魔物の断末魔が騎士団詰所に轟く。
「ふう…一体何が起こってるんだ?」
愛剣の血を振り払い、汗を拭うショージは突如として湧いた大量の魔物に困惑していた。
「あちこちで爆発も起こってるし、街の様子も気になるなぁ」
しかし、ショージは詰所を離れる訳にはいかなかった。
「アンナに頼まれちゃったからねぇ…お兄ちゃん張り切っちゃうよっ!」
ショージは、建物内に湧いていたゴブリン数十匹を単騎で駆除し、様子を見に部屋のドアを開けた。
「レーワ、大丈夫かい?」
そこには魔物に怯える幼子の姿、は無く部屋はもぬけの殻であった。
「……ありゃ?」
ショージは部屋を出る際、レーワには「ここを動かないで」と伝えた。
魔物が入り込まないようドアの鍵も締めていた。
だが部屋内の現状は、無人かつ窓が開いている。
次第にショージの顔色が青くなる。
窓に駆け寄ると、外には窓から宮殿方向へと伸びる子供の足跡が確認出来た。
ふと、足跡を追うショージの視界をレッドウルフが横切った。
「…………これは、マズイぞ?」
ショージは窓を飛び越えると、レッドウルフを一振りで仕留めて、足跡を辿って走り出した。
「ぐ…いったた…」
宮殿の庭では、ホエンが腹を抑えたまま歩いていた。
たまに襲いかかってくる魔物には、自身へ強化魔法を掛けて応戦しており、魔力も徐々にすり減ってきている。
後ろを振り返り、そびえ立つ宮殿を仰ぎ見る。
「今に見てなよ…王族ども…」
黒煙が上がる宮殿に、恨みを募らせる。
「まずは、適当な所でポーションを拾って…隙を見てもう一度…」
ふらふらと考えながら前を向き直ったその時、腹にボールをぶつけられたような衝撃が走り、そのまま後ろに倒れてしまう。
魔物に不覚を取ったか、と覚悟して身構えると、そこには魔物ではなく人間の姿があった。
「ホエンだ!やっと見付けた!!」
「え、え…?なん…」
戸惑うホエンに対し、上に跨った形のレーワは構わず距離を詰める。
「ホエン!迎えに来たよ!ボクと一緒に帰ろ!」
「っ…」
「お?わっ」
ホエンはレーワに構わず無造作に立ち上がり、レーワは転げ落ちてしまう。
「あいたた…あ!ホエンってば!」
そのまま去ろうとするホエンをレーワは足首を掴んで呼び止めるも、ホエンは振り返らない。
「ねぇホエン、ボクいっぱい勉強したんだよ!魔法とか、魔物とか、魔道具とか!このまま勉強すれば、立派な魔法士にだってなれる…だからホエン、ボクと」
「知らないねぇ!」
ホエンがレーワを遮って叫び、驚いたレーワが固まる。
「アンタみたいなチビ知らないよ!会ったことも見た事もないね!…さっさと院に帰りな」
「ホエン、でも!」
ホエンはレーワの手を振り払い、懐から閃光玉を出して自身の足元へ投げ付ける。
すぐにレーワの視界は眩み、戻る頃にはホエンの姿はもう無かった。
「…………んしょっ、と」
レーワは立ち上がると、辺りを見回す。
そして、当たりをつけたように走り出すのであった。
時間は少し遡って、京内の街で最初の爆発が起こる少し前。
場所は王京北東にある森の中。
壊れかけのイアモニに一本の通信が入る。
『マンジュ、これに応答は要らない。報告だけするから耳だけ貸してくれ。こっちは無事メイと合流した。だが、どうやら王宮で何かトラブルがあったらしい。私たちはそちらに向かう。そっちも回収出来たら合流してくれ。気を付けろよ、この件どうやらカガセオが関わってやがる』
通信が途切れる。
「…ははっ、とっくに知ってるっスよ」
閉じていた目を開け、ゆっくりと立ち上がる。
伸びをしてから、ストレッチで全身を解す。
「うんうん、どうやら回復は終わったみたいっスね」
つぶてで傷付いた肌も、衝撃で折れた骨たちも、爆炎で焼けた手足も、すっかり綺麗に元通りである事を確認したマンジュは、大きく深呼吸をする。
「さて、相手がカガセオと分かればもう容赦は要らないっスね」
魔導鞄から二本のダガーを取り出し、両手で持つ。
「今度は真っ正面から、ドカンとぶつかってやるっス」
足元のイダテンソックスを確認すると、ダガーを前に構えた。
「一秒でも早く、姐さんにドウジギリを届けてみせるっス!」
空気を切る男と残像を残し、マンジュは森の中から消えた。
「暴れるっスよー!」