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第七十二話/去る日の記憶

 ある日、酒呑童子は小鬼の気配を辿って、とある村に足を踏み入れた。

既に生きた村人の気配もなく、食い散らかされた屍や血溜まりの中を進んでいく。

「…ん?」

村の中央だろうか、開けた場所に出ると、傷だらけでしゃがみ込む人間と、それを楽しそうに煽る小鬼数体の姿が目に入った。

「……おィお前らァ」

酒呑童子が声を出すと、小鬼達は尻尾を巻いて逃げ出す。

「…………」

力量差が分かるだけ優秀なのだろうが、散り散りに逃げられては追いかけようもない。

酒呑童子は踵を返した。

「ま…て、酒呑童子…っ!」

「あァ?」

見ると、その人間は得物の刀を杖代わりにして立ち上がろうとしていた。

「成敗…する…!」

「……」

酒呑童子はため息を吐く。

「たかがあれっぽちの小鬼相手にその体たらくの奴がァ、一体何が出来んだァ?」

「ぐ…っ!」

人間の目は変わらず酒呑童子を突き刺して離さない。

上手く力が入らないのか、全身が小刻みに震えている。

「力の差が、なんだ…私は、お前を殺す義務がある…っ!」

「…そうかィ、いつか出来るといいなァ」

酒呑童子はそのまま歩き出す。

「酒呑童子!…覚悟しておけ…絶対にお前を、斬ってやる…っ!」

酒呑童子はその宣誓に一瞥を返し、村を後にした。

その人間が酒呑童子の首を取るのは、それから数年後のことである。





シュテンの脳裏に、そんな記憶が甦った。

「…シュテン殿っ!」

周りを見渡す。

深手を負ったイバラギと、肩を押さえて膝をつくメイが目に入る。

「シュテン殿、よくぞご無事で…!」

メイが微笑みを向ける。

「…あァ」

正面で、倒れた大樹が音を立てて動いた。

「あーあー…つい斬っちゃったよ」

倒木の中から、ゲンジが姿を現す。

「わざわざ複製体を作ってやったのに…」

その脇で、魔力の塊が霧散していく。

シュテンが投げ付けた、酒呑童子の複製体だ。

どうやら投げつけられたのを刀で防いだ時に、斬ってしまったらしい。

「世話が焼けるな君たちは」

ゲンジが瓦礫の山から降りる中、シュテンが前へ出ようとすると、裾を掴まれた。

「シュテン殿…私にも、戦わせてください…っ!」

覚束無い足取りでシュテンへ並ぼうとするが、急に膝が折れる。

「メイ!」

駆け付けたアンナが脇を掴みあげた。

「メイ、その身体じゃ無茶だ!一旦退いて…」

「やらせてください!」

強い剣幕で遮られ、アンナは面を食らう。

「メイ…」

「私は…あの者を斬らねばならないのです…っ!」

シュテンへ訴えるメイの目が、いつかの若武者と重なって見えた。

「…アンナ、メイを連れて下がれェ」

「え…」

アンナはシュテンへ戸惑いの目を向ける。

「シュテン殿!」

「早くしろォ」

「…わかった」

「何故ですか!?シュテン殿!シュテン殿っ!」

「落ち着けメイ!…今はシュテンに任せるんだ」

暴れるメイをアンナが引き摺って下げる。

肩の傷口から滴る血が足元に軌跡を作るのが、月明かりに照らされている。

シュテンは握り込んだ拳へ目を落とした。

「懸命だな、最初に殺されたいのか」

シュテンが正面へ向き直ると、ゲンジは右手で魔力を圧縮して遊んでいた。

「………………なるほどなァ」

唐突に笑い出すシュテンに、ゲンジが怪訝な目を向けた。

「何が可笑しい?」

「なァに、人間の気持ちってモンが少しだけわかった気がしてなァ」

「人間の気持ちだと…?」

「あァ…………そりゃァ、狩られる訳だなァ」

大きく息をつく。

「…一体何を言ってる」

「つまりだなァ…」

シュテンがゲンジを指差す。

「ここじゃァ、お前が鬼って事だァ」

ゲンジの眉が動く。

「なんだと…?」

「俺たちゃ、同じ穴の狢だなァ」

ゲンジの魔力が高まっていく。

「ふざけるのは大概にした方がいい」

シュテンが笑い飛ばすと、ゲンジは右手に貯めていた圧縮魔力の塊をシュテン、ではなくメイ達へ目掛けて発射した。

「っ!」

アンナがメイに被さろうとした時である。

「『狂鬼乱舞』」

魔力塊はシュテンによって捕獲される。

全身から妖力を放出したシュテンは、それを鎧のように纏い着る。

紫にも黒にも見えるそのオーラは、炎のように揺らめき、全身を包み込む。

妖力の高まったその姿は、より生前の酒呑童子を彷彿とさせていた。

シュテンは、魔力塊を軽く投げ返す。

「っ!?」

手首のスナップだけで投げられた魔力塊は、一瞬でゲンジの足元に刺さり、地面が爆発する。

まだ土煙も収まらぬ中、シュテンは不敵に笑った。

「さァ、本気で来なァ…似たもの同士、相撲でも取ろうや」

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