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第51話 『摂政エフェリーネへの謁見 その2』

「…この世界の人間ではない?このラウムテ帝国の臣民ではないという意味かしら。

 帝国臣民ではないがゆえに叙位を受けられないということでしょうか?」


 エフェリーネは、マイカが言った「この世界の人間ではない」ということの意味が判らず、そう問い返した。


「いえ、違うのです…

 私は、この世界とは違う異世界よりやって参りました。」


「異世界?ですって…?」


「はい。そちらにおられますリーセロット様、ララ様には既に話しました。

 私は違う世界において生を終え、気付けば、この世界に転生しておりました。」


「………」

「………」


 エフェリーネは口をつぐんだまま、ベルンハルトは大きく口を開けたまま、しばらく絶句していた。


「何でしょう…こんな話…」


 暫くの静寂の後、エフェリーネが口を開いた。


「こんな話…普通であれば信じられない筈なのに…

 信じてる…信じてしまっている!何でしょう、これは!?」


「これはマイカ様の特別な能力スキルによるものと思われます、殿下。」


 やや離れた位置に居たリーセロットが近づいてきてエフェリーネに話しかけた。


能力スキル…?」


「はい、殿下。しかし、マイカ様は嘘はおっしゃっていないと思います。

 この能力スキルは嘘を信じさせる、というものではなさそうです。」


「ええ、そうね…わらわにもマイカ殿が嘘をついているようには全く思えません。

 真実まことの事を話せば、聞く者はそれを信じる、ということかしら。」


「はい。決して嘘はついておりません、摂政様、リーセロット様。」


「それで、マイカ殿は前世においてもエルフだったのですか?」


「いえ、違います摂政様。この世界でいうところの常人つねびとでした。

 私が元に居た世界においては、人類は常人つねびとしかおりません。

 私は常人つねびとで…男でした。」


「男?」

「オトコ?」

「おと、こ…?」

「男だと!?」


 その場に居るマイカ以外の4人、エフェリーネ、リーセロット、ララ、ベルンハルトが同時に問い返した。


「はい。男…で、60前のオッサンでした。」


「オッサン…?」


と、エフェリーネは目を丸くし、他の3人も口を開いたままポカーンとしていた。


「その…オッサンが、どうしてこの世界に生まれ変わったのかしら?」


 エフェリーネの、その問い方が可笑おかしかったのか、ララが小さく「ププッ」と吹き出した。横からリーセロットが「コレッ」とたしなめる。


「はい、前世において私は、ある殺人犯を追っていたのですが、スキをつかれて、そいつに刃物で刺されてしまいました。

 そして気が付いたら、この世界に来ていたんです。この姿に生まれ変わって…」


「殺人犯を追っていた…?

 まあ、マイカ殿は元の世界でも、そのような事件を解決するような事をしていらしたの?」


「はい、それが仕事でした。

 私は警察官でした。」


「警察…官?それはどのような…?」


「はい、色んな事件の真相を解明したり…人々の安全を守る活動をしたり…時には人命救助のような事も…」


「なるほど…その前世での経験によるものだったのですね、これまでの活躍の元となったのは…」


「はい。…それで、先日ベルンハルト閣下には申し上げましたが、この度、褒賞を頂けるのならば、貴族のくらいの代わりに、願い事を聞いて頂きたいと。」


「ええ、その旨も聞いています。

 して、マイカ殿の願い事とは?」


「それは、この国に警察を作って欲しいのです。」


「警察…しかし、今のマイカ殿の話ですが、悪人を捕まえたり、民の安全を守ったりなどは、衛兵などもり行っていること。

 警察…とは、衛兵とは違うのですか?」


「はい、全く違うと思います。

 衛兵はあくまでも兵。悪人を捕まえるのも、民を守るのも、その兵の使用者である貴族、領主の権利を守るためでしょう?

 警察は、そのような権力者個人の思惑ではなく、もっと純粋に民衆に安全と安心を与える活動をする組織なのです。」


「貴族や領主のがわにではなく、民衆の側に立つもの、というわけですか?」


「はい、その通りです。

 しかも、衛兵などでは、クライン村での殺人事件や皇宮での御物ぎょぶつ窃盗事件などを解決できなかったではありませんか。

 その場その時の、パッと見の状況だけで判断して、早々に無実の人を犯人扱いして…

 今まで、どれだけ無実の人が濡れぎぬを着せられてきたのかと思うと、空恐ろしくなります。」


「はい、たしかに。」


「そういった事件などを専門的に取り扱う機関が必要だと痛感しました。

 あと、衛兵はやはり兵ですので、戦争などがあれば、軍事活動が主になるのでしょう?

 警察は戦争があろうがなかろうが、ずっと民衆の安全と安心を守る活動のみを行うのです。」


「…はい、判りました。マイカ殿の言うこと、もっともだと思います。

 その警察というものを組織する事を前向きに考えましょう。」


「あ、ありがとうございます摂政様。」


「はい。それで、その警察という組織の長には、マイカ殿がなってくれるのでしょう?」


「…はい?え?私がですか!?」


「はい。だって当然ではありませんか?その警察なるものを知っているのはマイカ殿だけなのだから。

 マイカ殿の協力なくして作る事は出来ません。」


「あ…その…いや…」


 (そういやそうだわな。たしかにオレしか警察の事知らんわな。

 冤罪えんざいの理不尽さに腹立ちを覚えて勢いで言ってしまったけども…)


「その…私は現在、ヘルト商会の職員として稼働しておるのですが…」


「何も、今の職を奪おうという訳ではありませんよ。そちらの方は何とかする事にしましょう。

 で、やって、くれますよね?マイカ殿、ね!?」


 (う…優しげな人だと思っていたのに、中々に圧が強い…

 さすがは大帝国のかじ取り役だけのことはある…)


「私もマイカ様が最適任かと思います!」


と、リーセロット


「はい、マイカ様をおいて他にはおりません!」


と、ララ


「そうだ!マイカ殿こそがなるべきだ、その警察の長に!」


と、ベルンハルト


 4人からのプレッシャーに根負けした形で、マイカは


「…判りました…善処します…」


と答えてしまった。


「さて、と、新たに設立する組織の長となるのであれば、やはり地位が必要となると思います。

 なので叙位を受けて貰えませんか?マイカ殿。」


「いいえ摂政様、それはつつしんでお断り致します。

 私の前世の世界においては、この世界のような貴族制度はもはや存在しません。

 ですので、貴族というものの成り方が全く判りません。」


「貴族制度はない、ということであれば、マイカ殿が元に居た世界は、何者が治めているのです?」


「…それは国によって違う所もありますが、私が生まれ育った国においては、万民ばんみんが選んだ人物が国を治めており、そのような政体が世界全体の主流となっています。」


「万民が選ぶ…?貴族ではない平民が国を治むる者を選ぶと?」


「はい、その通りです。私の前世の、私の国においては万民が平等の地位なのです。

 身分の上下はありません。」


 (…建前上はね…)


「何と!万民が平等の地位!?

 それは或る意味、理想の世ではあるまいか?」


 横で聞いていたベルンハルトが感心したように呟いた。


 (ん?代々続く名門騎士家のベルンハルト君が理解を示すとは…

 あ!そういや母親が平民の出だったっけ?)


「摂政様、私は誰とも平等でありたいのです。ですので、貴族になるのはお断り致します。」


「…判りましたマイカ殿。そこまで言われるのならば、叙位の件は一旦置きましょう。

 ただ、やはり只の平民では組織の長を務めるのにはいささか問題が出ると思います。」


「はい…」


 (叙位の件は一旦置く、か。オレを貴族にする事を完全には諦めてくれないようだな…)


「ですので、マイカ殿を平民の身分のままではありますが、皇家の直臣ということにし、わらわの配下に置きます。それは了承して下さるように!」


 (…うむ。この帝国の現在いまの政体においては、致し方のないことか…

 これ以上反論しては、警察組織を作ること自体を破棄されかねない。)


「はい。謹んで拝命致します。」


 (…生まれ変わった先でも宮仕みやづかえか…

 いや、公務員なんかより、こっちの方が本当の意味での宮仕えだな…トホホ…)


               第51話(終)


※エルデカ捜査メモ〈51〉


 帝国の身分制度は大きく分けると貴族と平民に分けられるのだが、貴族ではなくても平民ではない位置の者もいる。

 衛兵や番兵などがそうであり、彼らは貴族の列には入っていないが、かといって平民ではなく、平民に対しては上位の存在である。

 帝国本領の衛兵や番兵は、皇帝の家臣ではあるのだが、身分的には低いため、直臣扱いされず、所属する部隊長の家来のように見なされる。

 皇帝の直臣といえば、やはり貴族の位にある者なので、今回のマイカのように平民の身分のまま、皇家の直臣とされるのは、やはり特例といえる。

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