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第九十六話/新手

「兄様!」

シュテンが振り返ると、メイはコウの肩を揺らしていた。

両膝をついて項垂れたままのコウは、生気のない目をしたまま揺さぶられている。

「兄様!メイです!しっかりして下さい!」

力強く叫び続けるメイの声に震えが混じる。

「メイ!」

魔物を殲滅したアンナが駆け寄る。

「どうだ?」

「…返事をしてくれません」

シュテンも近寄ると、アンナが首元のクロへ目を遣った。

「クロの回復魔法で正気に戻せたりしないか?」

クロは目を伏せる。

「…そうか」

アンナは頭を搔くと、メイの頭に手を乗せた。

「とにかく、王子を奪還したんだ。回復方法は王宮の知恵を借りよう」

「そう、ですね…」

メイが袖で顔を拭った。

「では、ワドゥを捕らえましょう…っ!」

ワドゥの方を向いたメイの顔が強ばる。

アンナもその視線を追った。

「なっ…!?」

己の目を疑った。

ワドゥが倒れている瓦礫の中に、少年が立っていた。

「ありゃ〜、派手にやられたね〜」

「誰だッ!」

ワドゥの体を人差し指でツンツンとつつく少年に対し、アンナは剣を突き付ける。

「ご挨拶だな〜、こっちはまだ何もしてないじゃん」

「そいつから離れろ!」

「離れればいいの?」

次の瞬間、少年は視界から消えた。

「っ!?」

「はい、これでいい?」

声がしたのは真横、通りの真ん中であった。

少年の脇には、コウが抱えられている。

「へ?…兄様!」

目の前に居たはずのコウに、メイが混乱して手元と少年を何度も見比べる。

「転移師か!?」

「ん〜不正解」

少年は両手でバツを作ると、徐々にその姿を変えていく。

獣のような耳に尻尾、手には鋭い爪を携え、そして背中には、魔族の証である黒い羽根が広がった。

「僕は獣人のカイドウ、カガセオの最高幹部だ。今使った魔法は、そこの人間からコピーしたものだよ」

カイドウはその尖った爪でワドゥを指さした。

「…コピーだと?」

アンナが大剣を持つ手と足に力を込める。

「うん、こんな事も出来るよ〜」

カイドウが手を振ると、アンナの前に体長2メートル程の仔龍が現れ、咆哮する。

「っ!?」

アンナは仔龍が繰り出した爪を間一髪避けると、大剣を横に振り仔龍の頸を刎ねる。

仔龍は短い断末魔の後に地へ伏せたが、アンナはその違和感に気付く。

「今のは転移魔法じゃねぇ…」

「正解〜、ま〜流石にキミにはバレるか」

アンナが見開いた目でカイドウを睨む。

「まさかてめぇ…」

「そう、キミのお友達からコピーした召喚魔法だよ」

愉しそうに笑みを浮かべるカイドウに、アンナは歯を食いしばって剣を構える。

「…………」

するとその剣先を隠すように、メイがゆっくりと前へ出た。

「…その能力を使って、兄様を洗脳しているのですか?」

「ん?そうだね、この洗脳術は僕の魔力で動いてるよ」

「…わかりました」

メイは短剣を拾い上げると、逆手に持って構えを取る。

「あなたを倒せば、兄様の洗脳は解けるのですね」

構えた手の隙間から、鋭く研ぎ澄まされたメイの眼差しがカイドウへ向けられる。

「へぇ〜いいじゃん。じゃあ折角だから、キミはこの火炎魔法だけで殺そうかな」

カイドウが手を振ると、コウが前へ手を翳す。

「いいえ…これ以上、兄様の手は汚させません!」

メイは短剣を一際強く握り締めた。

「メイ!」

飛び出そうとしたアンナの肩をシュテンが掴んで止める。

「なんだよシュテン!なんで止めるんだ!?」

「聞いたろォ、これァメイとアイツのタイマンだァ。黙って見てろォ」

「でもメイは火炎魔法をまだ操れてねぇんだぞ!?見殺しにするつもりか!」

「仲間だろォ、信じて待てェ」

「でもよ…」

「忘れたかァ?おめェがタイマン張った時ァ、メイは信じて待ってたぞォ」

アンナは言葉に詰まる。

ヴェイングロリアスでの戦いで、アンナはメイの援護を断ってケンムと対峙した。

あの時の、メイの手に汗握る顔が脳裏に蘇る。

「…あーもう!どうなっても知らねぇからな!」

アンナは大剣を地面に突き立てる。

「メイ!負けんじゃねぇぞ!」

「…はい!」

力むメイの手元が、爆ぜた。

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