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第52話 『帝国副宰相ベレイド子爵』

「さてマイカ殿、その警察なる組織を作るのに、差し当たり必要なものは何でしょうか?」


 エフェリーネが続けてマイカに問いかけてきた。


「そうですね…やはり人員と拠点となる建物なり場所なり…

 あっ!それよりも何よりも、法です!

 警察を組織運営していく上で必要な法律を、まず整備して頂きたい!」


「法、ですか…であれば、副宰相の力を借りねばなりませんね。

 副宰相ベレイド子爵は法の専門家であり、且つ研究家でもあります。きっと役に立って頂けるでしょう。」


 (ベレイド子爵…溺れた子の、レフィ君の父親か。)


「一昨日、マイカ殿が子爵の御子息を助けた件についても、是非マイカ殿に直接御礼を伝えたいと申しておりました。

 丁度いい、今からベレイド子爵の元へ参りましょう。今、付き添いで医務しょにおられる筈です。」


 (医務…しょ?そうか、まだレフィ君は快復してないんだな…まだ一昨日の事だもんな…)


 医務しょは皇宮内に所在する数多あまたの建物の内の3棟を占め、それぞれ男性用、女性と子供用、隔離する必要がある者用とに別れていると、向かう途中にベルンハルトがマイカに教えてくれた。

 マイカ達は、その内の女性・子供用棟の3階建て建物に入り、最上階3階の一番奥の部屋の前まで来た。

 リーセロットが部屋のドアをノックし


「ベレイド子爵、摂政殿下が御成おなりです。入ってもよろしいか?」


と、部屋の中へ声を掛けた。

 すると中から


「どうぞ、お入り下さいませ。」


と返答があり、中からドアが部屋の内側に向かって開いた。

 ドアが開いて、まずマイカの目に入ったのは、上半身裸の女性の姿だった。

 医師らしい白衣を着た中年女性が、上半身裸の女性の膨らんだ腹部に手を当てている。


「うわおぅっ!」


 と、驚いて叫んだマイカに続けて


「いや、申し訳ござらぬ。私はこれにて失礼致します。」


と、ベルンハルトがうつむいて目をつむり、そのまま背を向けて去ろうとした後について、マイカも部屋から離れようとした。


「…いや、マイカ殿は女性なのでよろしいでしょう…」


 自分の後についてくるマイカに、ベルンハルトが片目を瞑って「今は…」と小さな声で付け足してそう言うと、エフェリーネとリーセロット、ララの3人がクスクスと笑った。


「フフフ、そうですわ。マイカ殿は、ささ、どうぞ中へ。」


 エフェリーネがイタズラっぽく言ってマイカを呼び止めると、ベレイド子爵が飛び出るようにマイカの前に現れ


「おお、エルフ殿!マイカ殿!!

 此度は何と御礼を申し上げてよいか…

 …ありがとう!ありがとう!!」


と、マイカの手を取って礼を言い、その場に片膝をついて両手で包んだマイカの手を、うやうやしく自分の額まで掲げた。


「あ、いや、そこまでされると…」


 突然現れたベレイド子爵から、こうも厚い礼を受けたことにマイカは戸惑って言葉に詰まってしまった。


「妻も御礼を申し上げたいと言っている。さ、どうぞ中へ。」


 ベレイド子爵が黙って突っ立っているマイカの手を引いて中へ招き入れ


「妻の診察も終わりました故、レーデン卿もどうぞ中へ。」


と、ベルンハルトにも声を掛け、皆一緒に室内に入った。


 (一昨日は気が付かなかったけど、奥さん御懐妊中だったのか。お腹が目立たない服とか着てたのかな?)


 マイカはベレイド子爵夫人ソフィーのお腹の辺りをチラッと見てから、顔の方に視線を移した。ソフィーの両眼は涙で潤んでいる。


「…マイカさん、レフィの命を救って下さり本当にありがとうございました。

 そして、この子も…」


と、ソフィーは自身の大きな腹部に手を当て


「…無事に産まれてこれそうです。

 これもひとえ貴女あなたのおかげです。

 マイカさん…本当、に…ありがと…う、ございます…うっ、うぅっ…」


と、言い終えると、両眼から流れる涙によって言葉を詰まらせてしまった。


「うむ。実はあの後、ショックが大きかったせいか、妻の容態が悪くなってしまって…今は大丈夫だが、もし、あのままレフィが死んでしまっていたら、この腹の子もどうなっていたか判らん…」


と、ベレイド子爵が、自身の腹に手を当てているソフィー夫人の手の上に手を重ね


「レフィと、この腹の子と、我が子二人の命を助けて頂いたこと、心よりの御礼を申し上げる。

 この御恩は生涯忘れぬ…いや、ベレイド家の血脈の続く限り、語り継ぐことにしよう。」


と、再びマイカに厚く礼を述べた。


「恐縮でございます、ベレイド子爵、奥様。

 巧くいって良かったです。」


 マイカの返答にベレイド子爵は微笑みながら軽く頷き


「具体的な御礼については近日中に手配いたす…

 ところで、あの時マイカ殿がレフィを救うのに用いたすべ…胸を両手で押したり、口と口で息を吹き入れたり…あれは、やはり魔法であるのかな?それとも儀式的なものとか?」


と、マイカに尋ねてきた。


「いえ違います。あれは救急法、または心肺蘇生法といって、私の世界では一般的な手段です。」


「…私の世界?…おお、なるほど、エルフの間では一般的な技ということか。

 しかし、あの時マイカ殿の身体が光ったが、あれは魔法の類いではなかったのかな?」


「私は光の属性を持っているようなのですが、魔法はまだ…

 あの時に私の身体が光ったことについては、あまり関係がなかったと思います。

 運が良かったので心肺蘇生が巧くいったのだと思います。」


「心肺蘇生法…止まった心臓や呼吸を戻し、よみがえらせる方法という訳か…

 そのような事をエルフは出来るのか…」


「訓練すれば、誰でも出来るようになります。しかし、やり方が上手になっても、必ずしも蘇生出来る訳ではありません。

 蘇生出来るかは、時間と運次第です。」


「時間?運は判るが、時間とは?」


「脈や呼吸が止まってから経過した時間です。心肺が停止してから、どれだけ早く心肺蘇生法を実施するかが大変重要です。

 時間が経過すればするほど蘇生の可能性は低くなります。」


「ふむ、なるほど…しかし、いつ人が溺れるかのかも判らんのに、エルフは日々訓練しているというのか…」


「確かに、人が溺れている場面に、いつ遭遇するとかは判りません。そんな事、生涯無いかもしれませんし、しかし、万が一でもそんな場面に出くわせば、人を助けることが出来る。そのために訓練するのです。」


「備えあれば憂いなしということか。」


「はい。それと、水に溺れた時だけではございません…うーん…と…あっ!

 例えば落馬した時とか…あと…戦いで、外傷はあまりないのに、打撃のショックが大きくて、心肺が停止したりとかの例はございませんでしたか?」


「おお、確かにマイカ殿が申されたような事は、いくさの度によく聞く話だ。

 なるほど!そのような場合にも有効ということだな、その心肺蘇生法は。」


「はい。有効だと思います。しかし、必ずしも成功するとは限りません。

 私も訓練は数多くしてきましたが、実際に心肺蘇生を試みるのは初めてでした。

 本当に運が良かったです。」


「その心肺蘇生法も警察の活動の一環いっかんなのですか?マイカ殿。」


 マイカとベレイド子爵の会話にエフェリーネが口を挟んできた。


「はい。しかし、警察よりも医療に従事されている人や、消防という警察とは違う組織の方が遥かに機会が多いです。」


「警察…?警察とは何なのですか?摂政殿下、マイカ殿。」


「私も先程マイカ殿より聞いたばかりです。

 マイカ殿、説明して頂けますか?」


「はい、摂政様。

 ベレイド子爵、警察とは、端的に言えば、国家の治安と国民の安全・安心を守るための活動を行なう組織です。

 活動内容は多岐にわたります。事件の捜査をしたり…巡回などの防犯活動をしたり…人の相談に乗ったり…あと…」


「…ふむ。それは衛兵とは違うものなのかな?」


「はい、違うと思います。摂政様には先程少し説明致しましたが…」


「はい、わらわは先程マイカ殿より説明を受けました…実のところ、まだ理解出来ておりませんが。

 その警察という組織を作る為の協力を、ベレイド子爵、貴方に仰ぎたいのです。」


「私に?」


「はい。警察を作るには、法が重要とマイカ殿は言われました。

 ですので、法の専門家たる貴方が最適任と思ったのです。」


「はい!しかと承りました、殿下。

 殿下よりの御依頼とあらば、更にマイカ殿の為ということならば、喜んで骨を折りましょう。

 それでは早速…といきたいところですが…」


「ええ、判っております。今日の事にはなりませんね。

 マイカ殿、ベレイド子爵との打ち合わせについては、日時をちゃんと調整します。よろしいですか?」


「はい、勿論!」


 (急に話が決まったから、心や頭の整理が追いつかん。後日の方がオレも有難い。)


「あ…ところでレフィ君は?」


 マイカは一昨日に助けたレフィの事が気になり、ベレイド子爵に尋ねた。


「あれ?そこのベッドに寝ていた筈だが、何処に行ったのだ?」


 ベレイド子爵が視線を向けた部屋の奥隅のベッドを見たところ、なるほど誰も居ない。


「バサッッ!!」


 マイカが急に下から風が巻き上げるのを感じた。

 ベッドの下に隠れていたレフィが気付かれないように這って近づいてきて、マイカのころもの裾を思い切りまくり上げたのだ。

 マイカが穿いている純白のパンティがその場に居る全員の目に映った。


「これレフィ!命の恩人に何て事をするの!!」


 ソフィー夫人が叱ると、レフィは素早くドアから部屋の外へ出ていった。


「こら!待てレフィ!!

 マイカ殿、申し訳ない!息子は後できつく叱っておきますので…」


「いえ、ベレイド子爵、子供のやる事ですから…元気になって何より…」


 そう言ったマイカであったが、こめかみに血管を浮かべて、顔を引きらせていた。


 (パンツを見られて恥ずかしい、というより、何か、凄く腹立つな、コレ!

 オレも小さい頃スカートめくりした事あるが、オレがガキの頃、スカートめくった女の子達ゴメンな!

 こんなに腹立つもんとは知らなかったわ!!)


 その後、暫く皆で談笑し、マイカ達は退出した。

 ベレイド子爵が建物の入口まで見送ってくれた。


「摂政殿下、御足労を賜り有難うございました。

 マイカ殿、後日改めて色々と話を詰めましょう。」


「はい、ベレイド子爵。」


 その返事をしたマイカが、再び下から風が巻き上げるのを感じた。

 何処からか近づいてきていたレフィが、またマイカの衣の裾を捲り上げたのだ。

 先程よりも激しい。正面から見ると、捲り上がった衣の裾でマイカの顔が隠れる程だった。


「エルフのパンツは、白パンツー!」


 そう捨て台詞ゼリフを残して、レフィは素早く走り去った。


「マ、マイカ殿、またもや申し訳ない…

 こらレフィ!待てレフィ!!」


 ベレイド子爵が顔を赤くしてレフィの後を追った。


 (おのれ…一度ならず二度までも…)


 マイカは沸き上がる怒りで顔を真っ赤にして全身を小刻みに震わせている。


「待て!こんクソガキ!!

 とっ捕まえて説教したる!!!」


 そう叫んで走り出したマイカの様子を見て、エフェリーネとリーセロット、ララとベルンハルトの4人は声を上げて笑った。


               第52話(終)


※エルデカ捜査メモ〈52〉


 マイカが今回の謁見の為に着てきたエルフのころもであるが、実は、出発前にハンデルと話していたとおり、素肌の上に直接、下着も付けずに着用するのが正式といわれている。

 …今回はパンツ穿いといて良かったね、マイカ。

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