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第七十話/イバラギの戦い

 イバラギは妖力の腕を展開する。

「さぁ…遊んでやらぁ!」

手を振ると、各自が敵個体へと突撃して行く。

対するイバラギの複製体も走り出す。

飛んできた腕を打ち落とそうと拳を振るうが空振りし、腕は背後に回る。

視線がそれを追いかけて振り返った時、何かが複製体の頭を鷲掴みにした。

「余所見厳禁だぜぇ…!」

イバラギから伸びた本物の左腕が複製体の頭部を地面へ叩きつける。

「おらぁっ!」

そのまま振り回し、違う複製体へ投げ付けた。

的にされた複製体もまた、飛び交う腕の対処に気を取られて、衝突を避けられない。

二体が山の斜面を音を立てて転がり落ちていく。

「一丁あが…っ!」

しかし本人も注意散漫になっていた。

否、敵としてカウントし忘れていたのだ。

「調子に乗ったな、イバラギ」

ゲンジが、イバラギの背中に刺さった刀を掴み、少し捻った。

「ぐあああっ!」

傷口から血が吹き出す。

「大人しく殺されてればいいものを…無駄な抵抗なぞするからこうなるんだ」

「てめぇ…っ!」

イバラギが血走った目でゲンジを振り返った。


一方、イバラギが張った結界の中でメイ達は戦況に固唾を飲んだ。

「おいマンジュ!まだ開かないのか!」

アンナがマンジュの背中を叩く。

「見ての通り真っ最中っスよ!」

マンジュはテンタクルスコップを結界へ突き立てている。

触手たちはその鋭い先端で結界面を連続で叩いており、それを支えるマンジュの手は小刻みに震えていた。

「ぐっ…硬すぎるっス…!」

外では、ゲンジがイバラギの背後を取っていた。

「おいマズイぞ!他に方法ないのか!?」

「これが最善っスよ!コイツで貫けなかったのはアニキの皮膚だけなんスから!」

「シュテン殿の…」

メイの手に、腰に提げた魔剣ドウジギリが当たる。

ふと、先程聞いたゲンジの言葉が頭をよぎった。


「ほう、魔剣なら鬼の体にも通るってのは本当らしい」


メイは、イバラギの説明を思い出す。


「結界だ、オイラと同じくらい硬ぇな…」


柄に手を伸ばす。

「これなら、もしかしたら…っ!」

メイは三歩、後ろへ下がった。


ゲンジが勢い良く刀を引き抜く。

「ぐああああああっ!?」

血が勢いを持って噴き出す中、遂にイバラギが膝を付いた。

「こんなものか、親方?」

イバラギは半眼でゲンジを睨み付ける。

「てめぇ…なんでオイラの下に付いた…さっさと殺しゃ良かっただろうが…」

「ふむ…?」

イバラギの正面に回ったゲンジは少し考える。

そして「そうか」と何かを閃いた顔をした。

「イバラギ、君は勘違いをしているようだが、俺とエンゲンなる人間は別人だ」

「何…?」

怪訝な顔を向けるイバラギの視線に合わせるように、ゲンジはしゃがみ込む。

「俺がお前に近づく為に、その立場を利用させて貰ったんだ。そうだな…大体十日くらい前か?」

イバラギが山賊に加わり、西の山を根城にし始めたのは、それよりも前である。

エンゲンはイバラギを引き入れた張本人だ。十日以上存在してないなんて事は有り得ない。

「おい…じゃあエンゲンは何処に行った…?」

ゲンジはとぼけた顔でイバラギを見ると、ふっと口角を上げた。

「もちろん、入れ替わる為に殺したさ」

イバラギの目が見開く。

「野郎っ!」

妖力を込めて左手を突き出す。

ゲンジは難なく避けると、片手で刀を振り、イバラギの左肩を捉える。

「がああっ!?」

袈裟に斬られる所を間一髪、両手で刀身を掴んで食い止める。

妖力の消耗が激しく、複製体を食い止めていた妖力の腕が消滅する。

自由になった複製体たちは真っ直ぐイバラギへと走り出した。




「おいマンジュ!」

「お嬢うるさいっスよ!」

マンジュはスコップを支える手を逆の手で支える。

手は限界に近かった。

「クッソぉ…」

歯を食いしばり、スコップを握りしめ直した時だった。

「おふたりとも!退いて下さいっ!」

「!?」

振り返ると、メイが刀を抜きながら跳んでくるところであった。

アンナとマンジュがほぼ同時に横へ転がると、空いた正面へ全力で切りかかる。

「はああああっ!」

結界面へ触れると、激しい音と共に火花が散る。

「はああああああああっ!」

メイが更に気合いを入れる。

結界面は強く歪み、随所から火花が散っている。

「あるっス…いけるっスよこれ!」

「ああ…頑張れメイ!」

外では、複製体が続々とイバラギを取り囲んで行くのが見えた。

「まだです…まだ弱い…っ!」

更に力を掛ける。

「私がぁ!守るんだあああっ!」

火花が一層強くなる。

「はああああああああああああっ!!」

歪みは更に広がっていき、ドウジギリ全体から火花が上がる。

「…ん?」

一瞬、アンナはメイの周りをオレンジ色が包んだ気がした。

「はあっ!」

その時、破裂音と共に結界が砕け散った。

メイが勢いのまま飛び出し、刀を振り上げたその時、ドウジギリの刀身がぼうっと音を立てて炎に包まれた。

「!?」

後から結界を飛び出したアンナとマンジュが、暗がりに突如現れた強い光に思わず硬直する。

「たあああっ!」

当の本人は気にも留めずに突っ走り、複製体数体を斬り伏せて行く。

「…はっ!お嬢!行くっスよ!」

「お、おう!」

アンナは剣を握り直し、チカチカする視界の中走り出した。

「はっ!」

メイは続々と複製体を仕留めていきながら距離を詰め、ゲンジへ斬り掛かる。

ゲンジはイバラギを蹴り捨て、メイの一刀を受け止める。

金属がぶつかり合う衝撃音が響き渡り、山の中を木霊した。

脇から駆け寄ったマンジュとアンナが、イバラギを回収したのを確認し、メイは間合いを取る。

「…へぇ、中々やるじゃん」

ゲンジはメイを見据えて不敵に笑った。

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