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第66話 『軍事国家ステルクステ騎士団領』

「下命とは、一体どのような?」


 マイカは、自分とケルンに下命すると言ったエフェリーネにその内容を問うた。


「はい、先程ステルクステ騎士団領の使者が参られ、我がラウムテ帝国との攻守同盟を白紙に戻す旨の申し入れがありました。

 わらわとしては同盟の継続を望んでいるのですが…」


「ステルクステ騎士団領とは?」


「マイカ殿は御存知ありませんでしたね。

 ステルクステ騎士団領とは我が帝国北西と境を接する、約300名の騎士が合同統治している強力な軍事国家です。」


「軍事国家?」


「はい、ステルクステ騎士団領では国民全員が幼少の頃より武芸の鍛練を積み、最も優れた上位300名程が指導者階級である騎士となり、次に優れた者達が、その騎士の従士になれます。」


国民皆兵こくみんかいへいということですか?」


「ええ、そうですね、国民全員が武の達人と言って良いでしょう。

 中でも騎士と従士の合わせて1万5000人程は怪物じみた強さを誇ります。」


「怪物…ですか?」


「はい、約10年前の同盟締結ていけつ直後、侵攻してきたフリムラフ教国の大軍を一手に引き受けてくれたのですが…その1万5000人で、何と50万人もの大軍を全滅させたのです。」


「50万!?全滅!?」


「はい、ただ勝ったのではなく、ほぼ全滅させたのです。たった1万5000で50万を。」


「そのステルクステ騎士団領が同盟を破棄して帝国の敵になるのですか?」


「いいえ、元々ステルクステ騎士団領は永く中立を保っていました。

 自ら他へ侵攻することなく、他国、他勢力が攻撃してきた場合にのみ、その武力を奮ってきました。」


「その中立国と帝国は同盟を結んでいたのですか。」


「はい、同盟を結ぶ丁度その頃、我が帝国はヴェローヴリング王国とアヴォン王国を属国にしたばかりで、その2つの国は元々フリムラフの属国であったので、平定のために多くの兵を留まらせておく必要がありました。

 そんな中、当のフリムラフが侵攻してくる情報を掴み、それに対抗するために助力を依頼したのです。」


「しかし、そのような国が、よく同盟を結んでくれましたね。」


「ええ、母上ヨゼフィーネ大帝とステルクステ騎士団団長ペトラ殿が個人的に友となり得たおかげです。

 ですので母上が亡くなったので、同盟関係を白紙に戻すと言ってきているのです。」


「同盟関係の継続を望んでおられるということは、またフリムラフ教国が攻めてくるということでしょうか?」


「いえ、今はその心配はなさそうです。

 10年前の大敗の傷が癒えてないようですので。」


「ならば何故でしょうか?」


「…マイカ殿には正直に申します。

 約2ヶ月前、母上が崩御され5歳のヤスペルが皇帝になり、摂政となったわらわも若輩の身とあって、帝国の将来を不安に思う者が多くなっています。」


「帝国貴族達ですか?」


「はい、それと帝国に従属している6つの属国と、クラウデン連盟王国、ブロネン王国、レイスト王国などの周辺国もです。

 何かがきっかけでこれらの国々が帝国からの離脱や敵対の気配を見せた時、帝国貴族達はどう動くか…」


「反乱でも起こすと?」


「充分に考えられます。その離脱しようとする属国や敵対しようとする周辺国と結んで、自己勢力の拡大を狙う者が出るやもしれません。」


「帝国あっての帝国貴族なのに、帝国を守ろうとせずに?」


「帝国といっても、実体は多くの領主の寄合世帯のようなもので、帝国本領の国力、特に軍事力が強大であったため、皆、恭順していたのです。」


「強大であった…?今は違うと?」


「はい、帝国本軍の大軍は、亡き母上の強力な統率力と、亡き父上ドラーク公の優れた指揮能力を持ってして最強でした。

 その二人の亡き今…果たして軍として充分に機能出来るのか…いや、本軍の各司令官、各隊長も事が起こった場合、割拠かっきょの姿勢を示すのでは…?という懸念けねんすらあります。」


「そんな!大国の一員として平和に暮らす方が良いのに!!」


「…元々、力によって成り立った帝国です。力が無くなれば求心力も失うのは当然…

 わらわには何も実績が無く、人気も無いですから…」


 (園遊会の時、摂政殿下が来るというのに人が離れていった理由はこれか…)


「いざという時に殿下の御味方となるのは?」


「近衛騎士団とベレイド子爵、あと数える程の小貴族達くらいでしょうか…」


「なるほど…それで強力な軍事国家であるステルクステ騎士団領が帝国の…いや、皇帝陛下と摂政殿下との同盟を継続してくれれば、そういった連中を力で抑えられるということでしょうか?」


「はい、それで同盟関係継続のための交渉の余地はないのかとステルクステ騎士団領の使者に尋ねたところ、マイカ殿とケルン君の事を言い出したのです。」


「私とケルンをですか?」


「はい、マイカ殿。其許そこもと達のことは、既に隣国へも聞こえているみたいです。それで、ステルクステ騎士団の団長が是非会ってみたいものだと…」


「では私に、その同盟継続のための交渉の使者となれと?」


「はい、では改めて下命します。

 マイカ皇臣、ケルン皇臣、摂政秘書官リーセロットと共にステルクステ騎士団領へ赴き同盟継続の交渉の任に当たれ。」


「…は、つつしんで拝命致します。」


 (…こんな重大な任務、オレに務まるのか?いや、やるしかない!帝国が瓦解がかいしたら、今まで親身になってくれた人達の生活がどうなるか判らんし、せっかく事が進みかけている警察の事も水の泡となってしまう…)


「リーセロットも一緒に行くのですか?」


 マイカがかたわらのリーセロットを見てエフェリーネに尋ねた。


「ええ、マイカ殿。

 実はリーセロットは10年前の同盟締結の際にステルクステ騎士団領を訪れ、団長ペトラ殿とは旧知の仲なのです。」


「え!?では、リーセロットが褐色ダークエルフであることは?」


「隠していない…というか、途中でバレたわ。

 ペトラ団長は、一目見て私が強者であることを見抜いて、手合わせを要求してきたのよ。

 そうしなければ話を聞かないと言われて、仕方なく闘っていた途中で私がエルフだとバレたわ。」


 リーセロットがマイカに当時の様子を説明してくれた。


「手合わせ…何故にそのような?」


「ペトラ団長は戦い狂いのがあってね、それで手合わせした結果、私の主君たるヨゼフィーネ大帝陛下に会うと言って貰えたのよ。」


「え?それじゃあ、そのペトラ団長って人が帝国に来たの?リーセロット。」


「いいえ、実は…」


 リーセロットはこの時、エフェリーネの方を見て一旦、話を止めたが、エフェリーネが「ん」という風に頷いたため、話を続けた。


「実は大帝陛下も共にステルクステ騎士団領に赴いておられたの、内密でね。

 それで直ぐに会談が行われて、御二人共、意気投合なされて同盟締結に至ったのよ。」


「ほえーっ、皇帝陛下おん自ら?凄い行動力というか命知らずというか、無事に済んで良かったね…あ、失礼致しました殿下。」


「いえ、マイカ殿のおっしゃる通りですよ、本当に。取りめられたり、殺されでもしていたら、どうするのでしょう。」


「…殿下は参られないのですか?」


「はい、マイカ殿。ペトラ団長はわらわには興味が無いようです。

 今回はリーセロットとマイカ殿、ケルン君の3名のみで…あと、この件は秘密なので他に洩らさぬように…」


「はい、かしこまりました殿下。」


「ところでマイカ殿、この邸宅をどう思いますか?」


「は?あ、とても立派で豪華な素晴らしい建物だと思います。」


「そうですか。では、この旧ドラーク公爵邸をマイカ殿に貸与たいよ致します。御自由にお使い下さい。」


「え!?こんな広大な邸宅をですか!?

 それと、先程リーセロットから聞いたところによると、ここは殿下にとっても思い出の場所とか…そんな邸宅を私なぞに…」


「はい、だからこそマイカ殿に使って欲しいのです。

 ドラーク公爵家は、属国プラッテ王国の国王、アーブラハム叔父上の3人の王子のいずれかが継ぐこととなっていますが、従弟とはいえ馴染なじみの薄い人に渡すよりも、マイカ殿の方にこそ望ましい…

 この邸宅には広大な敷地も附属しています。馬場や厩舎、練兵用の広場や武技の練習場なども備えていますし、マイカ殿の住居のみならず、警察組織の施設としても充分に利用出来ると思います。」


 (あっ…そこまで考えてくれているのか…

 皇宮内にオレを住まわせ、身の安全を保障しようとするだけでなく、警察を立ち上げた後のことまでも…

 これ程の厚意、受けねば非礼極まりない!)


「では有り難く拝借致します!摂政殿下!!」


              第66話(終)


※エルデカ捜査メモ〈66〉


 ステルクステ騎士団領は国民皆兵制を敷く強力な軍事国家であるが、実は別の一面も持っている。

 ステルクステ騎士団領では武芸だけでなく、古くから優れた職工を育てる事にも力を入れており、特に近年においては精密機器の職工の育成に最も力を注いでいる。

 そのため、ステルクステ騎士団領製の時計や望遠鏡、経緯儀などは非常に高性能であり、帝国を含む他国との交易において非常に高値で取引されるため、同騎士団領の重要な産業となっている。

 また、ステルクステ騎士団領は他から侵される心配がほぼ無いため大陸中の資産家が資産を預託し、そのため金融業も非常に盛んである。


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