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第八十九話/強化師と孤児

 魔物の断末魔が騎士団詰所に轟く。

「ふう…一体何が起こってるんだ?」

愛剣の血を振り払い、汗を拭うショージは突如として湧いた大量の魔物に困惑していた。

「あちこちで爆発も起こってるし、街の様子も気になるなぁ」

しかし、ショージは詰所を離れる訳にはいかなかった。

「アンナに頼まれちゃったからねぇ…お兄ちゃん張り切っちゃうよっ!」

ショージは、建物内に湧いていたゴブリン数十匹を単騎で駆除し、様子を見に部屋のドアを開けた。

「レーワ、大丈夫かい?」

そこには魔物に怯える幼子の姿、は無く部屋はもぬけの殻であった。

「……ありゃ?」

ショージは部屋を出る際、レーワには「ここを動かないで」と伝えた。

魔物が入り込まないようドアの鍵も締めていた。

だが部屋内の現状は、無人かつ窓が開いている。

次第にショージの顔色が青くなる。

窓に駆け寄ると、外には窓から宮殿方向へと伸びる子供の足跡が確認出来た。

ふと、足跡を追うショージの視界をレッドウルフが横切った。

「…………これは、マズイぞ?」

ショージは窓を飛び越えると、レッドウルフを一振りで仕留めて、足跡を辿って走り出した。





「ぐ…いったた…」

宮殿の庭では、ホエンが腹を抑えたまま歩いていた。

たまに襲いかかってくる魔物には、自身へ強化魔法を掛けて応戦しており、魔力も徐々にすり減ってきている。

後ろを振り返り、そびえ立つ宮殿を仰ぎ見る。

「今に見てなよ…王族ども…」

黒煙が上がる宮殿に、恨みを募らせる。

「まずは、適当な所でポーションを拾って…隙を見てもう一度…」

ふらふらと考えながら前を向き直ったその時、腹にボールをぶつけられたような衝撃が走り、そのまま後ろに倒れてしまう。

魔物に不覚を取ったか、と覚悟して身構えると、そこには魔物ではなく人間の姿があった。

「ホエンだ!やっと見付けた!!」

「え、え…?なん…」

戸惑うホエンに対し、上に跨った形のレーワは構わず距離を詰める。

「ホエン!迎えに来たよ!ボクと一緒に帰ろ!」

「っ…」

「お?わっ」

ホエンはレーワに構わず無造作に立ち上がり、レーワは転げ落ちてしまう。

「あいたた…あ!ホエンってば!」

そのまま去ろうとするホエンをレーワは足首を掴んで呼び止めるも、ホエンは振り返らない。

「ねぇホエン、ボクいっぱい勉強したんだよ!魔法とか、魔物とか、魔道具とか!このまま勉強すれば、立派な魔法士にだってなれる…だからホエン、ボクと」

「知らないねぇ!」

ホエンがレーワを遮って叫び、驚いたレーワが固まる。

「アンタみたいなチビ知らないよ!会ったことも見た事もないね!…さっさと院に帰りな」

「ホエン、でも!」

ホエンはレーワの手を振り払い、懐から閃光玉を出して自身の足元へ投げ付ける。

すぐにレーワの視界は眩み、戻る頃にはホエンの姿はもう無かった。

「…………んしょっ、と」

レーワは立ち上がると、辺りを見回す。

そして、当たりをつけたように走り出すのであった。





時間は少し遡って、京内の街で最初の爆発が起こる少し前。

場所は王京北東にある森の中。

壊れかけのイアモニに一本の通信が入る。

『マンジュ、これに応答は要らない。報告だけするから耳だけ貸してくれ。こっちは無事メイと合流した。だが、どうやら王宮で何かトラブルがあったらしい。私たちはそちらに向かう。そっちも回収出来たら合流してくれ。気を付けろよ、この件どうやらカガセオが関わってやがる』

通信が途切れる。

「…ははっ、とっくに知ってるっスよ」

閉じていた目を開け、ゆっくりと立ち上がる。

伸びをしてから、ストレッチで全身を解す。

「うんうん、どうやら回復は終わったみたいっスね」

つぶてで傷付いた肌も、衝撃で折れた骨たちも、爆炎で焼けた手足も、すっかり綺麗に元通りである事を確認したマンジュは、大きく深呼吸をする。

「さて、相手がカガセオと分かればもう容赦は要らないっスね」

魔導鞄から二本のダガーを取り出し、両手で持つ。

「今度は真っ正面から、ドカンとぶつかってやるっス」

足元のイダテンソックスを確認すると、ダガーを前に構えた。

「一秒でも早く、姐さんにドウジギリを届けてみせるっス!」

空気を切る男と残像を残し、マンジュは森の中から消えた。

「暴れるっスよー!」

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