「兄様!」
シュテンが振り返ると、メイはコウの肩を揺らしていた。
両膝をついて項垂れたままのコウは、生気のない目をしたまま揺さぶられている。
「兄様!メイです!しっかりして下さい!」
力強く叫び続けるメイの声に震えが混じる。
「メイ!」
魔物を殲滅したアンナが駆け寄る。
「どうだ?」
「…返事をしてくれません」
シュテンも近寄ると、アンナが首元のクロへ目を遣った。
「クロの回復魔法で正気に戻せたりしないか?」
クロは目を伏せる。
「…そうか」
アンナは頭を搔くと、メイの頭に手を乗せた。
「とにかく、王子を奪還したんだ。回復方法は王宮の知恵を借りよう」
「そう、ですね…」
メイが袖で顔を拭った。
「では、ワドゥを捕らえましょう…っ!」
ワドゥの方を向いたメイの顔が強ばる。
アンナもその視線を追った。
「なっ…!?」
己の目を疑った。
ワドゥが倒れている瓦礫の中に、少年が立っていた。
「ありゃ〜、派手にやられたね〜」
「誰だッ!」
ワドゥの体を人差し指でツンツンとつつく少年に対し、アンナは剣を突き付ける。
「ご挨拶だな〜、こっちはまだ何もしてないじゃん」
「そいつから離れろ!」
「離れればいいの?」
次の瞬間、少年は視界から消えた。
「っ!?」
「はい、これでいい?」
声がしたのは真横、通りの真ん中であった。
少年の脇には、コウが抱えられている。
「へ?…兄様!」
目の前に居たはずのコウに、メイが混乱して手元と少年を何度も見比べる。
「転移師か!?」
「ん〜不正解」
少年は両手でバツを作ると、徐々にその姿を変えていく。
獣のような耳に尻尾、手には鋭い爪を携え、そして背中には、魔族の証である黒い羽根が広がった。
「僕は獣人のカイドウ、カガセオの最高幹部だ。今使った魔法は、そこの人間からコピーしたものだよ」
カイドウはその尖った爪でワドゥを指さした。
「…コピーだと?」
アンナが大剣を持つ手と足に力を込める。
「うん、こんな事も出来るよ〜」
カイドウが手を振ると、アンナの前に体長2メートル程の仔龍が現れ、咆哮する。
「っ!?」
アンナは仔龍が繰り出した爪を間一髪避けると、大剣を横に振り仔龍の頸を刎ねる。
仔龍は短い断末魔の後に地へ伏せたが、アンナはその違和感に気付く。
「今のは転移魔法じゃねぇ…」
「正解〜、ま〜流石にキミにはバレるか」
アンナが見開いた目でカイドウを睨む。
「まさかてめぇ…」
「そう、キミのお友達からコピーした召喚魔法だよ」
愉しそうに笑みを浮かべるカイドウに、アンナは歯を食いしばって剣を構える。
「…………」
するとその剣先を隠すように、メイがゆっくりと前へ出た。
「…その能力を使って、兄様を洗脳しているのですか?」
「ん?そうだね、この洗脳術は僕の魔力で動いてるよ」
「…わかりました」
メイは短剣を拾い上げると、逆手に持って構えを取る。
「あなたを倒せば、兄様の洗脳は解けるのですね」
構えた手の隙間から、鋭く研ぎ澄まされたメイの眼差しがカイドウへ向けられる。
「へぇ〜いいじゃん。じゃあ折角だから、キミはこの火炎魔法だけで殺そうかな」
カイドウが手を振ると、コウが前へ手を翳す。
「いいえ…これ以上、兄様の手は汚させません!」
メイは短剣を一際強く握り締めた。
「メイ!」
飛び出そうとしたアンナの肩をシュテンが掴んで止める。
「なんだよシュテン!なんで止めるんだ!?」
「聞いたろォ、これァメイとアイツのタイマンだァ。黙って見てろォ」
「でもメイは火炎魔法をまだ操れてねぇんだぞ!?見殺しにするつもりか!」
「仲間だろォ、信じて待てェ」
「でもよ…」
「忘れたかァ?おめェがタイマン張った時ァ、メイは信じて待ってたぞォ」
アンナは言葉に詰まる。
ヴェイングロリアスでの戦いで、アンナはメイの援護を断ってケンムと対峙した。
あの時の、メイの手に汗握る顔が脳裏に蘇る。
「…あーもう!どうなっても知らねぇからな!」
アンナは大剣を地面に突き立てる。
「メイ!負けんじゃねぇぞ!」
「…はい!」
力むメイの手元が、爆ぜた。