(…皇帝…陛下…?あ…終わった…
今回の人生は…
マイカは視界が白くなっていき、意識が遠くなっていったが
「これヤスペル!レディに対して何たる無礼を!!」
という女性の声で我に返った。
マイカが声がした方を見ると
金髪ショートヘア 濃い青色の瞳
童顔で穏やかな顔つき
の小柄な女性が立っていた。
「これは皇帝陛下、皇太后陛下、
と、ベレイド子爵が
「申し訳ありませんベレイド子爵。
この子ったら、迎えの人が来るまで待てって言ったのに、急に走り出して勝手に中に入って…
あと子爵、
「はっ、失礼致しました侯爵夫人。」
「
私がこの子の母親のシルフィアです。
息子のヤスペルが大変失礼をし、申し訳ございません。」
と、幼帝ヤスペルの母であるウェイデン侯爵夫人シルフィアがマイカに頭を下げた。
「…いっ、いえ!私の方こそ…こ、皇帝陛下であられるとは
私は、てっきりレフィ君かと…」
「いえ、いいんですマイカさん。皇帝に即位したといっても、この子は見ての通り、まだほんの子供です。
悪い事をした時にはきちんと叱らないと、ろくな大人に育ちません。」
「しかし頭を
「いえいえ、
…レフィ君とお間違えになったていうことは、ベレイド子爵の
「はい侯爵夫人、この子が先に。
この子ったら、先日もマイカさんに同様の事を
と、ベレイド子爵夫人ソフィーがレフィの耳を引っ張って、こちらに連れてきた。
「さあレフィ!マイカさんにちゃんと謝罪しなさい!!次は本当に許しませんよ!!」
「ヤスペルも!そもそも何であなたまで!!」
ソフィーとシルフィアが厳しく言うとレフィとヤスペルは
「…レフィ君の嘘つき…エルフのパンツは白パンツって言ってたのに、ピンク色だったじゃないか…」
「この子ったら、何をとんでもない事を言ってるの!!」
シルフィアがヤスペルの頭を右
「バシッ!」
と叩いた。
「あなたが皇帝陛下を
ソフィーがレフィの頭を左掌で
「バチッ!」
と打った。
「ウワアァァーーン!!」
「ビエエェーーン!!」
ヤスペルとレフィが大声を上げて泣き出したが、シルフィアとレフィは構わず
「早く謝りなさい!ヤスペル!!」
「泣いても許しませんよ!さっさと謝罪なさいレフィ!!」
と、
「まあまあ、お母さん…あ、いや侯爵夫人、子爵夫人、子供のやる事ですから…」
とのマイカの
「ホッ」
と小さな溜め息を一つ
「本当に申し訳ございませんでした、マイカさん。この子には強く言い聞かせておきますので、どうか許して下さい…
…お集まりの皆さん、
と、マイカ及び大広間に居る人達に深く頭を下げて詫びた。
「皇帝陛下、侯爵夫人、どうぞこちらへ。」
ベレイド子爵が二人を、この大広間における最も上座の席まで案内し、酒宴は再開された。
(…た、助かった…皇帝の頭を叩くなんて、絶対に死刑にされると思ったよ…
母親がまとも以上にまともな人で良かった…
元の世界の歴史でも、我が子が王なり皇帝なりになったりしたら、その母親が凄い権勢を振るって傍若無人な振舞いをする例は少なくなかったのに、そんな連中と比べたら奇跡のような人格者だな…)
自分の横に来るようにシルフィアに促されたマイカが、シルフィアの横顔をまじまじと眺めながらそう思った。
「
シルフィアがマイカの視線に気付いた。
「いえ、寛大な措置をありがとうございました。」
「なんの!悪いのは全部ヤスペルの方ですから、本当にお気になさらないで。」
幼帝ヤスペルとレフィは、
ケルンも嫌がらず、尻尾を大きく振っている。
「…あの、誠に失礼な言い方なのですが、皇帝陛下のお母君といえば、もっと恐ろしい感じというか、偉そうな感じの人を勝手に想像しておりました。」
「ホホホホ、そうですか。確かに何代か前の皇太后様は、子の皇帝よりも権勢を振るっていたと言いますね。そのような事は他の国の歴史にも多うございますわね。」
「はあ…」
(やっぱり、この異世界でも多いんだな、そんな事は…)
「
周りはそんな
(なるほど…母親が庶民…ベルンハルト君と同じか…)
「私は味方でございます、侯爵夫人。
お会いしたばかりなのに
「まあ、ありがとうございます、マイカさん。
…マイカさんは皇家の直臣になられたとお聞きしました。そこでお願いがあるのですが…」
「はい。私に出来ます事であれば何なりと。」
「機会あるごとにヤスペルを教育して頂きたいのです。
マイカさんが正しい心をお持ちになって、正義の行ないをなさっておられる事を知っております。
どうかヤスペルを正しく導いて下さいませ。決して後世に暴君の
「侯爵夫人のような
「ああ、安堵致しましたわ。マイカさんと、あとエフェリーネ大公妃殿下が導いて下されば、ヤスペルはきっと真っ当な大人になれるでしょう。
ところで、殿下のお姿が見えませんが、こちらには参られないのですか?」
「はっ、摂政殿下には急用が入られ御欠席される旨でございます。」
と、やや離れた席のベルンハルト近衛騎士団長がシルフィアの問いに答えた。
「急用ですと?私は何も聞いておりませんが。」
シルフィアとベルンハルトの問答にベレイド子爵が割って入ってきた。
「はっ、ベレイド子爵。拝謁を求める方が参られ、その応対に当たられるとのこと。」
「拝謁…はて?副宰相の私に知らせぬとあれば、公的なものではなく、私的なものであろうか…?」
「はっ、私にも明かしてはくれず…
リーセロット秘書官殿と二人で充分だと申されておいででした。」
「ふむ…この
「ワアァァーーーッ!!」
その時、大広間内に歓声が響き渡った。
幼帝ヤスペルがケルンに跨がり場内を渡り歩いていたのだ。
ケルンは嫌がる素振りを見せず、むしろ澄ました顔つきで、トットットッ、とリズム良く高く足を上げて歩いている。
「皇帝陛下がケルベロスを従えられたぞ!」
「地獄の番犬を
「まさに覇者に
第63話(終)
※エルデカ捜査メモ〈63〉
ラウムテ帝国第10代皇帝ヤスペルと帝国副宰相ベレイド子爵の嫡男レフィは共に5歳。
お互いの長男が同じ年に生まれた事は、貴族同士の付き合いで当然知っており、二人は赤ん坊の時に引き合わされ、それ以後、まずは母親であるウェイデン侯爵夫人シルフィアとベレイド子爵夫人ソフィーがママ友の関係となった。
ヤスペルとレフィも気が合い仲良くなり、特にヤスペルが皇帝に即位し、ベレイド子爵が副宰相に就任してからは、ベレイド家が皇宮内に居住するようになったため、ヤスペルとレフィは日を開けず頻繁にあって、幼い友情を育んでいる。