「マイカ殿!名残は惜しいが本日はこれまで!!
先程の件!良い返事をお待ちしている!!」
酒宴が終わり、帰り支度をしているマイカにマルセル近衛騎士団2番隊隊長が近付いて言った。
幼帝ヤスペルとベレイド子爵の嫡男レフィは随分前に各々の母、シルフィア・ウェイデン侯爵夫人とソフィー・ベレイド子爵夫人と共に去っていき、去り際に幼帝ヤスペルが
「これケルン君にあげる!友達になった印!」
と言って皇家の紋章が彫られたカメオの付いたペンダントをケルンの中央の首に掛けていった。
ベルンハルト近衛騎士団長は幼帝
主催者ベレイド子爵も後片付け指示のため、使用人達と共に奥に引っ込み、酒宴会場だった大広間に残っていたのはマイカとマルセル、そしてハンデルとケルンくらいだった。
(オレは心は男のままだっつーの!!
しかも、初対面でいきなり!
求婚なんぞ受け入れる訳ねーだろ!
ええい、はっきりと断ってくれるわ!!)
「マルセル隊長、あの…」
「いや判っておる!本日初めてお会いしたばかりでいきなり求婚されて答えられる筈がない!大変失礼致した!!
しかし我が心は本物だ!
マイカ殿!
(え…?いやいや、そんな事を言われてもだな!)
「いや、その…」
「うむ!今の我は貴女とは釣り合いがとれていない!!
必ずや貴女に
そうマイカに言ったマルセルの瞳には一点の曇りもなく、真剣そのものであった。
(…本気だ、この男、本気だ!
だが、心が男のままのオレがオマエの愛に
…でも、親以外から「愛してる」って言われたの初めてだな…)
「あのマルセル隊長、はっきりと申し上げますけれど、私は…」
「我の愛を受け入れるつもりはござらぬのだろう!?だが待つ!いつまでも!!
では
そう言い残してマルセルはマイカの前から、まるで瞬間移動したかのような素早さで出入口ドアまで移動し、去っていった。
「あ…」
(何なんだ?あの嵐のような男は!)
「…で、何をさっきから笑いを
「いや、お前さんの困り顔がさ…」
「黙ってみてないで助けてくれてもいいじゃないか!」
「どうやって?まさか俺の口からお前さんの正体の事を言う訳にもいくまい?」
「まあ、そうだけど…」
(今度会ったら、オレの
でも、やたら秘密を
「お前さんの考えてる事、大体判るぜ。転生の事とかを話すつもりだろう?
でも、心が男だと判っても諦めないと思うぜ。
「あー困った。次からどんな態度で接すれば良いんだよー?」
「別に普通にしときゃ良いじゃないか。あのマルセル隊長が決して悪い男じゃないのはお前さんにも判っただろ?
お前さんとのやり取りを見てても、全然イヤな感じはしなかったし。」
「うん。確かに悪い人ではなさそうだし、普通にしとく。
まあ、この先あまり会いたくないけどね。」
この時のマイカには、今後マルセル近衛騎士団2番隊隊長と頻繁に会う事になろうとは想像が出来なかった。
「酒宴は終わったの?マイカ。」
「あ、リーセロット。どうしたの?何か用?」
宰相府の建物から一歩出たマイカにリーセロットが近付いてきた。
「夜分遅いのに悪いけど、今から付き合ってくれる?マイカ。」
「うん、良いけど…」
マイカはリーセロットに答えつつ、
「皇家直臣としてのあなたに用があるの。ハンデルさんには悪いけど、今日は引き取って貰えるかしら。」
「うん判った。ハンデル、先に帰っててくれるかな?」
「ああ判った。でも、お前さん帰りはどうするんだい?」
「ハンデルさん、マイカは私が責任を持って送ります。」
「承知致しました。では、俺はこれにて。」
と、ハンデルはリーセロットに向かって言い、マイカに手を振って去っていった。
「ケルンも関係あるから、マイカと一緒に来て
リーセロットに導かれてマイカとケルンが着いたのは、皇宮本殿から遠く離れた場所に建つ4階建ての広大な館だった。
「リーセロット、
「旧ドラーク公爵家の館よ。」
「ドラーク公爵?」
「摂政エフェリーネ殿下の御父君で、先帝ヨゼフィーネ大帝陛下の夫であられた方よ。
約7ヶ月前に亡くなられて、それ以降は此所には誰も住んでいないの。」
「ふーん…」
「摂政殿下も以前は此所で起居されておられたわ。殿下にとっても思い出の場所よ。」
建物内に入ると、一階エントランス広間の奥の一室に入った。
そこは応接室のようで、ソファやローテーブル、ランプ台など、見るからに豪華な調度品が飾られ、壁に大きな絵画が掛かっていた。
絵画には銀色の鎧を
マイカが絵画をマジマジと眺めていると
「ラウムテ帝国初代皇帝リシャルト大帝陛下の肖像よ。
即位前はリシャルト・ドラークと名乗っていらしたわ。ドラークという姓は皇家の元の姓なのよ。」
と、リーセロットが説明してくれた。
ソファに座って数分待っていたところ、エフェリーネが御料馬車の御者であるラウレンスに伴われて部屋に入ってきた。
この館は摂政執務室がある皇宮本殿から遠く離れているため、馬車を使ってやって来たらしい。
エフェリーネがソファに着席し、エフェリーネが部屋に入ってきた際に起立していたマイカとリーセロットを促してソファに着席させたのを見届けた後、ラウレンスは一礼して部屋から出ていった。
「急な呼び立て、御容赦願いますマイカ殿、そしてケルン君。
ケルン君は初めましてですね。なるほど、聞いていたとおり愛らしい…おや?その首飾りは…」
「先程、酒宴会場において皇帝陛下から賜った物です。友達の印だと。」
エフェリーネの疑問にマイカが答えた。
「そうでしたの。では、皇帝陛下より
ケルン君、
「ワオン、ウオン、ワン。」
ケルンはエフェリーネの問いに3つの頭を頷かせて答えた。
「ケルンは了承したようです、殿下。」
マイカは皇家の直臣となって以来、エフェリーネに対する呼び方を「摂政様」から「摂政殿下・殿下」に改めている。
「まあ、本当に人の言葉が判るのですね、了承してくれて良かった。また皇帝陛下に心強い味方が増えました。」
「ケルンってば、心なしか顔付きが誇らしげに見える。」
「ホホホホ…
さて、では突然ですが、皇家の直臣たるマイカ殿、ケルン君、御二方に下命します。」
第65話(終)
※エルデカ捜査メモ〈65〉
広大な館の居住者であったドラーク公爵アルフレットは初代皇帝リシャルトの次男を祖とするドラーク公爵家7代目の当主であった。
病を患った妻の女帝ヨゼフィーネの代わりに政務に当たっていた最中に突然倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
おそらく心臓発作の類いだったのだろう。
享年56歳。
背が高く恰幅の良い体格をしており、灰色の髪と顔全体を覆っていた同色の髭は、40代半ばにして真っ白になり、後にこのドラーク公アルフレットの肖像画を見たマイカは
「サンタさんみたいやな。」
との印象を持つこととなる。