『その結婚、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁっ!』と言わんばかりに、突然乱入した俺に、佐久間のクソ野郎は最初こそ動揺を見せていたが、すぐさま例のにこやかな笑みを顔に張り付け、これみよがしに肩を揺すってみせた。
「いやはや、これはちょっと驚いたなぁ。こんなコトになるなら、あの時キチンとぶっ壊しておけばよかったかなぁ? えーと、君、名前は……まぁいいか。忘れちゃったし」
「お言葉ですが佐久間様。壊せるモノならさっさと壊してみてはいかがですか? さも出来ないことを出来るように言うのは、器が知れますよ?」
「……へぇ? そういうコト言っちゃうんだ? なら、お言葉に甘えちゃおうかな」
スッ! と佐久間の右手がおもむろに
途端に一体どこに控えていたのか、例の銀ピカロボットこと『シロウ・マーク2』が音も無く俺たちの目の前に姿を見せた。
ソレを皮切りにするように、ゾロゾロとコピー&ペーストしたような黒服のSPたちも俺とプチデビル後輩を取り囲むように教会内へと入ってくる。
う~ん、何ともアウェー感が凄まじい。
俺は親父に用意してもらった変装用の牧師の顔の皮を床に投げ捨てながら、いつでも動けるように手足に力をこめる。
まさに一触即発の中、張りつめていく空気を切り裂くように、俺の腕の中に居たましろんが焦ったように佐久間のクソ野郎に声をかけた。
「ま、待ってください亮士さん! 約束が、約束が違いますっ!?」
「そんな事を言ったって、向こうが突っかかってくるんだからしょうがないよねぇ? そんなに嫌なら、真白ちゃんが説得してみれば?」
急に元気になった我が愛しの後輩に「にやぁ♪」と意地の悪い笑みを浮かべるクソ野郎。
なんとも見ていて不愉快になる笑顔から視線を切ると、ましろんが必死で震える身体を抑えつけながら、祈るよう瞳で俺を見上げていた。
その顔は泣いているような、怒っているような、敵意に溢れる顔だった。
それが余計に俺をイライラさせる。
こんな顔をさせている
「センパ――ロミオさん。お願いですから、もう帰ってください。迷惑です」
「……白雪様はそれで本当に良いのですか?」
「も、もちろん。それが白雪家にとって正しい選択――」
「『そんなこと』はどうでもいいんですよ」
「は、はへっ!? ど、どうでもいいって……」
ましろんの言葉をバッサリ切り捨てると、何故か驚くような顔をされた。
いやいや、そんな驚くようなコトじゃないだろうに。
「はい、どうでもいいです。『白雪家』も、そこに
俺は『白雪家』の選択を聞きに来たでも、他の奴らの声を聞きに来たワケでもない。
「自分は、白雪家次期正統後継者である『白雪真白』様に聞いているのではありません。イジワルで、でも優しい、安堂ロミオの可愛い後輩である『白雪真白』に聞いているんです」
ビクッ!? と身体を震わせる俺の後輩。
その肩をもう1度力強く、確かめるように抱きしめながら、彼女の目を、心を見るように真っ直ぐ言葉を投げかけた。
「白雪様が心の底からこの結婚を望んでいるというのであれば、自分はもう止めません。納得してこの場から消え去ります。……でももし『そうではない』のなら、白雪様の本当の気持ちが違うなら――自分が何とかしてみせます」
「な、何とかって?」
「何とかは何とかです」
にひっ! と俺が笑った瞬間、ましろんの瞳がゆらりと揺れた気がした。
その目の奥では自分の宿命と本能がせめぎ合っているような、複雑な色をしていた。
やがて彼女の内側で決着がついたのか、その光沢のある唇がゆっくりと開き、
「ま、真白は――」
「あのさぁ、アンドロイド君。キミ、バカなんじゃないの?」
俺の後輩の言葉を
「この結婚は正式に家同士で決まったモノなんだよ? 部外者がピーチクパーチクと勝手に口出ししないで欲しいんだけどなぁ。すっごい迷惑。大体、さっきから君、僕の花嫁に馴れ馴れしいんだけど? そういうのさ、本当にムカつくから止め――」
「申し訳ありませんが佐久間様、うるさいですよ?」
「……はぁ?」
一瞬何を言われたのか理解出来ないのか、ぽかんっ、と
俺はそんな頭の悪いクソ野郎にも分かるように、心底丁寧に言葉を重ねていく。
「それから佐久間様? ちゃんと歯は磨きましたか? お口からドブのような臭いがプンプンしますよ? 玄関開けたら2秒でお便所だった山田様のお家のような臭いがしますよ?」
「ドッ!? べっ!?」
「あと自分は今、白雪様とお話をしているんです。まったく関係ない佐久間様は引っ込んでいてください。お話の邪魔です」
「う、ぎぎっ!? ががっ!?」
どうやら誰かをバカにすることは好きでも、バカにされることは大っ嫌いならしい佐久間のクソ野郎の顔が完熟トマトのように赤く染まっていく。
どうやらあの一瞬で怒りの沸点が超えたらしい。煽り耐性低すぎでは?
佐久間のその醜く歪んだ顔には先ほどまでの涼しさなど微塵も感じられない。
正直、ちょっとだけスッキリしたのはナイショだ。
怒りのあまり言葉が出てこない佐久間の隙を縫うように、俺は再び愛しの後輩に問いかけた。
「さて、白雪様? 白雪様はナニがしたいですか? ナニを望みますか?」
「ま、真白は……真白は……」
彼女の白い喉が小さく震える。
それはまるで、小さな、小さな祈りのように。
吐息1つで消え去ってしまうほど、か細い声音で。
彼女はそっと口にした。
「……嫌だ。結婚したくない。真白はこんな結婚、したくないっ!」
大粒の涙をぽろぽろ溢しながらも、強い意志を持ってハッキリとそう口にした彼女の言葉が、大音量となって俺の身体を駆け抜けた。
「ふ、ふふっ、ふざけるなっ! 今さら何を言ってんだ!?」
「うるさいっ! 真白は、真白は……おまえなんか大っ嫌いだ!」
「こ、の、メスブタがぁ……っ!? 調子に乗りやがって……おいっ、おまえら! このアンドロイドを排除しろっ!」
佐久間の怒声が教会内に木霊すると同時に、俺たちを囲っていたSPたちの雰囲気が一瞬で変わった。
今にも襲い掛かってきそうなSPたちに神経を巡らせながら、俺は泣きじゃくる後輩の『お願い』に耳を傾けた。
「こんな結婚したくない……。――たすけて、センパイ……」
「かしこまりました」
覚悟が決まった。
途端に身体の最奥からマグマのように熱い『ナニカ』が湧き上がる。
ソレは膨大なエネルギーの
そのエネルギーを喰らい、火が
敵は10人、しかもそのうち9人は要人警護のプロ。
極めつけは殺戮マシーンの如き力を見せるあのロボットだ。
普通なら逃げるところだろうが……俺の中の『安堂ロミオ』が首を振っている。
『大丈夫だ』と、『問題ない』と。
あぁ、まったくもってその通りだ。
敵は多数、救うは1人、果たす力は――
「来いよ、三流共。格の違いを見せてやる」
瞬間、黒服のSPたちが鬼の首を取るかのように襲い掛かってきた。