【おとぎばな】市にある1番大きな教会の入り口にて、真っ白なウェディングドレスに身を包んだ白雪真白にメガネをかけた
「とても似合っているよ、真白。さすがはお母さんの娘だね」
「……ありがとう、お父さん」
真白は下手くそな笑顔を作りながら、父に心配されないようにそっと微笑んだ。
が、父の温かい眼差しに耐え切れなくなって、そっと今着ているウェディングドレスへと視線を落とした。
ドレス自体はオーソドックスなクラシカルスタイルだが、レースや刺繍などとても丁寧に作られていて、それだけでコレを作った人がどれだけ大切に想いを籠めたのかが分かる。
こんな状況じゃなければ、おそらく大はしゃぎしていることだろう。
もしくは相手が……だったら、嬉しさのあまり泣いていたのかもしれない。
もちろん、今となってはそんな仮定に意味などないのだけれども。
「それじゃ真白、行こうか? 結婚式の主役が遅れるワケには行かないからね」
「……うん」
父の言葉を鼻で一笑しそうになったが、何とか耐える。
なにが『結婚式の主役』だ。
今日の主役は真白じゃないクセに。
と、内心毒づきながら、真白は父の腕に自分の腕を絡める。
途端に重苦しい教会の扉が開き、
礼拝堂の中には木製で出来た椅子が左右対称に並んでおり、そこには真白の知らない人たちばかりが座って祝福の喝采をあげている。
その表情はみな幸せそうで、どこか安堵しているようで……あぁ気持ち悪い。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
まるで無理やり
正直、今すぐ逃げ出したい。
(――でもっ)
それでも、彼女は逃げることはしなかった。
いや、逃げるワケにはいかなかった。
今ここで逃げれば、数万人の従業員の未来を……家族の未来を奪うことになる。
だから逃げるワケには行かない。
例え自分が望んでいない結婚であろうとも、逃げるワケにはいかないのだ。
(大丈夫、真白は大丈夫)
と、何度も胸の内で呪文のように唱える。
自分が我慢すれば、みんなが幸せになれるんだ。
自分が我慢すれば、この見ず知らずの人たちは助かるんだ。
自分さえ我慢すれば。
……それは本当に『正しい』ことなの?
「真白?」
「……大丈夫、何でもない」
父親の声に彼女はハッ!? と我に返った。
余計な事は考えるな。
今ここに、自分の意志など必要ない。
マリア女学院2年の白雪真白はもう居ない。
ここに居るのは日本有数の華族であり、大企業の社長の1人娘、白雪真白だ。
「行こうか、お父さん?」
「……そうだな」
そしてようやく彼女は歩き出す。
『
中央の壁面には十字架と祭壇。ステンドグラスの窓からは、柔らかな光が差し込んでいる。
その光はまるで祝福するかのように、教壇の前に立つタキシードを身に纏った
佐久間は「おいで」と言わんばかりに、真白に向かって微笑む。
その笑顔はすごく怖かった。
それでも1歩、また1歩と踏みしめるように祭壇へと歩いて行く。
その足取りは、まるで処刑台へと続く階段を上る死刑囚のようだ。
「あぁ……」
脳裏では走馬灯のように、今までの人生が浮かんでは消えていく。
その
あぁ、死んでいく……『白雪真白』が死んでいく……。
「お待たせしました、亮士さん」
「そんなに待っていないから大丈夫だよ。それよりも、ウェディングドレス、似合っているね?」
「ありがとうございます。嬉しいです」
気がつくと真白は
ゆっくりと父親が自分から離れ、色黒の牧師が2人の前に立つ。
それが『終わり』の合図。
全員が
真白は讃美歌も、牧師の祈りも聞き流しながら、1人の『とある少年』のことを思い出した。
もう会うことも、声を聴くことも出来ない少年の事を。
あぁ……最後くらいもう1度、顔が見たかったな……。
「佐久間亮士サン。アナタは今、白雪真白サンを妻とシテ愛し、夫婦になろうとシテイマース」
『な、なんだかあの牧師、変じゃないか?』
『確かに、今にも紅茶を飲みだすかバーニングラブしそうな感じがするな……』
『シッ! 静かに! 高名な牧師さんらしいんだから、変な事を言っちゃダメっ!』
妙なカタコトで喋る牧師を前に、参列者の一部がザワザワし始める。
確かにこの牧師、ちょっと変だ。
何と言うか、全身からやる気を感じないというか……妙な親近感を覚えて仕方がない。
前にどこかで会ったことでもあったのだろうか? と真白は心の中で首を捻る。
その間にも新郎と牧師のカタコトの
「
「誓います」
「ホントウにぃ~?」
「……はい?」
急にフランクになった牧師の態度に、亮士は目を丸くしてしまう。
いや、亮士だけではない。
ここに集まった全員が、
牧師はそんな視線の嵐なんぞ何のそのっ! と言わんばかりに、新郎に向かって言葉を投げかけ続ける。
「自分、新婦のことが好きナン?」
「も、もちろんです」
「メッチャ好きナン?」
「あ、当たり前ですっ!」
「ホントウにぃ~?」
「~~~~ッッ!? な、何なんだ、この牧師は!? 高名な牧師じゃないのか!?」
ついに我慢の限界を超えた亮士が、牧師の胸ぐらを掴みにかかる。
が、牧師はそれをするりっ! と抜け出すと、新婦の肩を抱きしめ新郎から数歩距離を取った。
突然肩を抱きしめられた真白は「えっ? えっ?」と事態を飲みこめず、パニックになってしまう。
牧師はそんな彼女の肩を力強く抱きしめながら、大胆不敵な笑みを亮士に向かって浮かべて見せた。
「
「う、嘘だと? 何が嘘だと言うんだ!?」
結婚式を台無しにされて気が立っているのか、亮士はイライラした様子で牧師に
牧師はそんな怒りなんぞ、そよ風を受けるかのように華麗に受け流しながら、突然、自分の顔をグッ! と握りしめ出した。
「ソンナコト、決まっているじゃないデスカ~。――自分の方がアナタよりも彼女のことが大好きだってコトですよ」
瞬間、ベリベリベリッ! と牧師の顔の皮が牧師自身の手によって剥がされた。
ギョッ!? と目を見開く新郎。
悲鳴をあげる参列者。
その中でただ1人、白雪真白だけは声をあげることなく牧師を……いや、その『少年』を見続けていた。
な、なんで?
どうして?
どうして『アナタ』がココに居るんですか――
「せ、センパイッ!?」
「お待たせしました白雪様。ロミオゲリオン、お喋りに参りました」
そう言って笑う安堂ロミオの顔は、不思議と大人っぽく見えた。