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第九十話/ひろがる戦火

 アンナがイアモニの通信を切る。

「よし、これでいいだろ…メイ、どうだ?」

メイは微笑みを返す。

「ええ、もうすっかり良さそうです。ありがとうございます、クロ」

クロは嬉しそうに目を細めると、シュテンの肩へ飛び移った。

「それにしても、まさかカガセオの仕業だったとはな…」

「ええ…『勇者を終わらせる』、彼等は本気で国家転覆をやろうとしているのでしょうか」

「現に、王宮まで火を放っているからな…陛下たちが心配だ、急いで戻ろう」

メイはアンナを見上げて、強く頷いた。

そして三人が早足で動き出した、その時である。

「っ…!?」

雷が落ちたかのようなとてつもない轟音に思わず足が止まる。

「今のはっ!?」

「おィ」

シュテンが横を向いて、斜め上へと指を差した。

メイとアンナが指の先を追うと、一筋の黒煙が上がっている。

その方角は向かっている宮殿では無く、王京内部の市街地中心部であった。

「おいおい…」

アンナが思わず息を飲んでいると、メイが走り出した。

「あ、おいメイ!」

急いで後を追うアンナの後ろを、シュテンも追いかけた。

王京内の入り組んだ路地を、メイはまるで自宅の庭かのように、迷うこと無く進んで行く。

「メイの奴、結構速ぇぞ…!」

対するアンナは、見失わないように追いかけるので精一杯といった様相だ。

その道中では、爆発音が次々に聞こえ、逃げ惑う住人の悲鳴はどんどん折り重なって大きくなっていく。

メイが歯を食いしばっていると、進行方向の建物が突如爆発を起こした。

「っ!」

慌てて足を止めようとしたメイは、勢い余って尻餅をつく。

直後、建物の一部が瓦礫となってメイの前方数メートルの位置に降り注いだ。

「メイ!」

後ろで叫ぶアンナに手を上げて無事を伝えると、息を整える間もなく立ち上がり、尻の汚れを払うとそのまま瓦礫に飛び乗って越えていく。

その間にも爆発は続いている。

とにかく走り続けたメイが、中央の大通りへ出た時、その元凶が目に飛び込んできた。

「ふははははははっ!良い、良いですよ!もっとあたくしに悲鳴を聞かせてください!」

メイの目の前を、大勢の市民が流れていく。

皆、突然の出来事にパニックを起こしている様子で、まさに阿鼻叫喚の巷と化していた。

メイには人波の隙間からしか姿を確認出来ないが、その声を聞き間違える事は無い。

「ワドゥ…っ!」

前へ出ようにも、人が多過ぎて身動きが取れない。

「あっ!」

「!」

メイの目の前で、小さな子供が転んだ。

咄嗟に抱え上げて立たせる。

「大丈夫ですか?」

「うん…」

周りを見回す。親と思しき姿は無い。

「お母様は?」

「わかんない、はぐれちゃった」

メイが思案していると、ワドゥが居た方向から数人の声が聞こえてきた。

「お前らか!これをやったのは!」

「見れば分かるでしょう」

「この野郎!」

剣を抜く音。

その時ちょうど、メイの前にあった人の流れが途切れた。

開けた視界に飛び込んできたのは、ワドゥとフード付きローブを来た男を取り囲む数人の冒険者たちだった。

「お前らのせいで、店も宿もめちゃくちゃだ!」

「痛い目見てもらうからな…っ!」

冒険者の一人が強化ポーションを飲み、ワドゥへ斬りかかった。

対するワドゥは、指先を振って隣に立つフードの男に指示を出した。

「っ!?」

ぞくり、とメイの背中を冷たいものが通り過ぎる。

その直後、斬りかかった冒険者の身体が、激しく燃え上がった。

「ああああああああぁぁぁ!?」

冒険者は剣を捨てて地面をのたうち回る。

「がああ…あぁ…っ!」

その断末魔は、他の冒険者たちを怯ませるのに十分な効果があった。

「ち…ちくしょうがーっ!」

自棄になったのか、冒険者の一人が絶叫と共に突進する。

「だめ…だめ!」

メイの絞り出すような声は届かない。

フードの男に手をかざされた冒険者の足が爆発し、冒険者はその場に倒れ込んだ。

「ぐ…ああああああっ!」

足を抑えて蹲る冒険者に、フードの男は更に手をかざす。

二人目の火達磨が誕生し、短い命を燃やし始めた。

メイは抱えていた子供の目と耳を塞ぐ。

だが自身は目が離せずに、光景にただただ鼓動が早まっていく。

「メイ!」

追い付いたアンナは、メイの尋常ではない雰囲気を感じ、視線を目で追う。

その時、残った二人の冒険者が同時に発火した。

一帯に冒険者たちの悲鳴が木霊する。

それに混じって聞こえるのは、ワドゥの高らかな笑い声だ。

「嗚呼、やはり弱い者の悲鳴は良い!あたくしはやはり、この為に生きている!」

冒険者達の声が止んだ頃、メイは子供の目と耳から手を離す。

「…お姉ちゃん?」

メイは自身が通ってきた路地を指さした。

「こちらから、できるだけ遠くへ逃げて下さい。大丈夫、お母様には必ず会えます」

メイが頭を撫でると、その幼子は力強く頷く。

「お姉ちゃん、元気でね」

そう言い残し、走り去って行った。

「メイ、あの魔法って…………っ!」

アンナが問いかけようとするが、振り向いた途端とてつもない気迫を放つメイに驚き、言葉が詰まる。

そんなメイは徐ろに短剣を抜くと、脇目も振らず飛び出した。

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