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第九十三話/直前 side:メイ

 八年前。

王宮内の訓練所で、鉄剣の鈍い金属音を響かせる人物がいた。

「良いですよ、姫様。太刀筋が良くなってきました」

盾のみを持って指導するカティが頷く。

「はあ、はあ…カティ殿、ここは訓練所です。貴方は教官、私は訓練生なんですから、お世辞は辞めましょう」

肩で息をしながら額を拭うのは、13歳の誕生日を迎えたばかりのメイだ。

「姫様、某は世辞が上手い方ではございませぬ。思った事を口にしたまでですよ」

「しかし…貴女は息一つ上がってないじゃないですか…ふぅ…」

頑固な姫に対し、カティは頭を搔く。

「ここらで休憩を挟みましょうか」

互いに礼をして、カティが飲み物を手渡す。

「ありがとうございます…」

メイは受け取ると日陰の段差に腰掛け、勢いよくボトルを傾ける。

「…ぷはぁ。カティ殿、いつもありがとうございます。剣の指南役、不本意では無かったですか?」

メイは数年前から独学で剣の鍛錬を始めたが、13歳の折に歳が近く実力もある新米騎士カティを、国王が指南役として宛てがった。

これから騎士として現場で活躍するはずだったカティを気遣っての言葉だったが、当の本人は心底驚いた顔を返した。

「何を仰るのですか!メイ姫様のお役に立てるのであらば、このカティ=グラミネリードたとえ火の中水の中だろうと喜び勇んで参ります!」

「そ、そうですか」

男並みの身長があるカティに迫られ、数年前に身長が止まってしまったメイは思わず体を引いてしまう。

その体勢のままカティが口を開く。

「…先程の太刀筋ですが、本当に良くなっているのですよ?」

「だと、良いのですが」

メイは横へ目を逸らし、空を見上げる。

カティはバツが悪そうに、メイの横へ腰掛けた。

「…魔法が使えたら、剣も上手く扱えるのでしょうか」

「っ…」

メイは無意識に呟いたが、カティには返す言葉が無かった。

カティが頭を捻って言葉を考えていると、メイの背後に人影があるのに気付いた。

その影は口元に人差し指を立ててカティに微笑むと、手に持っていた氷嚢をメイの首元へ押し当てた。

「ぴやぁあっ!?」

メイが跳ねて訓練所の床を転がる。

「にゃにごとですかぁ!?」

1秒で体勢を立て直し後ろを振り返った。

メイの視界に入ったのは、ケラケラと笑いながら手を振る長兄の姿だった。

「やあメイ、頑張ってるね」

「こ、コウ兄様ぁ!もう、悪戯は程々にしてください!」

「ははは、ごめんよ」

カティが速やかに跪くも、コウがすぐに肩を叩く。

「楽にしてて良いよ、ここは訓練所だからね」

「ありがとうございます殿下」

「兄様はもうご公務終わられたのですか?」

「ササッと済ませてきたよ、今日もやる?」

コウは指先に少しだけ火を灯す。

メイの顔がぱあっと明るくなるのが見て取れた。

「はい!是非お願いします!」

「よし。じゃあカティ先生、剣の方が終わるまで、ここで見学しててもいいかな?」

「勿論でございます!…と言いたいところですが、本日は一段落にしようと思っていたところでした故、ここで剣の指南は切り上げましょう」

「あれ、そうなの?少し見たかったから残念だな」

「では是非、こちらを」

カティは木剣をコウに差し出した。

「姫様のご成長は凄まじいですよ」

「なるほど、先生も粋だね」

歯を見せるコウに対し、カティは頭を下げる。

「恐れ入ります」

「じゃあメイ、ウォームアップに付き合ってもらうよ」

「はい!よろしくお願いします!」

それから数時間、剣の稽古と火炎魔法の練習をみっちり行った。

剣の成果は出ているようで、それはコウが目を見張る程のものであったが、魔法の方は相変わらずだ。

マッチ棒ほどの火も上手くコントロールする事が叶わなかった。

「よし、今日はここらにしとこうか」

「はい…ありがとうございました」

コウが来た時の元気は何処に行ったのか、メイの口調からは落ち込みが見て取れた。

コウはそんなメイの頭を撫でる。

「そんなに焦る事じゃないよ。兆候は出てるんだから、いつか必ず使いこなせる日が来る」

「はい…」

「気休めじゃないぞ?俺も随分、苦労したもんさ」

「…兄様は、どうやって使いこなせるようになったんですか?」

「ん?んー…」

コウはメイの頭に手を乗せたまま暫く考えると、しゃがんで笑いかけた。

「お前達を守れるお兄ちゃんになりたいって思ったんだよ」

「…そうですか」

「あ、信じてないな?本当だぞ?」

「はい、信じてますよ。なので…」

メイは頭の上からコウの手を取り、強く握る。

「いつか私も、魔法と剣で兄様を守れるようになりますね!」

メイの真っ直ぐな瞳に映るコウは、少しの間驚いたように目を見開いていたが、徐々に笑顔が込み上げていき、勢い余ってメイを抱き上げた。

「よーしよしよし、期待してるぞー!」

「わああっ!ちょ、子供扱いしないでくださいー!」





断続的に続く爆発音を辿り、短剣を片手に王京を走り抜ける中、メイはそんな事を思い出していた。

「兄様…メイが必ず…っ!」

路地を曲がったメイの視界に、それらが姿を現す。

「ワドゥ!今度は逃がさない!その人を返してもらうッ!」

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