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第六十五話/茨木童子

 平安京の外れ、街道から逸れた山間部に足音が響く。

「はぁ…はぁ…」

息を切らしながら走る茨木童子は、運良く廃寺を見つけ転がり込む。

中に人の気配は無い。

朽ちた障子戸を蹴破り本堂に入る。

覚束無い足取りで壁際に身を寄せると、滑り落ちるように腰を下ろす。

息を整えながら、右手に握ったそれを見遣る。

「はぁ…はぁ…へへへ…オイラ横道に逸れちまった…すまねぇカシラ…」

右手が掴んでいたのは、切断された自身の左手だ。

「…鬼道・救技『同鬼連枝』」

切断部位を合わせて妖力を注ぐ。

みるみるうちに骨が成り肉が伸び、皮が繋がっていく。

「…治りが悪ぃ」

想定よりも妖力を消耗していく。

「あの刀…髭切とか言ったか…畜生、厄介なもん持ち出してきやがって…」

ぼやいてるうちに、腕の傷は無かったことになる。

茨木童子は左手を降って、指を曲げ伸ばしする。

「…よし」

大きく息を吐いて壁に頭を凭れ、目を瞑る。

「…何やってんだろうなオイラ」

大江山が襲撃されたあの夜、茨木童子も他の鬼たちと同じく討伐隊と戦闘になった。

予想外だったのは、妖刀を持った人間が増えていた事だ。

妖刀持ちは全部で四人、四天王と呼ばれた鬼たちも次々と討たれていった。

幸い、毒入りの酒を口にしてなかった茨木童子だったが、妖刀に左手を斬られ、逃げる事しか出来なかった。

その腕も取り返した今、再び追われる身となっている。

虚無感の中、眠りに就こうとした時、人の気配に気づく。

「っ!?」

構えの姿勢を取り、姿を現すのを待つ。

だが現れたのは、討伐隊では無かった。

「やあ茨木童子、久しぶりだね」

茨木童子は潜ませていた息を吐き、肩の力を抜く。

「んだよおめぇか…何の用でぇ」

あからさまに他所を向く茨木童子に対し、少女はケラケラと笑う。

「久々だってのに結構な態度じゃないか」

「うるせぇ、早く消えろぃ」

「まあまあ…随分やさぐれてるじゃないか」

「…そりゃそうだろ、カシラも死んで鬼はオイラひとり。暴れたくても向こうは妖刀持ちだぁ、ひとりで何が出来るってんでぇ」

「…酒呑童子が死んでいないとしたら?」

「なに?」

茨木童子が目を合わせる。

「適当な事言うんじゃねぇよ、オイラはあの晩、カシラの首が飛ぶのを見てんだ」

「もちろん、あの肉体は滅びたさ。でも魂は他所で生きてる」

「あ…?」

茨木童子は怪訝な顔になる。

「酒呑童子と同じ所に行く方法がある、聞きたいかい?」





その頃、源頼光率いる討伐隊は廃寺を発見した。

「…なんだか妙な気配がする、調べるぞ」

頼光を先頭に、ゆっくりと廃寺へと侵入していく。





「…そんだけか?」

茨木童子が問うと、少女は笑った。

「ああ、たったそれだけだよ」

「…………」

茨木童子は口を半開きにしたまま固まる。

その時、大勢の足音が本堂を取り囲むのを感じた。

「見つけたぞ、茨木童子」

頼光が童子切を掲げる。

しかし、茨木童子は見向きもせず、正面を見据えていた。

「…………………カシラ」

茨木童子の頭には、かつての情景が浮かんでいた。

鬼となり、人間を襲うだけの毎日を繰り返していた茨木童子の元にやってきた酒呑童子の姿だ。

橋の袂で組み伏せられ、見上げた酒呑童子の顔を今でも覚えている。


「…殺さねぇのか」

「俺ァ殺そうと思って殺した事は無ェ、人も物も放っときゃ壊れるからなァ」

「それだけ強くて…アンタは何を為したい」

「あァ?あー…さァな」

「は…?」

「小難しい事はわからねェ、だが毎日酒が飲めて楽しければァ、それで良いんじゃねェか?」

「酒…?」

「あァ酒だ、美味ェぞ」

「そんなものが何になるってんだ…オイラ達は鬼だ、人間に見つかればタダじゃすまねぇ」

「そうだなァ…だから俺ァ強くなったのかもなァ」

「…なに?」

「鬼は人に嫌われてんだァ、中には挑んでくる奴も居る。だったら一番強ェ鬼が、他の鬼を守ればいい」

「…………」

「お前ェ、名前は?」

「…茨木童子、って呼ばれてる」

「茨木ィ、お前は今日俺に負けたなァ」

「…そうだ」

「じゃァ俺の下に付けェ、今日からは俺がお前を守ってやる」

「…へぃ」





頼光がじりじりと近づく中、茨木童子の口角が上がっていく。

「くくく…ははっ…ふははははははははははは!」

急に笑い始めた茨木童子に、討伐隊は警戒し立ち止まる。

「そぅかぁ…そうだったんかぁ…」

フラフラと揺れながら、ゆっくりと立ち上がる。

「生きてるのかぁ!」

全身に纏う妖力が高まっていく。

「待ってろぉ…今オイラも行くぞカシラぁ!」

茨木童子は、討伐隊の陣へ飛び込んだ。

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