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第六十三話/シュテンの見る夢

 大きな欠伸が自然と出てくる。

続けて伸びをすると、月明かりに照らされた平安京の建物が、視界の中を上下に移動していく。

今夜は月が特に明るい。

昼間では大手を振って歩けない彼にとっては好都合だった。

「うわっ!?」

こんな夜中に出歩く人間など居ないと思っていたが、曲がり角を飛び出してきた男とぶつかる。

「なんだァ?」

「ひっ、し、酒呑童子…」

男は目が合うとみるみる顔を青白くしていき、二言目の前には泡を吹いて気を失った。

酒呑童子は男が走ってきた方へ進む。

次第に見えてきたのは、数人の屍とその中に佇む鬼の姿だ。

「お、カシラー」

青い肌を所々赤くした茨木童子がこちらへ手を振る。

「おめェまた派手にやってんなァ」

「オイラのせいじゃねぇよ?コイツらが勝手に掛かってきやがったんでぇ」

酒呑童子は溜息をつく。

「まァ、程々にしとけェ」

「あいよぉ」

軽く返事をした茨木童子だったが、すぐに酒呑童子の腕にしがみつき目を輝かせた。

「そんでカシラ、今日は何処で遊ぶんでぇ?」

「あァ、あっちの屋敷だァ」

酒呑童子が首を振った方へ、二人は歩き出した。

歩を進める毎に、血の匂いが強くなる。

どうやら、すぐ近くのようだ。

「ん、カシラ、あそこかぃ」

茨木童子が指差した先では、夜中にも関わらず開け放たれた門扉から血溜まりがはみ出していた。

「あァ、とっとと行くぞォ」

「へぃ、鬼狩りが来る前に終わらせちまわねぇとね」

鬼達が屋敷に入ると、人間にして5歳児ほどの大きさをした小鬼数体が、屋敷の人間を貪っていた。

様子を見るに、皆殺しにしてからゆっくり食事をしていたようだ。

酒呑童子たちに気付いた小鬼が威嚇の声を上げる。

「おめぇら、派手にやったなぁ」

お前が言うな、と言わんばかりに酒呑童子は茨木童子の頭を小突く。

「よく聞けェ、俺は鬼の棟梁だァ。俺に降れば人間よりうめェもん教えてやる。文句ある奴は掛かって来なァ」

小鬼たちが食べかけの肉を捨て、威嚇の声を上げながら近づいてくる。

「…もう一度言ってやろうかァ」

小鬼の一匹が大声を上げ酒呑童子へ飛びかかった。

「こりゃぁ駄目だカシラ」

「あァ…仕方ねェ」

「よっしゃ、ちぃと可愛がってやろうかぃ」



数分後、5体居た小鬼のうち生き残った2体が、酒呑童子の前で頭を垂れていた。

「…よし、引き揚げだァ」

「ちぇ、もう終わりかぃ」

「良いからさっさと帰るぞォ」

酒呑童子が歩き出した頃、外からガチャガチャと鎧がぶつかる音が聞こえてきた。

ため息をつく酒呑童子とは相対的に、茨木童子は顔色が明るくなる。

その内に門扉を潜って現れたのは、甲冑に身を包んだ源頼光だった。

「酒呑童子…また貴様か」

「お前かァ、人間。よく逢うなァ」

「今夜こそ引導を渡してやる、覚悟しろ」

頼光の後ろから討伐隊がぞろぞろと屋敷の中へ入ってくる。

「見ろ酒呑童子、お前を倒すために鍛えられた妖刀童子切だ」

頼光が抜刀し酒呑童子に見せつける。

「そりゃァまた…大層な名前を付けたなァ」

「ああ、この刀はお前を斬った名刀として私の名前とともに後世に語り継がれるからな」

「ほォ…試してみるかァ」

討伐隊の誰かが「かかれ!」と叫んだ。

武士たちが津波のように押し寄せ、そのうちの何人かが酒呑童子を切り付けた。

そして絶望する。

刀は岩を叩いたかのように弾かれ、刃こぼれし、物によっては真っ二つに折れた。

酒呑童子は一切動じず、切り傷ひとつ付いていない。

「邪魔だァ」

「ひっ」

酒呑童子は目の前で尻餅を付いていた武士を、横へ投げた。

数人にぶつかり、短い悲鳴と共に地に伏せった。

「先に奥をやれ!」

誰かがそう言うと、手薄だった茨木童子や小鬼達の方へ人の流れが変わる。

茨木童子は斬りかかってきた数人の刀を掌で受け止める。

「ほーらほら、痛くも何ともねぇぞ」

茨木童子は掴んだ刀身を振り回し相手を翻弄する。

「そらっ」

そして思い切り刀を引き抜き、武士たちは無防備となる。

「ほれほれほれ」

刀を失った武士達を一人ずつ蹴り飛ばしていく。

「うわあああ!」

最後の一人が隠し持っていた小刀で茨木童子の喉元を狙った。

だが、皮膚に触れた刀は儚くも砕けた。

「あ…」

「残念だったな」

茨木童子は最後の一人を突き飛ばした。

小鬼達も、チョコマカと走り回りながら敵の喉を裂いている。

屋敷が血塗れだったのはこの攻撃方法のせいのようだ。

一人の武士が小鬼の虚を突き脳天へ刀を振り下ろすことが出来たが、やはり通じず反撃されて逝った。

「…茨木ィ、もう十分だァ。隙を見てズラかるぞォ」

「もうかぃ?へいへい」

茨木童子が小鬼達を回収しようと周りを見回したその時、小鬼の悲鳴が場に響いた。

鬼達が振り返ると、頼光に背中側から一突きにされ、どうしようもなく藻掻く小鬼の姿があった。

酒呑童子は目を見開いた。

茨木童子も絶句している。

「人間の武器が…通ってる…!?」

「ああ、そうだ。この童子切は貴様ら鬼をも切り裂く」

じきに弱り、手足から力が抜けた小鬼を頼光は血振りで振り落とす。

「次はお前だ、酒呑童子」

頼光は上段に構えると、酒呑童子目指して跳んだ。

「……っ!」

酒呑童子は腕を掲げて防ぐが、振り下ろされた童子切は酒呑童子の腕へ食い込んでいく。

「ぐ……」

「……ふむ」

頼光が後ろへ跳ぶ。

酒呑童子の腕には、骨までは届かない程の切り傷が出来ていた。

「…酒呑童子ともなると、まだ斬れないか」

「カシラ!」

酒呑童子へ茨木童子が駆け寄る。

勝機だが、すでに討伐隊は残り数人にまで減っており、鬼達へ迂闊に手が出せない。

武士の一人が頼光へ駆け寄る。

「頼光様…このままでは…」

「そうだな…酒呑童子、次は斬ってやるからな」

「…………」

頼光はそのまま討伐隊を連れて屋敷を後にした。

「カシラ!大丈夫で!?」

「あァ…大した事ねェ」

鬼達も大江山へ帰り、新しく来た小鬼の歓迎に朝まで飲み明かした。

酒呑童子が討伐される半月前の話である。

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