞳で俺を睨みつけるましろんパパ。
……どうやらここまでのようだな。
俺はましろんパパに失望しながら、いつでも逃げれるようにさっと後輩の手を取った。
――その時だった。
突如、耳に残るような凛とした声音が俺たちの間を駆け抜けて行ったのは。
「相変わらず単細胞だな、白雪。もう少し柔軟な発想を持てと昔から言っていただろうに。ほんと進歩の無い男だ」
「ッ!? こ、この声は……まさかっ!?」
弾かれたようにましろんパパが教会の入り口の方へと振り返る。
釣られて俺と後輩も声のした方向へ瞳を向けた。
俺たちの視線の先、そこには――モンタギュー姉妹に良く似た長身の女性がニヒルな笑みを浮かべて立っていた。