十分前。
大方の避難が終わり、閑散とした王京の路地に、ワドゥは転移した。
隣にコウの姿は無い。
「全く、転移師使いが荒いんですからホエンさんは…」
カガセオでは、基本的に幹部同士の上下は無いが、ホエンに拾われたワドゥとしては何となく反抗しづらい雰囲気がある。
そんな相手に、イアモニ越しとはいえ耳元でヒステリックに叫ばれては堪ったものではない。
ホエンの望み通りコウを転移する他なく、ワドゥ単騎でオニ党の三人を相手にするのも分が悪い為、離脱せざるを得なかった。
「…ホエンさんの方、上手くいってないんですかねぇ」
元々コウは切り札として、王宮での戦闘に参加させるつもりではあったものの、想定より要求が早く来た。
「あの騎士団長、負けちゃいましたかねぇ…まあ、どうでもいいですけど」
ワドゥにとっては、カガセオの目的など大義名分に過ぎない。
大事なのは自身の悦。人々の悲鳴が聞ける環境に身を置く事さえ出来れば、その他の事は些事に過ぎない。
路地から大通りを覗く。
あちこちで火災が起きているだけで、人の気配は無い。
これからの行動を思案する中、ふと先程の戦闘を思い出した。
「そういえば、あのお嬢さん…メイさんでしたっけ…転移の間際、何か言っていましたね」
やけに力を込めた声で叫んでいたからか、転移魔法に妨げられて上手く聞き取れなかったその台詞が、無性に気になった。
途切れ途切れに聞こえた断片から、言葉を推測する。
「に…さ…あー…?」
浮上して来たのは、ひとつの単語。
「兄、様…?」
ワドゥはその瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。
同時に頭に流れ込んできたのは、過去にメイと対峙した幾つもの場面。
「貴様一人の快楽のために、大勢が死に!手足が飛び!家族を失った!その責は、咎は!怨みは!どこへ向かう!」
「領民の命を守るのが貴族の役目…それを履き違えた貴方は王国貴族として、いえ…人間として間違っているッ!」
ワドゥの口角が自然と吊り上がっていく。
「そうか、くくく…そうかそうか、そうだったのか…くく、くくく、あははははは!」
イアモニに異音が鳴り響く。
どうやら相手のイアモニが破損したらしい。
丁度いい、これならもう通信で妨害されることも無い。
ワドゥはイアモニを投げ捨てると、王宮からコウを自身の元へ転移し戻す。
「あの異様な力もカラクリが分かればもう怖くない!此方には完成した火炎魔法があるんですからねぇ!」
ワドゥはコウに命じ、正面の建物を爆破した。
「さあ、来なさい!今度はあたくしが仕留めてみせますよ…!」
高らかに笑い、大通りへ出ていく。
そのまま爆破を繰り返していると、横から声が聞こえた。
「ワドゥ!今度は逃がさない!その人を返してもらうッ!」