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第九十二話/メイ

「クロ、ありがとうございます」

メイが微笑みかけると、手元でクロが嬉しそうに鳴き返す。

ワドゥの投げナイフで掠った腕の傷は跡形も無くなり、メイは確かめるように腕を動かした。

役目を終えたクロがシュテンの首元へ登る中、周辺を見回っていたアンナが戻ってくる。

「やっぱり近くには居ねぇな」

メイの左前、直角の位置に陣取り腰を下ろす。

「今なら誰にも聞かれねぇ。メイ、お前に質問がある」

「ええ、わかっています」

メイは観念したように、フードを脱いだ。

「アンナ殿の読み通りです。私の名はメイ=レキ、王国第三王女です」

「第三王女…」

アンナが噛み締めるように反芻していると、メイが頭を下げる。

「今まで黙っていて、申し訳ありません」

「な、やめろよ水臭い!あ、いや、えっと…」

バツが悪そうに目を泳がせるアンナに対し、メイは申し訳なさそうに笑みをかける。

「どうか今まで通り接してください」

「ん…」

アンナは自身の頬を一発叩いた。

「…よし。じゃあメイ、王女であるお前が何故、王京から離れたコーシの街で冒険者やってたんだ?」

「…兄を、探す為です」

「なに?」

「これは機密なのですが、数年前に突如として、兄王子コウは姿を眩ませました。王国は秘密裏に捜索するため、一般冒険者として潜り込める人材を早急に選定する必要がありました。…私は、そこへ立候補したのです」

「貴族連中でも騎士でもなく、どうして王女のお前が?」

「見てて下さい」

そう言うとメイは、手を組んで目を瞑り、全身に力を篭める。

「ふん…ぬぬ、ぬ…っ」

するとメイの額まわりに、種火レベルの火がまるでガス切れのカセットコンロのように、ボボボと音を立てながらチカチカと不規則に瞬いた。

「っ…ぷはぁ、はぁ、はぁ…」

力を抜くと直ぐに消火してしまうが、当のメイはまるで重い物を持ち上げようとした時のように、玉の汗をかいて息を上げていた。

「…ご覧のように、私はこの歳になって尚、火炎魔法を扱う事が出来ません。それゆえ王女としての露出は減らし、このまま覚醒しなければ、騎士となるか貴族家へと嫁ぐ身でありました。陛下や兄姉様達、側近の皆様にも反対してくれる方は居ましたが、多くの方にとっては反対する理由もありません。最後は私が強引に押し通しましたが」

「…どうしてそこまでして?」

「コウ兄様を…この手で救い出したかったんです。陛下に勝るとも劣らない火炎魔法の才能を持ちながら、こんな私を気にかけて忙しい中でも稽古に付き合ってくれた、尊敬する兄を…へへ、身の程知らずですよね」

「メイ…」

アンナが声を掛けあぐねていると、近くで足音がする。

「いーや?身の程知らずじゃないよ」

アンナが咄嗟に剣を構えるが、その先にいた人物を見て眉を顰める。

「な…アンタはこの間の…」

こちらに手を振る少女は、アンナにとって逢うのは二度目の、西の山に現れたあの少女だった。

「貴女、どうして…」

突然、それまで黙って話を聞いていたシュテンがメイを隠すように立ち、少女へ鋭い視線を向ける。

「やあ、怖い顔だ」

「何しに来たァ」

「そう邪険にしなさんな、アタイはその子の師匠として助言に来ただけさね」

「助言、ですか?」

メイがシュテンの横から顔を覗かせる。

「ああそうさ。キミはもうコーシにいた頃のよわよわなキミじゃない。アタイとの修行後も、しっかり鍛錬を積んで、実戦もいっぱい経験した。実力じゃあ、とっくに火炎魔法なんか使いこなせるレベルまで来てる」

「…しかし、現に私はティアラすら発現させる事もままなりません。とてもじゃありませんが、火炎魔法で戦うなど」

「そうだねぇ…キミは自分の実力を認められていないんだな」

「え?」

「小さい頃からお兄さんの使う魔法を見てきて、それに達しなければいけないんだと無意識の制約を課している。もうその実力があったとしても、足りないと思い込んでいて発揮出来ない。全てはキミの心次第さ」

「私の…心次第…」

その時、近くの建物が大きく音を立てて爆発した。

「っ!?ワドゥの奴、戻ってきやがったのか!」

少女は不敵に笑う。

「お兄さんをどうしたいか、よく考える事だよ」

メイは少し俯くと、胸元に置いた手をぎゅっと握った。

「…………シュテン殿、アンナ殿、行きましょう!」

「ああ、行くぞ!」

メイとアンナが走り出した。

「…キミは行かないのかい?」

シュテンは微動だにせず、少女を睨んでいた。

「この騒ぎ…アンタが起こしてる訳じゃァねェだろォなァ?」

「あら、信用ないねぇ。味方らしく振舞ってるつもりなんだけど」

少女が笑うと、遠くからアンナの声がする。

「シュテン!」

「ほら、お仲間が呼んでるよ」

「…アイツらに手ェ出したら容赦しねェからなァ」

「はいはい行った行った」

シュテンは少女への警戒を残しつつ、踵を返してメイ達を追いかけた。

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