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第百話/心

仲間たちが自身に託したのを視界の端に見て、メイは深呼吸をする。

「ははははっ!キミに僕が止められる訳ないっ!」

「っ!」

余裕で迫るカイドウの口振りに、短剣を握る力が増す。

刃先と敵影が交互にボヤける。

「っ…!」

未だ痛みが残る身体に鞭を打ち、敵を討てと力を込める。

全身が硬直していく。

ああ、駄目だ。動けない。

狙いも、呼吸も定まらない。

兄様の仇も討てず、魔法も使えず、それでは一体私はなんの為に生きている。

思考が飲まれ、視界が闇に溶けていく。




「おいシュテン、あれ本当に大丈夫なのか?」

「…もう直ぐだァ」

「あ?」

その時、シュテン達の目の前で石畳が弾けた。

まるで間欠泉が噴き出すかのように地面から飛び出したのは、左手でテンタクルスコップを掲げ、右手に魔剣ドウジギリを大事に抱き抱えたマンジュであった。

地に足が着く前に、視界の中を飛び散る石や土砂の向こうにメイを見るや否や、右手を大きく振りかぶり、腹の底から声を絞り出す。

「姐さぁぁぁぁぁんッ!!!」

肺の空気を全て使い切ると直ぐに歯を食いしばり、全ての筋肉を強ばらせながら右腕を振り切る。

突っ張りも聞かない空中で、ダメージ度外視で全身をミシミシと捻り上げてぶん投げられたそれは、回転すること無く真っ直ぐと、メイを目掛けて飛んで行った。

その投擲速度は、逃げるカイドウを余裕で追い越すほどであった。




「っ!?」

マンジュの空気を震わせる叫びが、メイの思考をかき消し、マンジュと目が合う。

直後に猛スピードで迫ってくるそれが何かなど、考える余裕も、必要もない。

メイは左手を振り上げ、その手で確と受け取った。

流れるように、固定していた下緒を解いて腰のベルトに差し込むと、そのまま中腰になり鯉口に手をかけて、静止する。

深く、深く息を吸い込む。

目の前には兄の仇、手元にはそれを両断できる剣がある。

あと必要なのは、メイ自身の覚悟のみだ。

息を、大きく吐く。

「私の、心次第…」

目を瞑る。

「…本当の、私の心…」

羽音はもう目と鼻の先まで迫っていた。

「通っちゃうよー」

カイドウの影がメイに重なりかけたその時だ。

「っ…!」

ぼうっ、と音を立ててメイのフードが吹き飛んだ。

その内側、メイの額には真赤な炎が煌々と揺らめいていた。

「!?」

気づいても、もう遅い。

メイが鯉口を切ると、赤い光が瞬いた。

柄を立て、真上へと抜かれていく刀身は、根元から炎で包まれており、鞘から抜け出る程に周囲を照らしていく。

「っ!?!?」

そのまま振り上げられた鋒は、カイドウの肩口に当たり、そのまま流れるように腰まで斬り進んだ。

「っぐあ!?」

メイが正眼の位置まで振り下ろす頃には、カイドウは飛行のバランスを崩し近くの木箱へと突っ込んで行った。

「く、そ…やってくれたな…!」

カイドウが立ち上がり一歩前に出た時だった。

「?…っ!?ぐあああああ!?」

袈裟の形に付いた刀傷が、一斉に発火した。

「なんだこの火…消せな…ああ…っ!」

あまりの苦しみに片膝をつくも、手をメイの方へ伸ばして鋭い視線を送る。

その視界の先でメイは、燃える刀を左肩の位置に担ぎあげた。

鋒は、背後のカイドウへ向いていた。

「ぐ…許、さない…僕にこんな…こんな…あ…ぐ、ぎ…がああああ!」

断末魔を響かせ、カイドウは大きく爆発した。

メイは落としていた腰を上げて足を揃えると、血振りで刀身の炎を消した。

「…………私の心」

薄らと開眼する。

「そう、私は強くありたいんです」

剣を掲げ、鞘へ収める。

「コウ兄様と…シュテン殿と…皆さんと」

大きく息を吐き、一番星を仰ぐ。

「後ろでは無く、横を歩く為に」

宵にかかる王京に、額に輝く炎が目映い光を放っていた。

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