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第63話 『ベレイド家における酒宴~幼帝ヤスペルとその母』

 (…皇帝…陛下…?あ…終わった…

 異世界こちらに来て、まだたったの1ヶ月くらいなのに…

 今回の人生は…はかなく散ってゆくのか…花弁はなびらのように…)


 マイカは視界が白くなっていき、意識が遠くなっていったが


「これヤスペル!レディに対して何たる無礼を!!」


という女性の声で我に返った。

 マイカが声がした方を見ると

   金髪ショートヘア 濃い青色の瞳

   童顔で穏やかな顔つき

の小柄な女性が立っていた。


「これは皇帝陛下、皇太后陛下、くのお越し、おそれ入りたてまつる…」


と、ベレイド子爵が強張こわばった面持おももちで挨拶をした。


「申し訳ありませんベレイド子爵。

 この子ったら、迎えの人が来るまで待てって言ったのに、急に走り出して勝手に中に入って…

 あと子爵、わたくしのことは皇太后ではなくウェイデン侯爵夫人とお呼び頂くように申し上げた筈ですが。」


「はっ、失礼致しました侯爵夫人。」


貴女あなたがマイカさんですね、お噂は予々かねがねお聞きしております。

 私がこの子の母親のシルフィアです。

 息子のヤスペルが大変失礼をし、申し訳ございません。」


と、幼帝ヤスペルの母であるウェイデン侯爵夫人シルフィアがマイカに頭を下げた。


「…いっ、いえ!私の方こそ…こ、皇帝陛下であられるとは露知つゆしらず…た、大変なご無礼を!!

 私は、てっきりレフィ君かと…」


「いえ、いいんですマイカさん。皇帝に即位したといっても、この子は見ての通り、まだほんの子供です。

 悪い事をした時にはきちんと叱らないと、ろくな大人に育ちません。」


「しかし頭をつまではありませんでした。反省しています。」


「いえいえ、たれて当然です。レディに対して、こんな公衆の面前で恥をかかせてからに…

 …レフィ君とお間違えになったていうことは、ベレイド子爵の御令息ごれいそくも同様の事を?」


「はい侯爵夫人、この子が先に。

 この子ったら、先日もマイカさんに同様の事を仕出しでかしたんですのよ。」


と、ベレイド子爵夫人ソフィーがレフィの耳を引っ張って、こちらに連れてきた。


「さあレフィ!マイカさんにちゃんと謝罪しなさい!!次は本当に許しませんよ!!」


「ヤスペルも!そもそも何であなたまで!!」


 ソフィーとシルフィアが厳しく言うとレフィとヤスペルは項垂うなだれたまま黙り込んだが、少し間を置いて幼帝ヤスペルが口を開き


「…レフィ君の嘘つき…エルフのパンツは白パンツって言ってたのに、ピンク色だったじゃないか…」


「この子ったら、何をとんでもない事を言ってるの!!」


 シルフィアがヤスペルの頭を右てのひら


「バシッ!」


と叩いた。


「あなたが皇帝陛下をそそのかしたの!?」


 ソフィーがレフィの頭を左掌で


「バチッ!」


と打った。


「ウワアァァーーン!!」


「ビエエェーーン!!」


 ヤスペルとレフィが大声を上げて泣き出したが、シルフィアとレフィは構わず


「早く謝りなさい!ヤスペル!!」


「泣いても許しませんよ!さっさと謝罪なさいレフィ!!」


と、各々おのおのの我が子に目を吊り上げて言った。


「まあまあ、お母さん…あ、いや侯爵夫人、子爵夫人、子供のやる事ですから…」


とのマイカのなだめにソフィーは恐い表情を崩さなかったが、シルフィアは


「ホッ」


と小さな溜め息を一つ


「本当に申し訳ございませんでした、マイカさん。この子には強く言い聞かせておきますので、どうか許して下さい…

 …お集まりの皆さん、うたげの席に水を差してしまい、申し訳ございませんでした。さあ、引き続きお楽しみ下さいませ。」


と、マイカ及び大広間に居る人達に深く頭を下げて詫びた。


「皇帝陛下、侯爵夫人、どうぞこちらへ。」


 ベレイド子爵が二人を、この大広間における最も上座の席まで案内し、酒宴は再開された。


 (…た、助かった…皇帝の頭を叩くなんて、絶対に死刑にされると思ったよ…

 母親がまとも以上にまともな人で良かった…

 元の世界の歴史でも、我が子が王なり皇帝なりになったりしたら、その母親が凄い権勢を振るって傍若無人な振舞いをする例は少なくなかったのに、そんな連中と比べたら奇跡のような人格者だな…)


 自分の横に来るようにシルフィアに促されたマイカが、シルフィアの横顔をまじまじと眺めながらそう思った。


わたくしの顔に何か付いていますか?マイカさん。」


 シルフィアがマイカの視線に気付いた。


「いえ、寛大な措置をありがとうございました。」


「なんの!悪いのは全部ヤスペルの方ですから、本当にお気になさらないで。」


 幼帝ヤスペルとレフィは、かたわらに居たケルンに興味を示し、最初は恐々こわごわだったが、ケルンが二人の涙の跡を舐めたところ打ち解け、今は抱きついたり頭を撫でたりしている。

 ケルンも嫌がらず、尻尾を大きく振っている。


「…あの、誠に失礼な言い方なのですが、皇帝陛下のお母君といえば、もっと恐ろしい感じというか、偉そうな感じの人を勝手に想像しておりました。」


「ホホホホ、そうですか。確かに何代か前の皇太后様は、子の皇帝よりも権勢を振るっていたと言いますね。そのような事は他の国の歴史にも多うございますわね。」


「はあ…」


 (やっぱり、この異世界でも多いんだな、そんな事は…)


わたくしの母は宮中に仕える一介のは雑仕女ぞうしめでした。それが先々帝に見初みそめられ、私が生まれたのです。そして、何の因果か帝国最大の貴族の一つ、ウェイデン侯爵家に嫁ぎ息子が皇帝になってしまいました。

 周りはそんなわたくしそねねたむ者ばかりです。そんな中で、わたくしが間違って偉そうな態度を少しでもとってしまえば、出来るのは敵ばかりです。」


 (なるほど…母親が庶民…ベルンハルト君と同じか…)


「私は味方でございます、侯爵夫人。

 お会いしたばかりなのに不躾ぶしつけながら、夫人のその御言動に深く感じ入ってございます。」


「まあ、ありがとうございます、マイカさん。

 …マイカさんは皇家の直臣になられたとお聞きしました。そこでお願いがあるのですが…」


「はい。私に出来ます事であれば何なりと。」


「機会あるごとにヤスペルを教育して頂きたいのです。

 マイカさんが正しい心をお持ちになって、正義の行ないをなさっておられる事を知っております。

 どうかヤスペルを正しく導いて下さいませ。決して後世に暴君のそしりを受ける事の無いように…」


「侯爵夫人のような御母堂ごぼどうの元におられて、そのような事は万に一つも無いと思いますが、承知致しました。微力を尽くさせて頂きます。」


「ああ、安堵致しましたわ。マイカさんと、あとエフェリーネ大公妃殿下が導いて下されば、ヤスペルはきっと真っ当な大人になれるでしょう。

 ところで、殿下のお姿が見えませんが、こちらには参られないのですか?」


「はっ、摂政殿下には急用が入られ御欠席される旨でございます。」


と、やや離れた席のベルンハルト近衛騎士団長がシルフィアの問いに答えた。


「急用ですと?私は何も聞いておりませんが。」


 シルフィアとベルンハルトの問答にベレイド子爵が割って入ってきた。


「はっ、ベレイド子爵。拝謁を求める方が参られ、その応対に当たられるとのこと。」


「拝謁…はて?副宰相の私に知らせぬとあれば、公的なものではなく、私的なものであろうか…?」


「はっ、私にも明かしてはくれず…

 リーセロット秘書官殿と二人で充分だと申されておいででした。」


「ふむ…この夜分やぶんに拝謁とは…どなたであろうか…?」


「ワアァァーーーッ!!」


 その時、大広間内に歓声が響き渡った。

 幼帝ヤスペルがケルンに跨がり場内を渡り歩いていたのだ。

 ケルンは嫌がる素振りを見せず、むしろ澄ました顔つきで、トットットッ、とリズム良く高く足を上げて歩いている。


「皇帝陛下がケルベロスを従えられたぞ!」


「地獄の番犬を手懐てなずけるとはすえ恐ろしや!」


「まさに覇者に相応ふさわしいではないか!!」


 阿諛おべっかともとれる歓声は、いつまでも鳴り止まなかった。


              第63話(終)


※エルデカ捜査メモ〈63〉


 ラウムテ帝国第10代皇帝ヤスペルと帝国副宰相ベレイド子爵の嫡男レフィは共に5歳。

 お互いの長男が同じ年に生まれた事は、貴族同士の付き合いで当然知っており、二人は赤ん坊の時に引き合わされ、それ以後、まずは母親であるウェイデン侯爵夫人シルフィアとベレイド子爵夫人ソフィーがママ友の関係となった。

 ヤスペルとレフィも気が合い仲良くなり、特にヤスペルが皇帝に即位し、ベレイド子爵が副宰相に就任してからは、ベレイド家が皇宮内に居住するようになったため、ヤスペルとレフィは日を開けず頻繁にあって、幼い友情を育んでいる。





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