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第60話 『帝国副宰相ベレイド子爵との会談~警察法と警察官職務執行法』

 摂政エフェリーネと初めて謁見した3日後、マイカは再び皇宮を訪れた。

 今回は迎えはなく、ハンデルが操縦する商会の馬車で向かった。ケルンも伴っている。

 皇宮には、また裏門から入り、入った後、マイカとハンデルは別行動となった。

 ハンデルはマイカが魔法で作った写真付きのカタログ本を30冊ほど箱に入れ、荷受払所に向かった。


 マイカとケルンは皇宮内の、宰相府が設置されている3階建ての建物を訪れた。そこでベレイド子爵と会談する予定だ。

 ちなみに、この宰相府の建物の1階部分はベレイド子爵一家の住居となっている。


「よく来て下さったマイカ殿…で、その子がケルン君か、ケルベロスの…

 近くで見るのは初めてだが、それほど恐怖を感じないな…まだ子供だからかな?」


「ベレイド子爵はケルベロスを見た事があるんですか?」


「うむ。まだ子爵家を継ぐ前の、ほんの若造の時、先帝陛下に命ぜられて不毛の地との境まで調査に行った時に、ゆうに千頭を超えるケルベロスの群れを見た事がある。」


「千頭!?そんなに?ケルベロスが不毛の地に生息している事は聞いていましたが。」


「うむ。その大勢のケルベロスの群れに、まるで壁のように阻まれて、不毛の地には一歩も入れなんだ。」


「ケルベロスが襲ってきたんですか?」


「いや、不毛の地に入ろうとしなければ襲ってはこない。あと、こちらから攻撃するような事をしなければな。」


「あ、やっぱりそうなんですね?ケルベロスの方からは、むやみに人を襲う事はないとも聞きました。」


「うむ。私もその時、どうやらケルベロスは、むやみに人を害する事は無さそうだと思った…

 それはさておき、マイカ殿、先日に貴殿が申された、警察を作る上での法の整備という事だが、それはやはり刑罰に関する法であろうか?」


「罪を犯した者に対する刑罰に関する法は既に定められたものがあるのでしょう?

 後々、問題があるように感じれば、その時、何か進言するかもしれませんが、まずは、帝国の現在の法に従うつもりでおります。」


「ふむ、さればどのような法か?」


「はい。まずは警察の組織の定義及びその運営に関する法です。私の前世においては警察法と呼びました。その警察法についてお話したいと思います。

 この警察法は憲法を元に……」


 (待てよ、憲法は民主共和政体における最高法令だから、民主主義国ではない帝国には無いか…)


「ベレイド子爵、この帝国における最高位の法は何ですか?」


「最高位の法?それは勿論、皇帝陛下がお定めになられる勅令だが。」


「では勅令でもって警察法を定めて頂きたい。勅令を根拠に警察法を。

 では、警察法について続きをお話致します。

 まず第1条の警察法の目的から。

 「この法律は個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持するため、民主的理念を基調とする警察の管理と運営を保障し、且つ、能率的にその任務を遂行するに足る警察の組織を定めることを目的とする。」…これが第1条です。」


「ほう、それが第1条か…ふむ…ところでマイカ殿、民主的理念とは何ぞや?」


「民主主義にのっとったものの考え方…つまり人は皆平等で、それぞれが社会の主権者であるという考え方です。これにより、警察はある特定の人物や団体…特権階級の者のためではなく、国民全員のものという事を示しているのです。」


「国民全員…さすれば奴隷も含むのか?」


「含みます。等しく平等です。」


「等しく平等とは…貴族もかね?貴族と奴隷も平等と考えると…」


「はい。おそれ多き事ながら、皇帝陛下においても。」


「何と!マイカ殿!それはいくら何でも!!…いや…法の研究家たる私には理解出来る…太古の古代国家に、そのような考え方の国があったことも知っている…しかし…」


「申し訳ありませんベレイド子爵。私の言葉が過ぎました。あくまでもこれは、私の前世の世界におけるものです。

 民主主義が確立していない、この世界においては、全てをそのままという訳には参りますまい。」


「マイカ殿が異世界から転生されてきた旨は摂政殿下よりお聞きし、また、マイカ殿の眼を見れば、それが真実と理解出来たが…民主主義…帝国の臣下である私の立場では容認出来ぬ思想だが…法の研究家としては…それが理想のように思える…」


 (母親が庶民の出であるベルンハルト君なら民主主義に理解を示すのは判るが、歴代の貴族であるベレイド子爵が理解されるとは…

 法の研究を突き詰めていくと、今の制度には納得出来ない事も出てくるんだろうな。)


「ベレイド子爵、私が立場をわきまえておりませんでした。

 私がこれより務めるのは警察官というもの。警察官はまつりごとを語るものではありません。

 ただ私は、警察とは国民全員のために存在し、その権限も等しく国民全員に及ぶという事を言いたかっただけです。」


「いや、理解した。しかし、確かに申されるように全てをそのままという訳にはいくまい。

 摂政殿下ともよく協議し、法の成立、整備にかかるとしよう。

 して、それが第1条ならば次は?」


「はい。次の第2条は警察の責務を示すもので、最も重要なものといえます。第2条は1項と2項に別れ、1項は

 「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもってその責務とする。」です。」


「なるほど、警察がその責任を持ってり行なう職務、役割について定めているのだな。

 して、2項は?」


「はい。「警察の活動は厳格に前項の責務の範囲に限られるものであって、その責務の遂行に当っては、不偏不党且つ公平中立を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない。」というものです。」


「なるほど、警察の権限は無制限ではなく、且つ、特定の人物、団体のためのものではないと明言しておるのだな。

 して、日本国憲法とは?」


「日本国というのは前世の私が生まれ育った国で、憲法というのは国の最高法規となります。」


「我が帝国の勅令と同様か?」


「最高法であることは同様ですが、中身は違うと思います。憲法は先ほど申しました民主的理念に基づくものなので。」


相判あいわかった。その憲法の下りは、勅令や帝国の法規にのっとる事にしよう。

 して、続きは?」


「はい。第3条以降は組織運営の方式や組織における人の役割、職務の方向性、種類等を定めているものが続きます。

 それらは後から付け足していく事でよろしいかと思います。

 まずは第1条と第2条相当の法律を早急に制定して頂きたい。それで警察組織の存在を法的に保障出来ます。」


「了承した。摂政殿下と宰相府の各役人と直ぐに協議を始めよう。

 して、取り敢えず制定を急ぐのは警察法のみかな?」


「いえ、もう一つ。警察官職務執行法の制定も早急にお願い致します。」


「ふむ。その法に定めし事項は?」


「はい。この法律の目的は「警察法に規定する、個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために必要な手段を定めることを目的とする。」となります。」


「なるほど。警察、官が実際に行なう職務内容についての法的根拠となるものかな?」


「その通りです、ベレイド子爵。全8ヶ条24項目からなる、警察官の職務執行の根拠となる法です。

 この警察官職務執行法の制定がなくては、警察官としての仕事が出来ません。」


「…うむ。先日、マイカ殿が警察は衛兵、番兵とは違うと言われた意味が理解出来た。

 上役や主君の命令で動く衛兵、番兵とは違い、警察官は全て、法の根拠、裏付けの元に職務を行なうという事だな…いや、新しい…そのような事、思い付きもせなんだ。」


 (いや、思い付きもしなかったと謙遜されたが、ほんの触り程度しか話していないのに、もう理解しておられる。

 法の専門家、且つ研究家か…ベレイド子爵、素晴らしい逸材だな。)


「うむ、相判ったマイカ殿。その二つの法律、警察法と警察官職務執行法の骨子こっしはマイカ殿の申されるようにしようと思う。

 さすれば全箇条、教示して呉れまいか?」


「はい、ベレイド子爵。しかし、私は一介の警察官であったので、警察組織を定める事や、運営にはたずさわっていなかったため、警察法については、先程申しました第1条と第2条以外は、はっきりと覚えておりません。

 しかし、警察官職務執行法については、全文、そらんじる事が出来る程に覚えております。」


「うむ、その旨も相判った。

 そもそもマイカ殿の前世の国と我が帝国とは政治体制そのものが全く違うのだ。

 さすれば、警察法第1条と第2条の大元おおもとは先のもので良いとして、他の条文は、帝国における各組織、各部署との兼ね合いをよく考えて定めるとしよう。

 警察官職務執行法は、警察官個体の職務内容に関するものであるならば、余程よほどの不都合がない限りマイカ殿の申される通りで良かろうと思う。」


「はい、承知致しましたベレイド子爵。」


「よし、では先程申された警察法第1条と第2条、それと警察官職務執行法の全条文を、こちらの紙に記載して頂けるか?」


              第60話(終)


※エルデカ捜査メモ〈60〉


 ベレイド子爵は幼少の頃より神童と呼ばれる程に聡明であったが、武技には優れていなかったため、軍事部門には進まず、政治部門に進んだ。

 政治部門で帝国に貢献するため、法について研究し、その才覚を伸ばしていった。

 若かりし頃、「不毛の地」への調査を先帝ヨゼフィーネ女帝から命ぜられたのも、かつて不毛の地に存在した古代文明国家の法律などもベレイド子爵が研究していたからである。

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