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第五章~ステルクステ騎士団領編~

第67話 『ステルクステ騎士団領へ』

 ベレイド子爵家において酒宴が開かれた翌々日、質素な幌馬車に揺られて帝国領を北上するマイカとケルンの姿があった。

 馬車の操縦はリーセロットが行なっている。

 リーセロットは普段のウシャンカ帽ではなく黒いコイフをかぶり、口元もスカーフで隠して、そして革製の胸当てで豊満な胸を目立たなくしているため、一見すると男性のようにも見えた。

 馬車のキャビンの中にいるマイカは、この異世界に来てからのお気に入りの普段着である若草色のワンピースを着用し、リボン付きの大きな白い帽子を被って耳を隠している。

 ケルンは幼帝ヤスペルから下賜かしされた首飾りを、その3つある内の中央の首に掛けていた。

 近頃のケルンは、また一回り成長し大型犬ほどの体格となっているが、その3つある顔はまだ幼さが残っていて愛くるしかった。


「本当にこの3人だけで行くんだね、リーセロット。」


 マイカはキャビンの中から御者ぎょしゃ台で馬を操っているリーセロットに話しかけた。


「ええ、そうよ。誰も随行させない理由わけなら話したでしょ。」


「うん。まず、ステルクステ騎士団との攻守同盟が破棄されそうな現状を他の誰にも、たとえベレイド子爵やベルンハルト近衛騎士団長にさえも黙っておきたいという事と、同盟を締結ていけつした際に先代皇帝陛下が直々に赴かれた事、それにリーセロットがエルフだという事をステルクステ側に知られている、とかをバレるのが嫌なんだよね。」


「そうよ、主にその3つの理由。」


「でも、先の2つはバレると帝国の存続や威厳に悪い影響を及ぼすかも、って判るけど、そもそも何でリーセロットはエルフである事を隠しているの?

 ララやアフネスもだけど、へローフ教の連中の目をくらませる為だけが理由にしては徹底しすぎているような…」


「…例の何でも聞き出せる特殊能力スキルは使ってないようね?マイカ。」


「うん。使ってない。これからもあなた相手に使うつもりはない。」


「んー、まあ追々おいおい理由は話していくわ。話せば長くなるし、この先長く付き合っていく上で、自然に話す機会も来るだろうし。」


「うん判った。今は話したくないんだね。

 じゃあリーセロットがエルフである事を知っている人は誰と誰?それは答えられる?」


「ええ、それならいいわ。

 エフェリーネ殿下だけよ、正式に御存知なのは。あと、あなたとララ、アフネスは勿論。

 それと私の手の者。あと…そういえばハンデルさんにもバラしちゃったわね。」


「摂政殿下だけ?それとリーセロットの部下と?そんな大事な内緒をハンデルに教えたのって大丈夫なの?」


「ええ、大丈夫と判断したからバラしたのよ。彼は信用出来ると思ったし、それにあなたがエルフである事を大々的に喧伝けんでんした事を後悔してたから、私達がエルフである事を他に話すことは無いと判断したわ。

 万が一、もし彼が誰かに話したとしても、私達がバレて欲しくない人達の耳には届かないだろうし…」


「ハンデルの言う事が届かない…ということは、貴族?貴族階級の人達にバレると何かマズイの?」


「まあ、それも追々…

 ああ、貴族といえばウェイデン侯爵は御存知かもしれないわ。あの方は皇統の血脈を継いでおられるし。」


「ウェイデン侯爵?ウェイデン侯爵が他の貴族達にバラしたりしないの?」


「ええ、きっと大丈夫よ。

 …そうね、一つだけ教えてあげるわ。

 私達の秘密は帝国の成り立ちに関係する事なのよ。だからこそ皇統の御血筋のウェイデン侯爵も秘密にする必要があるから、ウェイデン侯爵は他にバラさない筈よ。」


「うーん、何だか訳が判らなくなってきた。

 帝国の成り立ちねえ…

 まあ追々話してくれるっていうなら、少しずつ教えてもらうことにするよ。」


 マイカとケルン、そしてリーセロットを乗せた馬車は朝から駆け通し、夕刻になってルストという小さな宿場町に着いた。


「今夜はこのルストの町に泊まるわよ、マイカ。」


「うん。…なんかこの町、静かというか、さびれているというか…」


「ええ、さっき通過したレーヴンダルという宿場町のせいでね。」


「ああ、さっきの大きくてにぎやかな所か。あそこは此処ここと違って生き生きとしていたね。」


「この北へ向かう街道には元々大きな宿場町は少なかったんだけれど、それこそ10年前にフリムラフ教国の南下に備えて大軍を休憩、宿泊させる為の大きな宿場町が幾つか整えられたの。それで、それまであった小さな宿場町達は寂れていったのよ。」


「ふーん、時代の流れというやつかな。でも私は嫌いじゃないよ、こういう静かな所。」


「ええ、私も。隠密に動く身とすれば、もってつけの場所よ。」



「身に危険が迫るような事は無いと思うけれど、万一の備えの為に皆一緒の部屋に泊まるからね。ベッドは別々だから良いでしょ?マイカ。」


 小さなルストの宿場町の中でも一際小さな宿にマイカとケルン、リーセロットの3名は泊まることになった。

 この宿は料理自慢の女将おかみが一人で切り盛りしている老舗しにせで、女将とリーセロットは旧知の間柄のようだ。


「うん。私は平気だけれど、リーセロットの方こそいいの?だって私は…」


「フフッ、マイカが凄く奥手なのは前に一緒にお風呂に入った時に判ったから平気よ。

 此処のお風呂は狭いから一緒に入れなかったけれど、この先にはまた一緒に入れる所があると思うわ。」


「え?えええ、遠慮しとくよ!そんな事したらステルクステ騎士団領に着くまでに倒れてしまう!!」


「フフフフ…そうね。じゃあ、また皇宮に戻った時にアフネスの部屋のお風呂に皆で一緒に入ろうね…

 …マイカ、ごめんなさい…今夜はもう休ませてもらうわ…」


「あ、そうだね。リーセロットは朝からずっと馬車の運転してたから凄く疲れているよね?

 美味しい晩御飯も頂いたし、お風呂も入ったし寝ることにしよう。」


 その時、部屋のドアの外で


「カタッ」


という小さな物音がした。


何奴なにやつ!!?」


 半分眠りかけていたリーセロットが飛び起き、ドアの前に素早く移動した。

 何処に隠していたのか、両手に短刀を握っている。


              第67話(終)


※エルデカ捜査メモ〈67〉


 帝国領北部の街道筋は、かつては人の往き来がさほど多くもなかったため、点々とする小さな宿場町だけで事足りたが、フリムラフ教国の南下に備え、大軍を休憩、宿泊させる事の出来る大きな宿場町を設置する事が必要となり、レーヴンダルなどの大きな宿場町が整えられ、その町を維持するために娯楽施設や飲食店、さらには行商の拠点となるべく物資や特産物の大規模な集荷施設なども設置した。

 そして商業税の税率も他より大分安く設定したため、たちまち町が発展し、通商も盛んとなり、いささか寂しい感のあった帝国北部も、今では結構な殷賑を見せている。

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