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第61話『ベレイド家における酒宴~突然の…』

「いやいや、長い時間を取らせてしまい、申し訳なかったマイカ殿」


「いえ、こちらこそベレイド子爵。

 お聞きしたところ、本日は休日であられたとか。私のような者の為に貴重なお時間を取らせてしまいました。」


 マイカとベレイド子爵の会談は朝から始まり、日が暮れる頃に終わった。


「なんのこれしき。

 さっ、マイカ殿、そろそろ良い頃合いとなった。ささやかながら酒宴の席を用意しておるので、1階まで共に参られよ。」


「酒宴?いや、おそれ多いです、そんな…」


「いや、ほんの御礼おれいだ、息子を助けてくれた事のな。

 今回だけではないぞ。まだまだ他に準備してある。」


「そんなに気を使って頂かなくても…」


「まあ、私の好きにさせてくれ。さ、参ろうマイカ殿。」


 マイカがケルンを伴い、宰相府建物1階のベレイド子爵一家の居宅大広間に来たところ、何人もの使用人男女が出迎えてくれた。


「まだ人数は揃っておらんが…

 先にこちらへ酒と料理を運んでくれたまえ!」


 ベレイド子爵がそう言うと、何人かの使用人が奥へ引っ込んでいった。


「…あの…エルフのお姉ちゃん、この前はごめんなさい…」


 ベレイド子爵の嫡男レフィが、母親の子爵夫人ソフィーに伴われてマイカの前に進み出て、3日前のスカートめくりの件を詫びてきた。


「いいよ。謝ってくれたからゆるす。

 レフィ君、もうあんな事しちゃダメだよ!私にだけじゃなく、他の女の子にも!

 せっかく御父様譲りでハンサムなのにモテなくなるよ。」


 マイカが冗談混じりにそう言うと、そばで厳しい顔をしてレフィを睨んでいたソフィーも相好そうこうを崩し、笑顔となった。


「マイカさん、たくさん召し上がって下さいね。」


「畏れ入ります、子爵夫人。」


 マイカはベレイド子爵一家と同じテーブルに相席し、歓談しながら飲食を始めた。

 おそらくマイカの為に飛び切りのものを揃えてくれたのだろう。酒も料理も格別に美味うまかった。

 特に、グラスにがれた赤ワインは、香り高く芳醇で、マイカが前世においでも飲んだことが無いような味わい深いものだった。


 (このワイン、メチャクチャ値段が高そうだな、肉やチーズも申し分ないし…

 そんな中、この…鳥肉と芋のシチューみたいな料理は他のと比べたら素朴な感じだな。

 凄く美味しいし、なんか懐かしい感じがして、オレは大好きだな、コレ。)


 そのシチューようの料理をマイカが食べていると


「お味はいかがかしら?マイカさん。」


と、ベレイド子爵夫人ソフィーが声を掛けてきた。


「はい、子爵夫人。みんな素晴らしく美味しいです!

 特に、この鳥肉とお芋のクリーム煮?何か懐かしい味というか…がして、好きです!」


「まあ良かった!そのワーテルゾーイはわたくしの手作りなんです。

 お祖母ばあさまから作り方を教わった、わたくしにとっても懐かしい味です。」


「子爵夫人のお手作りとは!本当の本当に美味しいです!!」


 (貴族の御夫人の手料理だって!?これに勝る歓待は無いんじゃないか?)


 その後マイカは、次々と訪れてくる宰相府の役人や職員から挨拶を受けた。

 皆、エルフを間近で見るのは初めてで、る者は驚き、或る者は緊張のあまりしどろもどろになったり、或る若い女性職員に至っては、感激のあまり泣き出してしまった。

 ケルンに対しては、皆、一様に驚きの様子を見せたが、まだ子供で、愛嬌あふれるケルンの姿に直ぐに警戒心を解き、微笑みを向けて見るようになった。


 そんな中、ハンデルとマフダレーナが入ってきた。

 ハンナと、見覚えのない

   20歳くらいの金髪ポニーテール

の女性を伴っている。


「あ!ハンデル、まだ皇宮内に残っていたのか?

 マフダレーナ様、ハンナさん、つい先日の事なのに、何だか久し振りに会った気がしますね。

 …あと、そちらの方は…?」


 マイカが尋ねたところ、その金髪ポニーテールの女性は全身をワナワナと震わせて、両目から溢れるように涙を流し始め


「セシリアです!たびは夫の…未来の夫の命を助けて下さり、本当に有難う御座いました!!」


と、大声でマイカに礼を言った。


「これセシリア!何ですか、いきなり。マイカさん驚いていらっしゃるでしょう!」


「でもマフダレーナ伯母おばさま、このマイカさんが居なければ、今頃エリアンは…うっ…うぅっ……」


「初めまして、セシリア様。巧く事が運び幸運でした。

 御礼ならハンナさんに。ハンナさんが話を持ってきて下さったおかげです。」


「既にセシリア様から御礼を頂戴しておりますよ。」


 そうセシリアの横で答えたハンナも貰い泣きをしている。


「ささ、楽しき席に涙は禁物。マフダレーナ侍女長殿、セシリア殿こちらへ。」


 ベレイド子爵が近づいてきて、マフダレーナとセシリアに相席を促した。


「ハンデルうじと御女中もこちらへ。」


と、ベレイド子爵はハンデルとハンナにも促した。


「いえ!私はそんな…御貴族様と相席なんて…」


とハンナが渋ったが、ベレイド子爵は構わず


「構わぬ、無礼講だ。さ、我らと同じテーブルに参られよ。」


と、ハンデルとハンナにも相席させた。


「あ、マイカさん、後程のちほどエリアンもこちらに参ります。」


 セシリアは落ち着きを取り戻し、彼女の未来の夫である、婚約者のエリアン騎士もこの酒宴に訪れる旨をマイカに告げた。


「バンッ!!」


と勢いよく大広間のドアが開かれ、そこに

   大男と言っていい、非常に逞しい体格

   黒髪短髪の若者

   スリムで長身

   茶色いウェーブがかった髪の美青年

が立っていた。二人とも金モールの付いた近衛騎士団の白い制服を着ている。


「近衛騎士団2番隊マルセル・デバッケル!並びにエリアン・バウマン!只今参上つかまつった!!」


 黒髪短髪の逞しい若者の方が大広間全体に響き渡る大声で名乗ったため、広間に居た人々全員が注目した。

 マイカも二人の近衛騎士の方を見たのだが、黒髪短髪の騎士と視線が合った瞬間、まばたき一つ程の刹那せつなの時間であっという間に間合いを詰めてきた事に


 (は、速い!何だ今のスピードは!?果たして人間のせる技なのか!?)


と、マイカが驚いたのもつか、茶色ウェーブ髪の騎士の方も素早く横に移動してきていた。


 (この、とんでもない速さの身のこなし…近衛騎士の実力を垣間見かいまみた気がする…)


 マイカが呆気に取られていると、黒髪短髪の騎士が両手でマイカの右手を包むように握り


「我は近衛騎士団2番隊隊長、マルセル・デバッケルと申す!

 この度は、このエリアンの命を救ってくれたこと、感謝に堪えぬ!誠にかたじけない!!

 御礼言上が遅れてしまい、申し訳ない!!」


と大声で言うと、茶色ウェーブ髪の騎士も両手でマイカの左手を包むように握って


「僕は近衛騎士団2番隊隊員のエリアン。

 大恩人たるマイカ殿にお会い出来て光栄です!

 貴女あなたが事件を解決して僕の無実を証明してくれていなければ、僕は今頃、この世にはいないでしょう。本当に、本当にありがとう!!」


と、握ったマイカの左手を大きくうち振るって礼の言葉を述べた。


「しかしマイカ殿は聞きしに勝る美しさだな!?エリアン!!」


「はい!まさに女神と呼ぶに相応ふさわしい…」


「女神か!?エリアン、よく言った!

 そうだ!まさにマイカ殿は我ら近衛騎士団2番隊の女神だ!!」


「女神マイカ殿に親愛を尽くす事を誓います…」


と、エリアンが握っていたマイカの左手に口を寄せ、口づけするような素振りを見せたところ


「エリアン、いい加減にしなさい!マイカさん困ってるでしょ!!」


と、マイカの横に座っていたセシリアがそう言って恐い顔つきでエリアンを睨んでいる。


「…あ…これは失礼…失礼した……」


 エリアンが言葉を詰まらせながら、握っていたマイカの左手を離した。

 セシリアの方を何度もチラチラと見ている。


「おっと!そうだ、長々と失礼致した!!」


 エリアンが手を離したのを見て、マルセルも握っていたマイカの右手を離した。


 (ふーっ、助かった…振り払うのも失礼かと思って我慢していたら、危うく手に口を付けられるところだった。

 こちらでは女性に対する礼儀の一つなんだろうけど、心は男のオレには堪ったもんじゃない!

 …しかしエリアン君、結婚したら絶対セシリアさんに尻に敷かれるだろうな…)


「いやはや、本当にマイカ殿は美しい!その手をもっと握っていたかったが、今はそれも叶わぬ!

 それで提案があるのだが…マイカ殿!一つ、このマルセル・デバッケルの妻になって下さらんか!?」


「………はあ?」


              第61話(終)


※エルデカ捜査メモ〈61〉


 近衛騎士団2番隊隊員のエリアンは22歳

 2歳年下の皇宮侍女セシリアと婚約している。

 エリアンのバウマン騎士家とセシリアのアールデルス騎士家とは代々付き合いがあるのだが、二人の婚約は親同士が決めた訳ではなく、二人それぞれの意志で決めた。

 エリアンは細身の体型と爽やかな雰囲気に似合わず、その剣技は豪快で、長大な両刃の大剣を軽々と振るい、その点も剛力を誇るマルセル隊長に気に入られている。

 エリアンが近衛騎士団に入隊したのもマルセル隊長の豪快な剣技に憧れたからであり、入隊後も強く尊敬している。

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