「ふう、さてこの辺は片付きましたかね…」
「ワドゥっ!」
「お?」
ワドゥが横を向くと、メイが短剣を振りあげて斬り掛かるところであった。
咄嗟に転移した投げナイフで受け、金属音が響き渡る。
ナイフは軌道が逸れ、メイの上腕を掠った。
「貴女…わざわざ戻って来たのですか」
ワドゥが指を振ると、フードの男がメイの方へ手をかざす。
「っ!」
身構えるも、メイの身体は爆発も炎上もしない。
その手前へシュテンが割って入ったのだ。
瞬間、シュテンの右手が激しく発火するも、その手を横へ振り払うと、何事も無かったかのように消火した。
「…んだこりゃァ」
爆発に困惑するシュテンに対し、ワドゥが顔を引きつらせる。
「そりゃ、貴方もいますよねぇ…」
「シュテン殿…すみません!」
メイは一歩下がり、構えを取り直す。
「メイ、大丈夫か!」
「はい!」
遅れて駆けつけたアンナが剣を抜く横で、メイが叫ぶ。
「ワドゥ!そのフードの下を見せなさい…!」
「はい?」
ワドゥが怪訝な顔を見せる。
「先程から使っている魔法技、爆発や発火…そんな芸当が出来る魔法など限られています!」
「…メイ、まさかお前」
アンナがみなまで言う前に、ワドゥが笑い始める。
「気づいていましたか…では、しょうがないですね」
ワドゥが、隣に立つ男のフードをゆっくりと外し始める。
その手が、男の額を通り過ぎた頃、明らかに場の空気が変わった。
露わになった額には、炎が揺らめいていたのだ。
「フレイム、ティアラ…」
アンナが絶句する。
「ご紹介しましょう、王国第一王子で次期皇太子、コウ=レキです」
「第一、王子…だと!?」
場に走っていた緊張が更に加速する。
「ええ、国王が使う火炎魔法は強力ですからねぇ。同じ力を以て制しようと考えるのは、至極当然でしょう?」
「だが、王子が国を滅ぼすのに力を貸すなんて…」
「…洗脳魔法の研究」
メイがボソリと呟いた。
「え?」
ワドゥが拍手をする。
「ご名答ですよ。大変だったんですよ?ここまで実用化するのは」
ワドゥがコウの肩に手を回す。
コウは身動ぎひとつせず、ワドゥのされるがままになっていた。
「じゃあお前らは、王子を操って国民を攻撃させたってのか!」
アンナの追及に、ワドゥは口角を上げる。
「その通りですよぉ!何も知らずに死んでいった国民が、あの世で真実を知ったの事を考えると…あぁもう堪りませんねぇ!」
ワドゥが舌舐りを見せる。
「この腐れ外道が…っ」
アンナが歯を食いしばり、剣を握る手に力が籠りつつあったその時、隣のメイが突然前に飛んだ。
「うわあああああああああああぁぁぁ!!!」
「メイ!?シュテン止めろ!」
「あァ」
シュテンの横を通り過ぎる瞬間、メイはシュテンに肩を掴まれる。
「離して下さい!離してっ!」
「メイ落ち着け!無策に飛び込んだら火達磨にされるぞ!」
アンナも加勢して暴れるメイを取り押さえる。
「ん?…はいはい分かりましたよ」
対峙するワドゥは、イアモニへ話しかける素振りを見せたあと、大きな溜め息をつく。
「残念ですが、この場は預けますよ。急用が出来たのでね」
ワドゥの魔法陣が展開し、コウとワドゥを別々に包んでいく。
「待ちなさい!逃げるな!」
メイの叫びに応じること無く、転移が始まる。
「生きていれば、また逢いましょう」
「待って下さい!待って!…」
メイは目一杯に息を吸い込んで叫ぶ。
「…兄様ッ!」
「!?」
メイの叫声が木霊する中、コウとワドゥは虚空へと消えた。
動きを止め、そのまま項垂れるメイをアンナが担ぎあげる。
「…こっちも一度退くぞ。体制を立て直そう」
メイの腕から血が一粒、地面へ落ちた。