アンナがイアモニの通信を切る。
「よし、これでいいだろ…メイ、どうだ?」
メイは微笑みを返す。
「ええ、もうすっかり良さそうです。ありがとうございます、クロ」
クロは嬉しそうに目を細めると、シュテンの肩へ飛び移った。
「それにしても、まさかカガセオの仕業だったとはな…」
「ええ…『勇者を終わらせる』、彼等は本気で国家転覆をやろうとしているのでしょうか」
「現に、王宮まで火を放っているからな…陛下たちが心配だ、急いで戻ろう」
メイはアンナを見上げて、強く頷いた。
そして三人が早足で動き出した、その時である。
「っ…!?」
雷が落ちたかのようなとてつもない轟音に思わず足が止まる。
「今のはっ!?」
「おィ」
シュテンが横を向いて、斜め上へと指を差した。
メイとアンナが指の先を追うと、一筋の黒煙が上がっている。
その方角は向かっている宮殿では無く、王京内部の市街地中心部であった。
「おいおい…」
アンナが思わず息を飲んでいると、メイが走り出した。
「あ、おいメイ!」
急いで後を追うアンナの後ろを、シュテンも追いかけた。
王京内の入り組んだ路地を、メイはまるで自宅の庭かのように、迷うこと無く進んで行く。
「メイの奴、結構速ぇぞ…!」
対するアンナは、見失わないように追いかけるので精一杯といった様相だ。
その道中では、爆発音が次々に聞こえ、逃げ惑う住人の悲鳴はどんどん折り重なって大きくなっていく。
メイが歯を食いしばっていると、進行方向の建物が突如爆発を起こした。
「っ!」
慌てて足を止めようとしたメイは、勢い余って尻餅をつく。
直後、建物の一部が瓦礫となってメイの前方数メートルの位置に降り注いだ。
「メイ!」
後ろで叫ぶアンナに手を上げて無事を伝えると、息を整える間もなく立ち上がり、尻の汚れを払うとそのまま瓦礫に飛び乗って越えていく。
その間にも爆発は続いている。
とにかく走り続けたメイが、中央の大通りへ出た時、その元凶が目に飛び込んできた。
「ふははははははっ!良い、良いですよ!もっとあたくしに悲鳴を聞かせてください!」
メイの目の前を、大勢の市民が流れていく。
皆、突然の出来事にパニックを起こしている様子で、まさに阿鼻叫喚の巷と化していた。
メイには人波の隙間からしか姿を確認出来ないが、その声を聞き間違える事は無い。
「ワドゥ…っ!」
前へ出ようにも、人が多過ぎて身動きが取れない。
「あっ!」
「!」
メイの目の前で、小さな子供が転んだ。
咄嗟に抱え上げて立たせる。
「大丈夫ですか?」
「うん…」
周りを見回す。親と思しき姿は無い。
「お母様は?」
「わかんない、はぐれちゃった」
メイが思案していると、ワドゥが居た方向から数人の声が聞こえてきた。
「お前らか!これをやったのは!」
「見れば分かるでしょう」
「この野郎!」
剣を抜く音。
その時ちょうど、メイの前にあった人の流れが途切れた。
開けた視界に飛び込んできたのは、ワドゥとフード付きローブを来た男を取り囲む数人の冒険者たちだった。
「お前らのせいで、店も宿もめちゃくちゃだ!」
「痛い目見てもらうからな…っ!」
冒険者の一人が強化ポーションを飲み、ワドゥへ斬りかかった。
対するワドゥは、指先を振って隣に立つフードの男に指示を出した。
「っ!?」
ぞくり、とメイの背中を冷たいものが通り過ぎる。
その直後、斬りかかった冒険者の身体が、激しく燃え上がった。
「ああああああああぁぁぁ!?」
冒険者は剣を捨てて地面をのたうち回る。
「がああ…あぁ…っ!」
その断末魔は、他の冒険者たちを怯ませるのに十分な効果があった。
「ち…ちくしょうがーっ!」
自棄になったのか、冒険者の一人が絶叫と共に突進する。
「だめ…だめ!」
メイの絞り出すような声は届かない。
フードの男に手をかざされた冒険者の足が爆発し、冒険者はその場に倒れ込んだ。
「ぐ…ああああああっ!」
足を抑えて蹲る冒険者に、フードの男は更に手をかざす。
二人目の火達磨が誕生し、短い命を燃やし始めた。
メイは抱えていた子供の目と耳を塞ぐ。
だが自身は目が離せずに、光景にただただ鼓動が早まっていく。
「メイ!」
追い付いたアンナは、メイの尋常ではない雰囲気を感じ、視線を目で追う。
その時、残った二人の冒険者が同時に発火した。
一帯に冒険者たちの悲鳴が木霊する。
それに混じって聞こえるのは、ワドゥの高らかな笑い声だ。
「嗚呼、やはり弱い者の悲鳴は良い!あたくしはやはり、この為に生きている!」
冒険者達の声が止んだ頃、メイは子供の目と耳から手を離す。
「…お姉ちゃん?」
メイは自身が通ってきた路地を指さした。
「こちらから、できるだけ遠くへ逃げて下さい。大丈夫、お母様には必ず会えます」
メイが頭を撫でると、その幼子は力強く頷く。
「お姉ちゃん、元気でね」
そう言い残し、走り去って行った。
「メイ、あの魔法って…………っ!」
アンナが問いかけようとするが、振り向いた途端とてつもない気迫を放つメイに驚き、言葉が詰まる。
そんなメイは徐ろに短剣を抜くと、脇目も振らず飛び出した。